翡翠色 オパール色 風の声

おひとりさまの人生 感じて 考えて 味わって(?)
草花とメダカに癒され生きています

魂の舞い降りる場所

2009-05-13 | 旅、風の声に誘われて
ゴールデンウィーク、皆様、いかがお過ごしだったでしょうか?

私は、具合が思わしくない叔母のお見舞いに、知り合いのNさんを連れて、
九州へと旅をしておりました。
ただ、「見舞いに来た」と言うと、叔母は自分の病気の重さを気に病むと思い、
同県内に暮らす母の幼なじみT子さん宅に遊びに行きがてら、病院に立ち寄った、という事にしました。

少し、背景をお話ししますと、入院中の叔母も、一緒に行ったNさんも、幼なじみT子さんも、
かつて、私の実家に、家族の如く生活をしていた事があり、皆、身内のような存在であります。

                 

思えば3年前の5月、母は癌の痛みと闘っておりました。
弱音を吐かない母が、唯一、心を許して甘えられたのではないかと思える人がT子さんでした。
彼女は、懐が広いというか、包容力に溢れた、よーく出来たお方です。

入院10日目には、余命宣告を受け、その後、九州からお見舞いに来て下さったT子さんに、
母は懇願したそうです。

    「あなたの家の庭に、木を植えて欲しい、花の咲く木を」と。

そして九州に戻ったT子さんは、庭の一番真ん中に辛夷(こぶし)の木を植えて下さったのでした。

 真ん中で手を広げているのが辛夷


その後、間もなく母は亡くなり、その1年半後の秋、私はT子さん宅を訪れ、
どうして母が、この地に木を植えて欲しい、と言ったのかが、判りました。

そこは、手入れされた庭の向こうに畑が広がり、その中に、ぽつりぽつりと鎮守の森があり、
それらを抱くように、里山のやわらかな稜線が続く・・・

それは、それは、気持ちのいい場所でありました。

母の故郷にほど近く、何より自分を一番忘れて欲しくないT子さんの所に、
自らの魂が舞い降りる場所を作っておきたかったのだと思いました。

早春には、白い花が咲いたそうです。

                 


今回、T子さん宅では、みごとに鉄線が満開。

遠くの家の鯉のぼりが時折空を泳ぎ、鳥達のさえずりは楽しげで、
入れ替わり立ち代わり、色々な種類の蝶がやってきては、「母の木」のまわりを舞っていました。

母が魂の拠り所にしたかった場所は、私にとっても魂を解放してくれる場所となりました。

 鉄線はこの上の方へも蔓を伸ばしていました





さて、滞在中、近所の観音様に連れて行ってあげると、T子さんが提案してくれました。
前回、秋に訪れた時、鎮守の森の神社でお神楽の奉納をしており、
それを目の当たりにした私が、いたく感激したのを覚えていてくれて、
きっと気に入るだろう・・という事でした。

  

畑の中に、こんもりと森が見え、小川を越えると、すうーっと静謐な空気感になりました。
ここは千手観音堂という所ですが、残念ながら、千手観音様は限られた御開帳の日にしか拝めません。

でも、八手観音様は、慈悲深いお顔で迎えてくれました。



観音様の背後の岩からは清水が湧き、地元の人がポリタンクを持って、汲みに来ていました。
何でも、ここの水でご飯を焚くと、お乳の出がよくなる、と言う「言われ」があるそうです。
もちろん、手を差し出し、飲んでみました。くせのない柔らかい清水。



そこ、ここ、写真を撮っていると、何やら、向こうの方でT子さんが、叫んでいます。
そして、脇に目をやると・・・

  どひゃ!!

