ぎょうてんの仰天日記

日々起きる仰天するような、ほっとするような出来事のあれこれ。

プーチンさんの胸のうち (4)

2020-06-29 02:20:38 | コラム

さてこのコラムの最後をどうしようか色々考えた。ここではロシアのテレビを見た(正確にはYoutubeで流された)感想をまとめよう。日本でいう「あなたの夢かなえます」のような「大統領が子供の夢をかなえます」の番組があることをYoutubeで知った。見ると「難病を抱えた男の子を大統領府にご招待あるいは大統領専用機に乗せる」「目の不自由な女の子に『面白い人物』のインタビューを設定してあげる」のような「ロシアの慈父」的設定に基づくサンタクロース番組で、見ていると「どこの独裁国家だよ」と言いたくなるような番組である(ロシアなんですが)。

番組の構成はこうである。子供たちが自分の夢を語る映像がモニターに映し出される。それを見たプーチン氏が「うん、『面白い人物』を探し出してこの子にインタビューさせてあげるんだ。」と言い、番組制作者が「4時間かけて議論をした結果」プーチン氏へのインタビューを実現させる、という具合である。大統領はどの子の夢を選定するかまで時間をかけられるほど暇なのか、4時間もかけてプーチン大統領へのインタビューに決定したって本当かとか、無邪気でない大人からすると突っ込みたくなるような番組だが面白い点もある。

男の子が「大統領と握手がしたいんだ。だって国のために尽くしてくれてるんだもの。」と言うのを聞いた瞬間プーチン氏は「こんな風に言われるとは思いもしなかった。」と思わず泣き出しそうな顔をしてしまうシーンが映し出される。それを見た瞬間こちらが思ったのは「この人大丈夫か?」である。この番組に出演しているのが本人なら(影武者がいることは本人も認めている) 自分が演出した番組に自分で泣いているのではないか。そのような心配がよぎったのだ。おだてに囲まれていると自分を見失いかねない。しかももう20年もその世界にいる人間はどれほど気をつけていても飲み込まれてしまうか、過剰な疑心暗鬼に陥ってしまうのではないかと。アガサ・クリスティーがミス・マープルに言わせているが「歳を取ると他人から何気なく言われる「すごい」を聞いて人は自分が恵み深い王になったかのような気持ちになる」らしいので。

しかし世界平和のためにはロシア大統領が「恵み深い王」になることは重要ともいえる。今回の調査でどうもプーチン氏は憧れを抱いていたヨーロッパに「裏切られた」ことにより対立を深めたり、ロシア国内の愛国主義を利用しようとしているらしいと各国の専門家に分析されていることを知った。愛国主義的な暴走族「夜の狼」のリーダーを「愛国的な教育をした」と表彰するなど何だか心配な動きも報道されている。

私はここでイギリスのとある新聞記事を思い出す。報道によると数年前、ヨーロッパのある「首長(chief)」がプーチン氏に「今あなたには愛があるか?」と聞いたらしい。「誰かを愛しているか?そしてその誰かはあなたを愛しているのか?」ということだそうだ。問うた人物についてプーチン氏は特定していないもののイタリアのベルルスコーニ元首相だという説が有力だとか。もっともこれはプーチン氏特有のイメージ戦略なのかもしれない。「自分は孤独にも打ち克つタフな男だ」とか再婚に向けての地盤作りだとか。

イギリスの新聞によると元妻はかつて東ドイツ駐在時代友人にプーチン氏のことを「吸血鬼」と評していたらしい。同氏が献血に熱心だという話は未だかつて見たことも聞いたこともない。となると外見、仕事、性格のことだが1番目はともかく、2番目の仕事をスパイが妻に言うことは考えにくい。3番目であるなら夫婦仲は1985~1989年の間に既に冷めていたことになる。夫のことを「吸血鬼」とは穏やかでないが2013年まで結婚生活は続いた。

ベルルスコーニ氏が心配するのもむべなるかな。

ここで私の心は遠いモスクワに向かう。相手は件の31歳下の女性である。

「プーチンさんのこと愛してあげてね、心から。」

「世界平和のためにできること」を問われ、「家に帰って家族を愛してあげて下さい。」とマザー・テレサも言っているではないか。


プーチンさんの胸のうち (3)

