理事長日記2008 「挑む」

 
第49代理事長 中村大二郎

民主主義!?

2008-02-13 12:19:33 | Weblog

東京JCの例会に行って来ました。出張中のウェスティンも一緒です。
漫画家 小林よしのりで「民主主義を疑え」の演題で講演するのと、
東京JCの例会、よそのオープン例会の手法なんかも見ておこうと思ってです。

出席までのメールでのやり取りや一般人の入場整理、
当日資料と東京JCのPRと入会申込書の配布など、
セレモニーや理事長挨拶の位置付けなども
キッチリしている面とラフな面とあり 防府の例会とは違う価値観を知り、
講演以外にも収穫がありました。


さて、民主主義って当たり前のように使っているけど、
多数決で物事を決める政治の手法位のようにしかわかっていません。

民主主義の「民」って何ですか?人民?市民?国民?

大陸ではその昔、街を城壁で囲み生活をしていた。
市民は自分たちの街を守る為に城壁を作り、他者が侵入してきた時のために備えておく。自分たちの街=CITYをつくり、守る意識を持ち、その街の為に働く。
城壁の中では奴隷を雇い労働は奴隷が行う。奴隷は自分が与えられた労働だけを行なう。

奴隷は労働に専念し自分のみを守ることだけを考える「個」
市民は街の現状と将来に備えて「公」
をそれぞれ根本に考え生活していたという。
「個」しか考えなくていい奴隷には市民権がなく
「公」の為に働く市民には権利がある。

日本には馴染みのない奴隷 と 市民 を混同し、
当時の時代背景もわからず同じ「民」として使っている。
民はそもそも「公」に生きる人の概念だ。

今の日本はどうだろう?
地域より家族、家族より自分、拝金主義、損か得か、
「公」より「個」を尊重する価値観ではないだろうか。
今の日本は奴隷国家だという。

「民」が主(あるじ)の民主主義と「奴隷」が主の民主主義の違いということか???
個の為に働く人は民主主義の民ではないのに、人間=民としている日本の価値観はいかがなものかということだろう。

国家を語るとき、
当たり前に使っている言葉の一つ一つを深く知れば、
今の日本のアイデンティティーの無さに気がつく。

日本の歴史を勉強するということは、今の日本のあり方を考え直すことに繋がる。当時の時代背景や当時の価値観を踏まえて歴史を学ぶとまた違う日本が見えてくる。
日本人は外国のコピーをしなくても、自分たちの国を創造できる文化と歴史を持っている民族である。と小林氏はいう。

自分たちのまちを自分たちでつくる、自分たちの国を自分たちでつくるという気持ちになれば、日本人が自信と誇りを取り戻すことになるだろう。 

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