日本人は「人口減」で起こる危機を甘く見ている
印南 敦史:作家、書評家
かたくなに動こうとしない日本という国を「どう動かすか、動かせるか」が問われている(写真:Alberto Masnovo/PIXTA)
東洋経済オンラインを愛読している読者の中にはご存じの人も少なくないだろう。『日本人の勝算』(東洋経済新報社)の著者、デービッド・アトキンソン氏は日本在住30年のイギリス人。現在は国宝・重要文化財の補修を手がける小西美術工藝社社長として、日本文化をサポートしている。
そのような立場から、アトキンソン氏はこれまでにも自著を通じて日本の将来を案じてきたが、今回、その語り口にはこれまで以上の緊張感がみなぎっているようにも思える。その場しのぎの楽観論を唱えている場合ではない
人口減少と高齢化が進む日本には大変厳しい未来が待ち構えています。これは脅しでもなんでもなく、人口動態などのデータを冷静かつ客観的に分析すれば見えてくる、ほぼ確実な日本の未来です。
今すぐにでも対応を始めないと、日本は近い将来、三流先進国に成り下がることは確実です。いや、下手をすると、日本は三流先進国どころか途上国に転落する危険すらあるのです。(「はじめに 日本人の勝算」より)
ところが日本国内に蔓延しているのは、「今までの仕組みを微調整して対応すればなんとかなる」というような、その場しのぎの楽観論ばかり。危機感がまったく伝わらないからこそ、アトキンソン氏としても焦燥感を禁じえないというわけだ。
2019年10月に予定されている消費税の引き上げについても同じだ。その問題に関しては「社会保障の負担が重く、税収を増やさなければいけない。そのためには、税率を上げる必要がある」と説明されているが、それはアトキンソン氏の目には「固定観念にとらわれた、非常に次元の低い理屈」としか映らないという。
理由はいたってシンプルだ。日本の社会保障制度に関していえば、究極的には税率以前の問題だからだ。
たしかに、日本の消費税の税率が他の先進国に比べて安いのは事実です。しかし、そもそも消費税の課税対象となる消費、そしてそれを増やすために不可欠な日本人の所得をいかにして上げるかが、この問題の根本の議論であるべきです。それに比べたらたった2%の税率の引き上げなど、些末な話でしかありません。大きなパラダイムシフトが起きている以上、今までにない、もっと根本的かつ大胆な政策が求められているのです。(「はじめに 日本人の勝算」より)
いま求められているのは、これまでの常識から距離を取り、前提条件にとらわれずに解決策を見いだす思考だとアトキンソン氏は言う。そこで本書においてもさまざまな角度からこの問題に斬り込んでいるのだが、特に興味深いのは第5章「最低賃金を引き上げよ」から第6章「生産性を高めよ」につながる流れだ。第5章で「世界経済の成長が『生産性向上』に依存するようになりつつあるからこそ、最低賃金を引き上げれば生産性をつり上げることができる」ことを示したのち、第6章では、日本における「賃上げ」の重要性を説いているのだ。
根底にあるのは、人口減少・高齢化に対応するためには、全企業が賃上げに向かうことが不可欠だという考え方である。
問題は、経営者をどう動かすか
これからは高齢化によって、無職の人が激増することになる。つまり、彼らの年金を払う予算が必要になってくるわけだ。それだけではない。高齢者だからこそ医療負担も大きいため、その財源も必要なのである。
しかしその一方、給料をもらっている世代は激減する。だとすれば、その税負担のために生産年齢人口の給料を増やすことが必須となる。所得増加を実現するには生産性向上が必要条件であり、これが大きな政策転換になるということである。
具体的に計算してみましょう。社会保障に費やしているコストを生産年齢人口で割り、さらに年間平均労働時間(ここでは2000時間とします)で割ると、「1人・1時間当たりの社会保障費負担額」を計算できます。これは2018年には約817円でしたが、2040年には1642円となり、2060年には2150円にまで膨らみます(ここでは、2040年までに社会保障コストが190兆円まで膨らみ、その後横ばいとなると仮定しています)。今の最低賃金では、とても対応できません。(213ページより)
だが、悲観する必要はないとアトキンソン氏は言う。なぜなら、日本の人材評価は世界第4位と非常に高いのに、現在の生産性は著しく低いから。日本では、人材の潜在能力がまったく発揮されていないということだ。
日本の生産性はあまりにも低迷している期間が長く、他の先進国とのギャップが開きすぎている。よって、日本的経営や日本型資本主義、あるいは文化の違いを理由として正当化したり、ごまかしたりすることは不可能。これを解決することは日本にとって喫緊の課題だが、そこでの唯一の問題は、経営者をどう動かすかにあるというのである。
本来であれば、ここまで人材の評価の高い国であるならば、人材を上手に活かしさえすれば、大手先進国で最高水準の生産性と所得水準を実現するのも可能なはずです。にもかかわらず、現在の体たらくに、長年の人口増加が生み出した日本の経営者の無能さや国民の甘えが如実に表れています。