2020-06-29 02:15:08 | コラム

 

20年に渡り超大国の大統領であり続けているウラジーミル・ウラジーミロヴィッチ・プーチン。本来なら2024年に任期切れのはずだったが憲法改正と次の大統領選挙の結果次第では2036年まで大統領でいることができるかもしれないという。スターリンよりも長い独裁だ。「元スパイ」の経歴からとてつもなく強い、怖いとの評判だが私にはどうもこのプーチンという男、強いコンプレックスに捉われているのではないかと感じる。それは何なのか。今回は政治へのコンプレックスを探る。

 

「スパイ」とはどの程度怖いのか。それを素人のぎょうてんが問うのは無理というものである。その道のプロの著作を読むことをお勧めした上で、まずはプーチン氏の経歴を取り上げる。途中までどうも地味だ。

 

1975年レニングラード大学法学部卒業と同時にソ連国家保安委員会(KGB)に就職

1985年東ドイツ・ドレスデンに赴任

1990年1月ドレスデンからレニングラードに異動し、レニングラード国立大学学長補佐

      5月レニングラード市ソビエト議長(大学時代の恩師アナトリー・サプチャーク氏)の補佐官

1991年6月サプチャークの市長当選に伴いレニングラード市渉外委員長

           8月KGB退職

1994年サンクトペテルブルグ市第一副市長

1996年6月サプチャークの市長選敗北によりサンクトペテルブルグ市を辞職

           8月大統領府総務局次長

1997年大統領府副長官、大統領監督総局局長

1998年5月大統領府第一副長官

          7月連邦保安局(FSB)長官

1999年3月安全保障会議書記(FSB長官と兼務)

           8月首相

           12月エリツィン大統領の辞任に伴う大統領代行

2000年3月大統領選で勝利、大統領に就任

 

調べを進めていくと「スパイからの華麗なる転身」ではあるものの、「期待されての大転身」という訳ではなかったらしいことがわかった。特に部隊を率いる規模でもなく、当時出世には不可欠だった特別なコネもなかった。経歴の一大転機はソ連崩壊と大学時代の恩師アナトリー・サプチャークがサンクトペテルブルグ市長選出馬に伴い、プーチン氏を陣営に誘ったことによる。朝日新聞国際報道部の『プーチンの実像』(2019年)によると、ここで市長となった改革派のサプチャークの下で表には姿を見せない影の実力者を指す「灰色の枢機卿」と呼ばれるような働きぶりを見せるものの1996年にサプチャークが市長選に敗れると自身も市役所を去る。副市長時代の働きぶりを見てモスクワに呼び寄せた者がいる。これが誰かはプーチン氏本人がいうことと別だという説とに分かれた。

いずれにせよ次の職にあたる大統領府総務局次長は地味な役職だったらしいがその後異例のスピードで出世する。FSB長官時代には職員2000人削減を断行。給与遅配をなくしたり、コンピューター犯罪対策担当部署を設置したり組織改革に取り組む。しかしその後、同氏の大出世への道を開いたのはどうも外聞の良い話ではないようだ。

 

エリツィン大統領(当時)の政敵に関する女性絡みのスキャンダル映像がテレビ番組にスクープされた件でFSB長官としてプーチン氏は映像が本物だったと明言し政敵の失脚を決定的なものとする。この一件でエリツィン周辺はプーチン氏の立ち位置を自分達の側にあると評価したのではないかと捉えている書籍もある。エリツィン大統領の取り巻きグループは後継となる人物、それも自分達の意のままに操れるような、政治的基盤も経済的利権にも関係「ない」人物を探していた。それがプーチン氏だったという訳らしい。一方、プーチン氏自身は首相時代、テレビ番組でこうした取り巻きグループから大統領就任の可能性がないと宣言され対峙したように主張している。どちらが真相かは知りようもないが少なくとも同氏の大統領就任時に日本側では「プーチン氏に関する資料がない。どのような人物なのか。」と焦っていた、その程度の知名度に該当する人物だったようである。

