妄想族戦闘記

乳癌になっちまったよ。
この世の平和のためにキャンサーバスターとして立ち上がったおばさんの冒険記??

癌患者はビビリなんだから プライバシーは守ってもらいたい。

2013年07月30日 | 乳癌ホルモン治療中
6月の健康診断結果が 何故か特養の事務員から電話で レントゲンに鎖骨上に結節が見受けられ 過去に右乳癌やっているから直ぐにかかりつけの先生に見てもらってくださいとの事?
 
えっ? こんな大事なプライバシーに関しての事電話一本で???
 
 
びっくりして だって4月PET/CTで大丈夫だといわれてよ?
結節って?どうしていいものか詳しく聞こうと質問すると 私じゃ分からないから看護師さんへ
って電話代わった…何故?分からない人が電話するのよと思ったが 代わった看護師がスーパーDrKが胸部レントゲンだけど 首側の鎖骨上部にあきらかな怪しい影がある、ちゃんと主治医にチェックしてもらっているのかなーってまで言ったらしい。
 
だから そのレントゲン写真持って行って下さいとの事
私も受診日にレントゲン貰いに行きますと返事して微妙な疑問は飲み込もうと思っていた。
 
だって まったく個人情報なのに こんな私にしては重大事件なのに
事務の人が電話することでもないと思ったんだ。
 
 
その後 病院予約すると紹介状か検診結果表が欲しい言われたが
すーぱーDr.Kさんがレントゲン記しつけおけば分かると言ったらしく赤い矢印付いただけのレントゲン渡され…あっ!直接渡されてないわ。
 

月曜日に受診に行くと伝えたのに 私が午後会議で不在の金曜日に
我が施設の事務所に持ってきて渡してくださいとおいていった。
 
こんな大事なもの本人でない人に渡していくんだよ。
 
ここで ほぼブチッってキリた!
 
 
そして月曜日朝申し送りを終了し 相談員 寮母たちと朝会議している時
今までの詳細を伝え 私は個人情報があまりにも考えられていないから
特養の人にクレーム入れたいとつぶやいた…らっ…
 
お互い同じ法人で揉める事ないよ、お母さんだって預かってもらっているじゃないか
飲み込むしかないと言われた時
 
ブチブチブチッって頭の中で音がした。
 
母は無料で見てもらっているわけではなく 正当な料金で毎月支払っている。
 
特養の職員が母を見るのは仕事で当然であって それに対して負い目を追えってのが変だろ!
 
 
そんな目でみられているんかって 爆ぜた~爆ぜたが 人生初の再検査
 
ここで怒ってもしょうがない まずは診断結果も紹介状も無しでしたが、
私が世界で一番尊敬と信頼している ぼーDrの元へいって来ました。
 
 
 
↑ レントゲンで矢印の先のうっすら赤い矢印見えるでしょ、
これだけが書かれたと写真一枚持っての受診だよ。
 

レントゲン三枚、エコー、CTフルコースで半日潰し5690円使いました。
 
まっ、猫の治療費より安いけどね。
結果は?ゴムが写り込みするのは考えられないけど丁度髪を結いたゴムの位置で
大きさもほぼ同じ位…まずは異常なしでホッとしましたわ。
 
生まれて初めての健康診断の異常指摘で職員間でも個人のプライバシーや守秘義務は必要と当然の事を関して学ばせてもらいました。
 
 
あまり腹立ったので職場の恥でしたが ぶちまけました。
 
 
普通の人はなんでもないことだろうケド
癌も多発 リンパ転移沢山してまだ治療中の私としては とてつもない問題なんだよ。
ビビリって思われるかもしれない …なんでそんな事で怒るって思われるかもしれない
 
 あのね、 一度癌になってみれば分かるよね。
 
 
さぁ~明日特養の総括部長とお話ししなくっちゃ
 
 
 
めいがテーブルの上に乗せてあった袋で爪研ぎしようとしていたので 
どかしたらこばんが布団にしてた…そんな程度のものでした。

hiroちゃん!またね。

2013年06月18日 | 乳癌ホルモン治療中

2006年 乳癌が発覚全摘手術後 予想外にリンパ転移多発で抗がん剤を受けていて

暗中模索して みんなのブログ渡り歩いている頃 彼女とであった。

 