印南 敦史:作家、書評家
かたくなに動こうとしない日本という国を「どう動かすか、動かせるか」が問われている(写真:Alberto Masnovo/PIXTA)
東洋経済オンラインを愛読している読者の中にはご存じの人も少なくないだろう。『日本人の勝算』(東洋経済新報社)の著者、デービッド・アトキンソン氏は日本在住30年のイギリス人。現在は国宝・重要文化財の補修を手がける小西美術工藝社社長として、日本文化をサポートしている。
そのような立場から、アトキンソン氏はこれまでにも自著を通じて日本の将来を案じてきたが、今回、その語り口にはこれまで以上の緊張感がみなぎっているようにも思える。その場しのぎの楽観論を唱えている場合ではない
人口減少と高齢化が進む日本には大変厳しい未来が待ち構えています。これは脅しでもなんでもなく、人口動態などのデータを冷静かつ客観的に分析すれば見えてくる、ほぼ確実な日本の未来です。
今すぐにでも対応を始めないと、日本は近い将来、三流先進国に成り下がることは確実です。いや、下手をすると、日本は三流先進国どころか途上国に転落する危険すらあるのです。(「はじめに 日本人の勝算」より)
ところが日本国内に蔓延しているのは、「今までの仕組みを微調整して対応すればなんとかなる」というような、その場しのぎの楽観論ばかり。危機感がまったく伝わらないからこそ、アトキンソン氏としても焦燥感を禁じえないというわけだ。
2019年10月に予定されている消費税の引き上げについても同じだ。その問題に関しては「社会保障の負担が重く、税収を増やさなければいけない。そのためには、税率を上げる必要がある」と説明されているが、それはアトキンソン氏の目には「固定観念にとらわれた、非常に次元の低い理屈」としか映らないという。
理由はいたってシンプルだ。日本の社会保障制度に関していえば、究極的には税率以前の問題だからだ。
たしかに、日本の消費税の税率が他の先進国に比べて安いのは事実です。しかし、そもそも消費税の課税対象となる消費、そしてそれを増やすために不可欠な日本人の所得をいかにして上げるかが、この問題の根本の議論であるべきです。それに比べたらたった2%の税率の引き上げなど、些末な話でしかありません。大きなパラダイムシフトが起きている以上、今までにない、もっと根本的かつ大胆な政策が求められているのです。(「はじめに 日本人の勝算」より)
いま求められているのは、これまでの常識から距離を取り、前提条件にとらわれずに解決策を見いだす思考だとアトキンソン氏は言う。そこで本書においてもさまざまな角度からこの問題に斬り込んでいるのだが、特に興味深いのは第5章「最低賃金を引き上げよ」から第6章「生産性を高めよ」につながる流れだ。第5章で「世界経済の成長が『生産性向上』に依存するようになりつつあるからこそ、最低賃金を引き上げれば生産性をつり上げることができる」ことを示したのち、第6章では、日本における「賃上げ」の重要性を説いているのだ。
根底にあるのは、人口減少・高齢化に対応するためには、全企業が賃上げに向かうことが不可欠だという考え方である。
問題は、経営者をどう動かすか
これからは高齢化によって、無職の人が激増することになる。つまり、彼らの年金を払う予算が必要になってくるわけだ。それだけではない。高齢者だからこそ医療負担も大きいため、その財源も必要なのである。
しかしその一方、給料をもらっている世代は激減する。だとすれば、その税負担のために生産年齢人口の給料を増やすことが必須となる。所得増加を実現するには生産性向上が必要条件であり、これが大きな政策転換になるということである。
具体的に計算してみましょう。社会保障に費やしているコストを生産年齢人口で割り、さらに年間平均労働時間(ここでは2000時間とします)で割ると、「1人・1時間当たりの社会保障費負担額」を計算できます。これは2018年には約817円でしたが、2040年には1642円となり、2060年には2150円にまで膨らみます(ここでは、2040年までに社会保障コストが190兆円まで膨らみ、その後横ばいとなると仮定しています)。今の最低賃金では、とても対応できません。(213ページより)
だが、悲観する必要はないとアトキンソン氏は言う。なぜなら、日本の人材評価は世界第4位と非常に高いのに、現在の生産性は著しく低いから。日本では、人材の潜在能力がまったく発揮されていないということだ。
日本の生産性はあまりにも低迷している期間が長く、他の先進国とのギャップが開きすぎている。よって、日本的経営や日本型資本主義、あるいは文化の違いを理由として正当化したり、ごまかしたりすることは不可能。これを解決することは日本にとって喫緊の課題だが、そこでの唯一の問題は、経営者をどう動かすかにあるというのである。
本来であれば、ここまで人材の評価の高い国であるならば、人材を上手に活かしさえすれば、大手先進国で最高水準の生産性と所得水準を実現するのも可能なはずです。にもかかわらず、現在の体たらくに、長年の人口増加が生み出した日本の経営者の無能さや国民の甘えが如実に表れています。