 

その後は佐藤優氏によると「ソ連崩壊によって職をなくした旧KGB職員や格闘技をずっと学び旧ソ連時代ならスポーツ学校の教師になっていたような人間を呼び寄せ、自身の政敵を色々な方法で倒していった」らしい。またある新聞によると「経済には疎い中佐出身の政治家」となかなか辛辣な評価もある。すると政敵を打倒し、一対一の対人関係では相手をよく読む「人たらし」に長けて入るものの経済政策には弱い政治家なのかということになる。この辺りの評価は素人には判断がつかない。

 

(「プーチンさんの胸のうち(4)」へ続く)

 


「プーチンさんの胸のうち」について

2020-06-21 16:03:39 | コラム

前2編のコラム「プーチンさんの胸のうち」(1) (2)を書いて読者諸氏からの有言無言のご批判を覚悟した。「よその夫婦関係に口を出すとは何事ぞ」、「夫が妻に不満を感じてよその女に走るのはよくある話。何を今さら書く必要がある。」

ここではそれら無言のご批判や呆れ顔に対していささかの説明を試みたい。

新聞、専門書、ジャーナリストの著作でもプーチン氏に妻以外の女性がいることを書いたものは多々ある。しかし「なぜ」いるのかについてまで書いたものはない。これには徹底したロシア政府関係諸機関による情報統制があり、報道側も当局を恐れて書かない事情が背景にある。(親密な関係が噂される女性と再婚するのか同氏に記者会見の席上で訊ねた新聞社は大統領の凄まじい怒りを買ったことを受け一週間後に廃刊を決定、編集長も更迭した。) また男性政治家にとって愛人がいることは特段珍しいことではないからかもしれない。30年間の結婚生活の中で3人いたといわれるそうした女性のうち、メディアで取り上げられるのは有名人の一人だけある。(ロシアのネット上では違うかもしれない。) そうではあるものの女性関係に限らず、あらゆる分野でこうした問題を深堀りしていくとプーチン氏という人間が見えてくるはずだ。

「妻に不満を感じてよその女に走った」のか「単なる女好き」なのか、それとも「何となくはずみで」「人からの紹介」だったのか。それによって浮かび上がる人物像はずいぶんと異なってくる。他2人とも交際に至った理由、別れた理由、また別れ方はどのようなものなのか。世間を騒がせた「かねてより親密な関係が噂される31歳年下の元オリンピック金メダリスト」は現役引退後に国会議員となり、その後メディア企業の理事となった。自立の道も開いてやり、それなりに面倒見の良い人物であろうことが推測される。単に別れたり生活をさせたりするのであれば金を渡すだけで事足りるはずだ。もっともこれは女性側の意欲及び能力にもよるものではあるけれど。他2人に対してはどうなのだろう。残念ながらそこまでの深堀り情報は見当たらなかった。

少なくとも女性、それも「強い女性」に対して大変なコンプレックスや苦手意識のようなものがあることは発言や行動の数々から確かかと思われる。2006~2007年にドイツのメルケル首相と大統領官邸で会談した時には大の犬嫌いのメルケル氏に対してプーチン氏は飼い犬を同席させ、メルケル氏の匂いを嗅がせるという嫌がらせをしている。会談を有利に運ばせるためというよりほとんど小中学生の男子レベルである。

ヒラリー・クリントン氏に対してはさらに過激だった。2017年FBIのジェイムズ・コミー長官(当時)は下院情報委員会公聴会でプーチン氏が「クリントン氏を激しく嫌うあまりに」大統領選へ露骨な嫌がらせをしたことを証言している。ロシアによるサイバー攻撃がどのようなものであったかについては報道でご存じだろう。トランプ大統領も2017年1月には前年の大統領選挙中に民主党本部のメールサーバーなどがロシアによってハッキングされたことを認めている。なぜそこまでして嫌うのか。

ぎょうてん流の分析は以下の通りだ。(硬派な分析は国際政治学者・専門家各氏の著作をお読み下さい。) 

