教育のためのお金を稼ぐ方法

小学校受験→私立小中→私立高校入学退学→アメリカボーディングスクール編入→卒業→アメリカ私立航空大学入学

なぜ、英語を話せると得をするのか?④

2021-03-26 19:32:39 | 日記
外資系企業にいると、ほとんど周りが英語を話すので、当たり前のように感じる。

誰も、英語話せるんですか?すごいですね?などとは、言う人もいない。逆に、話せないと肩身の狭い思いをする。

その流れで、民泊を始めていたので、特別変わったこともなかった。しかし、たまに民泊をやりたいと相談がきて、質問されることが、、、

「ところで、英語はどうすればいいでしょうか?」なのだ。

私たちは、半分冗談で、

「何とかなりますよ~。」
と答えていた。

実際、日本語のみで当時、始めていた有名おばさんがいたので、そう答えていた。

もちろん、外国人で日本に来るのだから、日本語を勉強していたり、片言でも一生懸命話そうと、努力してくれるお客様もいる。

ビジネスには、そんなに影響はないと思われるのだが、

込み入った話は、できないので情報が遮断してしまう。

なので、やはり英語を少し話せると、お互い楽しいし、より深く理解し合えることは間違いない。

ある時、第一号の民泊の方に、スペインの有名なワイナリーのオーナーが秘書と泊ってくれた。2,3泊してくれていたので、最後の日などは、言葉を交わすようになっていた。

私たちは、彼らがどういう仕事できているのか知らなかったし、軽く会話をしていただけだった。

すると、スペインのワイナリーを紹介され、ご招待するので、来てほしいとまで言われた。バルセロナに来たら、絶対に連絡して、僕たちのワイナリーを見てほしい。と。

私たちも約束して、必ずヨーロッパに行くときは、連絡しますと約束した。(決して、社交辞令じゃない事は目を見ればわかる)

ちょっと、一言二言、会話するだけで人は、親近感を覚えるのだ。英語が話せるって、いいな、得するなぁ~といつも思う。

最近では、ユーチューバーの中田敦彦さんが、シンガポールに移住されたが、選択の理由の一つにお子様がグローバルに活躍できるようにと思ったらしい。私は、あたりだと思う。

英語は、必須条件なのだ。世界で戦うには、英語ができることに越したことはない。

それも、対等に話せるだけの英語力が。

今後より一層、必要になる。そういった意味でも、高校から、アメリカのボーディングスクールに息子を入れたのは正解だったかもしれない。(自分で行くと言ったから)

同じボーディングスクールの知人で、小学6年生の終わりから、単身アメリカに渡った男の子がいる、(今は男性だが)今は、日本にいるが、ユニークなビジネスのやり方をしているし、英語が話せるので、仕事があっちこっちからくる。

若干、20代だが、ビジネスも成功していて、投資家としても活躍している。

総合的に考えても、やはり英語、大事、、、本当に

だから、いっそ日本も公用語を英語と日本語に変えてもいいのでは、ないかと思うが。



なぜ、英語を話せると得をするのか?③

2021-03-25 19:56:22 | 日記
またまた、昨日の続きだが、、、

アメリカ人のCさんは、こうして我が家に住み着いた。

私たちは、てっきりセパレートで生活をしたいんだと思っていたが、全く逆だった。

寝食共にしていると、(個室があるが)殆ど、家族同様に行動をするようになり、毎日、英語を話す、息子も自然と英語になる。

だから、私は留学より手っ取り早い方法は、これしかないと思っている。ネイティブと一緒に暮らすことだ。英語習得に拍車をかけると信じている。

おかげで、私は外資系企業に復帰するまで、英語をブラッシュアップできた。

再度、面談が英語であった時、スムーズに答えられるだけの、英会話力がついていた。

その会社は、すべてメモや書類が英語で書かれているし、メールも一部を除いては、英語でやり取りをされていた所だ。まして、かかってくる電話は、英語の事が多い。

はっきり言って、前よりも楽に英語が操られるようになっていた。

主人の方も、特に学生の頃から英語が話せた訳ではないが、上司がアメリカ人なので、英語を話してコミュニケーションをとるしかなかった。長く勤めているので、仕事では困らないし、こうやってアメリカ人が来ることで、さらに英語は向上した。

コロナの前までは、よく海外旅行に行っていたので、どこに行っても英語で事が足りる。本当に、ありがたい言語だ。難しいことを話すわけではないので、日常の最低の事でも話せれば、会話が成立する。

結局、どこの国の人が来ても、英語がわかれば理解して、お互い納得する。だから、最初から、Airbnbもうまくいったと思う。

初期は、翻訳機能もなかったので、英語のやり取りが多かった。何か、トラブルがあって、かけつけても英語で対応ができたので、お客様も安心してくれるし、いいレビューを書いてくれた。

