吉松ひろむの日記

高麗陶磁器並びに李朝朝鮮、現代韓国に詳しい吉松ひろむの日記です。大正生まれ、大正ロマンのブログです。

カウライ男の随想 四十五

2005年12月13日 08時54分49秒 | Weblog
カウライ男の随想 四十六

…先生、お伺いしたいのですが、お茶をいれるのをどうして点ずるというのですか?…。 好奇心の人一倍強い私は質問した。
…ホホホホ…私と同じ考えですのね、私も先生の弟子になって最初に質問したのはそのことだわ…それは中国の詩、たしか曲江詩だったかな、もう三十年も昔だからはっきりしないけど…点水スル蜻テイ…セイテイはオニヤンマトンボです…トンボが水面にすいすいと尻尾をつける様のように茶筅で茶碗にいれたお抹茶を静かにかき混ぜる…ところから点茶すなはち点前となったのです…。
 なるほど、私は昔の茶人の風流をしのんだ。
…こうして今、人間は贅沢を楽しんでますが、主人が永平寺で修行してるときの食事は粗 末そのもので、たまに藁屑の入った粥もたべたそうです…。
 シノと言うU先生の母はそう言って、でも今は戦争で家でも朝、夕はサツマ芋が半分のお粥ですの、と言った。
 帰る時間になった時、にわか雨が樹葉を激しくたたき、まもなく小降りになったが止まないので暇することにした。
 庫裏の広い玄関わきのコウモリを手にしようとした時、U先生が…私、送ってあげるは…と素早くコウモリを取って広げてどうぞと誘った。
 あまりの早業に断る言葉も出ないうちに寺の土橋にさしかかった。
 私が若い娘にいわゆる相合い傘を誘われたのは生まれて初ての経験だ。
 やわらかい肩がふれ、U先生の薄化粧の香りが鼻をついて私の心臓が大騒ぎになった。 そのまま栗平の上り口まで歩いた。
 途中でで逢った教え子、茂助の母は一瞬、驚いた表情をみせたが…今日は珍しくご一緒でどちらへ?…と訊ねた。
 坂下の京子の家まで、用事ができて…と咄嗟の嘘をついた。