思うに元妻との激烈な主導権争いにより、「強い女性」はプーチン氏にとって「勝てない相手」「手ごわ過ぎる厄介な存在」なのだ。(あくまでも推測である。) それが証拠にロシアが優位に立つウクライナの、初当選したばかりのユリア・ティモシェンコ首相(当時)との会談時にはその美貌についてお世辞までいっている。つまり圧倒的優位な立場にいる時にはお世辞を言える余裕がある。

一方、メルケル氏と並ぶと「貫禄」の観点からプーチン氏は時に見劣りして見えなくもない。メルケル氏に背景音をつけるとしたら太鼓風の「ドドーン」である。もしヒラリー・クリントン氏がアメリカ大統領になり首脳会談で並んでいたらどうなるだろう。元気いっぱいに鮮やかな色のスーツで身を包むクリントン氏はさぞ映えただろう。うっかりすると「プーチンを従えている」ように見えてしまうかもしれない。ロシア国内に向けてはもちろん国外的にもこれはまずい。何よりもヒラリー・クリントン氏にはプーチン氏にない「華」がある。これは元「KGB出身のスパイ=目立ってはいけない存在」には絶対ないものだ。そして-これが最もプーチン氏が恐れているであろうこと-何か下手なことを言えば「何よ!ウラジーミル、いま何か言ったあ!?」と迫力満点に言い返されてしまいそうな恐れがある。甦るトラウマ。だからこそ露骨に忌み嫌い、直接交渉を避けるべくサイバー攻撃をしたのだろう。

そう、プーチン氏にとって「強い女性」は30年間に渡った結婚生活による「悪夢の再来」なのである。(たぶん)

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プーチンさんの胸のうち (2)

2020-06-15 00:00:12 | コラム

 

話をプーチン氏に戻そう。元妻は上記のような「攻撃的な女性」だったのではないかと推測する。(事実は不明。) 結婚について調べると客室乗務員だった元妻とは友人を通じて出会い、観劇デートの4回目にプロポーズをしたそうな。(交際は3年間という説もある。) 俗にいうスピード婚、しかも観劇デート。芝居を観ることが中心になり、相手をよく見ない危険性が高いとされるデート形態である。柔道に明け暮れ、法学部出(女子率低そう)、情報機関(こちらも女性率低そう)出身の20代後半の青年が客室乗務員の美人女性に舞い上がったであろうことは想像に難くない。

 

プーチン氏の生まれた環境にも注意を払うべきである。祖父はレーニン、スターリンに仕えた料理人、両親は17歳の時に結婚している。父は徴兵後ソ連海軍の潜水艦艦隊に配属され、第二次大戦で前線のドイツ軍支配地域で破壊工作に従事、負傷後は鉄道車両工場の熟練工として勤務した。兄二人は戦前に亡くなっている。両親が40代に入ってからもうけた子がプーチン氏である。両親は溺愛しただろう。家庭は貧しかったようだが当時のソ連で奇跡的に車を入手すると両親はそれをたった一人の息子に贈る。溺愛ぶりがわかるエピソードだ。

 

一方、元妻はプーチン氏より開けた家庭に育った可能性はないか。詳細は不明だが同氏より5歳年下の元夫人は哲学部卒(結婚は1983年だが大学卒業は1986年とのこと。)、客室乗務員は「女の園」である。気が強いことは十分に考えられる。元夫人の出身家庭の構成も気になるが残念ながら見つからない。年の離れた兄や弟がいて「怖い者なし」にふるまっていた可能性もなくはない…。二人の出会いは共通の友人を通してだが実際は「KGBの求める配偶者としての基準をクリアした、組織によって紹介された女性」だったか。両親に溺愛されて育った体育会系の男と気が強く譲らない女。(あくまでも想像。)衝突が多かったかもしれない。そこに娘が二人生まれる・・・たった一人の男性である父の立場は弱かったか。

 

ロシア人ジャーナリストによるとプーチン氏の女性関係は「30年間の結婚生活で『わずか』3回」という。(二重カッコは筆者による)これが多いのか少ないのかわからない。まあロシア大統領という立場を考慮すると控えめな数かもしれない。一般家庭だったら揉めるだろう。(男性の友人知人にこの数が多いのか少ないのか訊ねたく思ったものの浮気観を訊くことになりかねないので止めることにした。)

