僕の平成オナペット史

少年からおっさんに至るまでの僕の性欲を満たしてくれた、平成期のオナペットを振り返る

実用性を欠いた写真集~鈴木繭菓編~

2022-10-13 15:22:04 | 日記
 書店で売られている写真集は、ポリエチレン包装で売られているので、あらかじめ立ち読みで中身を知ることができず、表紙と裏表紙、帯の画像で自慰用素材にかなうかどうか判断するしかない。購入後に包装を剝がし、早速自慰を始めるのだが、数ページめくっただけで性的興奮が最高潮に達する作品は当たりで、繰り返し用いられる半面、最後までめくっても射精へのマネジメントが難しい作品ははずれとなり、すぐに古書店送りとなった。

 先行発売された媒体で幾度となくお世話になったグラビアアイドルが写真集を発表するときは、その期待で下半身も大いに膨らむが、こういう場合にかぎって駄作を掴まされるケースが多かった。僕にとって、写真集とは自慰以外に使用目的はないとみなしているが、作り手の中には実用性よりも芸術性を追求する御仁もいるようで、モデルに水着を着させても、消費者に性的興奮を全然昂らせない仕上がりでがっかりさせられる作品もある。

 二〇〇一年から翌〇二年にかけて放送された「ウルトラマンコスモス」で、女性隊員役を演じた鈴木繭菓の写真集「まゆかのま」もその一つだ。ウルトラマンシリーズの熱狂的ファンでもない僕が、書店で見かけた円谷プロダクション監修のムックを買わずにいられなかったのは、巻末の鈴木の水着グラビアを自慰用素材に用いたいと思ったからだ。同書は出演者とスタッフのインタビューや作品のストーリーを紹介するなど、同番組のファンにとっては必見の内容だが、僕はそれらにはいっさい目もくれず、ひたすら鈴木の水着姿で性的興奮を高めた。

 ムックの数ページ程度のグラビアではなく、写真集でも出してくれたら、という僕の願いがかなう形で、〇二年三月に「まゆかのま」(角川書店)が発売された。しかし、全編を通じてグラビアアイドルというよりもファッションモデルの佇まいで被写体に収まっている鈴木の姿に、僕はどうやって性的興奮を高め、射精に導かせるのか苦慮することこの上なく、それでも大枚をはたいて買ったのだから元を取らねば、と性的想像力を膨らませながら、何とか射精に至らしめた。そしてすぐに古書店で買い取ってもらった。

 同年代の女性には喜ばれそうな仕上がりだが、最初から自慰目的で買った消費者にとっては残念で仕方なく、作り手の悪意のようなものすら感じられた。ただ、善意に解釈すれば、発表当時はウルトラマンコスモスがまだ放映中で、視聴者にストレートな性的対象と見なさせないように作り手が配慮したのかもしれない。もっとも、先行発売されたムックでは何度も繰り返しお世話になるほど、鈴木は性的アピール全開だったのだが……。

 鈴木はその後もグラビアアイドルとして活動したが、僕は「まゆかのま」での失敗体験から、彼女を自慰用素材に用いることはなかった。高校生世代の新人が次から次へとデビューしてくるので、自然で健康的なエロティシズムよりも芸術じみた“意識高い系”的な見せ方を追求する鈴木への興味は薄れた。しかし、ムックを立ち読みしたときに鈴木の水着姿で激しい性的興奮を覚えたのは、二十年以上経った今でも記憶が残っているので、ここに書き留めておきたい。

忘れていたオナペット~五ノ井ひかり編~

2022-10-08 13:02:56 | 日記
 二〇〇二年から〇七年にかけて、僕は「オナニーを科学する」をテーマに、各年の自慰回数を記録してきた。人生最多だったのは〇四年で、一日の平均回数が二回を超えるほど性欲がみなぎっていた。高校生世代の美少女がグラビアアイドルとして間断なくデビューして写真集を発表し、水着姿を惜しみなく披露してくれたので、僕の下半身は安息が与えられなかった。

 射精のたびに、僕はどの素材で何回自慰したのかを把握するために、銀行でもらった粗品のメモパッドに素材の名前とその右に「正」の字を書いていった。そのデータはパソコンにも保存しておいたが、外部に流出してしまったら恥ずかしいと思って全部削除した。だから、当時オナペットとしてお世話になったグラビアアイドルは今でも記憶に残っているものの、中にはその写真集がいつ発売されたのか忘れてしまったのもある。

