新古今和歌集の部屋

平家物語巻第十二 一 重衡切られ3

 
 
 
 


ほれてさぶらふに、奉りかへよとて、あはせの小袖に、じゃうゑを
そへて出されたり。中将これをきがへつゝ、もとき給ひたるしやう
ぞくをば、是をかたみに、御らんぜよとて奉り給へば、北のかた
それもさる御事にてはさぶらへ共、はかなき筆のあと社、
後の世までの、かたみにてさぶらへとて、御すゞりを出され
たり。中将なく/\一しゆの哥をぞかき給ふ。
 せきかねて涙のかゝるから衣後のかたみにぬぎぞかへぬる
北のかたの返事に
 ぬぎかふる衣も今はいかゞせんけふをかぎりのかたみと思へば
ちぎりあらば、後の世にはかならず、むまれあひ奉るべし一つ
はちすにといのり給へ。日もたけぬ。ならへもとをふ候へば、ぶし
共のまつらんも、心なしとて出られければ、北のかた中将殿の、
たもとにすがり、いかにやしばしとて、引とゞめ給へば、中将心の中
をば、たゞをしはかり給ふべし。され共つゐには、ながらへはつべき身
にもあらずとて、思ひきりてぞたゝれける。まことに此世にて
 
 
あひみん事も、是ぞ限りと思はれければ今一度立かへりたくは
おもはれけれ共、心よはふてはかなはじとて思ひきつてぞ、出られ
ける。北のかたはみすのほかまでころび、出おめきさけび給ひけ
る、御こゑのかどの外まではるかに聞えければ、中将なみだに
                    こま
くれてゆくさきもみえねば駒をもさらにはやめ給へず、なく
/\なりけるげんざんかなと、今はくやしうぞ思はれける。北の
かたやがてはしり出て、おはしぬべうは思はれけれ共、それもさす
がなればとて、引きかづいてぞふし給ふ。さる程になんとの大衆、三位
の中将こひとり奉て、いかゞすべきとせんぎす。抑此しげひらの卿は
大ぼんのあく人たるうへ、三千五かいの中にももれしゆゐんかんくわ
のだうりごくじやうせり。仏てき法てきのぎやくしんなれば
すべからく東大寺興福寺、両寺の大がきをめぐらして、ほ
りくびにやすべき。又のごぎりにてやきるべきと、せんぎす。らう
そう共のせんぎしたるは、それもそうとの法にをんびんな
らず。たゞぶしにたふで、木津の邊にてきらすべしとて、つゐ

 


平家物語巻第十二
  一 重衡のきられの事
(萎)れて候ふに、
「奉り替へよ」とて、合はせの小袖に、浄衣を添へて出されたり。中将これを着替へつつ、もと着給ひたる装束をば、
「是を形見に、御覧ぜよ」とて奉り給へば、北の方、
「それもさる御事にては候へども、儚き筆のあとこそ、後の世までの、形見にて候へ」とて、御硯を出されたり。中将、泣く泣く一首の歌をぞ書き給ふ。
  せきかねて涙の掛かる唐衣後の形見に脱ぎぞ替へぬる
北の方の返事に
  脱ぎ替ふる衣も今はいかがせん今日を限りの形見と思へば
「契りあらば、後の世には必ず、生まれ逢ひ奉るべし。一つ蓮にと祈り給へ。日もたけぬ。奈良へも遠ふ候へば、武士どもの待つらんも、心無し」とて出られければ、北の方、中将殿の袂にすがり、
「いかにや、暫し」とて、引き留め給へば、中将、
「心の中をば、ただ推し量り給ふべし。されども終には、長らへ果つべき身にもあらず」とて、思ひきりてぞ立たれける。真にこの世にて逢ひ見ん事も、是ぞ限りと思はれければ、今一度立ち返りたくは思はれけれども、心弱ふては叶はじとて思ひ切つてぞ、出られける。
北の方は御簾の外まで転び出、おめき叫び給ひける、御声の門の外まで遥かに聞えければ、中将涙に暮れて、行く先も見えねば、駒をも更に早め給へず、泣く泣くなりける見參かなと、今は悔しうぞ思はれける。北の方、やがて走り出て、おはしぬべうは思はれけれども、それも流石なればとて、引きかづいてぞ臥し給ふ。
さる程に、南都の大衆、三位の中将請ひ捕り奉て、いかがすべきと僉議す。そもそもこの重衡の卿は大犯の悪人たる上、三千五戒の中にも洩れ、修因感果の道理極上せり。仏敵法敵の逆臣なれば、すべからく東大寺、興福寺、両寺の大垣を巡らして、堀頸にやすべき。又鋸にてや切るべきと、僉議す。老僧どもの僉議したるは、それも僧徒の法に穏便ならず。ただ武士にたふで、木津の辺にて切らすべしとて、遂

 
※武士にたふ 武士に給ふの音便
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