忍之閻魔帳

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【祝・オスカー国際長編映画賞】映画「ドライブ・マイ・カー」言わぬが花の、その向こう

2022年03月28日 | 作品紹介(映画・ドラマ)


▼【祝・オスカー国際長編映画賞】映画「ドライブ・マイ・カー」

第94回アカデミー賞授賞式が3月28日発表され
濱口竜介監督の「ドライブ・マイ・カー」が国際長編映画賞(旧・外国語映画賞)を受賞した。
濱口監督を始め、西島秀俊、岡田将生らも晴れやかな笑顔を見せ
「おくりびと」以来13年振りの快挙を喜んだ。
会場には印象的な芝居を見せてくれた三浦透子は来られなかったが
監督は喜びのコメントの中で「赤いサーブ900を見事に運転してくれた
三浦透子さんに感謝します。」と報告していて、思わず胸が熱くなった。
本作のために免許を取得した三浦の努力が報われた形だ。



▼映画「ドライブ・マイ・カー」言わぬが花の、その向こう


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【関連記事】映画「ドライブ・マイ・カー」快進撃続く
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Netflixの「今、私たちの学校は…」を完走し、昨夜ようやく観ることができた。
ちょうど昨日(月末)で消失するU-NEXTの無料ポイントで鑑賞。有難い。
夜10時から見始めて終わったのが深夜1時。
眠くなったら続きは翌日にと思ったのだが、静かな映画ながら物語と映像の吸引力が
凄まじくあっという間の3時間だった。

映画「ドライブ・マイ・カー」は村上春樹の短編集を
過去に当BLOGでも紹介した「寝ても覚めても」の濱口竜介監督が映画化した人間ドラマ。
秘密を残したまま急逝した妻への喪失感を抱えた男が
専属ドライバーの女性と共に行動する中で自らの運命と向き合う物語。
主演は西島秀俊。共演は三浦透子、霧島れいか、岡田将生。
カンヌ国際映画祭で脚本賞を獲得したのを皮切りに、オスカーの前哨戦の中でも
最もオスカーに近いとされるゴールデングローブ賞で外国語映画賞を受賞。
全米映画批評家協会賞では作品賞、監督賞、主演男優賞、脚本賞の4冠を達成し
満を持してのオスカー4部門ノミネートとなった。発表は3月27日。
日本では、現在劇場でもロングラン上映中で、Blu-rayも2月18日に発売済み。
Blu-rayと同日でレンタルも開始しているので、様々な形で鑑賞することが出来る。


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【関連記事】「寝ても覚めても」を紹介した過去記事


主人公の家福(西島秀俊)は舞台俳優兼演出家。
脚本家の妻、音(霧島れいか)の不貞を知っていながら、表向き円満な夫婦関係を続けている。
音もまた、不貞に感づいていながら臆面なく愛を口にし、自分を抱く家福を彼女なりに愛していた。
ある日、家福が帰宅すると音が倒れている。
朝出掛ける前に「帰宅したら話がある」と言われていたが、くも膜下出血であっさりと音は逝き、
彼女が何を話すつもりだったのかは不明なままになってしまう。
2年後、俳優業をセミリタイアし演出に専念していた家福のもとに
広島の演劇祭主催者からロシアの作家アントン・チェーホフの戯曲「ワーニャ伯父さん」の演出依頼が舞い込む。
出演希望者の中には、音と肉体関係にあった若い役者の高槻(岡田将生)も混ざっていた。
15年乗った愛車サーブ900で広島に向かう家福は運転について一家言あり
妻の音にすら運転を任せるのを好まなかった。
しかし、主催者から「事故によるトラブルを防ぐため、稽古場への往来は
専属のドライバーを使ってくれ」と言われ、23歳のみさきに渋々任せることに。
片道1時間の往復は家福にとって芝居を叩き込む貴重な時間でもあった。
亡き妻が生前吹き込んだテープを相手に掛け合いを繰り返すことで
体に染み込ませていく家福を、みさきはただ黙って見守り運転に専念していた。


本作は村上春樹の短編集「女のいない男たち」に収録された3篇の物語から成っている。
饒舌で無機質な村上春樹節を全開にした導入部分から、
濱口作品らしさが少しずつ物語全体を侵食していく感覚。
夫婦の物語を起点とし、自らの心の内を見つめ直す「気づき」の物語へと繋げて
喪失感から立ち直る人々へのエールと、エンターテイメントへの希望を織り交ぜながら
疑似親子の物語は幕を降ろす。
戯曲を盛り込む構成など濱口監督の脚色も多分に含まれており
各国の映画賞で『脚色賞』を獲得しているのも納得の完成度。
あのエンディングを見てイーストウッドの「グラン・トリノ」を重ねた観客は多かったと思う。