 また、彩文館出版や竹書房は自社のホームページから過去の作品の目録が見られるが、版元の中にはすでに倒産したり、他社に事業譲渡したりしたため、二十年以上前に発売された作品のモデルや発売年月を知るのが困難なのも、僕の自慰遍歴の記憶が曖昧になっている要因の一つだ。

 〇〇年代中盤にグラビアアイドルとして活動した五ノ井ひかりも、写真集を買うほど僕の下半身を夢中にさせてくれた一人だが、僕はてっきり彼女が川村ゆきえや石井めぐるよりも前にデビューしたものだと思っていた。しかし、五ノ井の一作目である「ピカ」(英知出版)が発売されたのは〇五年四月で、川村たちよりも後に写真集を発表したことになる。先述のとおり、〇四年は人生で最も性欲がピークに達していた時期で、翌〇五年は前年に比べて自慰回数が百回ほど減ってはいるが、それは転職活動と転職による環境の変化によるもので、以後〇七年まで右肩下がりとなった。

 僕にとって〇五年の初めは、ちょうど石井と滝ありさの狭間にあたり、以前紹介した疋田紗也や松山まみとともに、五ノ井も当時の自慰戦線に名を連ねていたことになる。高校生世代とは思えない豊満なバストに幾度となく性的興奮を最高潮に導かせたが、石井や滝に比べて自慰回数が少なかったのは、彼女たちが見せていた健康的な肢体の美しさが五ノ井には足りなかったからで、単に胸が大きいだけではオナペットとして何十回も繰り返し用いるのに難があった。

 五ノ井はイメージビデオをいくつか発表し、二作目の写真集「ピーチぱい」で着エロに転向。高校生世代を過ぎてもメジャーになれないグラビアアイドルのお決まりのコースを歩んだが、本人のブログやSNSを拝見すると、水着の仕事をやめてからは歌手活動に取り組み、一二年にはCDデビューを果たしている。今でもフリーで芸能の仕事と接点を持ち続けているようで、八月にはブログも更新している。コロナ禍で営業の依頼がめっきり減っていると思われるが、お世話になった身として今後も息長く活動することを切に願っている。

伊藤隼也のアイドル写真集

2022-10-05 16:51:25 | 日記
 コロナ禍を機に、僕は都内の開業医のブログを拝読するようになったが、その方が伊藤隼也という自称医療ジャーナリストの言動をたびたび批判している。伊藤は週刊誌に記事を掲載したり、テレビ番組のコメンテーターとして出演したりするなどそれなりの影響力を持つ人物だが、不確かな情報や憶測をもとに記事を書く“飛ばし”の常習者のようで、最近では大手メディアも彼から距離を置いている。

 伊藤の前職はカメラマンで、一九八〇年代後半から二〇〇〇年までアイドル写真集の撮影を手がけてきた。伊藤本人のホームページには、その経歴が一切記されていないが、ウィキペディアには彼の作品がリストアップされており、その中には僕がお世話になった自慰用素材も含まれている。物書きとしての伊藤にはまったく興味はないが、僕の自慰人生において彼とは接点があったので、彼のクリエイティビティを全否定するわけにもいかない。

 僕が購入した伊藤の作品を挙げると、九六年七月に発売された森下純菜の「初めての体験。」と、九九年六月に発売された中村英里の「Yume:私を女優にしてください」の二作品だ。また、当時高校生だった僕が、キャミソールドレスからあふれんばかりの豊満なバストの表紙に少なからず興奮した、山岸真璃子の「北回帰線」も伊藤が撮影したのを、つい最近になって知った。

 森下も中村も、深く記憶に残っていればすでに本ブログで紹介しているので、オナペットとみなせるほど実用的だったとは言えない。森下の作品は横乳を見せるなどきわどい演出もあるが、当時の僕は「お菓子系」アイドルに夢中だったので、自慰回数は増えなかった。また、同作品が発表されたのは森下が二十歳の頃で、高校生世代を性的対象にする僕にとってはいささかとうが立っていた。ちなみに、森下は今でも地道にアイドルとして活動しているようで、そのバイタリティは同世代として見習わなければならない。

