心の音

日々感じたこと、思ったことなど、心の中で音を奏でたことや、心に残っている言葉等を書いてみたいと思います。

SANYOキッズラグビーに小2の息子が参加しました

2004-12-26 18:28:59 | Weblog
 鹿児島県立鴨池陸上競技場には、約400人の生徒が集まったようです。息子は担任の先生とクラスメートに誘われての初参加でした。タグラグビーってやったこともないし不安だといいながらの参加でした。
 まずタグラグビーの簡単な説明があった後、タグを使った遊びやゲームがありました。鬼ごっこにラグビーボールが加わったような感じで、初心者でも楽しめたようでした。中にはボールを持たせたら、すいすいと相手を交わし、ほとんどトライまでこぎつけるような生徒もいて、びっくりしました。息子は惜しくもトライこそ取れなかったものの、相手のタグをいくつも取ったと、喜んでいました。
 最後に参加者全員に、ジャンケンにより参加賞が渡されました。息子は「三洋電機ワイルドナイツ」の赤い旗をもらいました。初めてでしたが、何事も体験することが大事だと思い、参加させました。タグラグビーを心から楽しんだようでした。
 ちなみにその後、小5の娘も、小2の息子もクリスマスプレゼントのベッドを買ってもらい、大喜びの一日だったようです。

恐るべき復讐心2-臥薪嘗胆のエピソード

2004-12-25 23:31:35 | Weblog
 「臥薪嘗胆」は「一度味わった屈辱を晴らしてやろうとして、苦心・苦労を重ねチャンスの到来をまつこと」(新明解国語辞典・三省堂)という意味の有名な故事成語ですが、もう少しそのエピソード具体的に書くとこういうことです。
 紀元前5世紀の中国、越王の句践(こうせん)との戦いに敗北した父王の仇(あだ)を忘れないように呉王の夫差(ふさ)が、ベッドに休むことをせず毎夜堅い薪(たきぎ)の上に寝て復讐心を燃やしたことが「臥薪」ですね。その後、その願いがかない、いよいよ今度は夫差が句践を追い詰めます。このとき句践は家来になるから命だけは助けてくれと願い出ます。句践は一命を助けられたものの、この時の苦い屈辱を忘れないように、苦い肝(熊の肝という説があります)を嘗(な)めることによってやはり復讐心をかきたてます。これが「嘗胆」です。そして遂に20年がかりで句践は夫差を滅ぼします。人間の怨念の恐ろしさと、いかにモチベーションを高める工夫をするかを教えてくれる話です。
 なお親子二代にわたって呉王に仕えた忠義な部下がいる(「恐るべき復讐心1」で書いた「死者に鞭打つ」のエピソードの人です)のですが、この人は越の国から賄賂をもらっている部下の讒言(ざんげん)により、夫差に自殺を命ぜられます。この時、「自分の目を抉り取って、都の東門に懸けてくれ。その目で、呉の国が滅ぶのを見てやる」と言って死にます。そういうことがあったので、夫差は「あの世で、彼に合わせる顔がない」といって、顔に布をかけて死んでいきます。
 信用できる人間と、信用できない人間をしっかり見分けることの大切さも語っています。「歴史は繰り返す」という言葉がありますが、私たちは、歴史や古典から多くのことを学びたいものです。

ホークスに一喜一憂この一年(川崎選手と家族との関わりを中心に)その8

2004-12-25 18:40:31 | Weblog
 8月30日の悪夢の日の翌々日から、子どもたちは2学期が始まり、忙しくなりました。しかし私たちの心の中には、モヤモヤしたものが残ったままでした。前から書いている通り、自分の病気の問題、それからホークスが身売り、あるいは合併するかもしれないという問題、井口選手など来年はいなくなるかもしれないという問題(メジャー志向だと知っていましたから)など、家族で今のチームを見るのは最初で最後かもしれないという思いがありました。妻に9月に行く気はないかと、恐る恐る相談してみると、妻もやはり見てみたいということでした。福岡ドームの印象がとても強かったのでしょう。
 早速子どもに話してみると、子どもたちは大喜び。しかし鹿児島から子ども連れで行ける日というのは限定されています。自分の仕事の事情とも照らし合わせて試合日程を見ると、18日土曜日の西武戦がよさそうでした。しかし大きく2つの問題がありました。
 一つはチケットの問題。さすがに9月の首位攻防戦ということで、チケットは完売していました。何かいい手はないかと、インターネットで調べてみると、定価よりかなり高い値段で売っているサイトを見つけました。4枚も買うとなると、かなり高額でした。そこでヤフーオークションで調べてみると、もっと安くで手に入るかもしれないと思いました。もちろん入札ですから、いくらになるかはわかりません。
 もう一つの問題はストになる可能性があるということでした。しかし1回目のストが回避されたので、望みがあると思い、思いきってオークションに入札しました。1塁側で内野席4つ続きというのはほとんどなかったので、どうしてもこれを落札しないともう行けないという状況での賭けでした。それからは数時間おきに、サイトを見る毎日。もう少しで落札するかと思った時、自分より高い値段で入札する人がいました。必死な私はすぐ、上の金額を入れました。それから落札直前までひやひやでした。結局、試合日の週の火曜日頃の夜中、落札が決定しました。やったーという思いで、しばらくは興奮して眠れませんでした。翌日、家族に話したら、再びみんな大喜びです。お金を振り込み、本当にチケットが送付されるか不安だったのですが、無事千葉の方よりチケットが届き、あとは再び台風と、ストのみが心配の種でした。(続く)

