つれづれなるままに弁護士(ネクスト法律事務所)

それは、普段なかなか聞けない、弁護士の本音の独り言

民事弁護~沖縄編Part 2(尋問前日まで)~

2017-05-28 16:44:27 | 弁護士のお仕事

「徒手空拳」

平成20年8月3日夜。

懐かしい国際通り脇の琉球居酒屋「黒うさぎ」でKさんに事情を(厳しく)訊く。

事務所の仕事に穴を空けるわけにはいかないので、私は明日の朝一便で東京に戻らなければならない。

 

Kさんの自宅を仮差押してくる2年前の平成18年、O氏はT社長に対して全く同じ内容で名古屋地方裁判所に民事訴訟を起こし、全面勝訴の判決をもらっていた(※控訴審の名古屋高等裁判所で判決確定。紛らわしいので以下では「前の裁判」という)。

つまり、今回の裁判でO氏が訴状に書いてきた事実は、前の裁判で名古屋地裁と名古屋高裁の裁判官(※もちろん、今回の裁判を担当する裁判官とは別の裁判官)に「真実である」と判決で認定された事実ということだ。

前の裁判で勝訴はしたものの、O氏は破産同然のT社長からはほとんどお金を回収できなかった。

そこで、O氏は、前の裁判の判決書を疎明資料(※仮差押の申し立てを裁判官に認めてもらうための資料のことをこう呼ぶ。本裁判で提出する証拠と違い「まぁ、いちおう確からしい」と裁判官に思ってもらえる程度の資料でいい)にして、今回、Kさんの自宅を仮差押してきた。

 

実際のところどうなんだろう?

Kさんは、O氏に「FX取引で絶対儲けさせる」と言ってしまったんだろうか?

以下、Kさんの説明。

1)確かにO氏とは会ったことがある。その際、自分の名刺も渡した。ただ、それは東京のWTK社の会議室ではなく、平成17年12月にT社長が逮捕された後でO氏が那覇のWWT社に押し掛けてきた時のことだったと思う。O氏とはその時、初めて会った。

2)東京のWTK社はWWT社の東京支社と同じビルの同じフロアーに入居していた。T社長はWWT社の東京支社の社長室でFX取引への出資者と面談していた。その場に自分が呼ばれたこともある。ただ、その場で、いつ、誰に、何を話したかまでは正直覚えていない。

3)T社長が逮捕され、平岩先生に諭されるまでは、自分も「T社長のFX取引の才能は凄い」と信じ込んでいた。

4)T社長にヘッドハンティングされる前は生命保険会社にずっと勤めていた。だから、お客様を勧誘する際に「絶対に大丈夫」とか「必ず儲かります」などと言ってはいけないことは自分の中では常識だった。

5)当時、那覇と東京を概ね1週間おきに行き来していた。家内は病弱だったし、娘もまだ中学生で、一家で東京に引っ越すということも、家内と娘を那覇に残して自分だけが東京に単身赴任するということもできなかったから。

 

しかし、Kさんの説明を真実であることを証明する証拠は何一つない。

Kさんの父上に大見得切ったものの、今の私は「仲間やアイテムを探し出す前にいきなりラスボスに遭遇したゲームの主人公」の気分だ。

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「証拠はないか?」

第1回口頭弁論期日は答弁書だけ提出して欠席することにした。

第1回口頭弁論期日なら被告側は答弁書を事前に提出しておけば、期日に出頭しなくても答弁書に書いた内容を法廷で主張した扱いにしてもらえる(※「擬制陳述」(ぎせいちんじゅつ)という)。

ただでさえ経済的に余裕がないKさんにとっては、私の東京・名古屋間の新幹線代すら大変なはずなのだ。


とはいえ、次の期日はすぐにやってくる。

 

O氏の主張を「そんなこと知らない!」と否認したり、「そうじゃなくて本当はこうだ!」と反論するだけでは足りない。

Kさんの記憶が正しく、O氏が重要な部分について嘘を言っていることを証明できる証拠が欲しい。

 

