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「愛する子供たちへ」-心の糧メッセージ

クリスチャンとして歩む未熟な父親が、自らの子供たちの幸福を願い、その信仰と霊性を養い育むべく記す「心の糧メッセージ」!

「イングランドの歴史を変えた蹄鉄の1本の釘-凡事徹底」

2014年06月11日 00時21分29秒 | 学ぶこと
愛する子供たちへ

 1485年、リチャード3世はイングランドの王座に就いていました。政情の不安定な時期で、リチャード王は、王座を守るために一度ならず戦わなければなりませんでした。しかし、王は戦いの経験を積んだ軍人であり、8,000人から1万人の軍隊を持つ勇猛で抜け目のない戦士でした。

 同じ年、イングランドの王位をねらうリッチモンド伯ヘンリー・チューダーがリチャード王に戦いを挑み、ボズワース・フィールドで戦います。「ボズワース・フィールドの戦い」と呼ばれる戦いです。ヘンリーはリチャードと違って戦いの経験がほとんどなく、兵力も5,000人しかありませんでした。ただし傍らに良き助言者たちがいました。身分が高く、リチャードとの戦いを含む同様な戦いに出たことのある人たちでした。戦いの朝が来ると、何もかもがリチャード王の勝利を予告しているかのようでした。

 1485年8月22日の出来事は、よく知られている衝撃的な言い伝えに要約されています。その日の朝、リチャード王は従者とともにヘンリーの軍隊と戦う準備をしていました。この戦いの勝者がイングランド王になるのです。戦いがまさに始まろうというとき、リチャードは愛馬の用意ができているかどうか、僕を送って確認させました。

「蹄鉄を早く付けろ」と僕は蹄鉄工に命じました。「王はこの馬を駆って軍の先頭を行かれるのだぞ。」

 蹄鉄工は待ってくださいと答えました。「この数日間、わたしは王の軍のすべての馬に蹄鉄を付けてきました。ですから、もっと鉄を持って来ないといけません。」

 気の短い僕は、待てないと言いました。「王の敵は今にも攻めて来る。我々は戦場で敵を迎え撃たねばならないのだぞ。あるもので間に合わせろ。」

 蹄鉄工は命じられたとおり、最善を尽くして鉄の棒から4個の蹄鉄を作りました。蹄鉄をハンマーでたたいて作ると、3つまで馬に取り付けました。ところが、4つ目を馬に取り付けようとしたとき、打ちつける釘が足りないことに気づき、僕に言いました。

「あと1、2本釘が必要です。ハンマーで打って作るには、少しお時間を頂かないと。」

 しかし、僕はもう待てないと言います。「もうラッパが鳴っている。とにかくあるものでどうにかできないのか。」

 最善は尽くしますが4番目の蹄鉄が外れないという保証はできません、と蹄鉄工は言いました。

 僕は命じました。「とにかく釘で留めろ。そして急げ。さもないと、おまえもわたしもリチャード王のお怒りを買うことになるぞ。」

 間もなく戦いが始まりました。兵士を奮い立たせるために、リチャード王は戦場を駆け巡って戦い、「進め、進むんだ」と叫んで兵を戦に駆り立てました。

 しかし、リチャード王が戦場を見回すと、自分の軍から何人かが敗走するのが目に入りました。ほかの兵士も敗走を始めるのではないかと恐れ、王は奮起させるために敗走兵の出ている戦線目がけて馬を駆りました。ところが、たどり着く前に王の馬がつまずいて転び、王は地面に投げ出されてしまったのです。王が必死で馬を走らせるうちに、蹄鉄工が恐れていたとおり、蹄鉄の一つが外れて飛んでしまったのでした。

 リチャード王は地面から飛び起きましたが、愛馬は全速力で走り去ってしまいました。ヘンリーの軍が突進して来るのを見て、リチャード王は剣を宙に高々と上げて叫びました。

「馬を、馬をよこせ。代わりに我が王国をくれてやる。」

 しかし、手遅れでした。そのころにはヘンリーの軍が向かって来ていたので、リチャード王の兵士は震え上がって逃げて行ってしまいました。こうして王は戦いに敗れます。以来、人々は次の詩を口ずさむようになりました。

釘がなくなり、蹄鉄はなくなった。
蹄鉄がなくなり、馬はいなくなった。
馬がいなくなり、戦いに敗れた。
戦いに敗れ、王国を失った。
すべて、馬蹄を留める釘が1本なかったために。■