中には、友達つきあいが始まるような、お客様もいる。そういう時、英語が話せてよかったと私たちは実感する。

難しい、受験英語なんて忘れて、皆、会話練習したほうが、よっぽどいい人生が送れるように思うのだが。

ある時、オーストラリアから来た、在豪州チャイニーズ2人、仕事で日本に来た。私たち、夫婦を夕食に誘って、旅館の話を聞きたそうだった。普段は、お客様と食事には、全く行かないのだが、チェックインの際に(当時はいちいち、行っていた)、インタビューをしたい。と言われたので、話を聞いてみた。

なんと、オーストラリアで日本の旅館が流行っているというのだ。私たちは、その広告動画を見て、ビックリしてしまった。温泉旅館で、カップルがいっぱいいた。

2人は、この施設が予約がいっぱいだと。そして、一泊10万円しても、泊まりにくると説明した。あなたも、やればいい。ここを高級民泊にして、庭にジャグジーか露店風呂を作って、今の10倍の価格にしても人はくると。アドバイスしてくれた。

私たちは、笑っていたが、いいですね。と話を着聞いた。彼らは、真剣なのだ。

(住宅街の庭に、露天風呂を作ったら、本当に私たちは変人だと思われる、、、囲ったらわからないか!)

ただ、こうやって、英語を話してコミュニケーションを取り、楽しい話を聞いたり、将来のビジネスアイデアをくれたりすることは、本当に多い。

つづく、、、。

英語が話せると、やはり得をする②

2021-03-24 19:12:14 | 日記
さて、昨日の続きだが、、、

フランチャイズの英語塾は、順調に生徒が増え、既に副講師を雇って一緒にやっていた。
どっちが、副業かわからなくなってきていた。

私は、外資系企業の仕事は楽しくなってきたところだったし、契約社員で短時間労働をしていたので、子育てと併用してうまく回っていた。ところが、この外資系、短時間の契約社員に、全員フルタイムで来るように要求してきた。

普通だと、喜ぶべきキャリアアップなのだが、、、

困った、、、フルタイムだと夜も時間が読めない。ましてや、そのころ丁度、夫は海外に単身赴任していた。一人で、あれやこれややっていたので、無理だとはわかっていた。

私は、賭けに出た。

一旦、フルタイムのお話は断り、再雇用してくれるか聞いてみた。その部署は、退職する人が多いため、雇用を頻繁にしていたからだ。そして、ロッカーにすべて、荷物を置かせてもらい、戻ってくると(何とか、体制を整え)約束をした。

もう、後ろ髪を引かれる思いで、皆と別れ、職場を離れた。

次の日から、昼間は完全に自分の時間になった、息子が学校に行っている間だ。

友人から、ホームスティのサイトを教えてもらっていたので、早速、登録してみた。
部屋も空いているし、何度か受け入れていたので、少しお金をもらって、部屋を貸そうと思った。

2,3日の間に、10人ぐらい問い合わせがあった。へぇー意外と、見てるんだ。と思って、何人かメールを返した。

そこで、私たちの家族の運命を変える人との、出会いが2週間ぐらいで訪れる。

会社を辞めて、英語を使わなくなると思っていたら、アメリカ人の知り合いができた。その人と、頻繁に会話を交わすことになるとは。

すぐ日本に、遊びで友人とくると言う。ホームステイをする前に、どんなところか調査したかったのだろう(後から知るが)
それは、まだ仕事を辞めて、2か月後の事だ。

私たち家族は、彼らと来日してから意気投合した。前から、知り合いのようにすぐに仲良くなった。やはり、それは

英語を話せたからだと思う。

そして、その2か月後にそのうちの一人が、我が家に2か月間、ホームスティをした。日本語の学校に通うために。

今でこそ笑い話だが、日本語の勉強には全くならない。だって、家では英語だから!!

今も、家族同様、またはそれ以上のつきあいだ。アメリカの息子の留学もささえてもらっている。

また、Airbnbの民泊のヒントもいただき、恩人である。

私の方はというと、1年3か月後に、会社に復帰した。この15か月の間に、私は副業の大切さも学んだ。

そして、不動産に手を付け始める。

いつも、ビジネスのチャンスや考え方を変えるきっかけは、やはりどう考えてもアメリカサイドにあった。投資の概念が根付いているからだ。

ロバートキオサキ氏は、日系人だがもし、彼が日本人で、あの本を最初に、出版してもあの時代、こんなベストセラーにならなかったと思う。

英語が少し話せたので、私たち夫婦はあちらの情報を少し早く聞くことができたり、マインドセットもできたのではないか。やはり、得をしたのだと思っている。

つづく、、、。

なぜ、英語が話せると得をするのか?

