そうです私がセ ッ ク ス ボ ラ ン テ ィ ア (SV) で す

セックスボランティアとは、障害者に同情して、タダでセックスしてあげる人のことではありません。

不思議な話

2006-02-04 13:49:51 | 閑話休題
今回は宗教的な話になるかもしれません。
基本的にキリスト教(聖書)の知識がないと、理解しにくい話です。

信じる信じないではなく、私の身に起きたことをそのまま書きます。

もし、宗教的な話は苦手な方がいらしたら、今回は読まないほうがいいかも・・・。



私は13歳からずっと、小さな町のプロテスタントの教会に通っていました。

当時の私は、20代前半で、本気で好きな人がいたんです。
その人とは、結局なんだかうやむやにされたまま、はっきりとお別れもされずに、連絡もだんだんとれなくなって・・・。

で、まあ、すごいショックな形で、失恋したことを知らされたんですね。別の方の会話の中で。


そこから、かなりの抑うつ状態になって、半年以上毎日泣いてばかりいました。

自分の中のすべての物がなんの価値も失せてしまったようで、まさにどん底にへたり込むような精神状態でした。

もともと学歴があるわけでもなく、職歴があるわけでもなく、人脈があるわけでもなく、お金があるわけでもなく、美貌もなく、才能もなく、経験もなく、もうそんなに若くもない(当時そう思ってた・・・)。

ある日、横になって目を瞑った状態ではあるんですが、確かに「夢」ではなく、覚醒している状態で、ふっと、自分のこころが違う場所に移動している感覚になりました。

真っ暗な心の中のいちばん底に、ぺたんと座り込んでいた私に、

「お前は何を持っているんだい?」

と問いかける声を聞きました。

私は、何の疑いももたず、これは神の声だなぁ
と思いながら聞いていました。

私は、確か、なにかあったはず、と考え、近くにあった大きな箱(海賊の宝箱みたいな蓋つきの箱)を開けてみて、声の主に見せようとのぞいてみました。



空っぽでした。


学歴、職歴、人脈、お金、美貌、才能、経験、若さ・・・。


「何もありません」

そう答えました。

「もう一度よく見てご覧」


そう声がしたので、もう一度のぞいて見ました。

箱の底にひとつ。ガラスのように見えるほどに光る純金のかけら。

手に乗せてみると、重い。

「これは?」

とたずねると


「それは、天の国のかけら。お前自身が天の国のかけらなのです。」

「天の国のかけらをもつことを許されたものが集まることで、天の国は出来上がる。」


聞こえたというより、直接こころに入り込んでくる言葉。



「私は、私は生きている価値があるのでしょうか?生きていていいのでしょうか?」

ときいてみました。


「お前の代わりはどこにもいない。」



私は泣いていました。
自分の体を感じていました。


ゆるされたんだ。


生きていていいんだ。


生きていく価値があるんだ。


そのことが嬉しくて。




手のひらには間違いなくあの純金のかけらの重さが残っていました。

あれを幻と呼ぶのでしょうか。

夢だと言うのでしょうか。



あの瞬間から、自分で生きることに価値と喜びを心から感じることができるようになりました。


それからも、とんでもなくつらいことは何度となくおきましたけど、今も生きてます。
幸せだなぁと思います。

神様っているんじゃないかな、天国ってあるんじゃないかな、という希望ではなく、神様はいて、天国ってのは、私が存在してるってことが確かなように、間違いなくそのうち完成するものと「理解」できました。


私の体験はそういったものです。

ちょっと不思議でしょ?