慶子は宮本の脚を開いたところに体を沈めると、舌と口を使って魔多羅神を崇め始めた。宮本は最初のとき、慶子のこの行為に驚いたものだった。妻の侑子にすら一度も求めたこともなければ侑子も求めなかった。だからそのとき、
「ぼくはこういうことをきみにして貰おうとは考えていない。なんだか男尊女卑というか女性を奴隷のように扱っている感じで嫌だな」
と、腹部に顔を置いていた慶子に言った。
「あーらヒンドゥ教の性典『カーマ・ストーラ』という本にも書いてあることなのよ。口性交という項目が詳しく書かれているわよ。男性と女性に分けて」
「そうなの。驚いたな」
「男女合体の悟りは完全なる即身成仏、ヒンドゥーではカーマ、愛と官能の歓びを謳歌することでしょ。そのためにはあらゆる手を尽くすべきなの」
慶子の説明でそれから以後の宮本は、慶子の行為に歓びを覚え、行為中の慶子の頭を両手で押し付けるほどだった。
慶子のそれは魔多羅神を崇め立てまつるというよりは、おしゃぶりに近かったが。
そして当然、宮本も慶子のシヴァ神の花園を崇め立つまつり、次に慶子が宮本の下半身に騎馬立ちして、疾駆する秘儀へと進行するのであった。
インドに着いてからは夕食はカレー料理ばかり食べている。三宮にもインド料理を食べさせてくれるところがあり、宮本はちょくちょく出かけていたので、カレー料理には慣れていた。
ホテルでの夕食は海老と野菜のマイルドな辛さのカレーにレモンライス、みじん切り野菜とヨーグルトを混ぜたサラダ、チャナ豆の香味野菜炒めをとった。アルコールは白ワインのフルボトルをオーダーした。
「カレー料理は悪酔いしないからね」
宮本は慶子のグラスに注いで言った。
「私も体の調子がいい」
「昼間の秘儀は烈しかったな」
「ほんと?」
「カーリ女神や托枳尼の土地だから、霊能に感応するのが強いかも」
「あなたの魔多羅神様もパワーがひときわ強力になってる」
「そんな感じがする。ぼくは魔多羅神を自覚したから日本でも元気だけど、〈これ〉をペニスとしか認識しない日本人は、早晩インポテンツになる。ぼくの病院でもまだ二、三十代の男が相談に来る。勃起しないのは精神的におかしいのではないかと。たしかに欝症でなくても競争社会でストレスを溜めていると、元気を喪失するね」
と言って、宮本は慶子に〈それ〉を握らせようと思ったが、ここがレストランであることに気付いた。
宮本は近頃、頭の中が空白になることがあった。
「女性も同じだと思う。私には『理趣経』への悟りがあるから問題ないけど」
「魔多羅神が全人類救済の哲理、秘儀となる深遠な何かがインドにはある筈だ。一回訪問したくらいでは見つからないだろうが、二人でそれを見つけよう」
「ええ。もしかしたら秘儀というのは山岳地帯で護られているかも。高野山や比叡山のことを考えると」
「あるいは。だけど今回の旅も無駄ではないよ」
「そりゃそうよ。あなたとこうやって美味しいお料理を食べて、毎晩過ごせるだけでも」
「今夜もう一度秘儀をしよう」
「ええいいわ」
慶子は瞳を蠱惑的に輝かした。
その夜も二人は早めからベッドに潜り込み、衰えることなく果てしない秘儀に、それはまるでインドのエロスを司る秘儀の神々が、ベッドの廻りに馳せ参じてきたかのようであった。宮本は行為の最中に、仏陀の涅槃図を思い起こしていた。あのときも沙羅双樹の元に弟子やらなにやらが馳せ参じた。慶子は『理趣経』十七清浄句のCDを持ってきていた。性の祭の効果はなん増倍にもなった。二人は途中で休憩をとりながら、何度も繰り返した。真の随喜、歓喜、法悦境は、沙羅双樹の涅槃図そのものの極楽であった。何度も死に、そして再生した。そのたびに二人は若返り、無垢な稚児の世界へと向かった。
知識、教養、虚飾、地位も名誉も金銭も財産も必要としない、極楽三昧の境地であった。「あまねくすべてを照らすもの、大日如来と一体になったのね」
濡れ羽色にしっとりとなった髪の慶子は、額に汗を浮かべ、うっとりとした表情で、こう囁くのだった。
宮本は、慶子の甘い囁きに魔多羅神、シヴァ神、カーリ女神や托枳尼も大日如来そのものであり、ああこれが胎蔵界、金剛界かと、二つの曼陀羅が眼に浮かび、慶子と最初に出逢ったときの、二月の霊宝館の一室の冷気と光景を懐かしむのだった。
