ただの映画好き日記

観た映画と読んだ本の自分用メモ。

子供の貧困連鎖 / 保坂渉、池谷孝司

2015-10-05 | 本 その他


  子どもの貧困連鎖
  
  保坂 渉 、池谷 孝司 著     新潮文庫 / 2016.6



  公衆トイレで寝泊まりする女子高生。朝食を求め保健室に列をなす小学生。車上生活を送る保育園児……。
  日本の子どもの6人に1人が貧困状態にある。
  親に経済力が無ければ子の人生はスタートラインから差が付く。
  蟻地獄のように抜け出せない貧困の連鎖。苦しみの中、脳裏によぎる死の一文字――。
  現代社会に隠された真実を暴く衝撃のノンフィクション。『ルポ 子どもの貧困連鎖』改題。







第1章のケース、親の生活が破綻し、アルバイト3つを掛け持ちしながら生活費と学費を工面している定時制高校の子供たち。
睡眠時間が2時間、時間がないから公衆トイレで寝る、食事は1日1食、おやつはオブラート。
年頃の女の子がお風呂にはいつ入ったのか、着替えはどうしているのか、おしゃれはできなくても身綺麗にすることもできず、アルバイト代を自分のためだけに使うのではなく家にも入れて…。
これは放っておけないと思いました。
親の責任はどこにいってしまったのでしょうか?

第2章のケース、両親が離婚し、2人の姉妹は父親と祖母の家で暮らすことになるが、父親には借金があり、稼いだお金は大半が借金の返済に消え、残ったお金と祖母の年金3万円で暮らしている。
挙句、祖母とケンカになり、中学生の姉妹は生活力のない母親と暮らすことになる。
母子生活支援施設に入所するが、そこからだと、通学中の学校には通えないので、施設を出て軽自動車で寝泊まりをすることに。
見かねた中学校の担任が、自分が送り迎えをすることを条件に、施設に戻す。
担任や学校、行政、地域、施設の担当が集まり話し合い、生活保護の申請をし、住居を探し、電化製品などを見つけ、世話をする。
もともと生活力のない母親なので、あっと言う間に暮らしは崩壊。
特に、掃除ができないようで、台所が汚いと担任にこぼす姉妹。
家の掃除をする担任たち…。
学校の先生はここまでしなくちゃならないんですか?
相談にのる、アドバイスをするくらいがせいぜいじゃなくて?子どもの我がままで通学の送り迎え、部屋が汚いと子どもに言われたから部屋の掃除に馳せ参じ?
中学生なんだから、母親ができないのなら、部屋の掃除や食器洗いくらいしなさいよ。
なんでもかんでも先生に愚痴って助けてもらうってどういうことなんでしょうか?
結局、母親は、発達障害とうつ病だったそうです…。
発達障害ということを、この母親(姉妹たちの祖母)は気付かなかったのでしょうか?
つまりは、祖母の代の責任を孫世代が引き継いでしまったってことになりませんか。

正直なところ、昔と違って、スクールカウンセラー、スクールソーシャルワーカー、パーソナル・サポート・サービス、地域若者サポートステーションなどがあり、金銭面では就学援助、他にも、母子生活支援施設など、思っていた以上に、様々なサポートがあることに驚きました。
下流老人に若者の貧困、子どもの貧困、支えなきゃならない人はどれだけいるのでしょうか。

真面目に頑張って働いて、老後は絶対に迷惑にならないようにと必死に貯蓄し、病気になって医療費を使って若者に迷惑をかけないように健康に気をつけ、現役世代、こんなに?と思ってしまうほどの税金を納め、それでも足りないからと再分配を迫られ…。
どうして、全ての人がほどほどの暮らしができなくなってしまったのか、どうして、病む人が増えてしまったのか、どうして、自立できないのか、自立することを目指さないのか、どうして、こんなことになってしまったのか、この先、もっと増えていくのかと思うと、この国はどうなってしまうのだろうと悲観的になってしまいます。

私の友人はほとんどがシングルマザーで、みんな、きちんと子どもを育て、大学や専門学校に進学させ、立派な社会人として送り出しています。
みんな、ギリギリだったと思います。もちろん、地域的な暮らしやすさや、親の援助があったからできたことだとは思います。
ギリギリでなんとか頑張ってきた親と、ギリギリにも至らず子どもを育てられない親、それが出来る親と出来ない親の違いが何なのかは私には判りませんが、それによって受けられる支援の差があるのはどうかと思います。

そして、現実に子どもの貧困は増えているのだろうし、一刻も早く、一律に、全ての子どもたちがまともな暮らしができるように、保育から小中高全てを無償にし、給食費やその他かかる費用も国が負担し、その為には、所得税と消費税を上げるしかないだろうと思いました。
とにかく、子どもたちが何の心配も不安もなく、食べることができて、寝る家があって、清潔で健康に暮らし、教育を受ける、その最低限の人の暮らしを親が提供できないのであれば、国が救いの手を差し伸べるしかないだろうと思いました。
国が手を差し伸べると言うことは、国民が手を差し伸べるということなんだろうと、そういう結論に至りました。

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