私の中の私と向き合う

乳がん再発、双極性障害と夢遊病、首下がり症と腰分離すべり症、起立性調節障害を抱えながらも、前向きに一緒懸命生きています😃

負の連鎖

2024-08-04 15:23:58 | 日記
  私の心の闇を綴って申し訳ないが、そらさんのコメントで、私は勇気をもらって、書いてみようと思う。

 私は子供がいない。子供を産む選択をしなかった。

 私は30歳に、アダルトチルドレンの本で「親から虐待された人が自分の子供に同じように虐待してしまう。」という記事を読んだ。
 その時、私は激しい身体的、精神的虐待を両親から受けて育ったので、私も子供を持ったら同じことしてしまうのかもしれないと思ってしまった。代々続く負の連鎖を私の代で終わらせなくてはいけないと思って、子どもを持たないと心に誓ってしまった。とても恐ろしかったのである。

 それと私も主人も精神科にかかっており、主治医の先生に「今飲んでいるお薬で、奇形児の生まれる可能性もある。」(そんな恐ろしい薬出すのか?)と言われていた。
 生まれてきた子が奇形児だったらと考えたらとても恐ろしく、かわいそうでとても産めないと思ってしまった。

 私が、子どもを産まなかった選択を取ったことを特に親のせい、主治医のせいだと思って恨みがかった気持ちで過ごしてきてしまった。

 2年前に、ある人と話をしていて、その話をした。私はずっと親のせいにしたけれど、親から虐待受けて育ってもちゃんと子供を産み育てている人もいることを知らされた。
 親のせいにしてきたけれど、そう思い込んだのは私だったのである。

 精神科も、私と主人が努力して薬を飲まないこともできたのかもしれない。それを理由にあきらめてしまったのである。

 私は、でも悲しいことにそれしか選択できなかった。それはもう変えられない事実である。本当に虐待のことも奇形児のことも可能性があるのなら、とても怖くて恐ろしくて、選択できなかった。

 でも、子どものいない夫婦はそれなりに楽しいものである。お金に余裕あったり、旅行にたくさん行けたり、ペット飼ったり、子育ての苦労もないわけで、子どもがいない生活に慣れてしまって、当たり前になってしまっている。

 私は、結果的に子供がいなくてよかったと思っている。私も病気でパンパンで余裕なかったと思う。人生何が災いするかわからないものである。

 あと私にできるのは、子どものいない人生、生活、夫婦を謳歌することである。
コメント (2)    この記事についてブログを書く
« 「死ね!」と言う言葉② | トップ | 自己肯定感 »

2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (aoisora725)
2024-08-08 01:09:51
まりあさん 身体の具合はいかがですか?
いろんな選択や決断をしてきたんですね。
私には4人子供がいますが、上の二人は別れた人との子供で、下の二人は今の主人の子なんです。
末っ子が産まれる時、8ヶ月の時に出血をして危ない状態でした。
その時、障害のある子だったらどうしよう
血の繋がらない二人の子は健常者で、生まれてくる子が障害を持ってる子だったら、私は義父母や主人に申し訳ない
そんな事を思いました。
子供が居る居ない それだけを取り上げたら
離婚してても子供が産めた事は良かったのかもしれません。
虐待を受けた子供が親になったら  その話は聞いた事があります。
不安に思うのは当然だと思います。
まして、人間を人格を作り上げて行くと言っても過言ではない責任があるから、虐待を受けた自分が子供を持って良いんだろうか と思うのは自然だと思います。
そして、継続して飲まなければならない薬を服用していれば、子供に影響すると言う事も
誰もが知っている事です。
医師と話し合い、妊娠出産が可能な方法があったなら、まりあさんもお子さんが出来たかもしれないです。
どうするべきか、どうしたいのか、その選択決断の分岐に置かれて、ご主人と一緒に決断されたのだと思います。
その決断を後悔していますか?
今に至るまでは様々な事を考えて、迷われて、悩まれて来られた事でしょう。
そんな時間を過ごしてきて、今、

『私は、結果的に子供がいなくてよかったと思っている。私も病気でパンパンで余裕なかったと思う。人生何が災いするかわからないものである。

 あと私にできるのは、子どものいない人生、生活、夫婦を謳歌することである。』

と思えているならば、その選択決断は間違ってなかったのだと私は思います。

私も、過ぎた事を考えては落ち込んだり、泣いたり、たらればばかり考えていた時期がありました。
だけど、死ぬ選択をして死ねずに今までを過ごす中で、あれもこれも全部一つの線になってるんだなと思えています。
振り返ってみると、離婚がなかったら、今の主人とも出会えなかったし、
実母と息子に攻撃されなかったら、今でもあれこれと抱え込んでは自己否定と自己犠牲を続けて来ただろうし、
まりあさんと言う人にも出会えなかった。
前回の返信でも書いたように、実母が例え亡くなったとしても会いに行く事はない と言う思いも、否定せず受け入れています。
その時がきたら、もしかすると葬式だけは行くかもしれないし、ホントに行かないかもしれない。
行かなくてもし後悔したなら、それは自分で決めた事だから、その後悔も自己責任で受け止めます。
私の人生、全部正解だったと思えています。
この先も、迷いながら決断しながら進んで行くのだと思います。
思いを封じ込めず、自分の中から湧き出てくる思いに向き合って、その思いを否定せず
旦那さんとの時間を有意義に、謳歌して下さい。
返信する
Unknown (hana0724)
2024-08-09 16:29:57
そらさんへ
いつも、温かい言葉ありがとうございます。
「私の人生全部正解」と言い切れるそらさんを本当に尊敬するし、私もそうなれたらいいなと心から思います。
私は、確かに子ども産まなくてよかったと今では心から思っています。子どものいない人生もありですね。いつもありがとう^ ^😭
返信する

コメントを投稿