11月カオちゃんのブログから 入っていったと思う。

同じ福祉系の仕事をしていて 頑張って子育てしていた彼女

年齢も立場も違うくせに自分とリンクする気分がして ついつい彼女のファンになっていった。

 

ネットでの書き込み会話を続けていくうちに カオちゃんにリアルでオフ会を設定してもらった。

野村萬斎氏の狂言を観に行くのにお江戸に出るって事で設定してくれた。

 

フレンズとの初顔合わせ yattiさんとは地元であったけど他の方とは始めて

そんな中 メチャクチャ緊張している小さな可愛い人が 彼女だった。

 

私も緊張しているぞって訴えたけど 本当に緊張度合いが私のふてぶてしさとは

比べ物にならないくらい純な感じだったので 周りに突っ込みいれられたのを覚えている。

↑dekoちゃんのブログから写真もらいました、dekoちゃんありがとうね

 

一番右hiroちゃん 隣が私同じファッションでしょ。

 

当時私は 骨転移といわれて落ち込んでいたが彼女のほうが大変なのに

凄く心配してくれて 本当にありがたいと感じていたよ。

 

その後リアルに会える事は 指で数えられるほど少なかったかもしれない

でも メール 書き込み何時も彼女を身近に思えていた。

 

治療が大変でも頑張って ずっといてくれるものだと勝手に思いこんでいた。

ごめんね…本当に本当に頑張ったよね。

 

今年5月中旬 カオちゃんからhiroちゃんに会ったと写真入でのメールが来た。

パパさんといっしょに写っていて きっとでチビキにいいこいいこしている時に

撮ったかなって写真…3年ぶりにあった顔

 

少し痩せていたけどhiroちゃんだった。

そして今月6日カオちゃんから 在宅でのターミナルになったと連絡を貰った。

メールが少なくなっていたのは忙しいからとか 勝手に思い込んで現実逃避していたのかと

思いながらも 何をどうメールしていいのか 分からなかった。

 

1日伸ばし また1日…私は馬鹿だよ 一生悔やむのばしかたしちゃったよ。

 

カオちゃんからメール貰って3日目やっとの思いでメールした。

 

でも もうその時は遅かったよ…返事は15日夜中にパパさんから 葬儀が終わったって

私が送ったときには もう薬でほとんど寝ていて メールは読めなかったと…

情けないよ いい年してさぁ~頑張っている彼女を直視できなかったのかな

まだ大丈夫 頑張っているって勝手に思い込んでいた。

 

時間って事にあまりにも無頓着になっていたかもしれない…

 

カッコウつけなくても どんな内容でもよかった じゃんね

hiroちゃんに読んで貰ってあの明るい絵の入った 返事が欲しかった。

 

本当に私は馬鹿女だ…また 泣けてきた。

 

2010年6月19日に入院していた彼女の病室にフレンズ5人と押しかけていった

あの頃も彼女熱が出たりして大変だった…けど切り抜けて退院できた。

 

だからずっと大丈夫と勝手に思いこんでいた……いや…本当は

こんな日が来るのが分かっていたから逃げていたのかもしれない

ごめんね、頑張って頑張って頑張りぬいていたのにね。

 

オフ会の二次会にパパさん、のぶチンと参加してくれた。

彼女に出会えて約6年と半年、家族の素晴らしさと彼女の優しさ強さを教えてもらった。

 

何書いているかまとまりなくなってきたけど 思いやりがあり頑張り屋で明るい彼女が

素敵な家族に見守れながら旅立ちました。

 

何も出来ず力だけを貰った気がします 本当にありがとうの言葉を何回言っても言い尽くせません。

 

でもね、hiroちゃん いつかは皆そっちに行くんだからさようなら じゃないよね。

ゆっくりお休みくださいでもない、頑張ったご苦労様でした。

 

 

じゃ~またね、hiroちゃん

 

 

※取りとめのない変な文書になってゴメン


私 アンジェリーナジョリー…5K痩せました。

2013年06月11日 | 乳癌ホルモン治療中

先日 従兄弟宅で出合ったお嬢様 名前を聞いてびっくりだよ!!