 小さなことをおろそかにすることにより、国王の座を失い、国をも失ってしまったという悲しい教訓の物語です。リチャード王の敗北の理由は、もちろん味方の裏切りも含めてそれだけはありませんが、小事に忠実でなかったということは間違いないと思われます。

 主は次のように語っています。

「主は小さな手段によって大いなることを成し遂げられることが分かるのである。」(モルモン書1ニーフィイ16章29節)

「記録を保存するのはわたしが愚かだからであると、あなたは思うかもしれない。しかし見よ、わたしはあなたに言う。小さな、簡単なことによって大いなることが成し遂げられるのである。そして、小さな手段が度々知者を辱める。主なる神は偉大な永遠の目的を達するために、様々な手段によって事を行われる。また、ごく小さな手段によって、主は知者を辱め、また多くの人を救われる。」(モルモン書アルマ37章6~7節)

 神のみわざを推し進めるに当たっても、主は「小さな、簡単なこと」によって「大いなることを成し遂げられる」と約束されています。

 預言者スペンサー・W・キンボール大管長が、まだご健在の頃、常に「歩みを速めなさい」と語っておられました。多くの教会員が、信仰をもってそのチャレンジに応えました。そして、、教会は全世界に向けて多くの宣教師を送り出し、著しい成長を遂げました。現在、預言者トーマス・S・モンソン大管長は、教会史上かつてない8万人を越える宣教師を全世界に送り出し、毎年30万人以上の方々をバプテスマへ導き、教会員として迎え入れています。しかしながら、主や預言者のビジョンは、はるかに大きなものです。「み業を速めなさい」とのチャレンジの下、さらに多くの教会員と宣教師が思いを一つに多くの人々に主の祝福を分かつべく励んでいます。

 さて、非常に興味深いことに「歩みを速めなさい」の元々の英語は「Lengthen your stride!」です。それは、「歩幅を広めなさい」という意味です。実は預言者スペンサー・W・キンボール大管長は、そのチャレンジと共に次のような意味深長な言葉を同時に述べています。「If hurry less, you will move faster.」それは、「もし、急がなければ、速く進むことができる」(急がば、回れ)という意味なのでしょう。

「歩みを速めなさい(歩幅を広げなさい)」と「もし、急がなければ、速く進むことができる」という相矛盾するようなことを同時に述べた真の狙いは何なのでしょうか。どういう意味で、預言者はそのように語ったのでしょうか。

 お父さんが沖縄にいた当時、アジア北地域会長であったエドワード・L・ブラウン長老が来沖されて、沖縄の教会員との特別集会を持たれました。その際、彼は「If hurry less, you will move faster.」について次のように説明されました。

「『歩みを速めなさい(歩幅を広げなさい)』、『もし、急がなければ、速く進むことができる』とは、これまでの2倍も3倍もがむしゃらに働きなさいということではありません。福音の基本的な教えや原則を今まで以上に着実に実践することにより、私たちの信仰や霊性を高め、喜びに満ち溢れるその当然の結果としてみ業をさらに力強く推し進める力が増し加わるようにしなさいという意味です。」 

 預言者エズラ・タフト・ベンソン大管長も次のように語っています。

「わたしたちはよくステークでの活動のレベルを高めようと、大変な努力をします。また聖餐会の出席率を上げるために一生懸命働きかけます。さらに宣教師の数や神殿結婚の数を増やそうと努力します。もちろんこうした努力は立派なことですし、王国の発展のために大切なことです。けれども、もし個人や家族が定期的に続けて熱心に聖典を読むならば、これらの様々な領域の活動は自動的に成し遂げられます。もっと証が深まり、人々はさらに熱心に参加するようになるでしょう。家族が強められ、個人のうえに啓示が注がれることでしょう。」(エズラ・タフト・ベンソン大管長「聖徒の道」1986年7月号p.81)