「デキる人間」と「デキない人間」の違い

2004-12-25 08:13:38 | Weblog
 小泉十三氏によれば、「頭の良さ」と「習慣」の違いによると、その著「頭がいい人の習慣術」で、書いています。仕事を効率良く進めるためには、「頭の良い考え方」や「頭のよい仕事の進め方」を完全に自分のものにしておくこと、すなわち「習慣化」してしまうことが必要であると。
 例えば「どうすれば、もっとラクに仕事ができるか?」ということを考えつづける習慣ということです。世界の自動車王といわれたアメリカのヘンリー・フォードは、子どものころから、「どうすればラクができるか」を考えつづけた人間だったということです。学生時代には、馬車から降りなくても家の門が閉められる装置を作ったし、フォード社を設立してからは、工場内に部品供給ラインを作って、いちいち部品をとりにいかなくてもすむようにしたと。つまり、「どうすればラクができるか」というのは、発明や発見のもとであり、文明を進歩させる推進力になっているわけです。
 そういうことを常に考える習慣をもって、そしてそれを単なるアイデアにとどめるだけではなく、実行することが大事だと言えますね。

孫タクロースに感謝ー福岡ソフトバンクホークスに期待すること

2004-12-24 23:25:33 | Weblog
 まずは、新生ホークスが誕生したことを素直に喜びたいと思います。最近は毎年、身売り説とか、今年は合併とか野球意外の話が色々とあり、特に王監督をはじめ選手はもちろんのこと、我々ファンも落ち着かない状況が続いていましたから。孫社長が色々なアイデアや構想を持っているようですし、GM兼任の王監督
とともに、日本の球界を引っ張って行くような魅力のあるチーム・球団にしてほしいと思います。
 先ずは、地元(福岡を含む九州全体)に愛されるチームであってほしいです。そのためにも、実力があり、そしてファンを大事にしてくれる選手を取り、わくわくするエキサイティングな試合と、温かいファンとの交流を期待したいです。そしてアジアチャンピオンはもちろんのこと、ゆくゆくはメジャーのチームとも対等になるぐらいのチームにしてほしいです。
 次に、今までは鹿児島ではホークスの試合はほとんど見ることができませんでしたが、今年はブロードバンドで全試合見ることができるそうで、これは本当にうれしいです。ファンの拡大につながると思います。
 個人的には、昨年巨人に行った小久保選手や、今年メジャーを目指す井口選手を、いつかまたメンバーに加えてほしいという願望もあります。あと投手が今年は昨年と比べると、よくなかった印象がありますので、投手陣の頑張りを期待したいです。秋山2軍監督のもと、第2の川崎選手のような若手の発掘も期待したいですね。それと今度とる外国人選手もとても楽しみです。
 いずれにせよ、今年のホークスからは目が離せません。5ゲーム以上の差をつけ、プレーオフに進出し、そして日本一奪回を目指してほしいです。

