箔屋町だより

-ギャラリーこちゅうきょオフィシャルブログ-

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まつやまをぐな-2

2018年06月09日 | ブログ

昨8日(金)から、2年ぶりの日枝山王神社様の例大祭が執行されています。明日10日(日)の宵まで、日本橋界隈は、厳粛な裡にも明るく賑やかな「ハレ」の舞台として、昨年のいま時分とは面目を一新した感がございます。

都下の日枝山王様の氏子は極めて多く、そのエリアも相当広域にわたります。町内各々、揃いの袢纏・法被・浴衣等に身を包み、祭礼に参加される光景は、部外者である私儀から見ても、実に清々しく、好感の持てるものです。

4月来、公私ともに用事が少なくなく、大遅刻の果てに本ブログを綴っております。私儀には「重病説」も一部ささやかれているとのこと、仄聞しましたので、それをここに謹んで否定しつつ、ご心配をおかけしたことを深くお詫びを申し上げます。

一昨日、旧友で松山在の陶芸作家・石田誠君が上京し、当ギャラリーに表敬訪問されました。実に3年ぶりの再会となり、私儀には日頃の疲れを忘れさせる「癒しのひととき」となりました。

随分以前に、「まつやまをぐな」の題下でご紹介したごとく、石田君とは四半世紀以上のつきあいとなります。良い意味で「腐れ縁」だねと二人して苦笑するのですが、いずれにしても、ごく自然体で友情を深めつつあることに間違いはなく、このたびも時間の許す限り、腹蔵のない会話=交流を試みることが叶いました。

久しぶりに面語した同君とは、1歳違いの同世代人ゆえに、話題の選択、話の展開もスムースである筈なのですが、今回大いに驚いたこと、それが彼の人間的成長ぶりの目覚ましさなのでした。

この3年のうち、家族が増えて、家長としての責任の自覚が自ずと増したとは本人の弁ですが、それ以上に、進歩=進化=深化の痕跡が、私のボンヤリした眼に鮮明に映じるのです。

彼との会話では、自分の仕事の現状と、今後への展望に当然話題が向いて、相当真面目で深刻な内容となります。今回も例外ではなく、産地に生きる陶芸家の悩みを吐露しつつも、あくまで基本を守り、それを基軸にして自分の技法と美意識を磨いてゆくのだと云う決意を、淡々とした、そしてユーモアとエスプリを交えた「石田節」で聞かせてくれました。

万葉時代からの由緒あることば=をぐな、すなわち「健男児」として、それも大人の健男児として、彼の言動と姿とが、私の眼には大いに頼もしく映ったこと、誇張ではありません。

また、わざわざ持参して恵投してくれた、新作の「青デルフト碗」、これを手に取り、つくづくと拝見する裡に、彼の作陶自体も確実に発展し、自家薬籠のものになりつつあることよと、改めて同君に惜しみない拍手を送ったものでした。

私が常に意識し、石田君をはじめ、若い作家の諸氏に伝える言葉、それが「目に見えない足腰の強化」と云う概念です。全く幸いなことに、石田君は彼なりの哲学を保持しつつ、私のこのコンセプトを理解してくれています。上述のデルフト碗は、数年前に手にしたそれよりも、足腰がしっかりしていました。嬉しい限りとはこのことでしょう。

その彼の新作展が、都下・北千住の某ギャラリーにて目下開催されています。明日は幸い休暇が取れましたので、家内と二人して表敬訪問し、実作品の進化=深化の具合を、実際に手にし目にして確認したいと、楽しみにしております。(by kiyo)

 

 

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ばいもの花咲く頃

2018年03月28日 | 

皆さま こんにちは

「ばいも」の花咲く頃となりました。

世間では桜の花見がにぎわっていますが、桜以外にも花の見頃が次々とやって参りました。

「ばいも」は貝母と書くのですが、なぜ「貝の母」なんだろうという疑問がようやく解けました。

釣鐘状の花の形状ではなく球根の形状から名付けられたそうで、クルっと丸い貝が二枚向き合ったような形をしているとの事。

母なる球根が貝みたいなので「貝の母」となるんですね。

なるほど~

名付けた人の感性の深さに思わず唸ってしまいました。

貝母を下さいましたK先生の奥様、ありがとうございます。

とてもキレイに咲いて楽しませて頂いております。

O子

鉄花器/坂井直樹

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アートフェア東京2018開催です

2018年03月10日 | 展覧会

皆さまこんにちは。

春の一大アートイベント『アートフェア東京2018』が東京国際フォーラムにて始まりました!
今年も古美術、近代美術、現代アートとバリエーションに富んだ展示会となっています。
https://artfairtokyo.com/

