「幸福の科学」観察日記

「幸福の科学」を観察しつつ、心に浮かんだ感想などを綴っています。

HS信者の説く「致良知」と「考」について

2013-02-09 | 感想 2

救国愛国さん - 幸福の掲示板

「致良知」 - 救国と愛国のコウのブログ

孝を考える - 救国と愛国のコウのブログ

 

 

幸福の掲示板で話題になっている救国愛国さんのブログを読んでみました。

はじめに、「致良知」という記事を読みましたが、まず一番に感じたのは、文章が掛け違えたボタンのようにズレていて読み難いということでした。

まず救国愛国さんは次のように書いています。

 

「致良知」とは「人は本来美しい心を備えている」という意味です。

 

これは、救国愛国さん独自の解釈なのでしょうか。一般的には、陽明学の致良知は、次のように解釈するものではないでしょうか。

・良知⇒善悪を知る心⇒良心
・致良知⇒良知を致す⇒良心に従って行動する

これから行くと、上に引用した説明文は、善悪を判断する作用を持つ「良知」を、「美しい心」と感覚的に解釈した上に、「致良知」と「良知」とを混同して説明するという二重のズレがあるように見えます。

(陽明学に詳しい人は、良知を良心と解釈することに抵抗を感ずる人もいるかもしれませんが、陽明学の入門書で「良知(良心)」という表現を見たことがあるので、ここではそのように解釈しておきます)

 

自分が善いと信じたことを断固として実行するというのは、陽明学の基本です。

 

これは、「致良知」の説明のように思えますが、それだとしても少し微妙です。「良知(良心)が善いと判断したことを断固として実行する」としているなら納得できますが、判断の主体が「自分」になっているのには違和感があります。

おそらく、ここでいう「自分」とは、私心や我ではなく、自分の中にある良知、良心の意味なのでしょうが、それだったらきちんと「自分」ではなく、「良知」と書くべきではないでしょうか。あらぬ誤読を防ぐためにも。

救国愛国さんの記事を読むと、この他にも妙なズレが少なくないようです。たとえば、致良知の事例としては、考のために公職から退く決断をしたとか、大塩平八郎の乱だとか、そういったことを挙げるのが普通ですが、救国愛国さんはどういうわけか、村民が中江藤樹を尊敬していた話や、争っていた二人が和解した話などを挙げています。それらは、致良知の事例というよりは、中江藤樹の徳とその感化力、各人に良知が備わっていることなどを示す例だと思うのですけど……。

わたしも決して名文家ではなく、柱は傾き、床は歪んだ廃家のような文章を書いてしまったりするクチですし、偉そうなことは言えないのですが、できれば救国愛国さんはもう少ししっかりと物事の本質を掴んだ上で、文章を組み立てるようにしたら、どうかと思います。その方がズレも、ネジレもない、分かりやすい文章になるはずです。

 

   *

 

ちなみに、わたしは以前、陽明学に強く魅かれた時期がありました。陽明学徒である河井継之助を描いた小説『峠』(司馬遼太郎著)を呼んだことが切っ掛けでした。

己の良知が命ずることは、それがたとえ法律や禁忌に触れようとも断行する。その際、成功するか失敗するかは問わず、動機の純粋性を重視する。こういった教えに、信仰に悩んでいた当時の自分は感激したものでした。

また、『伝習録巻下』にある次の考え方にも、強く共感しました。

 

93 通釈 問う、「良知は同一であるはずですのに、易について周の文王は卦辞を作り、周公は爻辞を作り、孔子は十翼を作ったといいますが、どうしてこのように道理の見方にそれぞれの違いがあるのでしょうか。」先生曰く、「聖人はどうして死んだ型に捉われていよう。根本において同じ良知から出ているなら、各自が別々の説を立てても何の妨げがあろうか。たとえていうなら、竹園の竹の、枝や節の長さを大体同じにしようとするなら、大体は同じになるのだが、もし枝や節の一つ一つを拘束して、すべての高下大小を一定にしようとするなら、造化の妙手のなすところではない。このように、造化もすべてを一定にすることはできないのだから、人によって、することの相違するのは、むしろ当然である。君らはまず良知を養うことに努力すべきで、良知さえ同じであったなら、行動に違うところがあっても、さしつかえはない。もし君らがそこに力を用いることをしないなら、竹が一様でないどころか、筍さえも生えることはないであろう。まして枝や節のことなどを論じる余地はないのである。」

