いつ頃から始まったのか?
多分78歳になったころかなと思う。
何かの機会に私って頑固者だったんだとふと悟った。
勿論、そう思ったときにの私は頑固だったのだ。
そういえば、昔からそうだったと、つまりそれは私の一部だったと、そのとき初めて認識したということだ。
それ以来、今の私と昔の私を峻別してみる自分自身に気付いた。
私にとっては、流行の最先端は銀座だった。銀座四丁目だった。
もっと具体的にいえば三越銀座店だった。
松屋、松坂屋、三越と銀座通りを銀ブラすることだった。
銀座松坂屋が閉店し、デパートよりもパソコンや家電、デジタル製品などの販売店がより身近な存在になった。
そごうが閉店し、ビッグカメラになった。
それに伴い、銀ブラは、ビックカメラ有楽町店から銀座三越までをぶらりとすることに変わった。
本屋もある、アップルショップもある、最近ではユニクロもある。
意識したわけではないが、銀ブラルートになっていた。
コロナ禍が始まり、海外旅行もできなくなった。
そして、立派な高齢者になった。
銀座に出ると、若い人達しか見えない。疎外感を感じるようになった。
かれこれ1年になるかもしれないが、それ以来、1、2週間に1回は銀ブラをすることにした。
いつのころからか、銀座四丁目の角のあるカフェに立ち寄ることにした。
四丁目交差点が見えるところに席をとる。
若い人が行きかう様子を見ることに慣れた。
カフェ内も若い人たちが多い。
今は、銀座に溶け込んでいる自分を感じる。
・・・・・
高齢者の生き方に決まったものはない。
一人一人が、自分らしい生き方をすることしかない。
行きかう人々から、元気な街から、エネルギーをもらった。
生きるとは工夫をすることだ。
また、来週。