裁判官は神様ではない。だから、「裁判」を通じて裁判官に判決で認定される事実も「この世の真実」ではない。

判決で認定されるのは、「証拠から判断すると『真実らしい』と思われる事実」だけだ。

たとえ本当のことを説明しても、証拠がなければ「嘘だ」と切り捨てられるし、たとえ嘘八百を並べ立てても、それらしき「証拠」があれば「そのとおり」と認定されてしまう。

世間の信頼を踏みにじるようで申し訳ないが、「裁判」なんて所詮、その程度の手続・制度なのだ。

 

もちろん、原告(あるいは被告)の矛盾した主張や法廷での妙な行動から、「たしかにそれらしい証拠はあるが、この当事者の言っている主張は信じられない」と判断してくれる理性的な裁判官もいる。

「認定するのは『この世の真実』ではないけれど、少しでも『この世の真実』に近い事実を踏まえて判決を書きたい」という矜持をもって裁判に取り組んでいる裁判官もきっといるはずだ。

けれど、Kさんの裁判を担当する裁判官が「矜持をもった裁判官かどうか」は、それこそ証拠がない。

証拠に基づかない希望は博打と同じだ。

 

結局、私には、O氏の主張の矛盾点やその行動の異常性を言葉で指摘することしかできないのか?

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「悪魔の証明」

「ないことの証明」は「悪魔の証明」である。

安部首相が国会答弁で言い放ったとおり、「存在したこと」「言ったこと」「行動したこと」は証明できるが、「存在しなかったこと」「言わなかったこと」「行動しなかったこと」は証明できない。

 

O氏の主張はこうだ。

「平成17年5月25日午後2時に、東京のWTK社の会議室で、Kさんから『FX取引で絶対儲けさせる』等と言われた」


つまりO氏が証明すべきは、

「平成17年5月25日午後2時に、KさんとO氏が東京のWTK社の会議室にいたこと

と、

「KさんがO氏に『FX取引で絶対儲けさせる』等と言ったこと

である。

 

この2つの事実を証明する証拠は、

「(O氏がKさんからもらった)Kさんの名刺」

に加えて、

「『平成17年5月25日午後2時に、東京のWTK社の会議室でO氏と会った際、Kさんが同席していた』と認めたT社長の前の裁判における証言」

そして

「『平成17年5月25日午後2時に、東京のWTK社の会議室で、KさんはO氏に対し、FX取引で絶対儲けさせる等と言った』と認定した前の裁判の判決書」

 

3つ合わせれば決定打。

こっちは雑魚キャラ・スライムなのに、同時にベギラマとイオラとバギクロスの呪文を唱えられたようなもんだ(※ドラクエを知らない方、わかりにくい比喩ですいません。適当に読み飛ばしてください)。

 

スライム(※Kさん)としては、

「平成17年5月25日午後2時に、Kさんは東京のWTK社の会議室にはいなかったこと

か、

「KさんはO氏に『FX取引で絶対儲けさせる』等とは言っていないこと

を証明(※O氏の証明に対する「反証」)しなければならない。

 

どちらも「悪魔の証明」である。

 

しかし。

「平成17年5月25日午後2時に、Kさんは東京のWTK社の会議室ではない別の場所にいたこと

なら証明可能だ。それさえ証明できれば、

「平成17年5月25日午後2時に、東京のWTK社の会議室でO氏に『FX取引で絶対儲けさせる』等と言うことはKさんには不可能だった

ということになる(Kさんがルーラの呪文を唱えない限り)。

 

Kさんは8月3日に那覇空港で私と別れて以来ずっと、「3年前の平成17年5月25日午後2時に、自分が東京のWTK社の会議室以外の別の場所にいたこと」の証拠を探し続けている。

キアリーの呪文を唱えようとしているスライムみたいだ。

 

証拠(※復活の呪文)探しをKさん一人に任せておくわけにはいかない。

私は藁にもすがる思いでシャナクと唱え・・・じゃなかった、JALとANAに連絡してみることにした。

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「間に合うのか?」

「弁護士は、受任している事件について、所属弁護士会に対し、公務所または公私の団体に照会して必要な事項の報告を求めることを申し出ることができる。」(弁護士法第23条の2)