家福の舞台演出法は多国籍言語の飛び交う独特なスタイルで
さらに手話を使う役者まで登場するため非常に情報量が多い。
字幕を追うことに懸命な観客は、ひたすら地味な本読みを強いられる役者達と同じ戸惑いを覚えるが
役者達がその意味を理解し乗り越えて舞台に立ったように、見ている私たちも、
この饒舌な物語は実は言葉(台詞)では言い表せない、心の内に問いかけているのだと気づかされる。

家福は妻の不貞を黙認しながら、奥底には呑み込んだ言葉が根雪のように降り積もっている。

音は若い男達との裏切りを繰り返しながら、罪悪感に苛まれつつも止められない穢れを脚本に投影する。

衝動的な行動でしか意思表示のできない高槻は、家福の芝居や音の本に救済を求めている。

母親の顔色を見て育ってきたみさきは、家福とのドライブを通じ固く閉ざしていた心をゆっくりと解き始める。

日本には「言わぬが花」「沈黙は金 雄弁は銀」などの言葉がある。
湧き上がった感情を、その場ですぐ相手にぶつけることを良しとしないのが日本人の美学でもあり
「事なかれ主義」「何を考えているのかわからない」と海外の方から揶揄される所以でもある。
嬉しい時は机の下でこっそりとピースサインをし、悲しい時は人目を避けて裏通りで涙し、
怒りに震えた時は密室で叫ぶよう躾けられている。
そしてその処世術が、時に胸の中で破裂しそうなほど膨張して心を壊すこともある。
何年間も妻の不貞を見過ごしてきた家福は、音がふいに居なくなってしまったことで
「いつか」のタイミングを逸し、悔恨のループに閉じ込められてしまう。
話せる時に話しておけば解決したかも知れない(強いて言うなら)些細なトラブルは、
時が経つほど解きほぐすことが難しくなっていく。

家福にとって車内は、稽古に専念できる場であると同時に
誰にも会わず独りを満喫できる安息の場所でもあった。
家福の苦しむ姿を、車内という密室で見つめ続けていたみさきは
自身のトラウマを(虐待と被災体験)を解放し、寄り添わせることで家福の傷をも癒していく。
喪失感を埋めることは、独りでも出来るかも知れないが難しい。
だが心を通い合わせる誰かがいれば、再起の道は少しだけ穏やかになる。
幼くして亡くなった家福の娘は、生きていればちょうどみさきと同い年。
成長を見届ける事の出来なかった家福と、子離れしないまま母を亡くしたみさきは、
手を取り合って一歩前に進み始めたのだ。

「僕は正しく傷つくべきだったんだ」と嘆く家福を
チェーホフの劇中の台詞「わたしたちは生きていきましょう」が優しく包み込む。

どこまでも静かで、心のひだに染み込むような物語だった。



まだ1回観ただけなので、感情や言葉がうまく整理されていないまま書いた。
Blu-rayを買うなり、セルを購入するなりして何度も繰り返し観たくなる。
煙草を持つ二人の手が車中から伸びるシーンや、ゆっくり海岸線を走らせるシーンなど
心を奪われるほど美しいシーンが時折挟まれていて、やや難解で内向的な物語でありながら
ロードムービーとしても素晴らしい作品になっていたように思う。
家福とみさきの心の距離を詰める過程が車中だけで伝わるようになっているのも感心した。
独りで運転していた時の家福は、音の吹き込んだテープに舞台に近い芝居で合わせていたが
みさきに運転を任せてから最初の頃は、照れ隠しもあるのか淡々と台詞を口にするだけにしている。
お互いの内面を見せ合うようになってから、段々と芝居にも熱が入っていく。

私が最も印象的だったのは、ルックスに恵まれながら軽薄で粗暴な表現しかできない高槻が
車中で家福に語りかける長台詞のシーン。
私はこのシーンを観て、「何故オスカーに岡田将生の名前がないのか」と疑問を抱いてしまった。
本作でオスカー像を手にする可能性があるとすれば、間違いなく監督か岡田将生だと思う。
どれだけ理解し愛し合っている相手でも、他人の心を覗き込むことは難しい。
しかし自分自身の心であれば、努力次第で覗き込むことができる。
他人の心を知りたいと望むのであれば、まずは自分の心と折り合いをつけ、
自分自身をまっすぐ見つめるしかない。要約するとこんなところだろうか。
岡田は真っ直ぐ家福(カメラ)を見つめたままで、
こぼれ落ちそうな涙をぎりぎりのところで止めながら語りかける。
久しぶりに、鳥肌の立つほどの芝居を見た気がする。
ここ数年で見た全ての映画・ドラマの中で一番の衝撃かもしれない。