千手観音様に、言われちゃ、気をつけないわけにいきませんよね。
慌てて、足元を見回し、水場から離れたのでした。

また、来よう、何度でも来よう、「母の木」に会いに・・・そう思いながら、T子さん宅を後に、
また叔母の病院に向かったのでした。


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ベトナムへ5 ~秘密の奥地へ潜入~

2009-01-27 | 旅、風の声に誘われて
(ベトナムの旅の思い出話の続きです。
初めていらした方は、その1その2その3その4を是非ご覧下さい)


その昔、ベトナムっていう国に行きました。
東南アジアにある、南北にながーい国です。

ながーいだけに、移動もながーい事かかりました。

実は、この旅で任務を遂行する為に、ベトナム人すら入れない、秘密の地に潜入しなければなりませんでした。
その地名すらも教えてもらえなく、ただただ、ひたすら乗り物に乗って、どんどん、ずんずん。


香港を経て、南のホーチミンから入国したので、かの場所に向かう為に、ハノイに移動する事になりました。
その距離1,700 km以上(日本の本州縦断位)、これは飛行機しかあるまいと、チケットを頼みました。

何の疑問も持たずに、乗り込んだベトナム・エアー。
普通の国内線ですが、機内の表示の大半はソ連の文字で書いてありました。
いわゆる払い下げってヤツでしょうか。

窓は丸窓。
昔日本にも、こんな飛行機があったような、なかったような。
まぁ、古そうな事は確かです。んで、ちよっと緊張・・・・

そうは言っても、今更降りられないし、ハノイに行かにゃなりませんし、
ちんまり座って、シートベルトを締めました。

で、離陸。

     ぐわぁぁぁぁぁぁ・・・・・・ 

私の人生は、ここで終わるかと思いました。

少し高度があがった途端、シューっという音と共に、機内は自分の手も見えない程の、
真っ白な煙で埋め尽くされたのです!!
正確には水蒸気なのだと思うのですが、とにかく何が何だか!!

2-3分して、雲が切れると、大騒ぎしているのは、私たち一行だけでした。
ベトナムでは、機内に雲が侵入してくるのは、普通の事なのでしょうか。
その後、どんな僻地の、どんなローカル機に乗っても、こんな事は1度たりとてありません。

そして眼下に見えたのは、ベトナム戦争の映画でよくみる、鬱蒼としたジャングル・・・
私が1番ベトナムにいるのだと感じた瞬間でもありました。


             


さて、スッチーさまは、アジア系1名・ブロンド系1名。
制服は、白っぽいのと水色っぽいアオザイだったような。

機内の雲が晴れると、国内線でも機内食ができました。
小さなパンと、ハムのようなもの。
ハムには、ご丁寧にパクチーが載っており、日本人一行、みんなメゲておりました。
まっ、私はまったく問題ありませんが!

食事が終わると、間もなく着陸体勢。
すると、プロンドのスッチーさま、ピッチャーに残ったオレンジジュースをドボドボとトイレに捨て、
(扉は開けたまま)
空の容器を抱えて、足で思いっきり蹴って、トイレのドアを閉めておりました。
あのオレンジジュース、霧になって、ジャングルに甘い雨を降らせるんだろうか・・・


             


日本に帰ってから、現地の世話役さんを紹介して下さった貿易商の方に、ベトナムエアの話をしたら、

「えー、VIPもいるのに、あれ乗ったの!?
 ベトナムにいる日本の商社の人は、危ないからって、わざわざ香港経由で南北を移動するんだよー!」

あ・と・の・ま・つ・り! とにかく無事でよかったです・・・・ 


さてハノイで4WDの車に乗り換え、一路南へ! (たぶんそっちの方)
1日半、ひたすら移動でも、寝てりゃあ、そのうち着くだろうと、“たか”をくくっていたのですが、
とにかく飛ばす! 飛ばす!
そして、追い越しをかけようが、かけまいが、延々とクラクションを鳴らして走り続けます。
現地で合流した人達も含め、3台の車で移動しましたが、頻度の差こそあれ、
ほとんどクラクションを鳴らし続けているのは、どの車も同じでした。


               


1泊して、翌朝もクラクションの嵐にて進行。
そうこうしているうちに、舗装道路がなくなりました。
(上の写真は、舗装道路の終着点で撮ったものです)
あとは、デコボコ道を、延々と奥地へ。

