一反百姓「じねん道」【百姓の100章】『農的ワークライフバランス』実践と研究日記@斎藤博嗣&裕子*4人家族(夫婦子供2)

2005年、東京から茨城の農村へ夫婦で移住し新規就農。
こども百姓「じねん童」2人と共に、家庭自給生活を自学自習中

福岡正信氏死去・8月19日日本農業新聞@四季

2008年08月19日 | 【グリーンピック・緑の道】地球を『緑の生命連鎖』でつなごう!!
■8月19日日本農業新聞・四季

人間革命というのは、この、わら一本からでも起こせる、と私は信じています-自然農法の福岡正信さんが亡くなった▲冒頭の文は著書『自然農法・わら一本の革命』の書き出しである。1983年の出版。海外でも翻訳本が出た。2004年に新版として同じ春秋社から復刻されている。同書によると、父親のミカン山で自然農法を始めたのは1938年ころという▲「私はそこで、人間は何もしなくていい、という考え方を、百姓をして、ミカン作り、米作りの上で実証してみようと思ったんです。」見事に失敗、世間体も悪いので一時故郷を離れる。本格的に帰農したのは終戦直後だった▲こんなくだりもある。訪米の折、「日本の農家の窮状を訴えて、あまり輸出をしないでくれとアメリカの農民に頼むつもり」が逆に米国農民の苦しさが分かった。「自然の力で作っている農作物ではなく、石油エネルギーを加工した農作物を出しているにすぎない」。農家には利益がないので▲新版の最後に、「お願い」の一文がついている。「この頃私は『自分の年は、今百歳、二百歳』と思い込むことにし、元気な内に早く死ねるようにと、心がけている」「毎日、この農園がエデンの花園と、わくわくする想いで働けるだけで幸せである」。95歳だった。

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