「23条照会」とか「弁護士照会」という。

 

Kさんは那覇と東京を概ね1週間おきに往復していた。

JALにしか乗らなかったという。

ちなみにこの裁判の後、ある出来事をきっかけに私はANA派になった。

JALには絶対乗らない。

JAL路線しかない地方への出張は電車か車か歩いていくことにしている。

 

閑話休題。

 

平成20年8月19日JALに、翌20日ANAに、それぞれ「平成17年5月1日から6月30日の間のKさんの搭乗記録」の開示を23条照会した。

KさんはJALマイレージクラブの会員だった。東京に出張するたびにマイレージを貯めていたという。

Kさんの言っていることが真実なら、JALマイレージクラブの会員番号からKさんの搭乗記録をトレースできるはずだった。

ANAにも搭乗記録の開示を請求したのは、「JALにしか乗らなかった」というKさんの説明の真偽を確かめるため。

開示を求めた搭乗期間に幅を持たせたのは、O氏が「5月25日というのは勘違いで、実は別の日だった」などと言い出す場合に備えるためだ。

 

裏目に出るかもしれない、とふと思った。

もしかしたらKさんは私にも嘘を言っているのかもしれない。

JALやANAから開示されたKさんの搭乗記録は、「平成17年5月25日にKさんが東京にいた」ことの動かぬ証拠となるかも。

 

そうなったら?

 

Kさんを張り飛ばして、和解金を1円でも安くしてもらえるように、私が裁判所でO氏に土下座すれば済むだけのことだ。 

事前にJALとANAには電話で「近日中に23条照会をする予定である」と伝え、ついでに搭乗記録の保存期間を確認すると、両社とも「だいたい3年くらいで破棄してしまいます」と教えてくれた。

平成17年5月25日から既に3年以上が過ぎている。

間に合うのか?

 

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「木で鼻くくられる」

平成20年10月。名古屋地裁での第2回期日。 

今回は口頭弁論ではなく弁論準備手続である。

弁論準備手続というのは、TVや映画に出てくるような法廷ではなく、裁判所内にある「弁論準備室」とか「弁論準備兼和解室」という名前の部屋で、担当の裁判官と原告・被告(※実際には彼らの代理人弁護士)だけが集まって、主張や証拠の整理をする手続きのこと。

非公開の手続きなので傍聴人はいない。狭い部屋で一つのテーブルを囲んで、フランクで忌憚のない意見がやりとりされる。

Kさん(とその代理人の私)は、初手から「詐欺師」(の代理人)扱いである。

「既に前の裁判でO氏の主張を全面的に認める判決が出ている。

 T社長に対する刑事事件の有罪判決も確定している。

 (詐欺師のくせに)今更、どんな言い訳がしたいのか?

  (詐欺師なんだから)時間稼ぎ、苦し紛れの言い訳はやめて、さっさと裁判を進めよう。」

 

今回の弁論準備手続で私は3つの主張をした。

1)KさんとO氏に対する当事者尋問を早期に実施してほしい(Kさんは被告、O氏は原告、いずれもこの裁判の「当事者」なので、「証人」尋問とは言わない)。

2)現在、Kさんは経済的に困窮している。沖縄から名古屋地裁に来るための航空券もこれまで貯めていたJALのマイレージポイントを使うしかない。JALのマイレージポイントの期限が切れてしまう今年12月末までに当事者尋問期日を入れてもらえないか。

3)原告(O氏)の代理人に一つだけ聞きたい。前の裁判で、どうしてKさんを被告にしなかったのか? 貴方は前の裁判を起こす以前の平成18年8月、Kさんの那覇の自宅宛に被害弁償を要求する内容証明を送っていたではないか?