途中でスタックしているバスに阻まれて、進めなくなり、
何もできない日本人一行は、ランチタイムとなりました。
バスの子供達に見守られる中、私は、朝、ホテルで用意してもらったフランスパンに、
日本から持って行ったツナ缶とマヨネーズを和えて挟み、サンドウィッチを作成。
それからカロリーメイト配布。
心無しか、日本人ご一行はご満悦で、私の株もちょっと上がったような。

そうそうしているうちに、力持ちの男子達が、バスをスタックから救出し、私たち一行も出発。
車を進めると、物々しいゲートに引っかかり、何やら怪しい紙を見せ、秘密の地へと潜入しました。

そこはどんな場所かと言うと、川でありまして、その川は泥沼のようなのですが、
泥団子の中には、時々、赤い石が出てきて、それが高い指輪になったりするので、
ちょっとヤバい秘密の場所、という事になっているのです。

私は仕事も忘れ、ズブズブと足を取られながら、ドジョウすくいの真似事をしてみましたが、
そんな簡単には、赤い石は見つかりませんやね。

      
                  

 
えー、生き物である以上、欠かせないのは “アレ”であります。
その場所の事情がよくわからずに行った事もあり、あまり考えていなかったのですが、
泥遊びをしたせいか、ちょっと冷えた訳で・・・
幸いにも、そこの管理をしている人の小屋があり、を借りる事ができました。
お住まいも小屋ですが、も小屋であります。

男性の皆様は、とっとと済ませ、女子はMさまと私。
扉は放っておくと開いてしまうので、お互いに押さえ合う事にいたしました。
Mさまが出てきて、次に入ってみると・・・

そこはがらーんとした、コンクリート打ちっぱなしの床があるだけ。広さにして4畳半位。

     ど、どうしたらいいの? 

よくよく見たら、ただの部屋と違い、部屋の片隅の壁に小さな穴が空いていて、そこだけが緩やかに床が傾斜しているようでした。
あぁ、そういう事なのね・・・と、いう事は、ここの人は紙は使わないって事か??
外に出てみると、そこには井戸があり、まぁ、万事は水に流して終了という感じがしないでもなく。


                 


途中、奥地とは思えない、赤い石で成金になった人達の、けばけばしい豪邸(?)が立ち並ぶ村を抜け、
またハノイへと1日走って戻り、またすったもんだの末、出国し、
香港で飲んだ暮れて1泊し、日本に帰り着きました。


振り返ってみて、何が一番印象に残っているかと言うと、
それは長い移動中に見た、どこまでも続く、田んぼの風景です。
二毛作をしているのか、青々と稲がそよぐ場所あり、牛を引いて土を耕しているところあり、
大半の場所は、1本の電柱も建っておらず、それがとても象徴的であり、印象的でした。
昼は光を浴び、夕暮れには赤く染まり、それはそれは美しい光景で、
アジアの原風景とも言えそうなものでありました。

あれから、約15年以上、過ぎました。
電気を頼りの生活をしている私が、こんな事を言う資格がないのは判っているのですが、
電柱にも電線にも切り取られる事のない風景、それがどれだけ美しいかを、
ベトナムの人が気づいて残してくれないものかと、心のどこかで望んでしまいます。

厳しい歴史に翻弄され傷だらけになったベトナム、帰国時にトラブルが起きたのですが、
それはまだ彼らの心の中で続いている南北の争いの残り火のようなものでした。

しかし人々の心は、本当はあの田んぼの風景のように、穏やかで無垢なものだと、
私には思えてなりません・・・



                      ベトナムへ   完



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※ 自分の記憶を書き留めておきたくもあり、長い文章になってしまい、すみません。
 仕事の旅で、お見せできるマトモな写真がほとんど手元にないので、とにかくひたすら書き綴りました。

※この話は、10年数年前の私の体験を、ありのままに書いておりますが、
 現在はずっと観光化され、直行便もあり、色んな事が改善されているものと思われますので、御心配なく。
 改悪されていないかも、気になるところではありますが・・・