 すなわち、日々真心込めて主に祈り、個人として家族として聖典を研究し、毎週教会に集って聖餐にあずかり、「家庭の夕べ」を定期的に行い、愛ある奉仕を日々心がけ、神殿に参入して神聖な聖約と儀式にあずかりつつ、先祖の救いのために喜んで奉仕するなど、自分にできる小さくて簡単なひとつひとつの主の教えを地道に続けていくことが祝福にあずかる重要な鍵なのです。いわゆる凡事徹底です。そこには御霊による大きな喜びと平安があり、神への深い感謝があります。そうする中で増し加わる信仰と霊的な力は、私たちの「歩幅を今まで以上に広げる」力となり、ペースは変わらずとも霊的な歩幅が広がる分、み業を速める力となるのです。聖く、謙遜で忠実な生活を送る息子や娘たちに、御父は確かに天の窓を開き、豊かな恵みと力を溢れるばかりに注いで下さいます。

 それらの日々なすべきひとつひとつの課題は、あの戦いに出で立った馬の「馬蹄を留める釘の1本1本」です。おろそかにすることなく努め励むならば、このみ業を速める大いなる力となり、ヘンリー王のように、熾烈な戦いすなわちサタンとの「魂の戦い」に勝利を得る力となることでしょう。(おやじより)

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「おばあちゃんのクガニクトゥバ(黄金言葉)」

2014年05月18日 15時20分51秒 | 学ぶこと
愛する子供たちへ

 あまりにも多くを失い、生きていくのさえ精一杯だった沖縄の終戦直後の厳しい時代、子育てで大変だったおばあちゃんを支えた珠玉の黄金言葉がありました。

 おばあちゃんの結婚そして子育てを温かく応援してくれた近所に住むオジーたちからプレゼントしていただいたという3首の琉歌です。

 数年前実家を訪問した私に懐かしそうに紹介してくれました。

 どんなに苦しい中にあっても、親子の情愛と周りの人々との温かい情を持った交わりの大切さ、人として生きるべき姿勢を諭すすばらしい歌です。

(1)産し育てぃ召しょち 御恩いちまでぃん
   肝染みてぃ我身や 行かゆ御母

  (ナシスダティミショチ グウンイチマディン
   チムスミティワンミヤ イカユアンマー)

 意味:産み育てて下さった御恩はいつまでも心に染めて
    お母さん、私は嫁いでいきます。

(2)行く先や童 黄金倉建てぃてぃ
   福禄と共に 育ち給れ

  (イクサチヤワラビ クガニグラタティティ
   フクルクトゥトゥムニ スダチタボレ)

 意味:嫁ぎ先にて わが娘よ 黄金の倉を建て
    幸福の中に 健やかに育ち日々を過ごしておくれ。

(3)倉に積み余る 宝ゆい勝てぃ
   情尽しや 人間ぬ要

  (クラニチミアマル タカラユイマサティ
   ナサキチクシヤ ヒトゥヌカナミ)

 意味:ただ、倉に積み余る 宝よりも勝って
    誠と情けを尽くすことが
    人として最も大切なことですよ。

 普段はステテコ姿のどこにでもいるようなオジーたちが、時代がどのように変わろうとも、変わることなく多くの人々に共感され感化を与える金言を、何気ない生活の中でとても自然に出せるというそのことに本当に感銘を受けました。

 それはオジーたちの心の深さそして温かさのなせる業なのでしょう。天よりの霊感は、人の幸福を心から願う人々の清い心に授けられるまさに天よりの賜物なのだと実感しました。

 おばあちゃんが、それらが記されている古く破れかけた紙を宝物のように大切に持っている理由がよく分かります。

 おばあちゃんは、そのような周りの人々の幸せを自分の喜びと感じる方々に囲まれて本当に幸せだったと思います。

 私は沖縄の「クガニクトゥバ(黄金言葉)」が大好きです。

 それは単にそれらの言葉がすばらしいということだけでなく、それらを発した人々の温かな心や人柄、そしてその人の生きざまを垣間見ることができ、それに感銘を受けるからです。また、それらの中には、世がどのように移り変わっても変わることのない不変の真理や原則がその根底にしっかり据えられているのです。

 おばあちゃんの大好きなクガニクトゥバに以前にも紹介した「てぃんさぐぬ花」があります。先人の深い洞察と知恵に基づいて語られた格言のひとつです。
         
「てぃんさぐぬ花や 爪先に染みてぃ 親ぬ諭言や 肝に染みり」

 ティンサグヌハナヤ チミサチニスミティ オヤヌユシグトゥヤ チヌニスミリ

「てぃんさぐぬ花」とはホウセンカのことです。その花びらを指先ですりつぶし、出てきた淡いピンクの汁を爪につけて染めると、その色は決して落ちることがありません。

 そのように、父親や母親の教えを決して消えることのないように心に染め、すなわち心に深く留めて、それを行いなさいという意味の歌です。

 本当にすばらしい教えだと思います。

 私たちのことを本当に愛し大切に思ってくれている両親が、その子や孫たちの幸せを願って与える正しい教えや諭しを、真に心に留めて行い、その期待のままに幸せな人生を送ること、もしかしたらそれが物やお金に勝る最も大きな親孝行-ご恩返しかもしれません。