余説 良知が同じなら、することも同じでなければならないと質問するのは、少々変であるが、要するに、「良知は一つである。」の趣旨がよく理解できないためのことであろう。根本が同じなら、行うことに相違があっても、支障のないのは当然である。陽明の挙げた例は、何事も同一を求めるのは無理だということで、大要さえ誤らなければ、人々皆違ってよく、根本を養うことに全力を尽くせとの意味である。陽明の答えから察するに、この質問者は初歩の人であったに違いない。
(『新釈漢文大系13 伝習録』明治書院、昭和49年、pp.504-505)
*下線は筆者による。

 

察しの良い方はすでにお気づきのことと思いますが、わたしがエル・カンターレ信仰から心理的にも離脱できた理由の一つに、陽明学を知ったことがあります。

陽明学のおかげで、
・信仰、戒律、禁忌事項より何よりも、良心の声に従うべきこと、
・純粋に良心に従っているならば、信仰を持つのも、信仰を棄てるのも、その表現に頓着する必要はないこと
などを確信できたのでした。

陽明学は勇気の原理でもあるだろうし、退会、マインドコントロール解除のために有用な思想であると思います。少なくともわたしの場合はそうでした。エル・カンターレ信仰に疑問を感じつつも、いまいち踏ん切りがつかないという人は、陽明学について調べてみるのもよいかもしれません。

 

   *

 

次に、救国愛国さんの「孝を考える」を一読して感じたことを書いてみます。その第一はいかにも信者らしい文章だということです。

信者たちを観察していると、すぐに気がつくことがあります。それは何かというと、彼らは、主観と客観の区別が不得手で、他者を他者として客観的に把握するのが難しいようだということです。

この特徴が如実に現れる事例としては、信者がアンチに対して多用する「アンチは、無神論者、唯物論者だ」という台詞があります。この台詞は、アンチの思想信条を客観的に正しく理解した上での言葉ではなく、自分がアンチは無神論、唯物論者と感じたから、またそう信じているから、それが現実であると思い込んで発した言葉でしょう。

このような性質は、大川隆法もさほど変わらないようで、たとえば仮に、大川隆法が「○○は××だ」と言ったとしても、それは○○の真の姿を語っているというより、大川隆法が○○を××と解釈したというだけのことが多いようです。

「孝を考える」もこういった教祖や信者たちと同じで、考について、儒教的な意味、中江藤樹の解釈、著者本人の解釈などが混在し、判別し難い文章になっているようです。

それにしても、なぜ大川隆法とその信者たちは、他者を客観的に把握しようとしないのか、主観と客観の区別に無頓着なのか、本当に不思議です。

 

   *

 

最後に、参考として、考についての孔子の言葉を引用しておきます。引用元は吉田公平訳『論語(タチバナ教養文庫)』です。

 

「ちかごろの考は、飲食のことをちゃんと面倒みることであるが、犬や馬だってみんな十分に面倒みている。尊敬しなかったら、犬や馬が面倒みるのと、どこで区別するのだ」
(為政第二 七)

「父母につかえる際は穏やかに諌める。こちらの意向が聞き入れられない場合、わが身をつつしんで父母には逆らわない。どんなに叱られても怨まない」
(里仁第四 一八)

「父母が健在な間は、遠くへ出かけない。出かけても行先を決めておく」
(里仁第四 一九)

「父の死後三年間、父の生き方を改めない人こそ考の人と評価できる」
(里仁第四 二〇)

「父母の歳は忘れてはいけない。一つには、その長生きを喜ぶために、もう一つは、体力の衰えを気づかうために」
(里仁第四 二一)

 

これを読んだだけで、孔子が説く考と、現代日本人にとっての考には、微妙な差異があるのが分かると思います。これは中江藤樹の説く考についても言えることかもしれません。

信者さんは、大川隆法の教えと、過去の偉人の教えと、自分の考えとをすべてイコールで結ぶことに喜びを感じる人が少なくないようですけれども、わたしは主客、自他との間に差異があるからこそ面白いのだし、それぞれの存在価値があるのだと思っています。

できれば、信者さんにも、この差異の面白さと価値を尊ぶ思考があることを知ってほしいものです。これは、差異の面白さと価値を受け入れろというのではなく、ただ単にそういう思考回路を知ってほしいということです。それができればおそらく、他者に対してより寛容になることができ、いろいろな人たちと良好な人間関係を構築できるはずです。

 

 

*追記 2013年2月10日

一カ所、誤字があったので修正しました。



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