ホークスに一喜一憂この一年(川崎選手と家族との関わりを中心に)その7

2004-12-24 17:34:55 | Weblog
 福岡ドームのバックステージツアーを体験して、「どうしても今日の試合が見たくてたまらない」状態になっていた私たち家族4人は、ショップに寄りました。息子は川崎選手のグッズなどを買いました。さらに気分も盛り上がり、シーホークに戻ると、「本日の試合中止」という最悪のニュースが私たちを待ち受けていました。福岡ドームの余韻を引きずっていた私たちは4人とも本当にがっかりでした。最高潮に盛り上がっていた私たちは、おいしい食事を目の前にして、おあずけになったような気分でした。
 聞いたところによると、日本ハムは前日デイゲームで、昨日のうちに福岡入りしていたとのこと。一方ホークスは前日ナイターで、今日移動予定とのことでした。しかしちょうど台風の影響で、交通機関がマヒしていたため、移動できずやむなく試合中止の決定をしたということでした。
 それからの我々はあわれでした。台風のため外出もできず、シーホークで台風のニュースを何とも言えない気分で見たりしながら、過ごしました。福岡ドームで試合が中止になるのは、数年ぶりとかいうニュースもありました。自分の病気のため、家族4人でもう見ることはできないかもしれないとか思い、運の悪さをのろいました。小2の息子は退屈しだして、我々をさらにイライラさせました。鹿児島の家はカーポートが飛びそうだという近所からの電話もあり、妻も泣きそうな気分でした。ただ一人小5の娘は比較的冷静でした。こうして初めての野球観戦は、福岡で台風のすごさを見ることに代わりました。
 試合開始の時間、6時頃になると、皮肉なことに雨はやみ、風もだいぶおさまってきました。もう外出も可能でした。ドームなので、試合は十分にできるのにと思いながら、天神に出てカラオケにみんなで行きました。「何で福岡まで来てカラオケよ」という気分でした。
 翌日(8月31日)は、台風一過でいい天気。今日は予定通り日本ハムとの試合が行われるなと思いながら、後ろ髪を引かれる思いで鹿児島に帰りました。明日は子どもたちの学校が始まるので、ナイターを見る
ことはできないのです。8月30日という日を取ったということが、こんなに最悪な結果を招いてしまいました。私のかねての行いが悪いからこうなったのでしょう。反省。(続く)

本、映画、音楽

2004-12-23 22:20:16 | Weblog
 JR西日本の名誉会長、村井勉氏(かつては、営業不振に陥ったマツダ、アサヒビールを立て直した実績があるそうです)は、大学を卒業して住友銀行に入社したとき、先輩の行員から、こんな習慣術を授けられたといいます。それは、「本をよく読むこと、映画を見ること、流行の音楽をよく聴くこと」だそうです。
 ある本でこのフレーズを見つけ、自分がかねて実践していることであったので、うれしく思うことでした。しかしただ「ヒット商品、ヒット映画、ヒット音楽」の情報に敏感であるだけではいけませんね。実際にそれを自分の目で見たり、使ったり、五感で触れてみて、ヒットの理由を知ったり、考えたりして、自分の仕事や人生に生かすことが大事だと思います。

ホークスに一喜一憂この一年(川崎選手と家族との関わりを中心に)その6

2004-12-23 12:12:04 | Weblog
 さて、台風接近のため明日の試合はあるかどうか微妙な状況です。シーホークホテルの外は風の音も強くなり、また何といっても試合のことが気になりとても眠れません。何回も起きてテレビの台風情報を見たり、明日の試合のことを想像したりしているうちに、やっと眠れましたが、ずっと気になっていたため、試合の夢を見たり、台風がそれて朝晴れたとか、台風で中止とかいう夢をみたりで、実際はほとんど眠れませんでした。前にも書きましたが、病気が発覚した私は、家族4人で野球観戦をする機会などもうなかなかないかもしれないという思いもあったのです。だから「どうか台風、それてくれ」という気持ちで一杯でした。「カーテンをあけたらお日様が」という願いはむなしく、朝、雨・風はいっそう強くなってきていました。
 二人の子どもたちも妻も心配しています。しかし小2の息子は、川崎選手のユニフォームを着ると朝からハイテンション。ロビーで今日の試合はあるかどうかと聞くと、まだはっきり分からないとのこと。朝食を取った後、とりあえず福岡ドームのバックステージツアーに参加することにしました。これは普段は見れない福岡ドームの舞台裏を体験できるというものです。最初に外野席から入りましたが、入った瞬間妻は、「うわぁー、きれい」と大変驚いていました。20年くらい前に、野球を見たところとは違いすぎるとため息交じりでした。外野席から内野席、そしていよいよグラウンドに下りました。人工芝は硬いというイメージを持っていたのですが、ここのものは意外と柔らかい感じがしました。そうでないと選手も思いきったプレーができないですよね。三塁側のダグアウトに入り、子どもたちはベンチに腰掛けハイポーズ。選手の気分になれました。ブルペン内を映し出すモニターや、電話もありました。尾花コーチが控え投手の状況を確認するために使っている様子を思い出しました。バックネットの前には、何と城島選手と井口選手と思ったら、観光地などによくある、写真を一緒に写す等身大の看板のようなものでした。ここでもパチリ。次は投球練習場。ダグアウトのすぐ近くにありました。選手が素振りをしたり、打撃フォームを確認したりするミラールームを見て、次に三塁側の監督の部屋。作戦会議用のテーブル付きでした。昨年は阪神の星野監督が座った椅子だという紹介もあり、多くの人が座り監督気分を味わっていました。次に選手用のロッカールームを見学。今日は新庄選手が使うのですよと紹介があると、単純な息子は大喜び。壁には選手が悔しくて蹴っ飛ばしたようなところもありましたよ。食事をする場所では、「巨人に行った元近鉄のローズ選手が好きだったメニューは何?」という質問が。すかさず妻「博多ラーメン」。見事正解でした。こうして福岡ドームの雰囲気を満喫した私たちは、どうしても今日の試合が見たくてたまらない状態になってしまったのでした。(続く)