弊社ギャラリーこちゅうきょでは『畠山耕治「聖なるもの」展』を開催しています。





鋳造による青銅作品は鉾先や剣をイメージさせるような形態で、今回の展覧会ではそんな静かに佇む作品の表情やディテールをご覧いただけましたら幸いです。

ちなみに展示は日本の伝統的な陣形「鶴翼の陣」をイメージしています。

青銅に内在する成分が先生の自家薬籠中の物とされる技法によって、深い色彩として表層に現れてくる様子はとてもクールで、悠久の時間を越えて現れたような雰囲気を感じました。

当展覧会は4月にさらに点数と種類を増やし、日本橋の店舗にて展示をいたします。
http://www.kochukyo.co.jp/G_Ten.html

プロローグ展示となるアートフェア会場もぜひご高覧下さい。
会期は~3月11日(日)17時までです。
入場料:3500円

※ギャラリーこちゅうきょのブースナンバーは「N41」です!

皆さまのお越しを心よりお待ちいたしております。

O子

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主題と変奏

2018年02月24日 | ブログ

二十四節気「雨水」を過ぎ、三寒四温のもと日脚は着実に伸びてきました。一方で、風邪と感冒が猛威を極め、我が社内とお取引関係諸氏も例外ではなく、その予防にピリピリと余念がない毎日です。

今月は想定以上の多忙を極め、ようやく大遅刻の本ブログを綴っております。

3月第2週に開催される「アートフェア東京2018(AFT2018)」と、4月下旬に開催予定の「東京アート&アンティーク2018(TAA2018)」との準備が重なりました。前者は目下その最終準備段階の真只中、後者は冊子とMAPとポスターの、これまた最終段階に入りまして、私儀の眼はクルクルと回らんばかり、1日28時間であれば…、とため息をつきつつ、エンジン全開状態を保っております。

TAAのことは、過去何度か、その運営の在り方と実情とを紹介しました。今回の冊子、MAP、ポスターは、我々の「同志」でデザイナーのO女史のご尽力のお蔭で、過去最高水準の出来栄えになるかとみます。AFT2018の有楽町会場にて、先行的にお披露目の予定で、順次お客様各位にご納品をいたします。いまから大いに楽しみにしています。

AFT2018に眼を向けますと、当ギャラリーは2011年以来連続8回目の出店=出展となります。前回に引き続き、私儀が企画担当いたします。

基本的に1年強の準備期間のもと、現代金属造形美術(金工)の第一人者、畠山耕治先生(1956年生まれ)の最新作全12点をご紹介することになります。

昨日、HP上にて、その総特集を公開しました。ぜひアクセスしてみてください。

畠山先生の最新作を初めて弊社で扱ったのが2007年のこと。AFT2011でのグループ展方式上でのプロデュースを経て、2012年に2度目の個展をお手伝いしました。10年以上のお付き合いのうちに、同先生との絆を自然体で深めさせてきました。

同先生と面悟しますと、いまの金工の在り方はもとより、ご自身のお仕事の将来のことに、当然話題が及ぶのですが、ずいぶん以前に「神聖なるもの」というテーマ=主題を思いつきまして、先生に諮ってみました。非常に難しくも、研究しがいのあるテーマであるし、ちょっと考えてみようとの、大変好意にあふれ、かつは真摯なご感慨を漏らされました。

そのテーマ研究の一端として、「神聖なるうつわ」=「聖杯」の基礎研究と試作とに取り組まれまして、上記AFT2011にて初めて発表すること叶いました。各方面から、想像以上の好反響を賜りまして、先生と当ギャラリーとの面目が立った次第です。

ところが、その節の「試作品」には、先生も私儀も、実は満足しておらず、「いつの日かきっと、先生も納得され、周囲をアッといわせる聖杯の傑作をプロデュースして、世に問うてみたい!」と2人して意見が一致しました。

爾来、「神聖なるもの」というテーマ=主題の研究は孜々として怠りなく、いまに至るまで継続しています。

今回の「聖なるもの」全12点は、2013年にやはり初めて制作を試みた「紙刀=ペーパーナイフ」が基本軸の重要なファクターとなっています。

基本形態は大いに近似していますが、その裡に先年来の主題「神聖なるもの」の研究成果=精華の精神が込められて、それが自ずと放射して、観る者に深刻な、良い意味で深刻な衝撃と感動とをもたらすものと確信いたします。

いわば、メインテーマ=主題を時間をかけてヴァリアント=異版、すなわち「変奏曲」を展開する恰好ともなりました。

クラシカル音楽を愛する私には、「主題と変奏」曲が年来無視出来ません。

私がとりわけ愛聴する

1.エルガー『エニグマ変奏曲』(1899年)

2.プロコフィエフ『交響曲第2番ニ短調」(1925年)※これは第2楽章が「主題と変奏」形式を取った独創的なアイデアの結晶といえる。

3.コダーイ『ハンガリー民謡「孔雀」の主題と変奏曲』(1939年)