 

このロシア人ジャーナリストのコメントで興味深かったのが元妻の「リュドミラさんはとても芯が強くプーチン氏との生活を『勤務』として捉えてい」た点で、驚くには値しないが何だかとても客室乗務員らしい表現のようにも思えた。

 

プーチン氏は1983年に30歳で結婚し2年後に長女が、その翌年には次女が誕生した。2000年大統領就任に長女は15歳、次女は14歳。思春期に入る。その直前から多忙により娘たちと接する機会も極端に減ったはずである。国内外の政争に明け暮れる毎日。暗殺計画は公式発表だけでも5回とのこと。そうした日常で家族が自分を顧みず、妻は譲ったり褒めたりすることが下手で主導権を握りたいタイプだったら…。

 

「自分が圧倒的優位な立場にいることができ、自分を仰ぎ見て『すごいのね』と無邪気に言ってくれる31歳年下の女性に走っても不思議はない。」

その結論に至ったのである。

 

(「プーチンさんの胸のうち (3)」(政治でのコンプレックス編)に続く。

 

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プーチンさんの胸のうち (1)

2020-06-14 23:54:07 | コラム

このところアメリカの黒人青年への警察官による暴行死及びトランプ大統領の対応のひどさについて報道されており、今さら私が取り上げても何ら新しいものはなさそうなのでここでは違う国のことを取り上げる。そうだロシアにしよう。

ここ数十年のロシア政治について調べ始めたら、これが現代の出来事かと思うようなことが連発なのだ。そのうちにプーチン大統領の個性というものがどうにも避けて通れなくなり、あれこれ調べている。

プーチン大統領、といえば真っ先に「元KGBのスパイ」という極めて特殊な経歴が真っ先に浮かぶ。そして日本人にとっては「柔道家」、さらに最近メディアで取り上げられるのが「マッチョ」なややマンガ的ともとれるイメージで、あとは「怖い」「31歳年下の彼女との間に子供がいるらしい」とか(当該2名はこの報道を否定している)、もう何だかネタ満載の超個性派である。私はこの「親密な関係がかねてより噂される31歳年下の元オリンピック金メダリスト」が現役時代好きだったのでプーチン氏に対しては「何てことをしてくれるんだ」という怒りがまず湧く。「世間知らずの若い娘にどんな甘言を弄して・・・この野郎」だ。

(硬派な分析を期待している方は佐藤優さんなどそちらをお読み下さい。)

次に女性側の親の心情に思いが至る。絶対的な権力者から好意を寄せられるほど若い娘の自尊心をくすぐるものはない。超大国の大統領、しかも独裁者である。自分の競技の世界しか知らず、美しいと自覚してさらには世界の頂点にいるとの自信がある若い娘ならひとたまりもないよねーという、親へのしみじみとした同情の念である。「お父様、気持ちの整理はついてますか?」と伏し目がちに小声で問いたいくらいだ。

元妻は離婚後21歳年下の男性と再婚したとのことで、上記事情からも私はさすがエカテリーナ二世の国、快挙といっていいのではないかと捉えている。

そんなこんなで真面目なことを中心に調べを進めると(スキャンダラスな部分はあくまでも二次的なものである)プーチン氏が大変コンプレックスの強い人物であるらしいことに気がついた。一つは女性に対しての、もう一つは政治に対してのものだ。

まずは女性に対するものから。同氏には女性を揶揄することが多いのに気づく。それも「女性とは口論も議論もしたくない」と話し合いを避ける、あるいは性的な内容だったりと、ある一定以上の年齢の男性にありがちなものというよりは何か別の理由による執拗な感じがした。結婚することで男女とも知らず知らずのうちに互いの性差の良さも悪さも見つけ、人により大小の差はあれどそれなりに受容していくものだがプーチン氏の場合には強い拒絶のようなものを感じる。氏が「恋人との間に子供を授かった」とされたのは離婚後だ。有権者の半数が女性であるとの事実に配慮したにせよ、それなりに元妻の顔は立てている。

