約20年前の出来事です。1999年11月22日、訓練飛行をしていた自衛隊機が基地へ帰投中に墜落事故を起こし、首都圏で大停電が発生しました。この機体を操縦していたパイロット2名が死亡しました。
この事故はデスクワークなどについているパイロットが定められた飛行時間を満たすために行われた訓練飛行から入間基地に帰投中に機体が故障し、入間川の河川敷ゴルフ場に墜落する寸前に送電線を切断したために首都圏が停電しました。
当時は左翼系の新聞は随分と自衛隊を叩いていました。今でもそのことは変わりませんが。
入間基地に帰投する訓練機がなぜ入間川に墜落したのか?
パイロットは二人とも飛行時間が数千時間というベテランでした。推力を失い操縦困難な機体を入間基地を取り囲む住宅街に墜落することを避けるために墜落寸前まで脱出していません。この訓練機の脱出装置は高度600m以上で有効でした。(現在は0・0システムと言って速度0、高度0でも脱出可能です。)
緊急着陸するために入間基地への進入コースを取っていた訓練機から高度600m以上で脱出すると訓練機が住宅街に墜落する可能性大でした。というか、ほぼ確実でした。
そのために墜落ギリギリまで操縦を続け、入間川の河川敷に機体を誘導した後、本当に墜落する直前に脱出装置を動作させました。助からないことはわかっていたのにです。
自衛官の服務宣誓に「身をもって国民の生命と財産を守る」という一節があります。二人のパイロットはこの一節を実践したのです。
当時の自衛隊のパイロットはインタンビューでこう答えています。
「私も最後まで操縦する覚悟はあります。そしてわずかでも時間があれば脱出装置を動作させます。脱出装置を整備した整備員が心配しますから」
事故調査委員会の調査で、事故原因は燃料供給装置の故障でした。燃料が機体内部で漏出し、着火。それにより制御装置が溶けてしまったことで燃料供給がストップし、エンジンが停止ました。
私はこの二人のパイロットは勇者だと思います。
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