この先何が起ころうと、二人は手を握り合って、いや交合の法悦境で、極楽往生することを疑うことはなかった。男と女、地球上の原点はこのことだけなんだ、宮本がそう呟くと、慶子が、それ何? と宮本の胸に乳房を押し付けてのし掛かってきた。
「インドの人たちを見ていると、酷熱の地に男と女がいて、生きて死ぬ、ひとの生涯とはそれだけのことなんだと思ってしまう」と言った。
「そうね、大日如来は十七清浄句のあとにこうも教えておられる――なにがゆえに、これらの欲望のすべてが清浄なる菩薩の境地となるのであろうか。これらの欲望をはじめ、世のすべてのものは、その本性は清浄なものだからである。ゆえに、もし真実を見る智慧の眼である般若を開いて、これら一切をあるがままに眺めるならば、あなたたちは真実の智慧の境地に到達し、すべてみな清浄でないものがないという境地になるであろう――」
と、慶子は言い、自ら頷くと、宮本の直立不動の魔多羅神を熱い掌に包み込んだ。
「そうなの。明日はコモリン岬のカニャークマリね」
「どの辺り?」
「インド最南端。ベンガル湾、インド洋、アラビア海の三つの海が出合うところ。素晴らしいと光景だと思う。それにヒンドゥーの人たちにとっては、有数の巡礼地の一つなの」
「六時間掛かるのだったな
「それくらい。バスで行きますか」
「それもいい」
翌朝になると元気旺盛な二人は、インド人の聖地参詣と外国人観光客の混じったバスでコモリン岬に向かった。クリスマス・イヴだった。
マドゥライの市街地を抜けると、基本的にはタール色の路上、脇にレンガ色の平らな地面と紺青の海、それに淡雪のような雲を棚引かせた水色の空が、二人の前に延々と続いているだけだった。
インドの道路は舗装が薄いのか、日本の高速道路並とはいかない。表面が剥がれていて、助手席に乗っている宮本の体はドスンと何度も突き上げるように揺れた。だが炎天下を歩くことを思うと、車内はクーラーも効いていてずっと快適である。
途中から日本でもお馴染みの風力発電の翼が、これもまた百碁、二百碁と続いていた。
「これだけ多いと壮観な眺めだな」
「タミール・ナドゥ州の電気を賄っているの」
と、慶子は説明した。
「ぼくはこういうことをきみにして貰おうとは考えていない。なんだか男尊女卑というか女性を奴隷のように扱っている感じで嫌だな」
と、腹部に顔を置いていた慶子に言った。
「あーらヒンドゥ教の性典『カーマ・ストーラ』という本にも書いてあることなのよ。口性交という項目が詳しく書かれているわよ。男性と女性に分けて」
「そうなの。驚いたな」
「男女合体の悟りは完全なる即身成仏、ヒンドゥーではカーマ、愛と官能の歓びを謳歌することでしょ。そのためにはあらゆる手を尽くすべきなの」
慶子の説明でそれから以後の宮本は、慶子の行為に歓びを覚え、行為中の慶子の頭を両手で押し付けるほどだった。
慶子のそれは魔多羅神を崇め立てまつるというよりは、おしゃぶりに近かったが。
そして当然、宮本も慶子のシヴァ神の花園を崇め立つまつり、次に慶子が宮本の下半身に騎馬立ちして、疾駆する秘儀へと進行するのであった。
インドに着いてからは夕食はカレー料理ばかり食べている。三宮にもインド料理を食べさせてくれるところがあり、宮本はちょくちょく出かけていたので、カレー料理には慣れていた。
ホテルでの夕食は海老と野菜のマイルドな辛さのカレーにレモンライス、みじん切り野菜とヨーグルトを混ぜたサラダ、チャナ豆の香味野菜炒めをとった。アルコールは白ワインのフルボトルをオーダーした。
「カレー料理は悪酔いしないからね」
宮本は慶子のグラスに注いで言った。
「私も体の調子がいい」
「昼間の秘儀は烈しかったな」
「ほんと?」
「カーリ女神や托枳尼の土地だから、霊能に感応するのが強いかも」
「あなたの魔多羅神様もパワーがひときわ強力になってる」
「そんな感じがする。ぼくは魔多羅神を自覚したから日本でも元気だけど、〈これ〉をペニスとしか認識しない日本人は、早晩インポテンツになる。ぼくの病院でもまだ二、三十代の男が相談に来る。勃起しないのは精神的におかしいのではないかと。たしかに欝症でなくても競争社会でストレスを溜めていると、元気を喪失するね」