 

2)に対する裁判所の回答:

「当事者尋問期日は来年2月頃を予定する。Kの経済状態は考慮しない」

3)に対する原告(O氏)の代理人の回答:

「どの裁判で誰を被告にしようと、そんなことは原告の自由だ。それが当事者主義というものだ」

 

まったく、木で鼻をくくったようなフランクで忌憚のない対応だ。

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「下準備」

平成20年11月。名古屋地裁での第3回期日。

今回も弁論準備手続だが、私は「電話会議システム」で東京の事務所から手続きに参加。

裁判所の遠方に住んでいる当事者は、弁論準備手続なら実際に裁判所に出頭しなくても電話会議システムで参加できることになっている。

前回はこの裁判における裁判官の被告(Kさん)に対する心証を確認しておきたかったので仕方なく名古屋地裁まで出頭したが、これ以上、余計な交通費の負担をKさんに強いることはできない。

「次回の当事者尋問を円滑に進めるためにも、今一度、この裁判の争点を明確にしておきたい。」

と申し入れた。

私の申し入れを受けて、原告(O氏)の代理人弁護士が電話口の向こうで自信満々に答えた。

「今回の裁判の争点は、

『平成17年5月25日の東京における原告・被告間のやり取り』

これに尽きる。

原告はこの点に関する証拠として、

(1)前の裁判におけるT社長と原告(O氏)の当事者尋問調書(前の裁判で行われた当事者尋問の内容を文書化したもの)、

(2)それに加えて今回、新たに作成した原告(O氏)の陳述書

を既に提出している。

次回の当事者尋問でこれらの証拠を更に補強する。」

 

裁判所の書記官に申し立てて、この発言を調書に記録してもらう。

この日、KさんとO氏に対する当事者尋問が正式に平成21年2月と指定された。

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「尋問前夜」

平成21年2月。当事者尋問の本番前日。

なんとか費用を工面してKさんに東京まで来てもらい、(当時私が勤めていた)永田町の法律事務所で半日かけて明日のリハーサルをする。

リハーサル前、Kさんは赤坂見附にある日枝神社に参拝に行き、お守りまで買ってきた。

でもKさん。私がKさんと知り合って以降、Kさんの人生って神も仏もない感じだよ・・・

 

夜は私の自宅に泊まってもらう。ビジネスホテル代すらもったいない。

なにより、私も私の家族も、沖縄に遊びに行ったときはさんざんKさんご家族にお世話になっている。

 

当時まだ6歳になったばかりのヒロ(長男)が、「さいばんがんばって」と書いた手作りのお守りをKさんに渡した。

お前の優しさはパパの誇りだ、ヒロ。

当時まだ元気だった愛猫のサンタは何故か初対面のKさんに寄り添って離れようとしない。

猫にあるまじき人懐っこさはパパの誇りだ、サンタ。

 

明日の当事者尋問は午後からなので、午前中に東京を発って新幹線で名古屋に向かう。

明日はやり直しのきかない一発勝負である。

 

Kさんは緊張して少し顔が青白い。

万全とは言えないけれど、本番前に緊張でKさん本人が潰れてしまっては元も子もない。

緊張をほぐすために妻と長男とKさんと私の4人で(少し高めの)焼肉を食べに行くことにした。

明日の本番に向けて気持ちを戦闘モードに高めていくにはやっぱり肉だ。

当時、ガストがお気に入りだった長男は「ガストに行きたい~、ガストがいい~」と大泣き。

ごめんな、ヒロ。

でも、お前も沖縄に遊びに行ったとき、Kさんに美味しいお店に連れてってもらったろ?

ルフィ(※ONE PIECE)だって、ここ一番の勝負の前には「肉~!」って叫んでるじゃんか。

それに、沖縄からわざわざ東京までリハーサルに来てもらって、ガストで食事させたとあっては、平岩家の家名に傷がつこうというもんだ。

「懸情流水、受恩刻石」

(かけた情けは水に流せ。受けた恩は石に刻め。)

が我が家の家訓だ(今、決めた)。

 

明日の当事者尋問はO氏、Kさんの順に行われる。事前に裁判所とO氏の代理人弁護士とも合意済みだ。

だいじょうぶ。

この順番が、ぼくらの武器になるはずだ。たぶん。 



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