ベトナムへ4 ~ホテルの楽しみ~

2009-01-23 | 旅、風の声に誘われて
              ハノイの街角にて 今でもいるのかなぁ、天秤かついだ人・・・


(ながらく間が空いてしまいましたが、ベトナムの旅の思い出話の続きです。
初めていらした方は、その1その2その3を是非ご覧下さい)



その昔、ベトナムっていう国に行きました。
東南アジアにある国で、南北にながーい国です。

南から北へと旅をして、色んなお宿に遭遇しました。
時は、物好き以外、日本人観光客がいない頃。
だから、たっぷり現地風のインターナショナル(?)、味わう事が出来ました。

約1週間程の滞在中に、泊まったホテルは3カ所。
ホーチミン・ハノイ・そして、ハノイから1日半も車に乗って移動した果ての方・・・


ホーチミンでは、サイゴン川に浮かぶ、フローティング・ホテルという所に泊まりました。
オーストラリアから、ぽんぽん船に曳航されて、ホーチミンに辿り着いたというこのホテルは、当時としては、
ホーチミンで唯一、日本人が安心して泊まれ、蛇口の水が飲めるホテル、と言われていました。(飲まなかったけど)
まぁ、船の客室のようなものなのですが、動力もなく、がっつり岸壁に繋がれているので、
寝ているうちに、どこかに連れ去られるような事はありません。

さすがにダントツの高級ホテル、ホテルのスタッフもいちいち微笑を投げつけて来て
その度こちらも、微笑で応戦。
アジアのホテルのホスピタリティを感じたものでした。

しかし、高級すぎて問題もありました。
スタッフ以外のベトナム人は、ロビー以外は入れないのです。
通訳のフンさんと、スケジュールの打ち合わせを客室でしようとしたら、NO!!
結局、セールスの人に頼み、レストランまでは入れてもらいましたが、
フンさんは居心地がとても悪そうでした。自分の国なのにねぇ・・・

その後、ベトナムはすごい勢いで観光化され、欧米資本のゴージャスなホテルも増え、
いつの間にか、このフローティング・ホテルは曳航されて、どこかへ移動したようでた。

2-3年前のある日、ニュースをみていたら、こともあろうか、このホテルが映っていました。
場所は、北朝鮮。くぅぅぅぅぅーー!!


               


ハノイは、湖が街の真ん中にある、シックな美しさの街。
ホーチミンでは半袖シャツでへらへらしていたのに、ハノイは寒くて革ジャンでした。(2月です)

さて、仕事の旅は、朝もはよから駆けずりまわり、夜も翌日の段取り打ち合わせなどに追われる為、
睡眠時間も短くなるので、よほどの事がない限り、1人部屋に泊まる事が認められております。

日本を出る2ヶ月前くらいだったでしょうか、ベトナム側に、日本から行く8名は、
よほどの事情が無い限り、必ず1人1部屋を確保するようにと、リクエストをしました。

本当に、1人1部屋ですか? と、フィードバックが来て、もちろんです! と答えたものの、
混む訳でも値段が高い訳でもないのに、なんだろうかと不思議に思いました。

そのホテルの名前は忘れましたが、確かハノイで一番まともなホテルとの事でした。

着いて、部屋に入って、わかりました。
部屋にはベッドが8つ・・・・

ほとんどの部屋はシャワーのみで、唯一1部屋だけ猫足のバスタブがあったので、
VIPのNさまにその部屋にお入り頂きました。

夜になり、私たちは、こそこそと1部屋に集まりました。
青緑色のペンキ塗りの壁に、病院のようなベッド、誰がその部屋に1人でいられましょうか。

ちょっと偉い人が、言いました。

   「オイ、××(翠)、どうしてこんなホテル、1人部屋にしたんだよ。
    おばけが出そうで怖いじゃん!!」

するとすかさず、もう1人も言いました。

    「そう、なんか、おちつかないよねー、このホテル」

それでも夜が更けた頃、みんな仕方なく、自分の部屋に引き上げ、眠りにつきました。

ちなみに泣き言を言えないVIPのNさまは、部屋にひっこんだままでした。
翌朝聞くと、猫足のバスタブは、お湯を入れども入れども、漏ってしまって、入れる程は貯まらず、
あげくお湯もでなくなったとの事。
後の祭り・・・すみませぬ・・・
私の部屋もお湯が出たのは、蛇口をひねって3分後から5分後迄でした。まぁ、よくある事ですが。


