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小説「噛みつき猫/キジ・ジョンスン」(『霧に橋を架ける』所収)

2020年06月17日 10時50分00秒 | 猫の本

噛みつく犬は大変でしょう、とよく言われます。初めてのご依頼の場合、必ず事前打ち合わせをおこない、犬の性格や自分との相性を確認してからお引き受けするかどうか判断しますし、不安な時は一度、留守にしてもらってシミュレーションをおこなったりもします。いっぽう猫においても、噛んだり引っかいたりなど攻撃性のある子はいます。犬ほどには大けがにはなりませんが、そこそこの傷にはなりますし、最悪、作業ができないこともあります。それでも猫の性格から事前にお断りする、ということはありませんし、事前打ち合わせでは隠れて出てこなかったり、まさに「猫をかぶっている」猫もいます。だからこそ厄介ではあるのですが、ぶっつけ本番でなんとか作業をこなさなければいけません。なるべく猫に近寄らず、カバンでガードしながらお世話を済ませるようにしますが、どうにもならない場合には、掃除機など大きな音を出す機械をそばに置き、猫が近寄らないようにすることもあります。もちろん、極力猫にストレスを与えないように注意しながらではありますが。

なぜ攻撃性のある猫になってしまうのか。攻撃するのは怯えているのがたいていの原因で、それは育て方が悪かったせいだと言えば簡単ですが、そうとも言い切れないケースもあります。たとえば、ずっと人懐こかった猫なのに、人間がそばでくしゃみをした途端、怒って噛みつくことがあります。これは僕の同僚スタッフの実体験で、調べてみると他にも実例があるようです。くしゃみの音が猫同士の威嚇の声に似ているからだそうですが、真実はわかりません。他にも、ある時期から急に人を噛むようになって困っている飼い主さんもいます。人間と同様、動物にだって複雑な心中はあるでしょうから、それを完全に推し量ることはできません。きっとこう考えているのだろう、と想像するのが関の山です。

今回ご紹介する短編集『霧に橋を架ける/キジ・ジョンスン著・三角和代訳』の中の一編、「噛みつき猫」にも、題名どおり人に噛みつく猫が出てきます。
 いがみあい、いつも喧嘩ばかりの両親の元に暮らす三歳の少女セアラは、誕生日のプレゼントで猫を買ってもらいます。(そこからして間違っているのですが、ひとまず措いておきましょう。)シェルターで見かけた時から猫はセアラを噛み、にもかかわらず彼女はその猫を飼うことに決めます。コインのようなぶちがあることから、ペニーと名づけました。その後もペニーは兄のポールを噛み、母親にも噛みつきます。父親は噛みませんが、それは彼がペニーに手を出さず、遠くから話しかけるだけだからです。

ペニーはときおり、セアラも噛みました。それでも彼女はペニーについて回り、触れ合おうとするのをやめません。彼女は、ペニーが本当は怪獣だとわかっていました。〈とても大きくてあばれものでその気になればいつでも人を殺せる〉のですが、いまはたまたま猫の姿をしているだけ。〈でも、ペニーは自分が怪獣だということを覚えている。だから、いつでも怒っている。だから、みんなを噛む。〉そうセアラは思っているのです。

その後、両親は離婚し、セアラは父親と母親の家を行き来するようになります。常にいら立ちを隠さない母親に、セアラも穏やかではいられません。それでも、(三歳だから当然ですが)うまく感情をコントロールできず、セアラは叫び、手足をバタバタさせて暴れます。
 彼女はある日、なだめようと抱きしめた母親の腕に噛みつきます。母親はさっと腕を引き、怯えた表情を浮かべました。セアラはこれで、ますます人に噛みつきたくなります。そのシーンの記述には、はっとさせられ、同時にぞっとしました。
〈噛みつけば少なくとも、人はセアラに気づいてくれる。噛みつけば少なくとも、愛してほしいと思っても人に愛されない理由がわかる。〉

三歳の子どもだからわかること、共感できることがあるのかもしれません。とても短い一編ですが、動物の不可解性に少女の不可解性を絡めた、非常に面白い試みの小説となっています。

この短編集には他にも、動物の出てくる作品が多数収録されています。一回で終えるにはもったいないので、次回以降に分けてご紹介したいと思います。動物は出てきませんが、表題作も最高なんですよ!


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