バレエの世界⑤
(プリンシパルとして背負われてきた重責は並々ならぬものがあったのではないですか)
🔸吉田、そうですね。ランクが下の時に主役を踊ると、たいてい褒めてくれるんですけども、
プリンシパルになった途端、完璧に踊れて当たり前という感じで、
さらに上のレベルを求められる。
周りの見る目が、急に変わるんですね。
公演のチケットもプリンシパルの名前で売られるようになりますから、
プレッシャーも半端ではありません。
(全てが自分自身にかかっていると)
🔸吉田、ある時、先生に
「都は昨日も今日も同じ作品を踊るけど、今日いらしているお客さんの中には、初めて見る方もたくさんいる。
だから、都も初めての気持ちで舞台に立ってくれ」
と言われたことがあります。
同じ作品の舞台であっても毎回新鮮な気持ちで、高いレベルを保って、
お客様に感動与えられるのがプロであり、
日々のお稽古や日常生活のすべてが舞台上で曝(さら)け出されます。
ですから、何をやるにしても常に本番の公演に焦点を当てて、行動するように心がけていましたね。
サドラーズウェルズ・ロイヤルバレエ団のプリンシパルを7年間務めた後、
29歳のときに英国ロイヤル・バレエ団にプリンシパルとして移籍したんですけれども、
移ってからは、もっと大きなプレッシャーにぶち当たりました。
(といいますと?)
🔸吉田、サドラーズウェルズの和気あいあいとした雰囲気とは違い、
英国ロイヤル・バレエ団はさすがに世界3大バレエ団の1つと称されるだけあって、
ダンサーたちのプライドの高さと情熱の強さには圧倒されるほどのものがありました。
100名ほどいるダンサーの中からプリンシパルになる人は、わずか6〜8名。
普通なら私もコール・ド・バレエから競争を勝ち進み、
その座を掴まなければならないのに、
いきなりプリンシパルのランクで横から入ってきたわけですから、
もともといたダンサーたちにしてみれば面白くない存在なのは当然でしょう。
当初は私を責めるような冷たい視線を浴び、ずいぶん肩身の狭い思いをしました。
(そういう中で15年間、英国ロイヤル・バレエ団のプリンシパルを務めてきたわけですが、
いかにしてプレッシャーと向き合ってこられましたか)
🔸吉田、ある意味、鈍感力を育んでいくというか、
そういう周りの視線や陰口をシャットアウトして、
自分のなすべきお稽古やリハーサル、舞台に集中するようにしていました。
15年の間には、舞台に立つ自信が持てない時も、怪我で苦労した時もあります。
プレッシャーが高まると、失敗するかもしれない、舞台に立つのが怖いといったように、
ネガティブな思考に陥りやすく、
不思議なことに、心がぶれると体の軸までぶれてくるんです。
そういう時は、自分のネガティブな気持ちを否定せず、
とことん見つめ、
向き合い、
じっくりと味わい尽くす。
そして、今度は笑顔でいっぱいのカーテンコールの様子など、
よいイメージを頭に浮かべ、
とにかくできる、うまくいくと信じる。
このようにして本番に臨んでいました。
🔸吉田、本当に日々闘いという感じで、
プリンシパルとしてずっと主役を踊りながらも、
自分の中で納得いく表現がなかなか見つけられない時期が長かったですね。
自分の信じる踊りでいいんだって思えたのは、
英国ロイヤル・バレエ団のプリンシパルになって10年以上経ってからです。
(絶えず悩みや葛藤を抱えておられたのですね)
🔸吉田、でも、そうやって何か自分で足りない部分を感じているってことは、
明日へのエネルギーになりますよね。
もっと自分の理想に近づきたいという気持ちで、