                     


さて、もう1つの、すんごく奥地のホテル。
じつは、ここ、とある目的地に行く途中、トイレ休憩に寄ったのですが、ロビー横のトイレはみんな壊れ、
他にないかと聞いたら、2階に通され、その扉の中はホテルの部屋でありました。
そして、その部屋のトイレも壊れておりました。

   「ねぇ、ここ、本当はホテルみたいだよ。
    部屋のトイレも壊れていて、3部屋目でやっと壊れてなかったわ」

   「すごいねぇ、怖くて泊まれないよねぇ」

と、半分笑い話で、そのホテルを後にして、その夜戻ってみたら、我々の宿がここでした。
日本で苦心惨憺して集めた蚊取り線香を、みんなに配り、
天井から丸い枠にくっついたシーツ、いえ、蚊帳を吊って、
ちょっとしっとりするシーツに横たわりました。
もちろん、シャワーのお湯は途中で出なくなりました。
もうどうでもいいです。とにかく寝ました。

夕食はいつものチャーハンと、くにゃっとしたエビ料理。(詳しくはベトナム旅の2をお読み下さい)
とある方がワインが飲みたいとおっしゃり、このホテルにあるのかいなと思ったら、
ちゃんと出てきました。
まったく冷えていない、ソ連製(確か当時は、ロシアじゃなかった)の、スパークリングワイン。
他の誰も飲まないというので、つきあって飲みましたが、これが結構馬鹿にできないおいしさでした。

朝食にはフォー!
日本で出まわっているフォーとは、米粉の麺が入っているという事以外は、かなり違います。
この時頼んだのは、牛肉のフォー。
何が違うかというと、スープの表面から水深2センチは、すべて油でした。
日本でも、本場の味と言って出すなら、2センチはきっちりやって欲しいものです!


さて、旅立ちの朝、明るくなって、このホテルの正面に掲げられた看板をよく見たら、

     International Hotel うっそー!!

やはり泊まるんですね、外国人。ここまで来るんですね、外国人。
その証拠に、宿泊代を払いに行ったら、外国人$20・ベトナム人$8位でした。国際的だわ・・・


                 


えー、仕事で旅をする時は、ほとんど観光らしい事ができないので、
誰よりも早く起きて、1人でゆっくり朝食をとりながら、窓の外のその国の風景や人々を眺める事にしています。
これが最大の楽しみ。

しかし、この旅だけはそういきませんでした。
どんなに早く起きても、必ず食堂にいるのです、VIPのNさまが・・・

ちょっとごつい顔だけど、とても心優しいNさまは、当時60歳位だったと思います。
そして言うのです。

     「おー、××(翠)くん、早いねぇ~!」

     「はぁ、Nさま、おはようございます・・・」


そして、この旅の全ての朝食を、Nさまと共にいただいた私なのでした。(かなり妙な絵図らです)
今でも、時々、マスコミに露出するNさまを、見かけますが、
また朝食を一緒に食べたいなぁ・・と、ちょっとだけ思います。


            
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※ 自分の記憶を書き留めておきたくもあり、長い文章になってしまい、すみません。
 仕事の旅で、お見せできるマトモな写真がほとんど残っていない事もあり。

※この話は、10年数年前の私の体験を、ありのままに書いておりますが、
 現在はずっと観光化され、色んな事が改善されているものと思われますので、御心配なく。


女医さんの好物

2008-12-01 | 旅、風の声に誘われて
前回・前々回の箱根の旅話の続きです。 (↑写真は、温泉施設前の冬桜)


さて、一夜あけて、今回の旅の目的である

   「清々しい空気の中で、風に吹かれながら、露天風呂で紅葉を眺めたい

・・・を遂行する為に、Tちゃんと私は、40過ぎのカップルが行くには、少々照れのある
大温泉レジャーランドへ行きました。
水着を着て入る温泉なので、男女だろうが、ニューハーフだろうが、みんなで温泉に浸かれるわけです。


