気泡シート審取
平成23年(行ケ)第10130号 審決取消請求事件
請求認容
本件は無効審決に対して取消を求めるものです。
争点は進歩性の有無です。
裁判所の判断は31ページ以下。
本判決は、まず、審決の「プラスチックフィルム等を用いる包装材において, 新たな機能を付与しようとすれば新たな機能を有する層を付加するのは当業者の技術常識といえ,逆に,従来複数の層により達成されていた機能を例えば一層で達成できるならば,従来の複数の層に代えて新たな一層を採用し,製造の工程や手間やコストの削減を図ることも,当業者の技術常識といえる。すなわち,二層の機能を一層で担保できる材料があれば,二層のものを一層のものに代えることは当業者が当然に試みることである」との認定に対し,「積層体の発明は,各層の材質,積層順序,膜厚,層間状態等に発明の技術思想があり,個々の層の材質や膜厚自体が公知であることは,積層体の発明に進歩性がないことを意味するものとはいえず,個々の具体的積層体構造に基づく検討が不可欠であり,一般論としても,新たな機能を付与しようとすれば新たな機能を有する層を付加すること自体は容易想到といえるとしても,従来複数の層により達成されていた機能をより少ない数の層で達成しようとする場合,複数層がどのように積層体全体において機能を維持していたかを具体的に検討しなければ,いずれかの層を省略できるとはいえないから,二層の機能を一層で担保できる材料があれば, 二層のものを一層のものに代えることが直ちに容易想到であるとはいえない。目的の面からも,例えば材質の変更等の具体的比較を行わなければ,層の数の減少が製造の工程や手間やコストの削減を達成するかどうかも明らかではない」と述べて、かかる認定を否定した上で、「引用発明2は,粘着剥離を繰り返せる標識や表示として使用される自己粘着性エラストマーシート(いわばシール)に関する発明であって,被着体の運搬・施工時の衝撃から被着体を保護するための気泡シートに関する発明である引用発明1Aとは技術分野ないし用途が異なるものである。当業者は,発明が解決しようとする課題に関連する技術分野の技術を自らの知識とすることができる者であるから,気泡シートの分野における当業者は,引用発明1Aが「粘着剤層32」を有していることから「粘着剤」に関する技術も自らの知識とすることができ,「粘着剤」の材料の選択や設計変更などの通常の創作能力を発揮できるとしても,引用発明1Aを構成しているのは「粘着剤層32」であるから,当業者は,気泡シート内でポリオレフィンフィルム31上に形成されている粘着剤層32に関する知識を獲得できると考えるのが相当であり,両者を合わせて気泡シートの構造自体を変更すること(すなわち,「ポリオレフィンフィルム31上に形成されている粘着剤層32」という二層構造を,気泡シートの構造と粘着剤の双方を合わせ考慮して一層構造とすること)まで,当業者の通常の創作能力の発揮ということはできないというべきである」と判断し、結論として、「引用発明1Aにおいて,「基材としてのポリオレフィンフィルム31の片面に,粘着力が0.7~25(N/50mm)である粘着剤層32を有」するものに代えて「一層」からなるライナーフィルムとすることは容易想到でなく,そうすると,引用発明1Aに引用発明2を適用することは容易想到であるとはいえない 」と判断しました。
さらに、被告の「登録実用新案第3048069号公報(乙3)の段落【0009】には,「・・・微着シート層10の微着性は,張付面側のベース層を汎用合成樹脂フィルムで形成して,その上に微着性の透明合成樹脂をラミネートするという手段によっても形成可能である。」と記載から,微着シート層10は,微着性合成樹脂フィルムのみを用いた一層構造のものと,汎用合成樹脂フィルム上に微着性透明合成樹脂をラミネートした二層構造のものとの間での変更実施を可能としていることが容易に理解できるので,引用発明1Aにおける「基材としてのポリオレフィンフィルム31の片面に,粘着力が0.7~25(N/50mm)である粘着剤層32を有」するものと同じ機能を一層で代用することで,引用発明1Aの層構造を「三層構造」とすることは,当業者が容易になし得ることである」との主張に対し,「・・・微着シート層10の微着性は,張付面側のベース層を汎用合成樹脂フィルムで形成して,その上に微着性の透明合成樹脂をラミネートするという手段によっても形成可能である。」とは,汎用合成樹脂フィルムと微着性の透明合成樹脂をラミネートして積層するものであって,具体的接着剤層の形成方法として塗布・乾燥を用いる引用発明1Aとは形成方法や材料が異なる。したがって,乙3の前記記載から,微着シート層10は,微着性合成樹脂フィルムのみを用いた一層構造のものと,汎用合成樹脂フィルム上に微着性透明合成樹脂をラミネートした二層構造のものとの間での変更実施を可能としていることが容易に理解できるとしても, 具体的接着剤層の形成方法として塗布・乾燥を用いる引用発明1Aにおける基材としてのポリオフィレンフィルム31と粘着剤層32を一層にすることが容易であるということはできないと解されるし,乙3は層の変更実施の技術水準の立証という範囲に限り検討されるべきである」と判断しました。
本判決は、証拠を精査しないと正しい理解は困難ですが、まずは、「当業者」の意義について、「発明が解決しようとする課題に関連する技術分野の技術を自らの知識とすることができる者」と表現していることが注目されます。その上で、本判決は、「気泡シートの分野における当業者は,引用発明1Aが「粘着剤層32」を有していることから「粘着剤」に関する技術も自らの知識とすることができ,「粘着剤」の材料の選択や設計変更などの通常の創作能力を発揮できる」としつつ、「当業者は,気泡シート内でポリオレフィンフィルム31上に形成されている粘着剤層32に関する知識を獲得できると考えるのが相当」であって,「気泡シートの構造自体を変更すること」(すなわち,「ポリオレフィンフィルム31上に形成されている粘着剤層32」という二層構造を,気泡シートの構造と粘着剤の双方を合わせ考慮して一層構造とすること)」については,「当業者の通常の創作能力の発揮ということはできない」と述べています。この点に関する本判決の趣旨を忖度すると、気泡シートの当業者が通常有すべきは、「粘着剤」の知識は、あくまで、「気泡シート」上の「粘着剤層」を前提とするものであり、この前提を超える創作については、本判決が検討した証拠からは、論理付けができない、というものと思われます。当業者の技術常識ないし通常の創作能力の範囲についてきめ細かい認定をした裁判例として参考になります。
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