本名 アンジェリーナジョリー 4歳

まさか 今年こんなに私の名前が週刊誌やワイドショーが連呼すると思わなかったわ。

最近苦労して5キロのダイエットに成功するが やはり食い物を食べている人見ると

ブンブンしっぽ振りまくり頂戴しちゃうのよ。

 

皆はアンジェって呼んでくれます…是非 弘前に来た時には 近所ですから声かけてね

 

 

まったく…私が乳癌って誰にも言っていなかったのに 亡きおば宅のワンコの名前で驚き

みんなに乳癌歴しゃべっちゃいました…結構気が楽になったよ

 

偶然 乳がんの遺伝子検査結果を受け、予防のために両胸の手術を行った

ハリウッド女優アンジェォリーナジョリーの名前を貰っていたなんてね。

 

 

しかも4年前なら今の乳癌の事も知らずだから 全く偶然なのか

人間には理解できない分からないものが作った設定に私達の人生がゆだねられているのか…って

妄想爆走しちゃ得るほどの久々のヒット偶然だったわ。 

 

 まぁー何にしてもワンコのアンジェの食いしん坊は我が家のデブ猫 こてつ以上と見たよ。

 

どこも肥満には苦労しているよな


ホルモン治療…は辛いよ…本当は四面楚歌の状態なんだ。

2013年05月05日 | 乳癌ホルモン治療中

あのね、検査も無事通過して 元気のままでいると思っていると思うけど…

抗がん剤の辛さに比べれば そりゃ~です。

 

でもね、ただ薬飲んでいればよいって訳ではありませぬ。

 

普段治療に対して あまり愚痴も言わなかったと…思っているけど(言っていた?

 

体中 節々がずっと痛いのよ。

 

朝起きるには ベットから転げ落ちるように起きて 階段下りるには手すりを持ってギシギシする節々を

騙しながら下りて 朝の家事にかかるのが ここ6年ほどの日課になっている。

 

あのタキソテールの抗がん剤で 全身痛 手足の痺れやこわばりがあり

その状態が緩和する前にアリミデックスのホルモン治療に突入したから この長い時間の間 一度もすっきり

関節動かせたことがないのよ…主治医に言えばなれるしかない…そりゃそうだけどね。

 

リスク高い私は10年服薬で 副作用辛いからと薬やめれば再発不安だし…

 

 

癌手術してもう何年経っているの?

何時も元気だし もう完治しているよって 知らない方々は声をかけてくれるけど

高級なお高い薬まだ飲み続けているんだよ。

 

 

それにね 裏の顔は痛みでゆがんでいるんだぞ デスクに座って 次の行動する時

腰や足の関節が固まって こわばって痛くて痛くて でも弱み見せたくないから

元気風に頑張って一歩を歩くんだぁー!!!

 

この副作用の緩和できる薬は開発されないのかな…ホルモン治療ってメチャクチャ楽そうだけど

本当は本当は毎日が痛くて 地獄なんだぞ


7年後のPET/CT

2013年05月04日 | 乳癌ホルモン治療中

4月17日 術後7年の検査でしたが この日はPETの部屋に入る前に しのちゃんから

Mさんの亡くなったって連絡が入り ただボーってして検査室に入った記憶があるのよ。

 

そう、信じられず狐につままれたって感じかな…

 

でっ…検査前 血糖値を測定し血管を確保し 放射能を帯びる造影剤を注入するんだけど

私の血管は 過去の抗がん剤で結構まいってまして 腕の内側では逃げてしまうのよ。

 

何時も手の甲か手首くらいになってしまうのに この日はビックリ!!

スムーズに腕の内側で確保!!!

 

看護師さんを褒めて お互い凄いスムーズと思ったら…あら!!