で、そこには、気持ちよさそうなのや、怪しいのやら、忍耐を要するものやら、
色んな温泉があるのでした。


まずTちゃんが前夜からチェックして楽しみにしていた「浮遊風呂」へ。
これは、塩分濃度の高い死海の水を再現した、というような事ですが、
プロデュースby プリンセス天功・・・

確かに浮くんですが、Tちゃんがひょいと押すと、バランスが崩れ、慌てふためく羽目になります。
こんなお湯が、目や口に入ったら、地獄風呂と化します。
塩分の刺激が強過ぎて、身体がぴりぴり、あっという間に退散しました。




外に出てみると、紅葉の山をバックに、白い山が立ちはだかっていました。
で、山の上から老若男女が滑ってきます! まぁ、大半は子供ですが・・・

おそらくこれが人生最後だと思い、白い山から滑り降りてみる事にしました。
実は、私はこの手のものは、大好きなのです。

で、お湯と共に、思ったよりずっと早い速度で滑り落ちて、最後は温泉にドボン!
頭もすっかり濡れて、すぐに屋内へ退散しようとしましたが、Tちゃんは喜んでおり、
「写真を撮ってあげるから、もう一回やれば」と言うと、喜々として階段を上って行きました。

寒い・・・しかし、なかなかT ちゃんの番が来ません。
連写にカメラを切り替えたいのですが、うまくいかず、そのまま手前で待ち構えました。

見上げると、Tちゃんが、さあ行くぞ!とばかりに、手を振っています。

よし!  へっぽこカメラマンは、Tちゃんを狙いました!

一番急流のコースを選んだTちゃん、滑ってくると、手すりから見えるのは、坊主頭だけ・・・

えー・・・私は海坊主というものを、見た事がないのですが、きっとこんな感じでしょうか・・・(なんせアザラシ似です)
なんて絶対にTちゃんにはいえない事を内心思いつつ、シャッターを切りました。

で、もう一枚と思った時には・・・



すでに事遅し・・・でした・・・


 炭風呂の小屋です


さて、花びらが浮いているバラ風呂だの( Tちゃん、まったく似合いません)、

豆乳風呂だの   ( 豆乳鍋のような白いお湯。途中で、豆乳を柄杓で配りに来ましたが、
          お湯に入れて下さいという言葉も聞かず、みんな顔になすりつけていました)、

ワイン風呂だの ( ワイン色。ボージョレーヌーボー解禁に合わせて、ボジョレーを投入していましたが、
           勿体ないから、もっと安いのでいいよ・・と思ったのは、私だけでは無い筈)、

酒風呂だの    ( 透明。まったく匂いはしませんでした。幼児が喜んで入っていましたが・・・)、

コーヒー風呂だの ( アメリカンコーヒー色。酵素が効くとか。横の巨大なネルドリップで抽出しているらしいです)、

抹茶風呂だの   ( 緑色。カテキンの殺菌効果とか。 隣には緑茶風呂ってのもありましたが、どれだけ違うんだろ??)、

炭風呂だの     ( 真っ黒です。炭じゃなくて、墨って事? 中が全く見えずに、ちよっと潜ってみたい気もしました)、

・・・これが飲み物だったら、悪酔いしそうな位、次々とお風呂をハシゴしました。
移動は、タオルを掛けたり、マヌケな温泉着を来ても、寒い!、
特に足元は凍り付くように冷たく、次に来るときは、絶対にビーチサンダルを持参しようと心に誓ったのでした。


で、凍り付きそうな地面の冷たさに耐えながら、露天風呂の一番先までヨロヨロと行ってみると、
そこには岩風呂があり、ごつい岩を枕に寝転がってみると・・・



頭上には、こんな紅葉と青空が広がっていました。


    ほえ~!       


