函館港イルミナシオン映画祭 会期中広報「イルプレ」

函館港イルミナシオン映画祭開催期間中情報をリアルにお届けする「イルプレ」です。

ショートフィルム・マシンガン

2009年12月06日 | Weblog
十字街ホールでの最初の作品は『十字街ショートフィルム・マシンガン北海道選抜』という若手のオムニバス作品でした。

○『RED JACK』
はこだて未来大学の作品です。同じ大学生が作ったとは思えないほど、カメラワークや音響が効果的でした。

○『その音が聞こえたら』
教育大学函館校の作品。肝試しをした大学生が幽霊にとりつかれていきます。自
然な演技が印象的でした。

○『軽い十字架』
職の無い男。精神的に壊れてしまった女。二人の日常。
窓をバックにやわらかい光を受ける女の姿が頭に残りました。
どこまでも暗く、重い作品でした。
上映後、對馬考哉監督は「人間の本来の人格はどこにあるのかということを考えた結果、神話の世界に辿り着いた。模索しながら作り上げた。人間はそもそも暗くて気持ち悪い生き物。そういうものをつめこんだ」と語りました。

○『シーナ』
一八歳のシーナシーナをカメラが追います。
池田学監督曰く、「即興性と美意識にこだわった」とのことでした。

無防備

2009年12月06日 | Weblog
最後に『無防備』。

ずばり命をテーマにした作品だと思います。
見所はやはり最後の出産シーン。
妊婦の役を演じた今野早苗さんは、市井昌秀監督の奥さんでもあり、実際に妊娠していながらの撮影でした。
初めて出産シーンを見たというお客様も多くいたようで、会場は緊張感に包まれました。
 
本作品を撮影するにあたって抵抗はなかったのかという質問もでましたが、今野さんは「普段から夫である市井監督の映画に対する熱い気持ちを聞いていたため、とまどいは無かった。むしろ、自分が子どもを産む姿を残すことで命の大切さを伝えられるのならば本望である」とのことでした。
 
命の大切さと、大事な人への愛情を感じられる心暖まる作品です。

ポチの告白

2009年12月05日 | Weblog
続いて『ポチの告白』。

この作品は上映時間、三時間一五分という映画祭最長の記録を残しました。
このことについて高橋玄監督は「普通の役人がどのようにして黒く染まっていくか、その様子を淡々と表現するためにはどうしてもこのように長い時間が必要だと考えました。そして、資料では伝わりきらないであろう警察犯罪の実態を、視覚的に表して伝えたいという思いが込められています。」とおしゃっていました。

また、警察役を演じた野村宏伸さんからは「初めて脚本を読んだ時、あまりのリアルさに驚きました。今までの映画とは違い、二〜三ヵ月稽古をした後に撮影をするという流れを繰り返して完成させました。長い時間をかけただけ、思い入れのある作品となりました。」というコメントをいただきました。

イエローキッド

2009年12月05日 | Weblog
続いては『イエローキッド』です。漫画のようになれるのではないかという妄想と、そうそう上手くはいかない現実とが切れ目もなく繰り返される映像に混乱したお客さまも多かったようです。
 
なんといっても音に圧倒されました。
サンドバックを激しく殴る音、階段を駆け上がる靴音、人の叫び声、様々な音が大音量で会場に響き渡りました。
あまりの迫力に、会場では息を飲む声が聞こえてきました。真利子哲也監督は撮影当初から、劇場で多くの人に見せられるような作品にしようと考えていたそうです。
そのため、音に関してはかなりこだわったとのことです。また、アメコミを使うことによってたくさんの色を使うことを狙ったとのことでした。スタッフも、ほぼ二十代前半という若さ溢れる作品でした。

掌の小説

2009年12月05日 | Weblog
本日のメイン会場である金森ホールでは、『掌の小説』、『イエローキッド』、『ポチの告白』、『無防備』の四本が上映されました。

はじめは『掌の小説』です。全四話からなるこの映画は、それぞれが独立しているのではなく、第一話から第四話まで流れるように展開していき、まるで一本の映画を見ているようでした。

印象的だったのは、第一話『笑わない男』での妻の台詞です。「足が寒くてしょうがないから、足を握っていてくれませんか?」と繰り返す彼女は、足が寒いことではなく、寂しいという気持ちを伝えたかったのでしょうか。

上映後は第三話『日本人アンナ』の監督である坪川拓史さん、出演された菜葉菜さんにお話を聞きました。「監督が話ごとで異なるということですが原作からの作品選択や撮影はどのように行われたのですか?」という質問に「作品の選択はそれぞれの監督が好みで決め、話し合いの後に決定しました。また、原作に忠実である方と自分なりにアレンジを加えた方など様々でした。」と坪川監督。「どの作品の撮影も四人の監督がそろった状態で進められました。チームの団結力は強いものでした。」と菜葉菜さんからコメントをいただきました。

公式パーティー

2009年12月05日 | Weblog
本日の最終かつメインイベントは牛頭BARと称したオープニングパーティー。
林海象さんの乾杯の音頭と共に始まりました。みなさんおいしい食べ物に囲まれ会話を楽しんでいる中、あがた森魚さんのコンサートが行われました。

