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箔屋町だより

-ギャラリーこちゅうきょオフィシャルブログ-

読書回顧2016

2016年12月28日 | ブログ

僭越ながら、「官庁御用納め」にあやかり、壺中居と当ギャラリーは本日正午をもって、本年の営業を終了いたしました。このところ、ご面晤する各位様からは、「今年はアッという間に感じた…。」とのご感慨を、老若男女を問わずに、少なからず伺いました。おそらく、熊本の大震災をはじめ、全国各地で天変地異があり、内外で椿事が多発したところから、自然、慌ただしい2016年となってしまったのかも知れません。

来る新年は大晦日まで、椿事・悲報に接することがなるべく無いようにと、我が無力をかこちつつ、ひたすら祈るばかりです。

今年も、通勤途上の電車内、就業直前までの喫茶店、就寝前の我が陋屋の片隅が、主要な「書斎」であったこと、変わりはございませんでした。

この1年間に通読した、書籍の備忘録を改めて点検しますと、昨夜までに読了したものは全22種ですので、読書家の端くれにも何にもなりません。それでも、永年懸案であった種々の書物に挑んでは、円満に読み通すことが叶いましたので、「マア、こんなものだろう」との素直な感慨と諦めに浸るものです。

さなきだに、偏狭傾向の強い読書範囲ですが、なるべく内外の古典に広く親しみたい気持ちは相不変強いものです。先回ご紹介しましたように、大先達の佐久間幸子様からの親身なアドバイス、ご教導に眼を開き、「訳注、脚注、補注は飛ばして、分からないなりに読み進むこと」を意識した結果、年頭の予想から相当前進した結果を得ることが出来ました。改めて、佐久間様のご厚意に深く感謝を捧げるものです。

恒例の(?!)我が読書体験2016年版のベストを、以下、恥を忍んで綴ってみましょう。順位はございません。

1.鳥居民  『昭和二十年』(草思社文庫 全13巻)

上京した年(1985年)に単行本が刊行開始され、相当の評判を呼びました。爾後、2016年までに13巻まで継続しましたが、著者の死により、遂に未完に終わりました。文庫版は2014年から足掛け2年で全巻が上梓され、刊行毎に読み進めてきました。完結したとすれば全30巻以上になったでしょうか。実にユニークな視点に立った方法論による、個性的史論と言えまして、新知見を沢山見出しました。ところが、後半は著者の論調に、推論・憶測・重複が目立ち、相当の違和感と疑問を随分と感じたことも否定出来ません。大変な労作とは云条、両手を挙げて激賞・推奨しがたいものです。それでも、優れて勁(つよ)い筆力に学ぶべき点が少なくありません。実に不思議な読後感に浸った好例となりました。

2.アブー・ハーミド・ガザーリー  『中庸の神学』(中村廣治郎訳、平凡社東洋文庫)

以前から気にしていた、イスラーム神学の頂点のひとり=ガザーリー(1058-1111)の著作を初めて手にして、読了後、無限の感激感銘を抱きました。『誤りから救うもの』、『中庸の神学』、『光の壁龕』、以上収録された全3篇のうち、『誤りから~』にはとりわけ感動いたしました。当時の中東の首都・バグダードのニザーミヤ学院長(いまの日本でいえば、さしずめ東大総長+文部科学大臣の如きか?)の地位を投げ捨て、世俗の名誉と家族の絆を断ち、隠遁生活に入った著者の回顧録です。あたかも『方丈記』の鴨長明を彷彿とさせる、隠者の「魂の遍歴の記録」といえましょう。脱俗することの困難さも率直に綴られていますので、宗教・民族・地域・時代の壁を超越した、赤裸々な告白の真摯さに、文字通り圧倒されました。不滅の古典の名に恥じない見事な作品です。中村先生の訳注・訳文も、大変に丁寧で読み易いもの。再読、三読したいものです。

3.劉義慶 『世説新語』(井波律子訳、平凡社東洋文庫全5巻)

