新古今和歌集の部屋

八雲御抄 正義部 贈答 蔵書

八雲抄巻第一 正義部

 

 

 

 

 

 

 贈答

是は、哥を返すを云。極て大事なる事也。人の安思

ひて、おかしげにかへすは、見苦事也。返す樣もさま

/"\なり。たとへば、たゞ人の返事をするも、何事か

などいへる返事に、なにごと候はずなどもいふ。又、別

事も候はずなども云躰に、いふところの詞をぐし

て、かへす事も有。心はおなじ事なれど、詞をかへて

も、返すなり。哥はよけれど、かへしにわろきもあり。

歌は、よからねども、返しの作法なるも有。真静法師

が説法をきゝて、安倍清行が小町がもとへ

つゞめども袖にたまらぬしら玉は

人をみぬめのなみだなりけり

といへるに、小町が返事、

をろかなる涙ぞ袖に玉はなす

我はせきあへず瀧つせなれば

業平朝臣家に侍ける女に、敏行が

つれ/"\のながめにまさるなみだ河

袖のみひぢくあふよしもなし

といへる返事、業平が女にかはりて

淺みこそ袖はひつらめなみだ河

身さへながるときかばたのまん

大貳三位、さとに出侍けるをきかせ給て

まつ人は心ゆくともすみよしの

さとにとのみはおもはざらなん

とありける冷泉院の御返事に、

すみよしの松はまつともおもほえで

君が千とせのかげぞゆかしき

が樣のたぐひおほかれど、返しする樣の本になり

ぬべきは、これら也。此外もあれども、事多ければ、しる

さず。人のもとへやるうたも、よく/\心得てよむべし。

禁中、仙洞、すべて貴所へまいらするゝ哥をば、わたく

しに、きみがなどはよまぬ也。上の御ことを君と申

は、はゞかりなし。其人をきみとはいはぬ也。是、古今の

教訓也。又あふむ返しといふ物あり。本哥の心詞をかへ

ずして、同事をいへる也。あふむと云鳥は、人の口まね

をする故にかく名付たり。俊頼抄物には、おもひよら

ざらんおりは、さもしづべしといへり。いたく神妙の

事にはあらぬが、昔今多けれ共、みなさせる事なけ

れば、集などに入たる事はすくなし。たとへば、これ

などぞあふむ返しといふべき。後一条院春日行

幸に、上東門院そひて、たてまつりたりけるをみて、

 法成寺入道

そのかみやいのりをきけんかすが野の

おなじ道にもたづねゆくかな

返し        上東門院

くもりなきよのひかりにや春日野の

おなじ道にもたづねゆくらむ

かやうにかはらぬをいふなり。是程詞つゞかねども、

同じ心、同詞なるは、おほかる也。三句さながらかはら

ず。二句は又、つねの事也。又、さきにしるすところの

様には、すこしかはりて詞をかへたる。

あだなりとなにこそたてれさくら花

としにまれなる人もまちけり

といへる返事は、あだなりとも、あだならずともいひ、

又、まれなるよしをもいふべし。それは、何ともいはで、

業平が返事に、

けふこずはあすは雪とぞふりまなし

きえずはありとも花と見ましや

是、又ひとつの樣也。是ならずもかはりめあれども、是

等を心えてたりぬべし。大かた業平は、ことに返し

をよくしたる也。殊に哥人も、返事を心得ぬも有べ

し。昔今多ければ、一番にしるす。「われはせきあへず」

の心にのみかへす也。しかあれども、あしく成ぬれば、

すこしは、あしざまになる也。又、詞をさかさまにとりな

してのみ返す。是もひとつのやうなれば、よく/\心得

て返すべし。

 

 

※読めない部分は、国文研鵜飼文庫を参照した。

※つつめども 古今和歌集巻第十二 恋歌二 安倍清行 556

※をろかなる 同 かへし 小野小町 557

※つれ/"\の 古今和歌集巻第十三 恋歌三 藤原敏行 617伊勢物語百七段

※浅みこそ 同 かの女にかはりて返しによめる 在原業平 618 同

※まつ人は 新古今和歌集巻第十七 雑歌中 1605
 大弐三位里に出で侍りにけるを聞きこめして
              後冷泉院御製
待つ人は心ゆくともすみよしの里にとのみは思はざらなむ

よみ:まつひとはこころゆくともすみよしのさとにとのみはおもはざらなむ 隠

意味:春宮を退出して、そなたを待つ人は、とても嬉しいだろうが、住吉の里がとても住み良いからと言って、ずっと留まって、もう宮中に戻らないと思わないで欲しいぞ。

備考:大弐三位は、後冷泉天皇の乳母。春宮時代に夫の高階成章から退出を報告する際、「忘れ草摘むとは見れど住吉の君ならで又待つ人ぞなき」と送られて来て、そこで大弐三位に贈ったもの。待つと松を掛け、住吉の縁語を効かせ、住吉と住み良しを掛けている。

※すみよしの 同 1606
 御返し           大貳三位
住吉の松はまつともおもほえで君が千年のかげぞ恋しき

よみ:すみよしのまつはまつともおもほえできみがちとせのかげぞこいしき 隠

意味:住吉の松が、私を待ってと言っても数の内に入らず、親王の千歳を経るであろう御齢の繁栄のもとが、直ぐ恋しくなり、戻って参ります。

備考:後冷泉天皇が春宮時代に贈られた歌に対する返歌。

※そのかみや 続古今和歌集 神祇歌 藤原道長 718

※くもりなき 同 上東門院彰子 719

※あだなりと 古今和歌集巻第一 春歌上 よみ人知らず 62 伊勢物語十七段

※けふこずは  同 在原業平 63 同

※われはせきあへず 上記※をろかなる 小野小町歌の四句。

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