2021-03-23 19:13:15 | 日記
よく、親子は似たようなことをする、又はカエルの子はカエルだよ。と言われることが多いと思う。

だが、私と夫は、親の職業とは全く、かかわりのない事をやっている。

夫も私の両親も、全く英語は話せない。それなのに、なぜか私たち2人は英語を使う仕事についてしまっている。

振り返ってみると、育った過程で私は、不思議と英語にかかわるような事件がよく起こっている。それも、自然とそうなっているような気がしてならない。

私たち二人は、特にToeicの点がいいとか、英語の成績がすばらしくいいとか、そういう事もない。

しかし、特にコミュニケーションには、困らない英語能力があるためにいい思いをした事がよくある。

私の方は、こうだ。

小学校の頃、小1だったと思う。近所のハーフの先生が英語の教室をしていたので、母が連れて行ってくれた。そのあと、引っ越しをしたので、そこは止めた。

そして、引っ越し先には帰国子女の友人ができ、彼女が持ってるものがアメリカのゲームだったり、グッズだったりしたのですごく興味が沸いた。アメリカっていいな、かわいい、面白いものがいっぱいあるんだと思った。それに、今思い出すと、節々に彼女は英語を話していた。

高学年になり、私は原田真二さんのファンになり、ファンクラブまで入る熱の入れようだった。彼が、英語の歌を歌うので、単語の意味を調べ出した。母も手伝ってくれた。そのうち、ゴダイゴのタケカワユキヒデさんが好きになり、また英語の曲が多いので、真似した。

小学校の終わりのころ、同級生のお母様で元高校の英語の先生が、自分の子供だけ教えれないからと言って、私を誘ってくれた。3人ぐらいで、英語レッスンを受け始める。結局、最後は5人になってしまったが、それでも少人数だ。

その先生は、ずっと他の子供を入れないで、中学2年生の終わりまで見てくれた。おかげで、英語は、常に5を取れていた。

お引越しをされるということで、母はフランチャイズの英語教室を探し当てた。電車で通う事になったが、私にとって意味のある場所となった。

高校に入り、担任の先生が英語の先生だった。その先生の紹介、(学校からだが)がなければ、高校で交換留学をすることもなかったと思う。

当時は、その1年のカウントがなく4年、私は高校に行くことになった。本人は、全く気にすることなく、英文科の短期大学に行きながら、もう一つ(高校から行っていた)専門学校に通う。

私は、夢が叶い、ずっと外資系企業で働くため。英語は必須だった。とくに、接客業だったので、話すことができれば仕事はできた。

そして、結婚して子供だ生まれて間もなく、その母が探してきたフランチャイズの塾を開くことになったのだ。また、同時に外資系企業にもすこし、復活をしたりしたので、英語を使う。

そんなに、がんばっていた外資系企業にお別れをしなければならない時がくる。だが、私と英語の環境は別れない。

つづく、、、。

(長くなるので、また明日)

人生何がよいか、わからない本当に。

2021-03-22 19:55:03 | 日記
来月からまた、新学期が始まる。

フランチャイズの教室を開講して、20周年を迎える。

当時、3歳だった息子は、大学生になった。

始めたころは、なんとなく転職すると思ったし、ずっと家で仕事をしないと思っていた。(途中から、両方やりだしたが)

10周年を迎えたときも、もうこの辺で終わりかなとも思った。

しかし!
それから、10年やっている自分が信じられない。そのころ、想像していたのが、息子もちょうど就職が決まって、社会人になるころだと高をくくっていた。悠々自適だと、、。

未来は予測できない、やっぱり。

息子は、まだまだ大学生活を続けている。しかも、コロナでアメリカの大学は、スローダウンしている。特に、留学生にとっては不利だ。

ビザの関係もあるし、皆余儀なく、出発を後らしてみたり、就職を待つために、余分に単位を取り、(又は、わざと残して)なんとか居座る覚悟をしなければならない。

前も少し、投稿したが事務手続きやコンサルを受けるのに、アポを取らなければならない。メールから始まり、アポが取れたら、電話で相談をしたり、進捗状況を確認する。

まあ、コロナで皆がそうしているので、時間がかかり、何万人もいる生徒のケアが遅れる原因となる。一旦、帰国している日本人が多いため、息子も含め、夜中に起きて、電話対応しなければならない。

そして、最悪なのが時差があるのに、リモートで授業を受けなければならないケースだ。ほぼ、時間が逆転するので、体調を皆崩す。息子の友人も、薬を飲みつつ、吐きながら日本で授業を受けていると言っていた。

息子の場合、ぎりぎりまで帰国しなかったので、向こうでアパートやホテルでオンラインレッスンを受けていた。しかし、想像してもらいたい、留学しているのに、部屋で授業を受けるという、変な環境なのだ。

まして、実習が多い学科だと後回しになり、今年の秋、来年になってしまう。息子もそのパターンだ。

日本のような、休学制度とはまた違うので、途中から、単位の取れていないところから、始めれるのでいいといえばいいが。卒業がどんどん、遅くなるのは見えてくる。

アメリカ人も、この1,2年は大学行かず、待ちの姿勢の人も多くいるため、コロナの収束後は、競争率が高くなるかもと言われている。
日本人のように、高校卒業したら大学というルートはないので、普段でも1,2年働いてから、好きな大学にいく人も多くいる。誰も、遅れているなど思わない。

しかし、ここは忍耐の時である。皆がそうであるように、、、

未来予測は外れたが、私はとても幸せを感じている。

長いアメリカ生活をしてきた息子が帰国して、大学も休んでいる。サイドFIREして時間がある私は、ゆったりと久しぶりの時間を過ごすことができている。

人間万事塞翁が馬

とは、このことか、、、と思う今日この頃だ。