魏晉南北朝(劉宋)期に生きた著者が、後漢~東晉時代の王族・貴族の世界を、多方面から活写したもので頗る面白い。「竹林の七賢」の実像をはじめ、人間の営為、一方では美しく麗しい美点と、また一方では眼を覆いたくなる惨劇、権謀術数、愚かさ=汚点が、これでもかこれでもかと展開されて、全く飽きることがありません。「人間模様の大百科事典」の観がいたします。まったく、古代中国人のしたたかさ、懐の深さを思い知らされまして、大いに勉強になりました。碩学・井波先生による訳文は平明かつ丁寧で、訳注のバランスも大いに結構です。相当の大部ですが、一気呵成に通読出来ました。読み易いかたちで上梓された平凡社に、最大の賛辞を送るものです。 

4.『エリュトラー海案内記』(蔀勇造訳、平凡社東洋文庫全2巻)

A.D.1世紀のギリシャ語圏の無名著者による、紅海~アラビア海~ペルシャ湾~インド洋航海の案内記で、歴史学的にも、地理学的にも、民俗学的にも多大の貴重な資料に満ちた本書ですが、蔀先生による渾身の大訳業でもあります。これは凄い仕事だ!。イスラーム地域交流史の権威・家島彦信先生のお仕事は大尊敬に値するものですが、蔀先生のそれは、また格別の厳しさと、「ときめき=学問をする悦び」に満ちたものと言えましょう。本文の20倍ぐらいの訳注+参考文献目録+解説に、まず度肝を抜かれましたが、懇切丁寧で、それはそれは読み応えと説得力が抜群、読後に無尽蔵の満足感を覚えるものです。まったくもって、最大級の尊敬を訳者に捧げるものです。

5.マルセル・プルースト 『失われた時を求めて』(井上究一郎訳、ちくま文庫全10巻)

先回綴りましたが、目下、静かなプルースト・ブームの渦中にあるかと感じます。私的には、「プルーストといえば井上先生」です。満を持して、4箇月かけて通読しました。これはやはり、後世に残る名訳=大訳業かと信じるものです。訳注の配慮も万全ながら、全くもって見事(美事)な日本語の文章ですので感嘆措く能わず、脱帽しました。難解晦渋で鳴る本書ですが、虚心坦懐に向き合った結果、面白いことこの上ありません。一方で、多感な青少年期に無理して挑まなくて、本当に良かったと唸るほど、不健全な描写に事欠きません。それでも、悲劇と喜劇とが重層的に交錯し、展開するプロットは比類がなく、やはり、偉大なる古典と称すべき普遍性を放射するものかとみました。有名な「時間の破壊作用」等々、今後の私儀にも避けて通られないテーマも、つくづくと身に沁みました。

6.『太平記』(兵藤裕己訳注、岩波文庫全6巻)

戦後のGHQの文部行政方針に乖離するものとして、実に永い年月の間、太平記の原文を手軽に読むことが出来ない禁忌(タブー)状況が続きました。西源院本によるこの岩波文庫版も、全巻完結まで時間がかかりましたが、それでも読み易いかたちで入手出来ますので、全くありがたい次第です。保元物語、平治物語、平家物語、東鑑などとはまた一味違うものゆえに、通読中は興趣が尽きませんでした。日本史に本来疎い私儀でも、通読の障礙は微塵も感じられないほど、実にリズミカルな文体に、まず驚きました。有名な事件と人間模様の描写はやはり面白い。また、中世日本人の死生観が明快に得心出来ました。この方面=南北朝時代史に大いに関心が高まって参りました。折をみて、頼山陽の『日本外史』の該当部分を参照したく存じます。各巻末の兵藤氏による解説も読みごたえがあり、大いに参考になりました。

加齢とともに、読書のペースは漸次落ちることかと嘆くものです。それでも、1年間読書を楽しめると仮定するならば、来年は『ラーマーヤナ』、『源氏物語』(原文で)、詩聖・杜甫の全作品、三国志、モンテーニュ『エセー』の再読に挑みたいと考えております。読書の方面でも、ますます新知見を得たく存じますゆえ、皆さまのご教導を願ってやみません。

この1年間、皆さまには陰陽さまざま、沢山のご高恩ご厚意を頂戴し、感謝の言葉が見つかりませんが、衷心より深く御礼を申し上げます。

良い酉年をお迎えください。(by kiyo)

 

 


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