はーちゃんの気晴らし日記

気ままに 楽しく 書きくけこっこ!

土用の丑の日

2007年07月30日 | 回顧録
今日は、土用の丑の日です。
みなさんは、どんな夕食を過ごしたのでしょうか?
今日のうなぎの日にちなんで、うなぎの思い出を書きたいと思います。

私は、若い頃は、うなぎが大好きでした。
暑い夏、食欲がない時、うなぎを食べると翌日から食欲が出てきたりしました。
なので、私の食欲が落ちてくると、父が駅の反対側にあるうなぎ屋さんへ自転車でうなぎを買いに行ってくれました。当時、うなぎは、私達庶民には、たまの贅沢だったと思います。

以前も書きましたが、私は若い頃、長期に渡って療養所生活をしていました。
療養所での生活というのは、ある程度回復してくると、外出ができたり、月に一度は、外泊ができたりしました。
普段の日は、朝夕近くの山に散歩に出たり、バスに乗って買い物に行ったり、たまには同室の人たちと、夕飯を食べに行ったりもしました。

そんな生活をしていると、療養所の中では、ちらほらとカップルができたりしました。
家庭を持っている人でも療養所の中となるとまた世界が違ってしまうのでしょう。
それぞれに家庭があっても親しくしている人たちもいました。
そのため、とっくに退院できる身でありながら、わざと退院を遅らせてしまうなんていう人もいました。

そんな中で私にも今で言うカップルという相手ができました。
その人は、2つ年下の板前さんでした。
”お人形さんみたいな男の子”と、療養所内で、言われている人でした。
”お人形さん”と言われるくらいまつげが長くて目が大きくて・・・
私のタイプではありませんでした
でも、
「話し相手になってほしい。」
と言われ、朝夕の散歩に二人で出かけたりしました。
でも、変な想像はしないでね(笑)。
私達に関しては(強調)、まったく何もない、”散歩して話をする”ただそれだけの清く正しく美しい男女交際でした

私の方がその人より先に退院しました。
しばらくしてから、その人も退院し、
「お互いの退院祝いをしよう」
と言うことで、その人が、私の最寄の駅まで来てくれました。

私の最寄のそばには、高そうな料亭がありました。
前を通ることはあっても横目で通り過ぎるだけで、私には、縁のないところと思っていました。
彼はそこへ私を連れて行ってくれて、うなぎをごちそうしてくれました。
どうして、うなぎを食べに行くことになったのか、あまり記憶はないのですが、私がうなぎが好きだと言う話をしたのかもしれません。

その時に食べたうなぎのおいしかったこと!
さすが板前さんだと思いました。
おいしいもの、おいしいところを知っています。
”口の中に入れると、とろけてしまう”とは、こういうことを言うのだろうと思いました。
生臭さもなく、しつっこくもなく、何とも言えないおいしさでした。
この歳になっても、後にも先にもそんなにおいしいうなぎを食べたことはありません。
いつも父が買ってきてくれるうなぎとは、比べ物になりませんでした。
父が買ってくるうなぎは、「身は硬いし、皮も硬い。小骨があって、あんなのは、うなぎじゃない」
と思いました。
そのとき、その人が支払った金額も半端じゃなかったのを覚えています。

家に帰って、父に、
”駅前の料亭でうなぎをごちそうになったこと。
それが、半端じゃなくおいしかったこと。”
を話ました。
「あんなにおいしいうなぎは、生まれて初めて」
だとか、
「とろけるようだった」
とか、
「いつも食べているうなぎとは比べ物にならない」
などと言ったと思います。
父は、私の話を黙って聞いていましたが、最後に不機嫌そうに
「あんな高い店に入ったのか。
そのうなぎは、いくらしたんだ?
そんなに高いうなぎを食べるなんて、まだ若いのに贅沢だ!」
と怒った顔で言いました。
かなり不機嫌そうでした。
それで、私も、そのうなぎの話は打ち切りにしました。

今となると、父の気持ちがわかるような気がします。
父にとって、自転車で買ってくるうなぎは、それなりの贅沢だったのでしょう。
父は、必死で自営業を頑張っていました。
そこで得る収入で、贅沢とは思いながら、私たち子供にうなぎを買って来てくれたのだと思います。
それなのに、苦労も知らない若輩者の私たちが、そんな店に入って、高いうなぎを食べるなんて贅沢だ!と思ったのでしょう。

月日が経ち、歳のせいかなぁ。
今はあまりこってりしたものが食べられなくなってきました。
うなぎを大好物とは決して言えなくなっている自分に気づきます。

今のうなぎの食べ方としては、ひつまぶし風が一番さっぱりしておいしいと思っています。
うなぎを一口サイズに切って、小口切りのわけぎとのりをかけ、好みでわさびをつけて食べます。
安いうなぎでも臭みが抜けて食べやすいです。


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