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ペガサス食堂

2017-09-24 12:54:22 | お話
🍴ペガサス食堂🍴


軍隊での食事は大方の予想通り、味気ない。

大鍋でくたくたに煮た料理には、パセリの飾りもない。

軍の食堂とは要するに「カロリー工場」であり、

兵士が任務を遂行するために必要なエネルギーを供給する場所だ。

軍には昔から「軍隊は腹で動く」という言葉がある。

だが、バグダッド空港のすぐ外にあるペガサス食堂は、一味違うと評判だ。

ヒレステーキの焼け具合は絶妙だし、果物の盛り合わせにはスイカやキウイ、ブドウが美しく盛り付けられている。

ペガサスで食事をしたい一心で、わざわざグリーンゾーン(バクダッドでも米国人が多く、警備が行き届いた地区)から、イラクで最も危険な道路を通ってやってくる兵士もいるという。

ペガサスの責任者フロイド・リーは、海兵隊と陸軍で25年間、調理担当を務めたキャリアを持つ。

だが、イラク戦争開戦時には引退していた。

彼は引退生活を捨ててペガサスの仕事を引き受けた。

「兵士に食事を出す第二のチャンスを神が与えてくれた。

生まれてこのかた、この仕事を待っていた。

そして今、こうしてバクダットにいる」


兵士生活が過酷であることをリーは知っている。

兵士の多くは、1週間に7日、1日中18時間働く。

イラクでは常に危険にさらされてもいる。

兵士たちのためにペガサスを束の間の安らぎを得られる場所にすることがリーの願いだ。

彼は指導者としての任務を明確に意識している。

「食事サービスの責任だけでなく、

軍の士気を高める責任者でもあると自分では思っている」

士気を高める責任者であるというのは、

つまり、マズローの欲求段階でいうなら、リーは「超越」をめざしているということだ。

このビジョンは、スタッフのちょっとした普段の仕事ぶりにも現れている。

簡易食堂にありがちな白い壁が、ペガサスではスポーツチームの旗で飾られている。

窓には金色の装飾が施され、テーブルには房のついた緑色のクロスがかけられている。

味気ない蛍光灯には、シーリングファン付きの照明器具に付け替えられ、給仕は白いシェフの帽子をかぶっている。

ペガサスは料理の美味しさで有名だが、

注目に値するのは、他の基地食堂と全く同じ配給食材を用いている点だ。

他の食堂と同様、ペガサスも軍の定めた21日間周期の献立通りに食事を出している。

食材の供給業者も同じ。

違うのは、その姿勢である。

毎日、果物が届くとコックの1人が選別を行う。

傷んだブドウの実を取り除き、スイカやキウイの1番美味しい部分を選んで、

完璧な果物の盛り合わせを作る。

夜には、デザート台に5種類のパイと3種類のケーキを用意する。

日曜日に出すヒレステーキは、2日前からタレに漬け込んでおく。

ニューオリンズ出身のあるコックは、主菜の味を引き立てるため香辛料を郵送で取り寄せている。

デザート担当のコックは、自分の作るイチゴケーキは「官能的」だと言う。

軍隊食では耳にすることのない形容詞だ。

食事を出すのは仕事だが、士気を高めるのは使命だ、とリーは認識している。

食事を出すだけならお玉があればいいが、

士気を高めるためには、創造性と実験と熟練が必要だ。

毎週日曜、夕食のためにペガサスに来るというある兵士は

「ここにいると、イラクにいることを忘れる」

と言った。

リーは、マズローの欲求段階の忘れられた層に訴えている。

それは「美」と「学習」と「超越」への欲求だ。

彼は食堂の使命を一新する中で、

砂漠にオアシスを生み出すという目的に向かってスタッフを奮い立たせている。


(📖「アイデアのちから」チップ・ハース+ダン・ハース著、飯岡美紀訳📖より)