術側…そう、リンパ浮腫のリスクが大きい方

注射しちゃいけない 血圧測定もダメ…虫に食われるな日焼けするなといわれている

リンパ郭清した側の腕にブチィーって針刺してあったのよ…

 

普段なら神経質になって 絶対出さない術側…看護師さんの言われるまま…出しちゃった

 

刺して気がついて 看護師さんに話したら ごめんなさい確認しなかったって…

また痛い目にあわせるけど 反対側に換えますと…シクシク…シクシク

 

素直に出したが さすがに こちらは腕側では血管刺せそうもなく…手の甲にブチューって

刺したが…あら…あららららららら…液が漏れちまった。

 

ゴメンネを何度聞いただろう…再度手首で血管確保…今回は3つ穴を開けられました。

 

(まぁ~抗がん剤やっている時は血液検査と抗がん剤用とあわせてMAX10個以上

開けられた経験アルからこれ位って…思うしかないかね。私もボーってしていたしね)

 

二日後もれた場所は紫にと思ったら 最後に確保された場所も紫になっていた。

あっ うっすら線2本は 我が家のネコさんたちの爪きりした時の証です(苦笑)。

 

反対側にはまだ要観察の部位はあるが… 

薬はまだまだ飲み続けているが…

 

それでも2006年5月にOPして 今2013年5月…7年間 母の認知にはひとり介護の限界を感じ夜も寝れなく

泣けた日々もあるが 猫も飼えて 乳癌になっていなかったら出会えていなかったであろう友も多く存在する。

 

あの7年前のあの時点で人生が変わったんだなとそして悔しいけど沢山の友が旅立って行った。

あの13個飛んでいた癌 リンパ転移した癌が沢山あっても今 無事に居られるのなら

何か自分に出来る事何かするべき事…やらなきゃならないのではと模索するようになってきた。 

 

もう少し 本当にもう少し落ち着きながら地に足つけて 生かされている意味を考える時なのかな…何だろう。

 


命って何処から考える?

2013年04月23日 | 乳癌ホルモン治療中
先日、近所で猫に餌やりしている方から捕獲機を駐車場に置かせてもらいたいと申し出があったので
了承したが、その後知ったのは妊娠中のメスを捕獲し避妊手術していたらしい。

親猫の母体にもリスクがあるから妊娠する前に捕獲したらと
聞いたら何時も私はこの方法だからと言われた。
 
お腹の中に居ても命なんだよと言っても理解してもらえなかたっので
何匹か捕獲したと聞いた数日後 我が家に捕獲機置く事を断った。
(夜捕獲機に入った猫を動物病院あくまで 我が家の駐車場階段の下に置くって事でした。)

メス猫は生後半年も過ぎると生殖能力が可能で 4.5匹産む
放って置くと限りなく増えることになるが 結局は飢え病気事故で命を落とす。
 
そして野良猫ということで 追われ隠れながらの一生を終える。
子猫のうちに飢えたりして落とす可哀想な命を作らない為に避妊去勢して
一代限りは餌やりや糞尿の始末をしてやり命を全うさせてあげる考えは同調出来る。

... そう地域猫考えは賛成だ。

猫が好きだからひとりで餌やりする考え方には同調出来ずにいる。
餌あげる人がいなくなったら彼女の見ている30匹の猫達はどうするのか?
他に移動しまた人間に追われ 飢えるのか?


私も野良猫5匹捕獲し 4匹避妊去勢させた。1匹は嫁に2匹は我が家の猫。

 
職場の職員宅嫁入りした娘 捕獲した時は目がウイルスの影響か ウルウルしていて
病院通いしたなぁ~今はムタって名前で 3人兄妹の友になっているよ。
 
 
ヨダレたらして寝ているみたいに 熟睡中の福
 
このこは捕獲避妊と獣医に持っていったら 妊娠していて 猫の形になりかけの胎児が四つ
手術の傷跡も大きいくその為 我が家の猫にした。
 
(半年近く野良だったので なかなか心は許してくれないけど 無防備に寝ていたり
こっそり私を触りにくるようになってきた)
 
 
毎度のこばん君 彼は福とおこげを捕獲後 おこげが1ヵ月以内に産んでいたと知り
避妊手術後放つと一ヵ月後 おこげの後付いてこいつが現れ
 
野良に置けないと捕獲しちゃって 我が家の家族にまたまた強引に引き入れた。
(今は見てのとおり 私が居所寝した場所に入って寝てるぞ)
 
 
そして 我が家の外猫 福とこばんの母親おこげと その親だと思うんだけど あんこ
 
(最近家猫めいより おこげがデロデロ触らせてくれる…あんこはまだシャーだけど
めいちゃんみたいに爪立てないぞ…家猫めいって
 

以前は猫おばさんの事を 自腹で年に12匹以上避妊去勢させて凄いなと感心していたが…


大きくなって産める寸前でも世に出てこなければ命と認めず消し去っている行為は
とても同調できることではない…でも、猫達にとってはどちらも同じに見えるのかな?
 