この3つの名曲を改めて聴き直していますが、音楽と美術の世界は全く無縁ではない!と確信しました。

ひとつの主題を永年温めて研究を継続し、一定の満足基準を満たす作品(この場合は試作品でも構わない)を適度な間隔を置いて発表すること。ギャラリストの端くれとして、理想のひとつに掲げる概念です。

今回のAFTはその意味でも大いによい機会と試金石となることでしょう。

ぜひ、ご注目ください!(by kiyo)

 

 

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異彩を放つ博物館-8

2018年01月13日 | ブログ

謹んで寒中のお見舞いを申し上げます。文字通り寒のさなかで、例年以上に厳しい寒気が、日本列島を蹂躙する毎日です。東京都下も例外ではなく、日本橋界隈はビルの谷間、日陰などではブルブルと震えが収まりません。体調管理には、より一層万全を期すこと、いうまでもございません。

それでも、自宅界隈の民家の植栽=梅の木の蕾は日ごと着実に膨らんで来ましたし、日脚もゆっくりですが伸びているのが実感されます。

この正月の松の内は、喪中の身ゆえに、諸神社仏閣さまへの初詣は遠慮しました。それでも「自宅軟禁」の必要は原則ありませんので、2日の午後に、陋屋からほど近い「旧古河庭園」に散歩を試みました。昨年の同日にも同地を訪れて、コンドルの洋館前の芝生の特設ステージで「江戸神楽」の実演を楽しみました。

今回も好天のなか、洋館を眺めて、バラ園~日本庭園を逍遥しようかとボンヤリ考えていたのですが、普段は立ち入れない洋館の中に人気(ひとけ)を感じましたので、直感が働いて、同洋館の玄関を覗いてみました。

するとどうでしょう!1月2、3日の限定2日間で、同洋館のガイド付き特別見学会を催しているではありませんか!

過去、何度も訪れたこの庭園ですが、公益財団法人・大谷美術館が保持・管理・運営するこの洋館=古河虎之助(1887-1940)旧本邸のなかに入るのは、これが初めて。この絶好機を逃す理由はありません。家内と二人して、一人入館料¥800也を喜んで納めて、20分後の見学会のスタートを今か今かと待ちました。

結果的に言って、これはユニークな異彩を放つ好博物館=建築史博物館の珠玉のひとつといって言い過ぎではありません。近代日本建築の父=ジョサイア・コンドル Josaih Conder(1852-1920)の晩年、1917年竣工の「作品」が博物館自体を兼ねていますので、存在意義はすこぶる大、建築史に関心が薄い向きにも、十分に楽しめる空間=博物館です。

私どもを含めて総勢15人が見学会に参加しました。ガイドを務める大谷美術館の学芸員様のガイダンスと説明も上々で懇切そのもの。わかりやすく大いに参考になります。

それにしても、保存状態の良好なことよ、まず大いに驚きました。竣工~二つの大戦~GHQによる接収~返還~今日まで、無数の紆余曲折と試練を経ていますが、窓ガラス~調度指物~電気系統~水回り等々、オリジナルのものを極力生かして立派なレストアを施されています。実に見事なレストアの成功例だとみました。

いちばん驚いたこと、それが2階の空間でした。外観からは一切想像出来ない「和」の空間でして、しかも奇をてらわない、正々堂々たる立派な近代和建築の粋を目の当たりにして、感嘆の声を上げるのを忘れるほど、呆然となったものです。2階には洗面所と風呂場があり、基本的には立派に現代にも通用する機能を持つ好空間といえましょう。

館内は撮影が禁止されていますので、時間が許す限り、我が心眼のファインダー越しに、館内の様子とディテールを脳裏に焼き付けました。あっという間の、しかし有意義そのものの1時間となりました。

この洋館と性格がきわめて近い博物館に、トゥーゲントハット邸(チェコ共和国、ブルノ市、ユネスコ世界文化遺産)と、やはり都内の台東区立朝倉彫塑館が挙げられます。いずれも建物の内外自体がひとつの名建築=名作品で、その存在自体に無限の意義があるものです。

コンドルが残した作品=近代日本の名建築は上記の他に、三田・綱坂の三井倶楽部本館、品川・御殿山の三菱関東閣本館、お茶の水のニコライ堂など、現役で立派に機能する実例が皆無ではありません。

近未来的に、これら現存するコンドルの作品が、一括でユネスコ世界文化遺産に登録されれば良いが、と大いに希望するものです。推薦理由に不都合はないとみますし、賛同される向きも決して少なくはないと想像します。

新年のスタートに当たり、大いに満足する体験をしました。今年も異彩を放つ博物館、美術館に出会いたいものです。(by kiyo)

 

 

 

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