 おばあちゃんの最も愛したクガニクトゥバには、実はさらなる本命がありました。それは聖典です。預言者ジョセフ・スミスを通してこの現代に回復されたイエス・キリストの完全な福音の教えです。私たちが神殿の儀式と聖約を通じて永遠の家族になれると教えるイエス・キリストの回復された純粋な教えです。

「てぃんさぐぬ花」に込められた願いは、私たちを深く愛し見守る神とイエス・キリストの慈愛とご恩に報いることにも相通ずるものです。完全な救いに至るすべての真理を熱心に求め、主の贖いとその恵みに頼りつつ、感謝と愛を込めてそれらを行い、御旨に適った真に幸福な人生を送ること、そして文字通り永遠の家族を築くこと、これこそが神が最も喜ばれる親孝行なのだと思います。

 この地上に住むすべての人は、神から深く愛されている大切な神の息子・娘です。神はすべての息子娘が家族として永遠の完全な幸福を得てほしいと切に望んでおられます。それ故にこの末日の世に黙示者ヨハネに示された永遠の完全な福音と神権をこの地上に回復されました。(黙示14:6~7)すでに亡くなられた先祖の方々も含め、主を受け入れて、その教えに忠実歩むすべての神の息子・娘たちが神のみ元へ戻ることができるよう、必要な完全な真理を私たちに知らせるためです。

 お父さんはすべての人々がこの回復されたイエス・キリストの完全な福音を知り、その真理に基づいた教えに従って永遠の幸いを得てほしいと心から切に願っています。(おやじより)

 以下のサイトで、回復されたイエス・キリストの教会について知ることができます。以下の画像もしくはテキストをクリックして下さい。

※「琉歌」とは奄美・沖縄・宮古・八重山諸島に伝承される叙情的
     短詩形歌謡の総称。
     短歌形式の琉歌は、8・8・8・6 の30音からなる定型短詩です。

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「真理令爾得自由(真理は汝らに自由を得さすべし)」

2014年04月06日 00時02分47秒 | 学ぶこと
愛する子供たちへ

 お父さんが若かりし頃、琉球大学工学部に入学し、大学生としてはじめて教養学部棟(現在の共通教育棟)に足を踏み入れた時のことです。玄関右の壁に掲げられた大きな横額に目がとまり、そしてそこに記された言葉に強く心動かされ、釘付けになりました。感動でしばしの時間その場を動くことができませんでした。そこには次のように記されていました。

「真理は汝らに自由を得さすべし」



 その時、心の底から湧上がる熱いものを感じ、拳を強く握りしめ、「よ~し!!勉強するぞ~!!」「真理を学ぶぞ~!!」「何よりも神の御言葉を徹底的に研究し、真の自由と喜びを得るぞ~!!」「琉大最高~~!!」と心の中で叫びました。

 昨日、この扁額がどのような経緯で掲げられるようになったかを知りました。そして再び当時の感動がよみがえってきました。

 上記の写真にもある通り、この扁額は、元最高裁判所長官で、退官後日本法律家協会会長の職にあった藤林益三氏の手になるものです。

 藤林氏は、昭和55年の7月5日に日本法律協会九州支部沖縄分会の招きで、講演のため初めて来沖しました。「日本法律家協会」 は財団法人で、裁判官、検察官、弁護士、公証人、学者等で組織されており、藤林氏はその構成員を対象に 「裁判官と良心」と題する講演を行ったのです。場所は沖縄那覇地方裁判所の会議室で、1時間ほどの講演でした。

 その講演を聴講した琉球大学教養部(法学)の垣花豊順教授は、裁判官のものの考え方によって人の一生が大きく左右されることがあると知りました。同様に、大学の教官の講義によって学生の一生が大きく左右されることがあり得るとの強い認識を新たにしたのです。垣花教授は、学生たちに進むべき道を指し示すに当たり、誤りのない講義をしたいと念じて、藤林氏に琉球大学の進むべき道、守るべき基本的姿勢についてご教示して下さるよう記念講演をお願いしたのです。