自分の欠点を改善していく。
よりよく魅せるにはどうしたらいいかってことを考えて努力する。
もし全て恵まれていて、すぐに自分の理想とする踊りができていたら、
ここまで続いていなかったかもしれません。
例えば、外国人だったらパッと立つだけで美しいラインが出て、
手足も長いから舞台映えするという中で、
私は人一倍お稽古に打ち込んできましたし、
そういうものがあったからこそコツコツと頑張ってこられたのかなと思います。
(これまで数多くのバレリーナを見てこられたと思いますけど、
伸びる人と才能があっても途中で止まってしまう人の差はどこにあると感じていますか)
🔸吉田、これは「自反尽己」というテーマにつながるかもしれないですけれども、
お稽古をしている時に、
先生が他の人に向かって注意したことを自分のこととして聞く人は、やっぱり伸びていくんですよね。
自分が注意されていないからといって、そこでぼんやりと聞いている人は伸びていかない。
(他人への注意や叱責を自分の問題として受け止めるかどうか)
🔸吉田、自分は果たしてちゃんとできているかと振り返ると、
できていないことが多かったりします。
ただ、どれだけ先生が教えてくださっても、
どれだけ自分の中で知識としてあっても、
そこで自分の踊りを変えられるのは自分しかいない。
自分でやらないと変わらないんですよ。
(まさに「自反尽己」の姿勢といえますね)
🔸吉田、それと、私はこれまで何人ものプリンシパルと接してきましたけれども、
性格を見ていると、やっぱり皆似ているんですよ。
だいたい、ソリストになって、そこで安心してしまう人は、そこまでで終わっちゃうんです。
ところが、プリンシパルまで上がる人たちは、
私から見れば恵まれていると思うような人たちでも、
それぞれ何かしらコンプレックスを持っているんですよ。
(プリンシパルになる人たちはコンプレックスを持っているという共通点があると)
🔸吉田、コンプレックスを持つ人は欠点を補うために努力と研究を重ねることができます。
逆に自分はできていると思うと成長は止まってしまう。
私自身、まだまだ自分はできていないという気持ちで、
これからも進化し続けていきたいと思います。
・終わり・
(「致知」10月号 バレリーナ吉田都さんより)
(プリンシパルとして背負われてきた重責は並々ならぬものがあったのではないですか)
🔸吉田、そうですね。ランクが下の時に主役を踊ると、たいてい褒めてくれるんですけども、
プリンシパルになった途端、完璧に踊れて当たり前という感じで、
さらに上のレベルを求められる。
周りの見る目が、急に変わるんですね。
公演のチケットもプリンシパルの名前で売られるようになりますから、
プレッシャーも半端ではありません。
(全てが自分自身にかかっていると)
🔸吉田、ある時、先生に
「都は昨日も今日も同じ作品を踊るけど、今日いらしているお客さんの中には、初めて見る方もたくさんいる。
だから、都も初めての気持ちで舞台に立ってくれ」
と言われたことがあります。
同じ作品の舞台であっても毎回新鮮な気持ちで、高いレベルを保って、
お客様に感動与えられるのがプロであり、
日々のお稽古や日常生活のすべてが舞台上で曝(さら)け出されます。
ですから、何をやるにしても常に本番の公演に焦点を当てて、行動するように心がけていましたね。
サドラーズウェルズ・ロイヤルバレエ団のプリンシパルを7年間務めた後、
29歳のときに英国ロイヤル・バレエ団にプリンシパルとして移籍したんですけれども、
移ってからは、もっと大きなプレッシャーにぶち当たりました。
(といいますと?)