 
人間の勝手で 手術しちゃうんだものね…嫌な自己本位の生き物が人間だわ。

写真: 先日、近所で猫に餌やりしている方から捕獲機を駐車場に置かせてもらいたいと申し出があったので了承したが、その後知ったのは妊娠中のメスを捕獲し避妊手術していたらしい。    親猫の母体にもリスクがあるから妊娠する前に捕獲したらと聞いたら何時も私はこの方法との話し…お腹の中に居ても命なんだよと言っても理解してもらえなかっので我が家に捕獲機おく事を断った。    可哀想な命を作らない為に避妊去勢して一代限りの命を全うさせてあげる考えは同調出来る。    そして地域猫考えも賛成だ。    猫が好きだからひとりで餌やりする考え方には同調出来ずにいる。  もし餌あげる人がいなくなったら彼女の見ている30匹の猫達はどうするのか?他に移動しまた追われる?    私も野良猫5匹避妊去勢させ1匹は嫁に2匹は我が家の猫にした。    以前は自腹で野良猫を凄いなと感心していたが…    大きくなって産める寸前でも世に出てこなければ命と認めず消し去っている行為は私は許せない。    でも、猫達にとってはどちらも同じに見えるのかな?    本当、人間って勝手な生き物だ。    写真はその方に避妊が間に合わず出産したあと手術したから暫く療養させたいとケージ借りに来たので貸し戻った物が衛生的に不安だったので洗浄し次亜塩素酸で消毒してました。    ちょっと愚痴でした。
 
そのおばさんが以前避妊が間に合わず出産したあと手術したから暫く療養させたいと
ケージ借りに来たので貸したが 生まれた子どもは飢え死になっちゃったのかな
 
戻った物が衛生的に不安だったので洗浄し次亜塩素酸で消毒…もう貸さないよ。
 
 
追加…けして嫌な人ではなく 本人は真剣に猫の事を考えている方なんだけど 視点が違うんだな
交通事故にあい入院していても 猫が心配と強引に退院して 朝の四時から餌やりをしようとしていた方で
必死に野良たちを守ってやりたく可愛いと思っているんでしょうね。
 
ただし 我が家の猫達は嫌いみたいです。
こばんが彼女見て 恐怖でおしっこチビッたんだよ…猫がチビッたのはじめてみました…
生まれられなかった猫のあかちゃんの霊沢山居たのかしら

本当に癌って病気は憎い。

2013年04月22日 | 乳癌ホルモン治療中

先週 大切な大切な友人を神様に持っていかれました。

 

今日御通夜 明日告別式になってしまい 昨日彼女宛にメールしました。

 

そして今日 返事いただきました。

妹さん、彼女に読み聞かせてもらえ感謝します。

 

彼女との出会いは 何時も行く山梨県の増富ラジウム温泉の宿

女将が内線で 同じ乳癌患者さんが見えたから 話し聞いてあげてくださいと紹介されたのが縁

 

若くてとても綺麗な方で 素敵な旦那様と可愛い娘さんふたり家族で温泉にみえていた。

お風呂に入って色々なことを話した、私の傷口病歴 彼女の今までの過程 そして 

病んでいる側を触らせてもらったり お互いの気持ちを理解しようと…

 

彼女自体若かったので同じ病気の方と知り合う機会がなかったみたいなので 同じ東京という事で

同じ痛みを知っていれば 話せば少しは楽になると思って毒吐きカリスマ美容師のしのちゃんを紹介した。

 

抗がん剤体験した癌患者のダンスチームCBL をつくり

彼女を明るくしてくれ しのちゃんには感謝しても仕切れないほどだ。

 

温泉では日が合わなく 出会えなかったので1月 立川で 3人でランチをした。

温泉のあの時とは全く違う 明るく笑う彼女がいて まだまだ大丈夫と思え嬉しくなった。

その時も 今度温泉でと別れたが…それが最後の出会いだった。

 