と言って、宮本は慶子に〈それ〉を握らせようと思ったが、ここがレストランであることに気付いた。
宮本は近頃、頭の中が空白になることがあった。
「女性も同じだと思う。私には『理趣経』への悟りがあるから問題ないけど」
「魔多羅神が全人類救済の哲理、秘儀となる深遠な何かがインドにはある筈だ。一回訪問したくらいでは見つからないだろうが、二人でそれを見つけよう」
「ええ。もしかしたら秘儀というのは山岳地帯で護られているかも。高野山や比叡山のことを考えると」
「あるいは。だけど今回の旅も無駄ではないよ」
「そりゃそうよ。あなたとこうやって美味しいお料理を食べて、毎晩過ごせるだけでも」
「今夜もう一度秘儀をしよう」
「ええいいわ」
慶子は瞳を蠱惑的に輝かした。
その夜も二人は早めからベッドに潜り込み、衰えることなく果てしない秘儀に、それはまるでインドのエロスを司る秘儀の神々が、ベッドの廻りに馳せ参じてきたかのようであった。宮本は行為の最中に、仏陀の涅槃図を思い起こしていた。あのときも沙羅双樹の元に弟子やらなにやらが馳せ参じた。慶子は『理趣経』十七清浄句のCDを持ってきていた。性の祭の効果はなん増倍にもなった。二人は途中で休憩をとりながら、何度も繰り返した。真の随喜、歓喜、法悦境は、沙羅双樹の涅槃図そのものの極楽であった。何度も死に、そして再生した。そのたびに二人は若返り、無垢な稚児の世界へと向かった。
知識、教養、虚飾、地位も名誉も金銭も財産も必要としない、極楽三昧の境地であった。「あまねくすべてを照らすもの、大日如来と一体になったのね」
濡れ羽色にしっとりとなった髪の慶子は、額に汗を浮かべ、うっとりとした表情で、こう囁くのだった。
宮本は、慶子の甘い囁きに魔多羅神、シヴァ神、カーリ女神や托枳尼も大日如来そのものであり、ああこれが胎蔵界、金剛界かと、二つの曼陀羅が眼に浮かび、慶子と最初に出逢ったときの、二月の霊宝館の一室の冷気と光景を懐かしむのだった。
この先何が起ころうと、二人は手を握り合って、いや交合の法悦境で、極楽往生することを疑うことはなかった。男と女、地球上の原点はこのことだけなんだ、宮本がそう呟くと、慶子が、それ何? と宮本の胸に乳房を押し付けてのし掛かってきた。
「インドの人たちを見ていると、酷熱の地に男と女がいて、生きて死ぬ、ひとの生涯とはそれだけのことなんだと思ってしまう」と言った。
「そうね、大日如来は十七清浄句のあとにこうも教えておられる――なにがゆえに、これらの欲望のすべてが清浄なる菩薩の境地となるのであろうか。これらの欲望をはじめ、世のすべてのものは、その本性は清浄なものだからである。ゆえに、もし真実を見る智慧の眼である般若を開いて、これら一切をあるがままに眺めるならば、あなたたちは真実の智慧の境地に到達し、すべてみな清浄でないものがないという境地になるであろう――」
と、慶子は言い、自ら頷くと、宮本の直立不動の魔多羅神を熱い掌に包み込んだ。
「そうなの。明日はコモリン岬のカニャークマリね」
「どの辺り?」
「インド最南端。ベンガル湾、インド洋、アラビア海の三つの海が出合うところ。素晴らしいと光景だと思う。それにヒンドゥーの人たちにとっては、有数の巡礼地の一つなの」
「六時間掛かるのだったな
「それくらい。バスで行きますか」
「それもいい」
翌朝になると元気旺盛な二人は、インド人の聖地参詣と外国人観光客の混じったバスでコモリン岬に向かった。クリスマス・イヴだった。
マドゥライの市街地を抜けると、基本的にはタール色の路上、脇にレンガ色の平らな地面と紺青の海、それに淡雪のような雲を棚引かせた水色の空が、二人の前に延々と続いているだけだった。
インドの道路は舗装が薄いのか、日本の高速道路並とはいかない。表面が剥がれていて、助手席に乗っている宮本の体はドスンと何度も突き上げるように揺れた。だが炎天下を歩くことを思うと、車内はクーラーも効いていてずっと快適である。
途中から日本でもお馴染みの風力発電の翼が、これもまた百碁、二百碁と続いていた。
「これだけ多いと壮観な眺めだな」
「タミール・ナドゥ州の電気を賄っているの」
と、慶子は説明した。
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