 藤林氏は、琉球大学の創立30周年と新キャンパス移転記念ということで、さらに一週間ほどの集中講義もお願いされました。翌年の昭和56年、彼は再び来沖し、5月11日から16日までの6日間、教養部の学生を対象に講義をしておられます。

 この集中講義期間中、垣花教授に座右の銘を色紙に記して頂けるようお願いされた藤林氏は、思いつくままに 「真理は汝らに自由を得さすべし」 という聖句を書きました。

 藤林氏の帰郷後、垣花教授はこの句を横額に書いてもらいたいと半切の他に2メートル余りの大きな紙を藤本氏へ送りました。半切りは会議室に、大きなものは図書館に掲げるということであったそうです。

 藤林氏は、当初仮名入りの14文字は横書きには無理と思っていました。ところが不思議なことに、その頃、関西に住む友人から、神戸女学院大学の会議室に「真理令爾得自由」という厳谷一六の書があることを知らせてきました。一六は明治の有名な書家で藤林氏の岳父 「厳谷小波」 の父です。クリスチャンではなかったのですが、多分頼まれてこのヨハネ8章32節の聖句を漢語で書いたものであろうと、藤林氏は自書「法律家の知恵」 で述べておられます。



 漢字7文字の 「真理令爾得自由」 は、本館カウンターの上部に掲示されています。また14文字の 「真理は汝らに自由を得さすべし」 は事務局教務課の管理下にある共通教育棟の入り口内に現在も掲げられています。私が学生の頃、感動で釘付けになったあの場所です。

主は次のように語っておられます。

「イエスは自分を信じたユダヤ人たちに言われた、『もしわたしの言葉にうちにとどまっておるなら、あなたがたは、ほんとうにわたしの弟子なのである。また真理を知るであろう。そして真理は、あなたがたに自由を得させるであろう』。」(ヨハネ8章31~32節)

 この聖句を座右の銘とした藤林氏はもとより、「進むべき道を指し示すに当たり、誤りのない講義を学生にしたい」と念じて、相図り努め励まれた垣花教授の謙虚な姿勢にも感銘を受けました。琉球大学卒業生として心から感謝し誇りに思います。

 彼らの志を受けて、未熟ではありますが、私自身も子供たちに「誤りのない進むべき道を指し示す」ことができるよう、主の御言葉の内にとどまり、真理を得、そしてそれを言葉と行いによって正しく教えられるよう一生懸命精進したいと願っております。(おやじより)

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「最高の教育を受けて下さい」

2011年12月15日 01時14分14秒 | 学ぶこと
愛する子供たちへ

ゴードン・B・ヒンクレー大管長は、次のように語っています。

「皆さんが一生涯の職業として何を計画しているかは気にしていません。しかし、しっかり準備してください。可能な限り、最高の教育を受けてください。知っている限りの方法で、資格を身に付けてください。自己を鍛錬することは、主から命じられていることの一つなのですから。」(Teachings of Gordon B. Hinkley, [Deseret Book Company, 1997年], 471)

どのような職業に就くにしろ可能な限り最高の教育を受け、しっかり準備することの大切さを教えています。

若いうちにどれだけ勉強し、準備したかによって将来のより良い仕事や収入に大きな影響を与えます。そして、神様と同胞に奉仕するに当たって大きな力を得ることができるようになります。

どのような知識や技能、技術、資格であっても必ず神と人への奉仕の大きな助けとなります。今しっかり準備しましょう!(おやじより)

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「教育は奉仕の機会を大きくする」

2011年12月14日 10時11分46秒 | 学ぶこと
愛する子供たちへ

ゴードン・B・ヒンクレー大管長は、次のように教えておられます。

「教育の機会が増えるほど、奉仕する機会は、広がっていきます。主がこの教会の人々に、学問と信仰によって学ぶよう命じておられることを決して忘れないでください。

この教会が、世界一ではないにしても、国内では最大規模の私立大学を運営しているのはそのためです。同じ理由で、教会は若人に学校教育を受けるよう勧めています。そうすれば、社会で自分の貢献できる場所を見つけ、その場所を得るのにふさわしい資格を身に付けることができるでしょう。

正しい決断をしてください。将来を見据えてください。」(Teachings of Gordon B. Hinkley,〔Deseret Book Company, 1997年〕171)