全身に癌が広がっていたことは分かっていて いつかこんな日が来ることも分かっていたけど

早すぎだわ 何で…3月25日の彼女とのメールのやり取りが 最後になると思わなかった。

 

しのちゃんから 連絡取れないとメールが着たが 入院すると聞いたから治療に専念していると思っていた

そして体調治って また会えるとも…

 

全くもって 世の中不公平だ…この訃報聞いた時 次の日職場に行くのがいやになった。

そう 年寄りの愚痴 年寄りが あなた達は若くていいわねぇ~って言うせりふに腹が立つから

 

だって そんなに根性悪くて 何時死んでもいいと言いながら ちょっと悪いと病院に走る年寄り達

 

こちらこそ言いたい 若いからいいって…その年まで生きていく保障はありませんから

あなた達こそ 80、90まで生かされていて 幸せ者じゃないですかと毒を吐きたくなってしまう。

 

あぁ~悔しいね 

 

でも彼女は彼女なりに31年間 立派に生き抜いたんだろうな…そんな彼女は素晴らしかったと思えている。

 

Mさん ご苦労様でした、安らかに

心からご冥福をお祈りします。

 



 

 


温泉二人旅

2013年04月17日 | 乳癌ホルモン治療中

やっちさんと土日一泊二日で 何時ものラジウム温泉に行ってきました。

富士山を見ながら新東名を走り ランチは

おいしい学校でパスタここは昭和 大正 明治の小学校が集まっている場所

丁度行程の桜が満開で 目を見張るほど綺麗でしたよ。

何でも桜ミステリーツアーの観光バス10台が押し寄せた後だったみたい。

あの日本で一番古いといわれる樹齢2000年以上の 神代桜が何時もの年より

早く咲いてしまったので急遽 予定変更でここになったって

でっ…何時もお決まりの 増富ラジウム温泉で一泊

ここはお野菜中心の食事なので安心して食べられるのよ。

夕食に熱燗一杯頂 寝る前に手持ちのビールでふたりはじけちゃいました。

お風呂はがん患者多いので 結構安心して傷跡も隠さず入りまわっちゃったよ。

(毎月の事だけどね)

朝ごはんもおいしそうでしょ~ご飯は白米ではなく 十穀米ご飯 皆元気にお替りしてました。

こちらの桜は まだ咲き始め 梅や桃 レンギョウなど春の初めの花が咲き乱れてましたよ。

 

来月の静岡三人組みの旅行のステップとして 楽しく笑って帰ってきましたよ。 

 


乳癌がほぼ確定した前日からの桜の記録

2013年04月06日 | 乳癌ホルモン治療中

一週間以上早く また思い出の桜が咲きました。

 

2006年の4月12日仕事終わって ふっと振り返るとあまりにもきれいな桜

思わずシャッターを切った…この時から 今までとは違う道を歩き出しました。

 

一年後のブログ←まだウブだった頃のブログ覗いてチョ

二年後のブログ←まだまだ若いな

三年目のブログ←相変わらず馬鹿だな

四年目のブ活動←本気の馬鹿だ

五年目のブ活動←大災害で自然の怖さとけして触ってはいけないエネルギーに

           頼っていた人間の馬鹿が分かった年。

六年目のブ活動←そう、去年の桜

 

それにしても毎年振り返りながら過去のブログ見ると面白いねぇ~自分の馬鹿が分かる

 

ほらほら 飲みすぎの次の日 下痢の癖に朝野菜ジュース飲んで 職場でトイレ行ったら

そのまま 出ちゃった真っ赤な野菜ジュース…本気で下血と思って 便器に顔はまる位

出たブツ凝視して 固まったの絶対忘れないわ…眩暈がしてくる感じがしりと…

ここで半尻出して倒れたら 誰が気がつくのかなとかさ 

院長が診るなら嫌だなとかさぁ~妄想爆走してたわ。

 

まったく 吉本興業入ろうかしら

 

17日PET/CT  25日が結果発表乳腺受診日何にしてもまだ服薬しているし

いろいろ不安があるから嫌だよなぁ↓でっ…今日の桜です、もう7年目なんだね。

なんだか嵐になるって事で 慌てて写真撮りましたが風が強くて揺れる揺れる

しかも逆行(そりゃ~空に向けてシャッター切るんだものね)