ふと「元奥さん、譲らないタイプの気が強い人だった?」との疑問がわいた。プーチン氏の離婚前の家族構成は妻と二人の娘である。女性3人に口で敵わなかったのではないか。柔道家であるが故に自分より弱いものに手を上げることは恐らくしなかっただろう。となれば口論だが元妻が強かったことは十分考えられる。子供の頃から体育会系で法学部出身のプーチン氏が論理的に主張しても、元妻(哲学部文献学、スペイン語学出身)は違う角度から攻撃していったことが十分考えられる。調べていくと元夫人はやはり「主張する人」だったらしい。大統領就任後初の外遊で髪をオレンジ色に染めたいと強硬に主張して「大統領夫人として相応しくない」との周囲の声にも譲らなかったとの報道も見つけた。

そうなると21歳年下の男性と再婚も「自分が主導権を握りたい」ことの現われのようにも見えてきた。元夫であるプーチン氏も「黙って従え」のスタイルですべてにおいて指図していたと元妻は語っていると(夫側に)批判的なニュアンスで書いたネット記事も発見する。 夫の側は「自分が主導権を握りたいタイプ」というより、日々「主導権を握るためだけに国内外に向けて策を練る」のが仕事である。しかも世界中からの批判を一身に集め得る立場だ。家庭においてまで主導権争いをしていたのでは心身ともにもたないだろう。

ロシアではないけれどかつてアメリカに滞在した時、言葉と同程度に筆者が疲弊したのは「マッチョであることの主張(machismo)が強い」社会であるということだった。何かというと男性が「自分は男だから」とか「男性である自分は強くあるべき」との主張が様々な面で見られ、それが女性への労りに通じているのかもしれないのだが疲れてしまう。

「乙女男子」「草食系」の日本から来た私にとりアメリカは「性差以前の自分らしくいることができにくい」、「(日本とは異なる形で)性差による役割が大前提としてある」とても疲れる社会に思えた。ゲイの男性が何人かいたが、アメリカだからこそ「ゲイ」という範疇に入れられるだけで、日本なら普通に「ちょっと大人しい、物静かな男性」に区分けされるのではないか(愛情の対象についての問題はここでは取り上げない)、そんな風に感じることもしばしばあった。広大な国土、多様な民族が集まる国、すべては「獲得していかなければならない」国(換言すれば「機会の平等」の国)では「わかりやすい男性らしさ」がまず前提としてあってそれを調整、修正するためにジェンダー論が存在するのか、そんな思いすら抱いた。

そうした社会、それも男性優位の社会で女性が主張するというのは女性もまた「マッチョ的な意味での強さ」を表現しなくてはいけないのかもしれない。日本人の私からするとアメリカに限らず西洋人女性の主張の仕方は時に攻撃的過ぎ、あるいは自制心がないように感じることがある。具体的に言うと叫ぶ、大声を出す、息もつかずに主張し続けることだ。(もちろん穏やかな人もいる。)どうも日本人と欧米人の間で「強さ」の定義が違うのではないか。

欧米人女性が強くて日本人女性が弱い、あるいは主張しないとは思わない。「強さ」についての考え方、主張の仕方のあらまほしき形が違うのである。日本人女性にとって「強さ」の定義とは「逆境に耐え抜く力」だろう。「耐えに耐え抜き、ままならぬ人生の道を歩みながら遂には人生を自分のものにする力」が賞賛される。朝の連ドラによく見られる人生のパターンで、微笑みこそ強さの証明とされる。もちろん主張もするが賞賛される特質の第一位は「耐え抜く力」「自制心」だ。上善如水、戦う相手は自分だ。

一方、欧米女性の「強さ」とは「主張する」であり、戦う相手は外であり社会(それも男性優位社会)ではないか。当然主張の仕方(戦い方)は攻撃である。優しさがないとは思わない。優しい女性は欧米でも当たり前だが大勢いる。しかし一度主張を始めるとヒステリックなまでに攻撃し続ける女性がなぜああもいるのだろう。それはマッチョな形での強さを要求する社会が基盤となっているからではないか。そんな風に思う。

(「プーチンさんの胸のうち (2)」に続く)

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