見上げてごらんモンゴルの星を☆

2013年7月~1年9か月のmongolian生活

今年一番の極寒体験

2014-02-09 21:09:13 | 行事

旧正月(今年は2月1日)から、9日目の初日の出を見に行くとその年一年、よい年になるとかなんとか、とにかく、ここチョイバルサンから電車で7~8時間かけて、初日の出を見に行った。

 

校長先生が先生達に「行くよ!」といったのはほんの3日前のこと。そして、ほぼ強制参加の初日の出ツアーに、うちの小、中、高校の先生、職員総勢50名ほどの人数で、電車を貸し切って行った。

 

ここチョイバルサンからは、首都ウランバートルにではなく、北のロシア、シベリア鉄道に鉄道が続いている。昔は炭鉱で栄えていたこの土地から、ロシアへ様々な物(絨毯工場で作られていた絨毯など)が運ばれていたらしい。だが今はほとんど電車の運行はない模様。しかし、この旧正月の初日の出イベントのために、今回、電車まで動かしてしまう校長先生はかなりの強者だと、今回また実感。

 

夜10時発の電車。案の定、みんなが駅に揃うのは遅れ、約1時間ほど遅れての出発。人が遅れたら電車が待つのである。それでも遅れて来れなかった集団は、次の駅まで車で追っかけて、次の駅から乗った。もちろんその駅でも1時間ほど電車が待った。

 

電車の中はこんな感じ

 

寝台列車に大きな大人がぎゅうぎゅうになって、

トランプしたり、

 

歌ったり、

 

飲んだり、食べたりして、大人版ピクニック。

お酒や食べ物をみんな持ち寄ってくるとのことで私もひじきの煮物と卵焼きとおにぎりとナポリタンを作ってった。

けっこう美味しい美味しいって言って食べてくれた。

 

飲めや歌えやの宴の中、目指すはロシアとの国境付近の「フフノーラ(青い湖)」という湖。モンゴルの中でも一番標高の低いところで、しかも一番東なもんで、一番最初に太陽が昇る、縁起のよいところなそうだ。

 

予定通り(??)、朝6時ころその湖に着き、朝日が昇るまで、湖めざして歩く。こっからが寒さとの戦いだった・・・。見た目は近くに湖があるようでも歩いてみると結構ある。1時間くらい歩いただろうか・・・。気温は-30℃を下回っていたであろう。

 

私のカメラは、もはや寒さに耐えきれず、作動しなくなったため、ここからは一緒に行った、チョイバル隊員の仲間のカメラでの撮影によるものです。

 

 

宇宙服かっつーの・・・。

 

 

もはや目も見えません。

 

 

 

 

 

 

いよいよ太陽が昇ってきた。

地平線から昇る真っ赤な太陽。

 

 

 

 

感無量。

 

 

赤々と昇る太陽に向かって、みんなで詩を詠い、歌を謡う。今年一年の皆の健康と平和な日々を願う。

 

寒いところからわざわざもっと寒いところまできて、それでもこうしてみんなで幸せな一年を願う。これがモンゴル人なんだなぁ。

 

 

 

にしても、寒すぎた。みんな天に向かって牛乳をまいてたけど、まく前に凍ってたよ・・・。ボトボトボトって落ちてたよ。

 

んでもって、こんなところでも生活している人はいた。

 

 

中に羊の毛が入ってるモンゴルデール(民族衣装)は、ほんとにあったかいんだろうな。

 

寒さで手足の感覚は麻痺。電車に帰ったときは、生きててよかったと実感。

お家に帰るまでがピクニック。まだまだ歌います・・・・。

    

 

 

 

行きは真っ暗で見えなかったけど、永遠と続く平原。他には何もない。

 

 

ドルノド県のシンボルマークにもなっている、野生のガゼルの群れと遭遇。1000匹はいるだろうか。みんな固まってこちらを向いていた。

 

 

 