 

この山桜を私がこれから この職場に勤めている限り毎年撮り続けて行こうと思う。

大きな病気になり 自分の考え方 生き方を変えた日の前日、

きっと雄雄しくしっかりと大地を踏みしめて派手さはないがしっかりと咲いていたのが

目に映ったから無意識的にシャッター押したのかもしれないな。

 

この山桜を毎年の節目としたい…ってか もうしているよな

来週から検査だなんかアルし 7年経っても不安は山ほどある…病気じゃなくても

普通に年を重ねていくことは奇跡に近いって あの大災害で学んだ。

 

 

 

だから…来年の桜楽しみにしてチョ


最悪…病んでました。

2013年02月16日 | 乳癌ホルモン治療中

ご無沙汰さんでした…すっかりばてていました。

 

13日の明け方ってか…12日の夜あたりから異常に胃が重くて重くて

寝ても寝られず布団の中で ぐずぐずしていますと 夜中の3時ごろ

無性にトイレに走りたくなり … 下痢 …その瞬間 嘔吐まで…

 

実は私お腹壊してゆるくなることはあっても 吐く事は無かったんですよ。

 

だってぇ~あのECの抗がん剤中 副作用止めの吐き気止めが便秘ひどくするって

先生にいらないと拒否し飲まなかったのよ…嘔吐は当然なし

 

平成8年位にとあるお店の忘年会に 大あたりぃ~腸炎ビブリオで

ピーピーの介にナリ入院までしたけど吐く行為はなし 当然つわりも知りませぬ。

 

そんな私が 吐くって しかも一時間後にリピート…考えられません。あせったわ

夕飯の鍋がそのまま…って事は 消化して居なかったって…ビックリ

 

その時は 寒くて寒くて(発熱中でした)トイレとベットの往復でヘトヘト…

それでも何時も一緒に寝ているこてつが付き合いよく トイレへ部屋へと

一晩中付き添ってくれたのが力になりました。

ありがとうなぁ~こてつぅ~…

 

早朝寒さと震えがひどいので 熱を測ると37、3度…普段35度半分行けばいい人なのに

この日は 半日出勤後 病院ボランティアで有休貰っていたので 一日休むと連絡し

ボランティア仲間に 相談業務を託し一番の問題の母のデイの支度と思うが

体調悪いと 身体も痛くて動かないのね…びっくりだよ!!38度超えていたさ…

 

発熱も癌になってから高熱もです元気だったのに(なんだか癌分かってから元気って変?)

7.8年ぶり…歳を取ると結構辛くなりますな。

 

デイには こんな調子なので 遅くなるからお迎えは30分位遅くしてと連絡し

ご飯をやっとの思いで食べさせて…着替えをちゃんとと思うと

 

ピンポーン「大丈夫ですかぁ~」と元気な声で

 

デイのお姉さんが 迎えに来てくれサッサと母の支度を手伝ってくれ

飲んでくださいと 持って来てくれました…感謝ですぅぅぅ

 

その後はほぼ記憶無く 気が付くと11時どうにか動くと 近所のお医者へ

仕事が仕事なので ノロウイルスのチェックをしてもらうが 検便って…

出し切って出ないと訴えると…あち゜ゃ~直に肛門から検体とられの検査

 

あの 腸炎ビブリオ以来だなぁ~なんて 病院のベットに横たわり点滴しながら

病は突然やってくるんだと あらためて健康のありがたさを実感

 

そう ノロ検査は実費って事で6,000円

点滴診察と薬代込みこみで8,390円の出費

 

元気ならこのお金分 美味しいもの喰ったほうがいいよぉぉぉ~

 

しかも 認知症のアル母を看るのは 元気でも大変なので こんな事続いたら

共倒れって文字が頭に浮かんだほどだった…

 

今も何故か胃の調子が元に戻らず 物があまり食えませぬ

 

健康がどんなに良いか実感しながら 母の通うデイの職員が助けてくれたり

周りに助けられているんだと実感した一日でしたよ。

 

…実は明日 当選した無料旅行の日…行くべきかどうか迷い中…