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『独去独来』『全ての人は秋の木枯らしの吹く寂しい荒野を一人で旅する旅人である』(お釈迦様)

仏教を判り易く知る資料(29)

2023年02月01日 | 仏教・親鸞聖人

 弥陀や釈迦のご恩に報ずる身になる

(8)地温ホウトク(地温報徳)の益

弥陀や釈迦のご恩に報ずる身になる

蛇口を捻れば水が出る。どうして便利なのだろうと考える人は、まず貯水池の存在や家庭まで届ける水道管を思うでしょう。
蛇口から水が出るのが当たり前と思っている人には、喜びもなければ感謝もないに違いありません。

仏教では「恩を知るは大悲の本なり。―乃至―恩を知らざるものは畜生よりも甚だし」と説かれます。
畜生にも劣る恩知らずが、南無阿弥陀仏のおはたらきで阿弥陀仏の大恩や、師主知識の洪恩、有情非情のご恩、有形無形の恵みを知らされ、報恩に前進せずにはおれない利益をいいます。

念々に深まる感謝を親鸞聖人は、こう『和讃』されています。

釈迦弥陀の慈悲よりぞ
願作仏心はえしめたる
信心の智慧に入りてこそ
仏恩報ずる身とはなれ
(正像末和讃)

"釈迦・弥陀の大慈悲によって、大悲の願船に乗せられ絶対の幸福になれたのだ。
この広大無辺のご恩に、いかに報じたらよかろうか"

親鸞聖人90年の生涯は、この如来大悲の恩徳に捧げられた不惜身命、正法宣布であったことは広く知られています。

この知恩報徳を地でいった先哲は多くありますが、いまも感動を与え続けるのは、本光房了顕の殉死でありましょう。

蓮如上人の北陸布教の基地である、吉崎御坊(福井県)が炎上したのは、文明6年3月28日のことだった。

齢60にもなり、日常の動作も、とかくもの憂き頃の上人は、「火事だ!」と聞かれて取るものも取りあえず、外へ飛び出られる。
「しまった!」と叫ばれたのは、直後のことだった。
どんな人にも不覚はあるもの。拝読中の祖師聖人のご真筆、『教行信証』「証の巻」を居間に置き忘れられたのだ。

あまりの失態に決死に取りに戻ろうとされる上人を、弟子の本光房は見のがさなかった。
「お任せください、上人さま」
叫ぶや否や、脱兎のごとく渦巻く猛火に躍りこんでいた。

地獄の炎をくぐり抜け、やっと上人の居間にたどり着いた本光房は、無事なお聖教を握りしめ安堵した。
だが、時すでに遅し。火は八方に回り脱出の術は断たれていた。
「お聖教をお護りし、上人の御心を安んじ奉るには」
覚悟した本光房は懐剣で腹十文字に切り開き、内臓深く「証の巻」を押し込み五体を火炎にまかせた。

焼け跡の上人の居間あたりに、焼死体は静かに横たわっていた。遺体からは護法の血に染まったお聖教が無傷で発見された。
蓮如上人は本光房の遺体を撫でながら、「そなたに守られたお聖教は、永久の灯炬となって人々を真実の幸せに導くであろう」。
上人の涙はとめどもなく、キラキラと夕日に輝いていた。

言うは易く、行うは難し。知恩報徳の鑑であろう。

如来大悲の恩徳は
身を粉にしても報ずべし
師主知識の恩徳も
骨を砕きても謝すべし
(正像末和讃)

(続く)



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