昼過ぎ、チョイバルサンに到着。寒さと寝てないのとで疲労感いっぱいだったけど、モンゴル人の生き方にふれて、胸いっぱいな初日の出ツアーだった。

 

今年はいい年になるだろう。

 


ツァガーンサル・白い月(モンゴルの正月)

2014-02-03 20:09:35 | 行事

モンゴル人に、「モンゴルの大きな行事はなに?」と聞いたら、夏の祭「ナーダム」と、このツァガーンサル(正月)を挙げるだろう。

 

ツァガーンサル(正月)について、私が見て、聞いたことを載せたいと思うが、なにしろ、モンゴル語で聞いて自分なりに理解したことなので、間違ってるところがあるかもしれませぬが、あしからず・・・。

 

モンゴルのお正月は、中国・韓国・ベトナムと同じように、旧暦で祝われている。(日本語では旧正月)しかし、モンゴルの旧暦は中国などとちょっと違うらしく、高僧であるラマ(お坊さん)が決めるらしい。どんなことして決めるんだろうなあ・・ちちんぷいぷいっ!的な?くわしくはわかりません・・・。そんなこんなで、今年は、1月31日が元旦となりました。

 

ちなみに、モンゴル語では、旧正月とは言わず、「ツァガーンサル」(白い月)と呼びます。モンゴルの人は、「ツァガーンサルが来れば、春がやってくる」と言う。外はまだまだ白く凍っているけど、春の到来を家族みんなで祝い、無病息災を願う、とっても大事な意味を持つ日だ。

ツァガーンサルの準備は何日も前から行われ、元旦からまた何日もお祝いの日が続く。

たくさんお客が来る家は、ボーズ(中がほとんど肉の蒸し餃子)を、1000個も作って外で凍らせておくとのこと。

 

 

他にも来たお客さんにあげるお土産の準備や大掃除など、忙しい。

また、ツァガーンサルで着るデール(モンゴルの民族衣装)を自分で縫う家庭も多く、ツァガーンサルまでに6着近くも縫わなきゃと言っている先生もいた。

 

1月26日、電話で「今から学校に来て」と呼ばれ、なんだろな?と思って行ったら、ツァガーンサル用のデールを、プレゼントしてくれた。

なんと、先生達がみんなでお金を出し合って布を買い、一人の先生が縫って作ってくれていた。嬉しすぎる…涙

「このデールを着て、たくさんの家に行って、ボーズ食べて、アリヒ(モンゴルウオッカ)を飲むのよ。」

がんばる!!

 

てなわけで、年が明けた。

呼んでくれた家、全部周った。

1件目、ナラントーヤ先生の家庭。

   

私が持って行った黒ひげ危機一髪にはまる父と息子。

 

 

 

同僚のソーシャルワーカーの家。

 

飾りのお菓子をつまみ食い・・・。

 

こんなかわいいのいた。

 

  

バギー先生の家で嗅ぎタバコを教わる。

ボーズ食べ過ぎて、

 

 

こうなる・・・。(笑)

 

 

でも、まだまだ初日。次の日も、そのまた次の日も、延々ボーズとアリヒ(ウオッカ)祭りがつづく。

 

ちなみに、どこの家にも飾ってあるこれ。

ヘウィーンボーウォという、固い揚げドーナツのようなお菓子をこのように重ねる。その上に、乳製品で作ったアーロールいう食べ物、お菓子を乗っけて、その上に砂糖やお菓子を乗っけて、最後に真中にツァガーントス(白い油)を重ねる。

下のヘウィーンボーウォの段数は、必ず奇数と決まっていて、 下から「幸せ」「苦労」「幸せ」「苦労」「幸せ」と、「幸せ」で始まり「幸せ」で終わるようになっているとのこと。

新婚のような若い家庭は3段、子どもがちょっと育った家庭は5段、子どもが巣立ったような家庭は7段、孫やひ孫がたくさんいるようなおじいちゃんおばあちゃんのいる家庭は9段と、年数が経つごとに段数が増えていくとのこと。

 

人生を表しているのだなぁ。

 

 