喪失と再生のロードムービー。
3時間は長いし、なかなか一気見するのが難しい方もいるかと思う。
けれど、この3時間で肩の荷を下ろせる人や、自由への手がかりを得る人も多いはず。
全てをさらけ出して別の道を歩むのも人生。
家福の言葉に深く頷きながら、でも私はこのままでと今の道を歩み続けるのもまた人生。

「蜜蜂と遠雷」の石川慶監督もそうなのだが、このところ相米慎二監督らが活躍していた頃の
日本映画を彷彿する映像や作品に出会う機会が増えて嬉しい。
「寝ても覚めても」は東出昌大と唐田えりかの不倫報道で作品そのもののイメージまで
悪くなってしまい不憫だったので、本作が世界の晴れ舞台で絶賛されていることを喜びたい。

映画「ドライブ・マイ・カー」は現在上映中、Blu-rayも発売中、レンタルも配信中。


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4 コメント

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ドライブ・マイ・カー (K)
2022-04-01 19:23:33
鑑賞してから半年くらい経っています。印象に残っているのは劇中劇です。登場人物がバラバラの言語を話すのですがあたかも会話が成立しているような非現実的な設定です。そこに芸術作品に課せられたハードルとそれを打ち抜くパワーが現れている気がします。例えば絵画なら独りで作った作品が時空を超えて愛されます。北斎やゴッホのように。音楽も似ているけれど交響曲ならオーケストラが必要になります。一方文学なら独りで作品を生み出すことはできますが、グローバルに共感されるためには翻訳者が必要です。そして演劇、映画は様々な人間が組織的に創る作品です。言語の縛りもあります。実現のための下世話な作業を多とする芸術だと思います。その一方で、表現が人間の生活活動に似ているため文脈を固定されやすい特性があります。あえてそれを狙って安易な「あるある」やお涙頂戴に着地する作品も多々あります。が、ドライブ・マイ・カーは劇の設定に見られるとおり、それを拒否しています。主人公は妻や若手俳優やドライバーと時間を共にしますが、パズルがピタッとはまってハーモニーが生まれることはありません。むしろ心がガシガシぶつかり合って腫れあがり擦り切れるような話です。彫刻のような男前の表情を崩さずスタイリッシュな背中を見せる主人公に想像力を掻きたてられますが、答え合わせはありません。心の中で乱反射しながら増幅してゆく熱が時間とともに焦点と方向性を得て、波動砲もしくはかめはめ波のように打ち抜く瞬間が劇の本番なのだと思います。寓話によれば天に届く塔を作ろうとした人間が嫌われて話す言語をバラバラにされてしまったと言われています。確かに天上の存在に並ぶ術は奪われてしまったかもしれないけれど、それでも人間が高みを目指す心とエネルギーは神様だって奪えなかったと見せてくれる芸術作品がドライブ・マイ・カーであるような気がします。
返信する
Kさん ()
2022-04-02 15:15:00
こんにちは。
大変興味深いコメントありがとうございます。
いやはや、毎回のことながら勉強になります(笑)

>天上の存在に並ぶ術は奪われてしまったかもしれないけれど
>それでも人間が高みを目指す心とエネルギーは
>神様だって奪えなかったと見せてくれる芸術作品が
>ドライブ・マイ・カーであるような気がします。

特にグッときました。

私も、多言語で展開する劇中劇がこの作品全体の暗喩なのかなと思いながら見ていました。
埋まることのないしこりを残したまま他界した妻との関係も
妻を寝盗っておきながら堂々と夫の眼前に現れて
躊躇なく尊敬の眼差しを向ける若い俳優との関係も
相互理解には程遠いまま進んでいきますが
専属ドライバーの若い女性とだけは、ほんの少し心の交感に成功していて
しかしそれ以上にはならない。
ならないけれど、ほんの僅かな交流でも思いを新たにし
未来に向かって歩みだすことが彼女はできたんですよね。
では主人公はというと、心の内を吐き出す場所が
あの舞台の上だったのかなと思いました。

作られたストーリーはいとも簡単に物事を解決して
エンドロールを迎えますが、本当はこの映画のように
解決できればいいのにな、と思いながら
解決できないことはたくさんあって
そういった諸々を引き受けて、人は生きていくんですよね。
返信する
忍さん (K)
2022-04-03 16:07:06
いつも独りよがりの感想コメントを受け入れていただき誠にありがとうございます。
新連載やすよvs忍さんもとても楽しみです。
返信する
Kさん ()
2022-04-04 14:14:08
こんにちは。

いえいえ、こちらこそいつもありがとうございます。
Kさんがブログをされているなら登録しにいきますというぐらいに
いつも楽しみにしています(笑)
ブログ主は私ですが、Kさんの感想に対しては私が完全な読者です。
今後ともよろしくお願いいたします。
返信する

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