ブッダの、
「真理のことば (ダンマパタ) 感興のことば (ウダーナヴァルガ) 」より。
原始仏典のうち、ブッダの教えを集めたもの。
無作為に選んで書き記します。(アマゾンで昔買った本です)
「眠れない人には夜は長く、疲れた人には一里の道は遠い。正しい真理を知らない愚かな者どもには、生死の道のりは長い」
「旅に出て、もしも自分よりすぐれた者か、または自分にひとしい者に出会わなかったら、むしろきっぱりと独りで行け。愚かな者を道伴 (みちづ) れにしてはならぬ」
「 ≪わたしには子がある。わたしには財がある≫ と思って愚かな者は悩む。しかしすでに自己が自分のものではない。ましてどうして子が自分のものであろうか。どうして財が自分のものであろうか」
「愚かな者は生涯賢者につかえても、真理を知ることが無い。匙 (さじ) が汁の味を知ることができないように」
「聡明な人は瞬時 (またたき) のあいだ賢者に仕えても、ただちに真理を知る。-----舌が汁の味をただちに知るように」
「悪事をしても、その業 (カルマ) は、しぼり立ての牛乳のように、すぐに固まることはない。(徐々に固まって熟する) その業は、灰に覆われた火のように、(徐々に) 燃えて悩ましながら、愚者につきまとう」
今日、18日は観音さんの御縁日です。
明治以前、神仏習合時代、西国観音巡礼や、坂東・秩父の観音巡礼していた巡礼者は、旅籠を泊まり歩きながら、観音巡礼をし、千社札を「ぺたぺた」貼っていったのでしょう。もちろん、当時は、神社仏閣の許可と御朱印を得た上で千社札を貼るのが本来の慣わしでだったようです。今でも古い寺院には昔の千社札が残っているお寺もあります。
今の時代、無許可で神社・仏閣に千社札を貼ったら、迷惑行為で訴えられるかも知れませんが、江戸時代中期以降は、流行っていったようです。
コロナ感染者数が減ってきていますが、日本では、とかく「何かの大きなイベント」がある前には、必ず、感染者数が減ると言う珍現象があるので、引き続き、最低限の警戒は個々人で行うのが無難です。
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