POKORINさんが大変なようです
なのでなんか書いてみる
「集める」という行動は、何も人間だけに限らず
いろんな生き物が持っています
カラスが自分の巣に、光るものや丸いものをひたすら溜め込んでいたり
犬が自分の小屋に、靴とか溜め込んでいたり
これらのものは総じて、一見
「意味が無い」ものです
・・・と、書きましたが
これは、傍から、世間一般で見た観点です
「カラスが光るものを何に使うんだ?」
全く根本を見ていない意見です
理解できないものを否定しているだけです
多かれ少なかれ、誰しも何かを集めているはずです
例えば、服
「別に集めてないよ」
という意見がたくさん出てきそうですが
最も根本否定意見の
「着れればそんなにいらないじゃん」論
からすれば
それは集めていることになります
呼称するとしたら「服オタ」
では、なぜそんな呼称が出てこないかというと
世間一般が認めているジャンルだからです
その方向性、ベクトルが「理解できる方面」を向いているだけです
世間一般では
「理解できる」か「理解できない」かで
正否が決定します
理解できるものは、ひたすら讃え上げ
理解できないものは徹底的に叩く
今、テレビでよくやってる
メイド喫茶とかオタ晒し番組も
そんな観点で作られているのでしょう
とりあえず叩いとけと
人間、理解できないものは否定しようと思考が動きます
そして、この「理解できる」境界線を決定するのが世間一般
かのガリレオの地動説も
天動説に屈しました
当時の世間一般が理解できなかったからです
今では逆に、小学生が
「地球の周りを星が回っている」
なんて書いた日にゃYahoo!ニュースで取り上げられるくらいになっています
(※2004年10月18日のYahoo!ニュースにありましたが、Yahoo!から削除されていたため、リンク元の山陰中央新報社に貼っています)
ひたすら上で世間一般と書いていますが
理解できる出来ないを決定するのは基本的には「主観」です
ただ、この主観の中で理解できる出来ないのベクトル
正負の方向を決定するのに、世間一般の影響が強いということです
影響が強いだけで確実に影響を受けるとは言えません
そしてその影響を受けていないベクトルが
たまたま世間一般の方向と逆を向いていると「オタ」という扱いになります
冒頭で書いたカラスの話
カラスにしてみれば、それはとても欲しいものです
人間はこの「欲しい」に「欲しい」以上の付加価値・意味をつけたがります
主観の中で、意味付けができるベクトルだと、認められたジャンルに
意味付けができないベクトルだと、認められないジャンルになります
意味付けが出来ない「欲しい」に、世間一般が納得するような理由
世間一般の正の方向にベクトルを合わせようとすると
確実にどこかで破綻します
それはその対象が「欲しい」以上の意味を持たないためです
欲しいものは欲しい
だから
ひたすらフィギュアを集めたり
ひたすら本を集めたり
ひたすらDVDを集めたり
ひたすらトレカ集めたり
ひたすらゲーム集めたり
ひたすらパソコンパーツ集めたり
欲しいものは欲しい!のです
ほしー!
※追伸
すみません
最後の最後で破綻しました
欲しいに欲しい以上の理由はないからのー
いわば本能
個人的にゃ
キャバクラもメイド喫茶も大差無いと思うけど
世間一般の境界線は太いですなー
むしろメイド喫茶のが健全(主観)
POKORINさんを擁護するはずの記事が
完璧、わし擁護記事に!!ヴァー
てか、人権擁護法案うまく使えばオタの地位を確立できるのでh(
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