すっかりのんびりしましたが、もうひとつ、何やら大行列していたので、飛ばしていたお風呂があり、
再度のぞいてみました。

どうやら入れ替え制なので、並んで待つという事になるようで、折角だからと私たちも並びました。
その間、汗だくのTちゃんは、バスタオルをターバンのように頭に巻き、
順番が来て、トルコ風呂もどきのドーム型の囲いの中に入ってみると・・・





そこには、魚が泳いでいたのです。

そう、ここが入り損ねていた「温泉」です!

これは、鯉の一種で人の病気を食べる事から、ドクター・フィッシュと呼ばれているそうな・・・



足を消毒して、浴槽のまわりに、ぐるっと30人程が座らされ、
号令がかかったら、そーっとお湯に足を浸けるのです。

 私の足です。お見苦しいものをすみませぬ。


恐る恐る、足をつけてみると、魚が寄って来て、足をつつくのが、なんだか妙にくすぐったいです。



 更にお見苦しい、Tちゃんの足です。


「なんだかくすぐったいねぇ」と、自分の足の写真を撮ったりしていたら・・・



ちょっと見て!見て!」とTちゃんが騒ぐのでふと横に視線を落とすと・・・


          
                どひゃ!!



                  
             




Tちゃんの足は、まわりの誰よりも、明らかに大量の魚が食らいついておりました!

なっ! なんでこんなに!!

沢山の魚に食らいつかれているTちゃん自身が、なぜなのか一番わかっておらず、
ただ、ただ、その感触もだえておりました。

まわりの人達も、その怪しげなTちゃんの風貌と魚の食いつきに、思わず目を見張り、
もう大爆笑!!

「やっぱり、何かあるんだよ~!」とTちゃんに言うと、

「このドクター・フィッシュは、みんな女医だ! だから俺に寄ってくるんだ!」とのたまう。

一応、Tちゃんの名誉の為に言っておくと、水虫ではありませんし、足の裏は綺麗です。
なんで、Tちゃんの足が、魚達にこんなに好かれたのかは、まったくもって謎です。


この温泉施設の人が、インスタントカメラで、みんなを撮影してくれるのですが、
出来上がった写真を見たら、私たち2人の足に食いつく魚の数の違いと、Tちゃんのターバン、
隣りの人のたまげた表情が、あまりにおかしくて、思わず1000円出して買っちゃいました。

この写真は、今、我が家のダイニングのカウンターに飾られ、見る度にウケています。
思い出って、宝物ですね。ぐふふ。。。


しかし、あれだけ人気のお風呂、魚達はくたびれたり、食べ過ぎたりしないんてすかね・・・・?




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お得な追記

今回、私たちが行ったのは箱根・小涌谷のユネッサンという温泉レジャーランドです。
宿泊は、小涌園ホテルでした。激安の食べ放題プランはここで見つけしました。

あちらこちらにユネッサンの割引券が出ていますが、ホテルに宿泊して、ユネッサンに行くというと、
宿泊者は半額になる割引券をくれます。(大人1日\4,000→\2,000)
これは言わないと出てこないので、小涌園系の宿泊施設に泊まって、ユネッサンに行くならば、
オバハン根性丸出しで、割引券を要求しましょう!


温泉の玉子

2008-11-27 | 旅、風の声に誘われて
前回からの箱根の旅話の続きです。

いくつもの乗り継ぎをして、怖~いロープウェイにも乗って、やっと着いた大涌谷
そこは強い寒風が吹き荒れておりました。

そりゃそうです、ロープウェイも止まるかもしれないと言われたのを、
無理矢理来たわけですから。

さて、ご存知の方も多いかも知れませんが、この大涌谷には、「黒玉子」という名物があります。

ロープウェイを降りると、さっそく土産物屋で「黒玉子」が売られておりました。
しかし、そこで食べる事は、許されませんでした。

ちゃんとボコボコと温泉がわきたったところで、茹で上がった玉子でないと、
ここまで来た甲斐がないと、Tちゃんは言うのです。

   今朝見たテレビ番組で、紅葉がすごいって言ってたじゃん。
    それを見に、あのロープウェイも乗ったんじゃなかったっけ!?
    でも、Tちゃんの頭には、茹でたての玉子の事しかないのです。

仕方なく、噴煙地を目指して、何度も風で飛ばされそうになりながら、
硫黄の匂いのする道を登って行きました。

   黒玉子って言ったって、どうせどっかで作って運んでいるんでしょ!
    まぁ、名物はそんなものだと“たか”をくくっておりました。

しかし、私たちが歩いていると、何やら頭上で、妙な音がしています。


      ガラ ガラ ガラ 


見上げると・・・・



何やらが、ロープウェイで運ばれております。


     私もそれで運ばれた~い!!