 中村の作品をヤフコメ!などに出品されているサンプル画像で見返してみると、お菓子系テイストの美少女の等身大が堪能できそうな作風で、記憶からすっかり抜けていたのが自分でも信じがたい。児童ポルノ法の施行前に発表された作品だが、僕はそれを二年ぐらい後に中古で買ったのを覚えている。良質の素材にもかかわらず、今までその存在に気づかなかったのは、やはりそれ以上に当時の僕を夢中にさせた小倉優子や小向美奈子などの印象が強かったからなのかもしれない。

 そのほか、九三年四月に発売された高瀬彩乃の「ポップコーン」という作品も、もしかしたら手元にあったのではないか。いずれにしろ、二十代だった僕が伊藤の作品を自慰用素材に用いていたのは紛れもない事実で、ジャ―ナリストとしての仕事はともかく、カメラマンとしての仕事は正当に評価しなければならないが、当の本人が過去を一切封印していることは返す返す残念でならない。

実用性を欠いた写真集~小泉麻耶編~

2022-10-01 12:18:36 | 日記
 日本の出版史上、十八歳未満のグラビアアイドルの写真集やイメージビデオ、いわゆる3号ポルノの商業作品が右肩上がりで市場規模を拡大していったのは、二〇〇〇年代だろう。芸能プロダクションにスカウトされた少女たちは、何もわからぬまま水着を着て煽情的なポーズをさせられ、その画像が週刊誌や漫画誌に掲載される。プロダクションと出版社の合意のもとで写真集が発表できるようになると、グラビアアイドルの仲間入りだ。

 グラビアアイドルとしてデビューする少女のほとんどが、水着の仕事が芸能活動の終着点だとは思っておらず、女優やタレントを目指すのだが、誰もが綾瀬はるかや小池栄子のようになれるわけでもない。プロダクションも出版社も次から次へと高校生世代の新人をデビューさせていくのだから、川村ゆきえや原幹恵のように人気がなければお払い箱になるが、その中には芸能界への執着から横道へ逸れていくのもいる。


 さて、〇六年七月に発売された小泉麻耶のデビュー作「現役女子高生」(彩文館出版)も、タイトル名に反して僕をがっかりさせた写真集の一つに挙げたい。僕にとって写真集とは自慰用の素材であって、実用的であればあるほどそれを用いての自慰回数が増えていく。一つの作品で百回以上射精したのもあれば、一、二回で古書店に買い取ってもらったのもある。実用性に長けていたのは言うに及ばず、あまりにも非実用的だった作品についても、強く印象に残っている。

 僕が高校生世代のグラビアアイドルに求めるのは、素人っぽさが残る健康的なエロティシズムで、まだ少女の幼い表情でありながらもいやらしい体つきをしているというアンバランスに、僕の性的興奮の度合いはぐっと高まっていく。小泉も豊満なバストを売りにグラビアアイドルとしてデビューしたのだが、「現役女子高生」の最大の欠陥は全編を通じて加工を施したことに尽きる。それによって、小泉がマネキン人形のように見えてしまい、少女の素の姿を堪能するには難がありすぎた。

 カメラマンもカメラマンならスタイリストもスタイリストで、現役女子高校生らしい水着や衣装を着させることなく、その着こなしやポージングも僕の下半身を刺激させてくれなかった。帯には「京王線で通学している清楚な女子高生」とあるが、清楚なら過度なメイクや加工がなくても十分映えるだろうし、そもそもグラビアアイドルとしてデビューしないはずだ。

 版元の彩文館出版はアイドル写真集のカテゴリーリーダーで、僕も大変お世話になったが、時にはこういう駄作を発表することもあった。小泉はデビューがもとで通っていた高校から退学処分を食らい、法的手段に訴えるも敗訴。その後も、元所属先幹部との性交盗撮疑惑や元プロ野球選手との不倫が報じられたりと、白黒はっきりさせたい強い攻撃性を持っている。何事にも泣き寝入りしないのは一人の人間として評価すべき点だが、遊び目的の男性は痛い目に遭うので、決して小泉に近づいてはいけない。