そして、これも飾ります。

なんじゃこりゃ。とお思いでしょう。肉ですよ。これはオーツと言って、羊の胴体部分を丸茹でしたもの。これもたくさんお客が来る、結構年配の家庭に置くものらしく、そこまでいかない家庭は、

牛のあばら付近の肉を茹でたものを置くそうです。(名前忘れた)

 

これは牛の足を煮て、玉ねぎや人参も少し加えて味を付けて固めたもの。(だと思う)これもみんな作ってた。油がほとんどだけとけっこう美味しい。(名前忘れた)

 

 

2日目は校長先生のお家へ。一つの家にこんなに人が入れるんだろうかってくらい人がいっぱい。チョイバルサンにいる日本人(5人)みんなで行き、その後凍った湖で写真を撮って、この日は私の家でまったり、ロングバケーション(キムタクと山口智子のやつ)上映会をした。

 

 

 

3日目もまだまだ正月が続く。この日は4件まわった。

 

 

この、正月の挨拶回りは、年下の人が年上の人の家を訪問し、挨拶をすることになっている。

まず家に入ったら、座っている目上の人に対し、かがんで青い布を持って、手を下から添える。

 

そして、「アマルバエノー?」(良い正月を過ごしていますか?)と言って、頬を寄せ合う。(両頬)この時、相手の匂いを嗅ぐ。

 

 

    

     

 

この日最後のお宅。23歳の新妻先生、(もうすぐお腹の赤ちゃんが産まれる)の家で飲んだ、シミーンアリヒ(アルコール発酵させた乳を蒸留して作ったお酒)が、なんとも日本酒と似ているフルーティで優しい味で、感動。(あの強~いアリヒばかり飲んでいたからか?)

ビンに入れてもらって帰りマスタ♪

 

 

えーっと、何日目だっけ?4日目か。4日目は、学校の先生達と学校でお祝い。去年は、年配の先生の家に一人ひとり周っていたけど、今年はいっぺんにやってしまいましょうってことらしく、学校に食べ物や飲み物を持ち寄ってお祝いをした。

 

うちの学校の先生達は本当に愉快。一人が「あ、帽子かぶろ。」って言ったら、みんな「あ、私も帽子、帽子」って言って、帽子ない人もへんな帽子かぶったりなんか巻いてゲラゲラ笑いながら新年の挨拶。年齢順に並び、一番年上の先生が座って、挨拶したらその隣にどんどん座っていく。こりゃあいい。先生達全員と挨拶。

 

アリヒの瓶、5本は空いた。女の人もよく飲みます・・・。女だらけの小学校教師、体育会系的な飲み方です。(しかも学校でなんて日本じゃありえない・・・)

 

気分がよくなってきたところで、プレゼント交換タイム。クリスマス会みたい。

 

そのあと、モンゴル恒例、一人ずつ一曲歌って、飲むってのが何週もぐるぐる回ってくる。

持ち歌ないから思いついた「ふるさと」歌ったら、酔っ払ってるし、なんだか故郷を思い出すしで泣きそうになるじゃんか。

そのあと、先生達もみんなで歌いながら泣いたりするもんで、なんかみんなで正月から歌って泣くっていうへんな会になってた・・・。

 

そんな雰囲気を払拭すべく、本日、2月3日は節分!!ってことで先生達と豆まきをした。(子どもたちはまだ休みなので、残念だけど先生達と)

 

簡単に由来を説明して、

男の先生に鬼かぶせて豆まき。(日本の小学校から送ってもらった豆とお面で)

子どもみたいにはしゃぐ先生たち。

 

鬼、豆ちょうだいみたいな手、差し出しちゃってるし・・・

 

モンゴルデール来た鬼もまたよし。

 

そんなこんなでやっとおひらきになった正月でした。

 

 

 

いつも母のように心配して、面倒見てくれる先生が、帰りがけに「いづみも家に飾りなさい」と、渡してくれたヘウィーンボーウォ、

 

まだ1段だけど、家に飾ってみました。