より高い教育を受ければ、奉仕の機会が広がり、神様と同胞に仕える祝福を享受することができます。

大きなビジョンを持って熱心に学びましょう!(おやじより)

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「知恵を求めなさい」

2011年11月03日 01時19分50秒 | 学ぶこと
panji001.jpg愛する子供たちへ

イエス・キリストさまが生きていた時代に、高名なラビであり、ラビの中でもさらに優秀で有能な指導的立場にいたヒレルという人がいました。

当時の律法学者やパリサイ人の指導者たちは、最終的にイエス・キリストさまを迫害し、十字架へ追いやりましたが、このヒレルという指導者は非常に良心的な指導者であったと思われます。

いくつか彼の書いた資料を読みましたが、霊感を受けたすばらしいものだと感じました。そのヒレルが青年の頃のお話しです。

ヒレルがまだ若かったころ、彼は「トーラー」(聖典)の研究に打ち込みたいと願っていましたが、なかなかそれだけの時間の余裕がありませんでした。とても貧しかったからです。学びたいという彼の燃えるような願いもかなえることはできませんでした。

でも、あるときついに彼の心からの願いをかなえる手だてを見つけだすことができました。彼は体力の許すかぎり働き、わずかな収入の半分で生活しました。そして、残りの半分をヒレルは学校の門衛に差し出した。

「このお金はあなたにあげます」と彼は言いました。「そのかわり、学校に入れて授業を受けさせてください。そうすれば、賢人たちの言葉が聞けますので」

数日間、このようにしてヒレル青年は授業を受けることができました。でも、お金が乏しくなってパンを買うことすらできなくなってしまいました。

彼を落胆させたのは飢えではありませんでした。門衛が学校に入るのを固く拒んだことでした。

でも、彼の一途な気持は、この困難をも克服しました。学校の窓を伝わって、彼は窓じきいのところに横になりました。そこからは中の様子も見えたし、話し声も聞こえてきました。その日は安息日の前の夜で、体が痛くなるほど寒い日でした。

翌朝、ラビたちがいつものように学校にやってくると、空は晴れているのに部屋の中は薄暗くなっていました。なぜ、こんなに薄暗いのかラビたちは原因を捜しました。

すると、部屋の外の窓じきいに人間が横たわっています。しかも彼の上には雪が白く積もっていました。それは半分凍てついた哀れなヒレルの姿でした。一晩中、彼はそこに横になっていたのでした。

それからというもの、学問が出来ないのを貧しさのせいにすると、ユダヤではこのように質問されるようになりました。

「あなたはヒレルより貧しいですか?」

このように熱心に聖典より知識と知恵を求めたヒレルは、後にユダヤの多くの弟子を持つ偉大な指導者の一人になりました。このヒレルの不屈の物語は、後世のユダヤの若者たちへの大きな励ましとなっています。

啓発の書にも、次のように記されています。

「富を求めずに、知恵を求めなさい。そうすれば、見よ、神の奥義はあなたに明らかにされ、そのとき、あなたは豊かにされる。見よ、永遠の命を持つ者は豊かである。」(教義と聖約6章7節)

自らの幸福に関わる真理を熱心に求め、そしてそこから知恵を得て、真の喜びを得られるように努めたいものです。

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程順則(ていじゅんそく)-「琉球いろは歌」

2007年11月07日 12時15分36秒 | 学ぶこと
soratotree1.jpg今回は、程順則(ていじゅんそく)シリーズ第3編です。

程順則は、5度にわたって赴いた中国において、師の陳元輔(ちんげんぽ)から様々な学問を学びました。

寝る間も惜しんで学ぶ順則の様子を見て、師の陳元輔は次のように彼を絶賛しました。

「程順則は学問に優れているだけでなく、心も広く考えが深い立派な人である。教えたことはすべて理解し、学問をするに値する人とは、まさに程順則のことだ。」

帰郷した程順則は、その後51さいの時に初めて江戸に上り、日本の著名な学者と交流しました。

教育の重要性を痛感している順則は、琉球に戻ると、かねて思案していた学校の設立を琉球国王に進言します。

「教育よりまず政治だ」と反対する勢力もいましたが、順則は「教育を高めてこそ、いい政治が行える」と粘り強く説得しました。

こうして1718年、琉球で初めての公立学校「明倫堂」が久米村にできたのです。

そこで熱心に教鞭を振るい、師弟の教育に力を尽くしました。

彼はまた、「六諭」が教える、人間としてよりよく生きるための指針、よりよい人間になるために必要な「心のあり方」を人々に分かりやすく伝えるために、多くの琉歌を残しました。

