🍀新人研修🍀
今度は、アメリカのプロ・バスケットボール・リーグ、NBAである。
仮にあなたの仕事が、NBAの新人選手にエイズの危険性を教育することだとしよう。
NBAの選手といえば若い男性だ。
特に新人には未成年者も多い。
彼らはある日突然、有名になり、世間の注目を集める。
生まれた頃から世の中ではエイズが問題化していたから、エイズを知らないという危険性はない。
彼らにとっての危険性は、
生活環境の影響で不用意な夜遊びをしてしまうことだ。
エイズの脅威に、信頼性と緊張感を持たせるには、どうすればいいのか?
信頼性を与えてくれそうなものを考えてみよう。
まず、外部からの信頼性として、マジック・ジョンソンのような有名人や専門家か、エイズ末期のスポーツ選手といった反権威者の起用が考えられる。
人間的尺度で統計を示す手もある
(行きずりの相手と一夜を過ごすことでエイズ・ウィルスに感染する確率を示すなど)。
生々しい細部の描写も使える。
日頃は安全なセックスを心がけているのに、夜遊びで盛り上がりついガードが甘くなった、などという体験談をスポーツ選手に語ってもらうのだ。
どれもなかなか効果がありそうだ。
だが、信頼性の源を選手自身の心の中に求めるとしたら、どうすればよいのか。
NBAはある独創的な方法を思いついた。
シーズン開始の数週間前、新人選手は全員、ニューヨーク州タリータウンに集められる。
彼らはここで新人研修を受けるように義務づけられている。
6日間、ホテルにほぼ缶詰にされ、ポケットベルや携帯電話の使用も禁じられる。
メディアの対応法から、降って湧いた大金の賢い投資法に至るまで、
プロの選手生活について教え込まれる。
研修は極秘で行われるにもかかわらず、ある年、女性ファンのグループが研修会場に集まってきた。
研修1日目の夜、選手たちの目にとまるために着飾った彼女たちが、
ホテルのバーやレストランで選手たちを待ち構えていた。
新人選手らはご満悦で女性ファンといちゃつき、
そのうち何人かと研修後半に会う約束をした。
翌朝、真面目な顔で研修会場にやってきた彼らは、
部屋の前に昨夜の女性ファンがいるのを見て驚いた。
彼女らは1人ずつ手自己紹介した。
「おはよう、私はシーラよ。HIVに感染しているの」
私はドナ。私もHIVに感染しているわ」
新人たちの頭に、エイズに関する講義内容が一気に蘇った。
生活をコントロールすることの難しさ、
たった一夜の出来事で一生後悔する可能性を、
彼らは理解した。
一方、アメリカンフットボールのプロリーグ、NFLは対照的だ。
ある年の新人研修では、新人全員がバナナにコンドームをつけさせられた。
選手らのうんざりした顔が目に浮かぶ。
その後、かつてアメフト選手の追っかけをしていた2人の女性が登場し、
妊娠を目当てに選手を誘惑していた頃の体験談を話した。
よく工夫したメッセージで、授業は大きな効果を発揮した。
だが、他人が他人を陥れようとした話より、
自分が陥れられそうになった体験の方が記憶に焼き焼きつくことは言うまでもない。
(📖「アイデアのちから」チップ・ハース+ダン・ハース著、飯岡美紀訳📖より)