悠々急げ

忙しい日には、さらに忙しさに拍車が掛かる。
突然に入った活けこみの仕事は、いつもの学園前のお客様。
午後３時にとのことで、その前に鉢物の仕入れに行く事にした。
３０００円の寄せ植え、クリスマスヴァージョンを５つご注文。
納品は１５日の午前中。
ばら売りで買える問屋さん経由で、学園前に到着時刻を合わせる。
仕入先に向かう山の中、車の中に居ててもわかるほどに、空気が冷たくなんてきた。
山の上にある仕入れ先は、下界と一線を引いたような場所にある。
漠然と空の下に並べられた品物を、気に入った分だけカゴに入れて買い集める。
ばら売りの為、微妙に値段も高くなるのだが、沢山買って余らせるよりは、こちらの方がリーズナブルなのである。

流石山の上にあるだけに、雪がちらつく・・・ちらついたと思ったら、いきなり吹雪いてきた。
山をなめる！と山男が口にするのがよくわかる。
一気に体感温度が下降する。

カゴに詰めては場所を変えて、場所を変えてはカゴに詰めて。
そんな事を雪の降る中、ただひたすら繰り返す。
携帯の時計を見ると・・・圏外の文字。
「どこまで人里離れてるねん！」と、ひとりで冷たい空気に突っ込みを入れる。
ただ風が、冷たく頬を撫でていく・・・

あちこちに並べられた鉢の中から、値段とデザインのいいのを探すのだが、これが嫌になるほどの数がある。
見ても見ても終わらない。
諦めかけたその時！遠くの方で白いのが視界に入った。
駆け寄ってみる。
手にとって見る。
値段を調べる。
頬が緩む。
パーフェクト！予算もデザインも、申し分なし！！
「来て良かった・・・」ホッと胸を撫で下ろす。

精算を済ませて車に詰め込む。
時計に眼をやると・・・「ちょっとヤバイんちゃうの？」
急いでエンジンをかけるものの、割れ物が多数、車に詰め込められてる。
さらに山道を下っていくので、スピードも出すことが出来ない。
ゆっくりと慎重に・・・
そんな時、ベストアマチュアと言われた、伝説のアマチュアゴルファー、中部銀次郎さんの言葉を思い出す。
「悠々急げ」
焦ったところで、時間はさほども変らない。
それ以上に、事故をしたり、品物を破損したりする方が、よっぽど無駄なこと。
「悠々急げ」
この言葉がゆとりをもたらした。

山の下り道の途中で、１度車を停車させて、目前に広がる奈良盆地を見渡す。
このワンクッションを入れることが、今までなぜ出来なかったんだろうと、己の通り過ぎてきた道を振り返る。

孔子が言った。
「十分の完璧を求めず、八分の適度をもって、二分のゆとりを求め　その二分をもって　天命を楽しむ」
もう少し、ゆっくり時間を楽しもう。

冷たい風が、焦っていた頭を冷やしてくれた。

雪が舞う。
雪はこの数億年もの間、姿を変えずに振り続けると聞く。
古の都　奈良の地で、先人の言葉がまたひとつ、そっと心に刻み込まれた・・・・・

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