「琉歌」とは奄美・沖縄・宮古・八重山諸島に伝承される叙情的短詩形歌謡の総称で、短歌形式の琉歌は、八・八・八・六の30音からなる定型短詩です。

程順則が詠んだ数々のそれら琉歌を「いろは順」に編集したものが、いわゆる「琉球いろは歌」です。

次代を担う子供たちだけでなく、その教育に携わる父母や教師、指導者の「あるべき姿」をも指し示すその「いろは歌」は、まさに珠玉の教え-「黄金言葉」(クガニクトゥバ)といえましょう。

今後定期的に紹介していきますが、まずは最初の「い」の歌をご賞味下さい。


   イチンユシグトゥヤ ミ ヌ ウィ ヌ タカラ
琉歌:意見寄言や 見の上のたから

   ミミ ヌ ニ ユー アキティ チム ニ トゥミリ
   耳の根ゆ開きて 肝に留みり

意味:「他人から受ける意見や教訓は、わが身にとってはこの上ない宝である。だから、しっかりと聞いて忘れることがないように、心に留めておきなさい。」


私は、宮本武蔵が語ったとされる「我以外みな師なり」という言葉が大好きですが、順則の上述の歌には、その同じ精神が流れています。

周りのどのような者からも、人は学ぶことができるという謙虚な姿勢です。

たとえ目下の者であろうが、誰であろうが、語るその言葉の内に「真理」を見出すとき、それがどんなに耳が痛く、心を貫くものであっても、謙虚に耳を傾け、受け入れ、実行するという精神です。

本当にすばらしい徳質です。

変なプライドを捨て去り、自らの良心が「よい」と感ずるすべての良き事柄に素直に耳を傾け従うとき、人は真の幸福へ至るステップを踏んでいるのだと私も思います。

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オジー&オバーの新聞学問

2006年06月14日 19時50分23秒 | 学ぶこと
私が、父や母の姿を思い浮かべる時、それぞれに心に浮かぶ4つの姿があります。

まず、父が子供たちや家族のために熱心に畑を耕す姿、古いトタン屋根の家を日曜毎に修繕する姿、会社で熱心に働く姿、そして新聞と「文藝春秋」を読む姿です。

次に、母が同じように家族のために一生懸命家事を切り盛りする姿、ひざまずき手を合わせて祈る姿、病気や問題で苦しむ人々の相談相手になる姿、そして新聞と「主婦の友」を読む姿です。

