春の日
三月六日野水亭にて
且藁
なら坂や畑うつ山の八重さくら
おもしろふかすむかた／"＼の鐘 野水
春の旅節供なるらん袴着て 荷兮
口すゝぐへき清水ながるゝ 越人
松風にたをれぬ程の酒の酔 羽笠
賣のこしたる虫はなつ月 執筆
ウ
笠白き太秦祭過にけり 野水
菊ある垣によい子見てをく 且藁
表町ゆづりて二人髪剃ん 越人
暁いかに車ゆくすじ 荷兮
鱈負ふて大津の濱に入にけり 且藁
何やら聞ん我国の声 越人
旅衣あたまばかりを蚊やかりて 羽笠
萩ふみたをす万日のはら 野水
里人に薦を施す秌の雨 越人
月なき浪に重石をく橋 羽笠
ころひたる木の根に花の鮎とらん 野水
諷尽せる春の湯の山 且藁
ニ
のとけしや筑紫の袂伊勢の帯 越人
内侍のえらふ代々の眉の圖 荷兮
物おもふ軍の中は片わきに 羽笠
名もかち栗とぢゝ申上け 野水
大年は念佛となふる恵美酒棚 且藁
ものごと無我によき隣也 越人
朝夕の若葉のために枸杞うへて 荷兮
宮古に廿日はやき麥の粉 羽笠
一夜かる宿は馬かふ寺なれや 野水
こは魂まつるきさらきの月 且藁
陽炎のもえのこりたる夫婦にて 越人
春雨袖に御哥いたゝく 荷兮
ウ
田を持て花みる里に生れけり 羽笠
力の筋を次し中の子 野水
漣や三井の末寺の跡とりに 且藁
高びくのみぞ雪の山／＼ 越人
見つけたり廿九日の月さむき 荷兮
君のつとめに氷ふみ 羽笠
わけ
【初折】
〔表〕
ならさかやはたうつやまのやゑざくら 且藁（発句 八重桜：春）
おもしろふかすむかたがたのかね 野水（脇 春）
はるのたびせつくなるらんはかまきて 荷兮（第三 春）
くちすすぐべきしみずながるる 越人（四句目 雑）
まつかぜにたをれぬほどのさけのゑひ 羽笠（五句目 雑）
うりのこしたるむしはなつつき 執筆（六句目 秋月）
〔裏〕
かさしろきうづまさまつりすぎにけり 野水（初句 秋）
きくあるかきによいこみてをく 且藁（二句目 秋）
おもてまちゆづりてふたりかみそらん 越人（三句目 雑）
あかつきいかにくるまゆくすじ 荷兮（四句目 雑）
たらおふておほつのはまにいりにけり 且藁（五句目 冬）
なにやらきかんわがくにのこゑ 越人（六句目 雑）
たびごろもあたまばかりをかやかりて 羽笠（七句目 夏）
はぎふみたをすまんにちのはら 野水（八句目 秋）
さとびとにこもをほどこすあきのあめ 越人（九句目 秋）
つきなきなみにおもしをくはし 羽笠（十句目 春月）
ころびたるきのねにはなのあゆとらん 野水（十一句目 春花）
うたひつくせるはるのゆのやま 且藁（十二句目 春）
【名残の折】
〔表〕
のどけしやちくしのたもといせのおび 越人（初句 春）
ないしのえらぶよよのまゆのづ 荷兮（二句目 雑恋）
ものおもふいくさのうちはかたわきに 羽笠（三句目 雑恋）
なもかちぐりとぢぢもうしあげ 野水（四句目 雑）
おおとしはねんぶつとなふるえびすだな 且藁（五句目 冬）
ものごとむがによきとなりなり 越人（六句目 雑）
あさゆふのわかばのためにくこうへて 荷兮（七句目 夏）
みやこにはつかはやきむぎのこ 羽笠（八句目 夏）
いちやかるやどはうまかふてらなれや 野水（九句目 雑）
こはたままつるきさらぎのつき 且藁（十句目 春月）
かげろうのもえのこりたるめをとにて 越人（十一句目 春）
はるさめそでにおうたいただく 荷兮（十二句目 春）
〔裏〕
たをもちてはなみるさとにうまれけり 羽笠（初句 春花）
ちからのすぢをつぎしなかのこ 野水（二句目 雑）
さざなみやみゐのまつじのあととりに 且藁（三句目 雑）
たかびくのみぞゆきのやまやま 越人（四句目 冬）
みつけたりにじうくにちのつきさむき 荷兮（五句 冬月）
きみのつとめにこほりふみわけ 羽笠（挙句 冬）
※我国の声 謡曲摂待「されば我国の人の声なれば」による。
※花の鮎 若鮎