🔸吉田、サドラーズウェルズの和気あいあいとした雰囲気とは違い、
英国ロイヤル・バレエ団はさすがに世界3大バレエ団の1つと称されるだけあって、
ダンサーたちのプライドの高さと情熱の強さには圧倒されるほどのものがありました。
100名ほどいるダンサーの中からプリンシパルになる人は、わずか6〜8名。
普通なら私もコール・ド・バレエから競争を勝ち進み、
その座を掴まなければならないのに、
いきなりプリンシパルのランクで横から入ってきたわけですから、
もともといたダンサーたちにしてみれば面白くない存在なのは当然でしょう。
当初は私を責めるような冷たい視線を浴び、ずいぶん肩身の狭い思いをしました。
(そういう中で15年間、英国ロイヤル・バレエ団のプリンシパルを務めてきたわけですが、
いかにしてプレッシャーと向き合ってこられましたか)
🔸吉田、ある意味、鈍感力を育んでいくというか、
そういう周りの視線や陰口をシャットアウトして、
自分のなすべきお稽古やリハーサル、舞台に集中するようにしていました。
15年の間には、舞台に立つ自信が持てない時も、怪我で苦労した時もあります。
プレッシャーが高まると、失敗するかもしれない、舞台に立つのが怖いといったように、
ネガティブな思考に陥りやすく、
不思議なことに、心がぶれると体の軸までぶれてくるんです。
そういう時は、自分のネガティブな気持ちを否定せず、
とことん見つめ、
向き合い、
じっくりと味わい尽くす。
そして、今度は笑顔でいっぱいのカーテンコールの様子など、
よいイメージを頭に浮かべ、
とにかくできる、うまくいくと信じる。
このようにして本番に臨んでいました。
🔸吉田、本当に日々闘いという感じで、
プリンシパルとしてずっと主役を踊りながらも、
自分の中で納得いく表現がなかなか見つけられない時期が長かったですね。
自分の信じる踊りでいいんだって思えたのは、
英国ロイヤル・バレエ団のプリンシパルになって10年以上経ってからです。
(絶えず悩みや葛藤を抱えておられたのですね)
🔸吉田、でも、そうやって何か自分で足りない部分を感じているってことは、
明日へのエネルギーになりますよね。
もっと自分の理想に近づきたいという気持ちで、
自分の欠点を改善していく。
よりよく魅せるにはどうしたらいいかってことを考えて努力する。
もし全て恵まれていて、すぐに自分の理想とする踊りができていたら、
ここまで続いていなかったかもしれません。
例えば、外国人だったらパッと立つだけで美しいラインが出て、
手足も長いから舞台映えするという中で、
私は人一倍お稽古に打ち込んできましたし、
そういうものがあったからこそコツコツと頑張ってこられたのかなと思います。
(これまで数多くのバレリーナを見てこられたと思いますけど、
伸びる人と才能があっても途中で止まってしまう人の差はどこにあると感じていますか)
🔸吉田、これは「自反尽己」というテーマにつながるかもしれないですけれども、
お稽古をしている時に、
先生が他の人に向かって注意したことを自分のこととして聞く人は、やっぱり伸びていくんですよね。
自分が注意されていないからといって、そこでぼんやりと聞いている人は伸びていかない。
(他人への注意や叱責を自分の問題として受け止めるかどうか)
🔸吉田、自分は果たしてちゃんとできているかと振り返ると、
できていないことが多かったりします。
ただ、どれだけ先生が教えてくださっても、
どれだけ自分の中で知識としてあっても、
そこで自分の踊りを変えられるのは自分しかいない。
自分でやらないと変わらないんですよ。
(まさに「自反尽己」の姿勢といえますね)
🔸吉田、それと、私はこれまで何人ものプリンシパルと接してきましたけれども、
性格を見ていると、やっぱり皆似ているんですよ。
だいたい、ソリストになって、そこで安心してしまう人は、そこまでで終わっちゃうんです。
ところが、プリンシパルまで上がる人たちは、
私から見れば恵まれていると思うような人たちでも、
それぞれ何かしらコンプレックスを持っているんですよ。
(プリンシパルになる人たちはコンプレックスを持っているという共通点があると)
🔸吉田、コンプレックスを持つ人は欠点を補うために努力と研究を重ねることができます。
逆に自分はできていると思うと成長は止まってしまう。
私自身、まだまだ自分はできていないという気持ちで、
これからも進化し続けていきたいと思います。
・終わり・
(「致知」10月号 バレリーナ吉田都さんより)