とは言え、乗せてはくれないので、自力で噴煙地まで登ると・・・



ロープウェイで運ばれていたのは、玉子でした。
     
     やっぱり、出来たのを、下から持って来ているだけなのね!


               


まぁ、折角ここ迄来たのですから、噴煙口を見物。



とっても身体によさそうな、にごり湯でございます。


湯加減は、いかがなもんでしょうか・・・



いささか、熱そうです・・・


     さて、黒玉子を買わねば!!


しかし・・・思ってもみない事が・・・



     今、ロープウェイで運んでいた筈なのにぃ~!!


そして、ふと見ると、小屋の横には、玉子茹で場が・・・




      ホントに、ここで作っていたのね・・・疑って、スミマセヌ・・・


あと10分弱。玉子小屋の前で、待つ事にしました。


             



ちなみに黒玉子は5個で500円。バラ売りはなし。

     2人で5個は多いなぁ・・・

すぐ後に並んだ若いカップルの女の子が、「私1個もたべられなぁ~い」と拗ねているので、
オバハン根性丸出しで話かけてみました。

    翠 「あのー、よかったら5個買って、半分づつにしません?」

    女の子 「うちは4人です!」

作戦失敗。すげなく断られました・・・


             


そうこうしているうちに、小屋の中が慌ただしくなってきました。




   キターーーーー!!


またもやオバハン根性全開で、一番前に並んでいたのをいい事に、小屋の中まで乗り出して茹で上がりを撮影!


さて、黒玉子をGET!!


うやうやしい袋入り

持てない位、あっちっち!

 

そこいらのテープルに出して冷まし、剥いて・・・

 

おもむろにほおばると、中は普通に白と黄色の茹で玉子でした。


   しかし! 


茹でたての玉子って、こんなに柔らかい物かと思う程、ふにゃんとした口当たり。
ただ、塩を掛けただけなのに、熱々の黒玉子の、おいしい事! 
残しても仕方ないだろうと、立て続けに2個づつほおばりました。

ちなみに黒玉子を1個食べると、寿命が7年延びるとか、延びないとか!?
5個食べたら、どんな事になるのでしょうかねー・・・



そこにあった能書きを読むと、温泉に含まれる硫化水素と鉄分が結合して、黒い色になるとの事。
どっかの工場で職人さんが、せっせと玉子に、墨を塗っているのでは、なかったのですねー・・・
      (アタリマエダロ!・・・と、天の声がしたような、しないような・・)


ふぅと、お腹も気持ちも満たされ、残った1個は、カイロがわりにポケットに入れて下山。(またロープウェイ)


             


ホテルについては、安いのでまったく期待はしていなかったのですが、
部屋は綺麗で広いし、食事もバイキングといいながら、そこそこのレベル。
食べた、食べた!
そして、Tちゃんは、恥ずかしい位の食べまくり・・・


夜には、冬の星座を眺めながら、私も、露天風呂で茹だってみました。

     あ~極楽~!!

湯上がりにビールを飲みながら、冷めた黒玉子を食べましたが、
もう、普通の茹で玉子の味と食感でした。 (まだ色は黒かったです)

やはり、あの寒風吹きすさぶ中で、茹で上げ熱々を食べるから、あんなに美味しく感じたのでしょうね。
確かに、噴煙口の小屋まで行かなければ味わえなかったデス。

さて、翌日は、また驚愕の体験が、私たちを待ち受けておりました。
久々に、お腹がよじれる位、爆笑しました。
今でも、思い出し笑いする程・・・




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ホテルは、紅葉が素晴らしかったです

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