今や、53.2%の中学生が自分専用のスマホかタブレットを持っているそうだ。
(ベネッセ調べ↓)
http://www.benesse.co.jp/sp_life/trend/15062301.html
1.親が子供と連絡をとるのに便利(子供の行動を監視できて便利)
2.友達との待ち合わせの連絡なんかに利用できて便利
3.LINEとかフェイスブックとか、友達とコミュニケーションをとるのに便利(逆に、スマホを持ってないと仲間に入れない)
4.勉強に関する調べ物をするのに便利
5.ゲームアプリも充実しているので娯楽ツールとしても便利
中学生がスマホを欲しがる理由(あるいは親が中学生の我が子にスマホを買い与える理由)は、だいたいこんなところだ。
我が家の長男も同じような理由でスマホを欲しがっている。
だけどなぁ。
※以下は、私の長男というより、「ウチのバカ親、スマホも買ってくれねー! 超ムカツク!!」と憤慨しながら、親(もしくは兄貴か姉貴)のパソコンをこっそり立ち上げて、「こういうムカムカした気分の時はエッチなサイトに限るぜ」とアダルトサイトをネットサーフィン(死語)してたら、どこをどう間違ったかこのブログに立ち寄ってしまったそこの「君」(中学生)に贈る駄文だ。
「スマホがあれば親と連絡が取りやすい。親も子供がどこにいるか把握できて安心」って、なんだか気持ち悪くないか?
中学生とか高校生とか、思春期に入った子供っていうのは必然的に親の理解から離れていくもんだし、親が知らない世界を広げていくもんだろ。
だからこそ中学生活とか高校生活って楽しいんじゃないのか? 少なくとも私はそうだったぞ。
親は、子供がルールを踏み外したら叱り飛ばすし、どうしようもなくヤバいときは身体を張ってでも我が子を助ける。でも、普段は何してるのか、どこにいるのか、さっぱりわからない我が子のことを心配しながら、それでもギリギリのところで子供を信じてる。
子供は、親との最低限の約束を守りながら、親の目をかいくぐって友達と遊んで、彼女(あるいは彼氏)とデートして。両親が出かけた彼女の家に上がりこんで、リビングのソファーの上で初チュー。エロ本で仕入れた知識で頭がいっぱいだから、初チューでいきなり舌を入れて、彼女から「平岩くん、初めてじゃないんだ」と泣かれてオタオタ(←中学時代の俺だ)。
・・・そういうんじゃダメなのか?
適当な約束をして、
「会えなかったらスマホで連絡取りあえばいいじゃ~ん」
なんて小手先の対応を覚えるより、
「確実に会える場所。万一、相手が遅れても、自分が遅れても、待ってる方が雨に濡れたり、立ちっぱなしで疲れたりしない場所。そういう待ち合わせ場所を考える。
約束した時間には遅れない。
人との約束は絶対守る。
そのために自分の予定は自分で管理する。」
そういうルールというか生き方を身に付けた方が遥かに役に立つと思うぞ。
「LINEとかフェイスブック」って、そんなに大切か?
常に誰かとつながってないと不安で不安で仕方ないのか?
今どこにいる。今誰といる。今日何をした。お昼に何を食べた。今日は誰々の誕生日、お祝いのメッセージを送りましょう・・・。
そんなことにいつも注意を払わなきゃならない毎日って鬱陶(うっとう)しくないか?
「LINEをしてない奴、フェイスブックをしてない奴は仲間にしない」なんていう狭量(きょうりょう)なバカと友達になる必要なんかないだろ?
てか、そういうのって、そもそも「友達」か?
そういう奴らは結局、LINEとかフェイスブックの「仲間」内で、さらに派閥を作って「仲間外れ」を作ろうとする。
誰かとつるんで、誰かをスケープゴードにすることでしか自分の立ち位置を確認できない人生は寂しくないか?
「勉強の調べもの」をするなら、図書館があるじゃん。
スマホやパソコンでの調べものが上手い学生は、
「特定のテーマに関するレポート(とか作文とか)を短時間で作る能力」
には長(た)けているけど、
「いろんな情報を整理して、大きな視点や一歩引いた視点から物事を俯瞰(ふかん)的に捉えて、独自の発想で何かを生み出す能力」
には欠けてるんだそうだ(某N●K特集)。
学生時代に役立つ能力、学校の成績で評価される能力は前者の能力だけど、生きていく上で価値がある能力、君たちの人生を楽しくする能力は後者の能力だ。
後者の能力は、一見、無駄に見える本を読み込んで、一見、無駄に見える経験や失敗を積み重ねて、時間をたっぷりかけて、自分の頭でウンウン考え続ける努力をしないと身につかない。
スマホやパソコンから得られるのは知識だ。
でも、君たちが生きていく上で本当に大切なのは「知識を使いこなす知恵」、「たとえ知識がなくても困難を乗り越えられる知恵」だ。
「知識はコンピューターに任せておけばよい。
ジェダイに必要なのは知識ではなく知恵なのだ。」
ってスター・ウォーズでも言ってたろ?
残念ながら「知恵」はネットの世界にはない。
「スマホでゲーム」をしてる時間があったら、街に出て、自分の足で世界を見てみよう。
映画がある。演劇がある。コンサートがある。落語も歌舞伎も文楽もある。図書館に行けば一生かかっても読み切れないほどの本がある。
野球でもサッカーでもスキーでもスノボでも卓球でもサーフィンでもジョギングでも駅伝でもマラソンでもいい。自分の五感と身体を使って遊ぼう。
無限に見えるかもしれないけど、スマホやパソコンを通じて覗き見るインターネットの世界は、所詮、「電子の箱の中のヴァーチャル」に過ぎない。ちっとも無限じゃないし、永遠でもないくせに、瞬間の輝きもない。
世界は自分が思ってるより広い。
生身の人間は自分が想像しているより面白い。
スマホを捨てて、パソコンの電源を切って、街に出よう。
世界を肌で感じて、人と直接交わって、自分自身をワクワクさせる心を育てよう。
賭けてもいい。その心は、絶対に君の人生をもっと深く、もっと楽しく変えてくれる。
「以外」は「意外」の誤変換ですが(笑)
ちなみに我が家では相変わらず長男にスマホは与えていません。
どう考えても不必要だからです。
「時代」とか「世間」とか訳の分からないものに流されて子供にスマホをホイホイ買い与える親が一番どうしようもない、と私は思いますが。
私の周りには「子供には高校までスマホも携帯も買い与えなかった」という友人が何人もいますが、彼ら(彼女たち)の子供はみんな素直でまっすぐないい子に育っています。
お金かかる。。。(ぼそっ。。。^^;)
携帯が世に出回って色々なことがルーズになっているように思える、いや、確実にルーズになっている。特に時間、約束!(ちなみに、私は10分前以上行動なのですが、周りは・・・・)。
携帯による拘束を酷い!どこにいても追いかけられるし、いつでも開店中であると思われる。
小・中・高校生のときには、携帯・スマホ・PCをいじるよりもっと楽しいことがあると思うのだけれど・・・
いっそ、携帯など無くなれば良いのに、と思う今日この頃。