一曲目は「港のロキシー」。あがた監督の同名映画の主題歌です。ゆるやかな曲調で始まりました。二曲目は「オー・ド・ヴィ」。函館港イルミナシオン映画祭のシナリオ大賞からうまれた本映画祭にゆかりのある映画です。『つむじ風食堂の夜』の監督でもある篠原哲雄監督の監督作品で、あがたさんも出演されています。三曲目は「佐藤敬子先生は残酷な人ですけど」。あがたさんの小学校の恩師にあてた曲で、佐藤先生には様々な夢を教えていただいたとのことでした。

演奏が終わった後も、大きな拍手とアンコールが湧き、更にもう一曲演奏されました。最後の曲は「大寒町」。函館であがたさんと言えばこの曲でしょう。
みなさん、食事を楽しみながらも、リズムにあわせて体を揺らしたり、手拍子をしたりと、素晴らしい演奏と歌声に聞き入っていました。

その後、二日目以降の監督、プロデューサー、女優さん方が挨拶をされました。会場はたくさんの拍手であふれ、暖かい雰囲気に包まれていました。

また、あがた森魚さん主演の『あがた森魚ややデラックス』は3日目の一六時〇〇分よりクレモナホールにて上映されます。是非、ご覧ください。

映画祭開会式

2009年12月05日 | Weblog
今回の映画祭の開会式はお客様が大勢押し寄せ、ホールはあっという間に満員と
なりました。

上映の後、シナリオ大賞授賞式が行われました。
グランプリ(函館市長賞)に小林和世さんの「川霧の街」と、土橋章宏さんの「スマイリング」、準グランプリに下小城愛紀さんの「ベンジョ虫さん」、審査員奨励賞には園田新さんの「記憶代理人」が受賞されました。
 
小林和世さん「映画・ドラマ好きの趣味が高じて、様々な人に自分の作品を見てもらいたくて応募しました。」

土橋章宏さん「感情をテーマにして人とのつながりを伝えるためにこの作品を作りました。」

受賞者は皆、喜びの声や今後の目標を熱く語っていました。また、審査員の方々は皆今年の応募作品のレベルの高さを評価する一方で、脚本家たちに自分にしか書けない独創性のある作品を作ってほしいと激励していました。

つむじ風食堂の夜

2009年12月05日 | Weblog
続いては「つむじ風食堂の夜」です。

大人になって、ある程度の幸せを感じている反面、心にぽっかりと穴が空いているような感覚を持っていて、戸惑いを感じた事のある人は多いのではないでしょうか。

今の自分と、思い描く理想の自分もしくは将来の自分に葛藤しながらも、新しい自分を探し出していく「私」を見て心が暖かくなりました。

上映後は主演の八島智人さんと、監督の篠原哲雄さんに撮影の思い出や映画に対する想いなどを話していただきました。
最後の一言では、篠原監督は「函館は映画のイメージにぴったりの場所だった。「ここ」とは何かという小さな哲学的題材から、多くの人が共感してくれるような映画を目指して作った」と函館での撮影に対する思いを語ってくれました。

八嶋さんへのインタビューでは、印象に残ったシーンとこれから映画を見る人たちへのメッセージをお聞きしました。
「一番最後のシーンでいろんなことがあった私でしたが、最後は父親を認め改心で
きたというときの私の顔が自分自身でも印象的であったので皆さんに見て欲しいです」と答えていただきました。

ありがとうございました。

若い人

2009年12月05日 | Weblog
今年のオープニングを飾ったのは、函館初ロケ作品の「若い人」(一九三七年)です。

舞台はミッション・スクール(遺愛女学院)。
男性教師・間崎を間に挟んでの女子生徒・恵子と女性教師・橋本の微妙な関係が描かれていました。

自由奔放な恵子に手を焼きつつも、決して彼女を見はなさない間崎。そんな間崎になつく恵子。一方、それが気に食わない橋本。

印象的だったのは、対象的に描かれた恵子と橋本の性格です。
自由奔放な性格で思春期ならではの瑞々しさをもった恵子は、父親を持たないことにコンプレックスを持ち、行き場のない思いを間崎や母親にぶつけます。
一方、橋本は理屈っぽい性格で、なかなか恵子のように自分の気持ちを素直に表現することができません。
もしかしたら、橋本は心のどこかで恵子に憧れていたのかも知れません。

恵子と橋本に挟まれて戸惑う間崎ですが、間崎の気持ちは結局はっきりしないまま映画はエンディングを迎えます。
そのエンディングのあっけなさに、幕が下りた後の場内はしばしどよめきに包まれました。

上映後に、映画をご覧になったあがた森魚さんからコメントがありました。
「男女の描かれ方が、今の私たちから見ればモヤっとしている。しかし、この時代(昭和一二年)だからこそ撮れた映画だと思う。今このような映画を撮ろうと思っても撮れない」

"時代とともに人間の描かれ方も変わる"ということを実感した映画でした。