オジーやオバーは、何をするにも勤勉、しかもマイペースです。

若い頃から「文藝春秋」「主婦の友」と新聞を離さず、朝夕必ず目を通しました。

80歳を超えた今でも、毎日鼻に老眼鏡をかけて新聞を読み、そこから様々な情報を得ています。

新聞はオジーやオバーの生涯学習のパートナーのようなものです。

小さい頃からオジー(父)やオバー(母)に「勉強しろ」「勉強しろ!」と言われた記憶はあまりありません。

一生懸命遊び、いやと言うほど畑仕事を手伝わされ、でもまた一生懸命勉強しました。

言わずとも父や母の学ぶ姿は、私たちを勉強に向かわせる力がありました。

そして、それは今も変わりません。


「牛乳の 瓶底ほどの 老眼鏡 鼻にひかけて 新聞学問」

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ユダヤの法則

2006年06月03日 18時49分03秒 | 学ぶこと
ユダヤ人の成功する商法には一定の法則があるといいます。

そのひとつが「78対22の法則」とも呼ばれる「ユダヤの法則」です。

例えば、銀行の基本システムがこの「ユダヤの法則」に基づいたユダヤ商法の典型です。

すなわち、銀行は預金を集めてそれを貸し出して利益を得ます。

とすれば、借りたい人が多いほうが、銀行が利益を上げそうですが、それでは経営が成り立ちません。

預金者の方が多いからこそ銀行は、今の繁栄があります。

そして「預金者(預金額)」対「顧客(貸付額)」=「78対22」が最も効率よく利益を挙げる比率であるとユダヤ人は考えているようです。

この「78対22」は、単なる思いつきの数字ではないようです。


例えば、人間の体は約20種類の元素で構成されていますが、そのうち水などを構成する酸素と水素の割合が約78%、残りの22%が炭素や窒素および微量元素です。

また、円は円周率が無限であるなど、この世においてもっとも不思議な形といえますが、その円に外接する正方形を描いてみます。

正方形の面積を100とすると、円の面積は78、残りは約22になるということです。

とても興味深い事実です。


このユダヤの法則に関連があると思われますが、パレートの法則(80対20の法則)というものがあります。

イタリアの経済学者ウィルフレド・パレートが発見した法則です。

・「仕事の成果の80%は、費やした時間全体の内20%である。」

・「80%の完成度までは20%の努力で割と簡単に到達するが、そこから100%まで上げるにはさらに80%の努力が必要である。」

というものです。

世の多くの事柄は、最も重要な事柄(全体の20%)に力を傾注することによって80%の効果を出せるというわけです。


このパレートの法則(80:20の法則)は、セールスの分野においても確証されています。

すなわち、全売上高の80%の実績を上げているのは全セールスパーソンの20%なのです。

さらにその20%にあたる4%がトップセールスパーソンと呼ばれ、他のセールスパーソンと明らかに大きな違いがあります。


大きな成果につながる方法は、通常の営業と比較して成約するまでにかかる労力は小さく、全体のたった20%で済んでしまいます。

4%のトップセールスパーソンたちは、このパレートの法則(80:20の法則)を用いて、成功へ至るための最も重要な成功の要素を見極め、そこに焦点を絞って力を注ぐわけです。

準備の段階で最大の効率を上げるように策を練り、備えているわけです。

マネージメントの巨匠ピーター・F・ドラッカーが行った「結果を出すための管理」という研究は、パレートの法則(80:20の法則)が「人」、「組織」、「成果」や「売上」等ありとあらゆるものに適応されていることを証明しています。


成功するための大切な鍵のひとつは、このパイレートの法則に基づき、自らが取り組もうとする事柄で、効果的に成果をあげうる最も重要な要素を見極め、それに力を注ぐことです。

単に楽して益を得るということではなく、最小限の労力で、最も効果的に成果を挙げ、人生を豊かにするための知恵です。


この法則は、ビジネスのみならず、夫婦や家族関係、隣人との関係をはじめ、あらゆる分野、事柄に応用できそうです。

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日本一長寿の沖縄県が日本一肥満の多い県へ

2006年05月02日 16時30分21秒 | 学ぶこと
日本一長寿の県であるわが沖縄県。

ところが、その沖縄が同時に不名誉な日本一も取ってしまいました。なんと、日本一肥満が多い県であることが分かったのです。

社会保険庁が発表した資料により明らかになったのですが、2004年度に行われた「政府管掌健康保険生活習慣病予防検診」を受診した全国347万7759人の数値を都道府県別にまとめた中で、沖縄県は受診した県民のうち男性では約46.9%が肥満であるという結果が出たのです。

2位の北海道は約34.8%、3位の徳島は約34.4%で、およそ10%も引き離しダントツの1位となってしまったわけです。

長寿ナンバーワンというのは間違いありません、ただし健康なのは戦前、戦中、戦後の厳しい時代をすべてにおいて質素な生活を送り、身体を使って勤勉に働いてきた高齢者の方々だけです。

問題は私たち若い世代です。

まず、「ゆいレール」以外電車のない車社会の沖縄で人は歩かなくなり全くの運動不足。

そして、脂の摂取量がかなり多いようです。

沖縄は人口に対するファーストフードやバーの店舗割合が一番多い県。コンビニの弁当でも、他県より脂ものが多いとのことです。

お袋の愛情とミネラルたっぷりの朝のみそ汁も徐々に少なくなり、オジーやオバーの健康を支えた「医食同源」も死語になりつつあるかも知れません。

以前からアメリカナイズされてきた私たちの食嗜好を心配はしていましたが、長寿の高齢者と、不健康な若者のその差は歴然。戦争世代のオジーやオバーの後の世代は長寿ナンバーワン維持は難しく、その座からの転落は時間の問題です。そう感じております。

自給自足による自然の恵みを堪能していたオジーやオバーの質素な食生活に倣い、食嗜好の改善に腹八分そして適度な運動、全県民あげて取り組まなければならないかも知れません……。

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