改名!むっく★ちぃちゃんvsみっちゃん

我が家に来て一日半でパルボを発病してしまったチワワのちぃちゃんの闘病日記だったこのブログ。気がつきゃ17年経過。

末期の腎不全

2015年03月04日 22時53分35秒 | むっくVSちっち
今日、むっくの薬を貰いに病院へ。
もう閉まる寸前で、患者さんゼロ。

先生が、
『ちぃちゃんどう?大丈夫?』
と奥から出てきて話しかけてくれました。

ちぃは落ち着いてますよ。と話すと、ああ良かったと。
そして、ももちゃんどうかなと。

母から聞く話しが曖昧でイマイチわかりにくかったので、私も直接話しがしたく、詳しく聞いてきました。

今の症状は末期の腎不全と痴呆的なもの。

もう沢山の薬を飲ませるのではなくて、安定剤の量を増やし、吐き気止めだけにしてあげた方がいいかもとのこと。

点滴や腎臓の沢山の薬や心臓の薬は、改善はしないけれど、無理矢理的な延命で苦しみを伸ばすだけになるかもしれないと。
先生が安楽死と言ったのではないのに思わず、安楽死は考えられないので犬にはモルヒネ的な薬はないのですか?と聞いてしまった。
無いことはないけれど、法律にふれるとかふれないとか。
意識が飛んでしまっても、最期は家で母の腕の中で安らかに逝かせてあげたい。
どうにかならないでしょうか?と先生の前で大泣きしてしまった。
先生もう~んといろいろ考えてくれていました。

日曜日の症状からいって、もうすぐにでも痙攣が始まるかもしれないと。
そうなると、ラッキーと同じ最期になってしまう。

最期まで苦しみぬいたラッキーのようにはさせたくないと母は言うけれど。

こんな時、何が正解なんだろうか。

安楽死って本当に安らかに楽に死ねるの?
本当は凄く最期に痛み苦しみを感じているんじゃないのかな?
わんこさんの本当の痛さや苦しみを人間って理解できていないんじゃないかな?

実際、一緒に暮らしていない私には何も言う権利は無いんだけど。
母が仕事をしながら老体に鞭打って必死に介護して。

母も精神的にも肉体的にも限界がきてるようだし。

だけどやはりももちゃんが自然に寿命を全うするその日までいてほしい。
母はそう願っている。

ハッキリと言わない先生の言葉を選んで話してくれた様子から、今月末のももちゃんの誕生日までは難しいという感じだった。

今更ながらネットでいろいろ探して、ダメもとでh40という腎不全に良いとされる水素水を買ってみた。

明後日届く。
もっと早くにいろいろ試してあげれば良かった。

あと17日で15歳。

母にはこの選択肢は言えなかった。








ひな祭り

2015年03月04日 16時29分43秒 | むっくVSちっち
ももちゃん、段々と意識が混濁するようになってきてしまいましたがまだ頑張っています。

一人になりたくなくて、寂しくて、少しでも人の気配がしなくなると寂しくか細い声で一生懸命吠えます。

日曜日、久しぶりに家族が揃った日、ふと意識が無くなってしまった時間がありました。
今までは無かった症状です。
穏やかに寝ていてそのまましばらく声をかけても目を覚ましませんでした。

もしかしてこのまま・・・と家族みんなが一瞬思いましたが、また夕方に意識がハッキリしてきてくれました。

娘ちゃんと姪っこちゃんのひな祭り撮影。
兄が目を覚ましたももちゃんも一緒にと。

出来るだけ苦しまないように。
家族みんなの願い。

もう頑張れとは言えないね。
十分に頑張ってきたのだから。