遊ぶのは翌日から新しい人間になるためである。

2004-12-23 11:30:25 | Weblog
 昨日は、国際交流の会で知り合った友人との忘年会でした。堀場製作所の堀場雅夫社長は「社員同士で群れている時代は終わった」としたうえで、「他社、他業種の人間と分け隔てなく交流できる人間が、より多くの情報を得ることができる」と言っていますが、職場の人たちと飲むのとは、違った刺激がありとても楽しい会でした。友人の徳田さんに心から感謝です。 
 この方は自分より10歳ほど上の方で、私と付き合うことには商売上のメリットなど何もないはずですが、本当に他人のことを思いやってくださる方です。それが自然と伝わって来ます。明るく話題も豊富で、周りの人を常に和ませるその温かい人柄は、一つの自分の目指す姿でもあります。会うといつも楽しい愉快な気持ちになれ、元気をもらえます。このような友人を本当に大切にしたいと思います。
 元NHKのアナウンサー鈴木健二氏は、NHK時代、ふだんは仕事に心身を奪われて「遊ぶ」時間など全くなかったそうですが、年に2回ほど盛大な飲み会を催したそうです。その時は仕事の「し」の字も口にしてはならないという暗黙のルールがあり、そのルールにのっとって、自分の趣味、映画、本、社会問題、人生などあらゆることを語り明かしたということです。「遊ぶのは、翌日から新しい人間になるため。仕事とは全くかけ離れた世界をつくれなければ、遊びにはならないし、新しい自分をつくることもできない」と鈴木氏は言っています。
 仕事やふだんの生活を忘れざるをえないほど、ハイな気分になることの大切さを語っていますね。ぜひそういう機会を年に2回ぐらいはもち、「新しい自分」を作りたいものです。

京都では冬至の日に「ん」の字のつくものを食べる風習があった

2004-12-21 22:54:58 | Weblog
 今日は冬至。1年の中で、昼が最も短く、夜が長い日です。冬至に合わせた様々な風習が各地にありますが、カボチャやコンニャクを食べ、ユズ湯に入るのが代表的です。なぜ、冬至にこれらの行事が行われているかというと・・・。
 12月16日の毎日新聞によると、ユズ湯は、「冬至」と「湯治」の語路合わせとも言われているそうです。また食文化史研究家の永山久夫氏は、「太陽の恵みで、米や野菜を作ってきたから、この日を境に昼が長くなっていく冬至を、一陽来復と言い、復活する太陽に特別の力を感じていたのではないか」と説明。さらに「カボチャやユズは形や色から太陽の象徴とも言われて、栄養成分から考えると、冬の寒さを乗り切る庶民の生活の知恵だったのかもしれない」と話しています。
 京都では冬至の日に「ん」の字が二つつくものを7種類食べるといいと言われているそうです。カボチャの別称ナンキン、ニンジン、レンコン、ギンナン、キンカン、カンテン、それにうどんの古い呼び名のウンドン。永山さんは、このほかに「ん」の字が一つしかないが、コンニャクやミカンの名を挙げています。これらは、どの食べ物にも風邪などを予防する栄養成分が多く含まれ、免疫力を高める理にかなった行事食だということです。
 古い習慣や行事には、そのような先人の知恵が込められているのですね。ただ行うのではなく、ぜひ自らその理由を調べ、納得した上で、実践したいものです。

ホークスに一喜一憂この一年(川崎選手と家族との関わりを中心に)その5

2004-12-21 19:13:53 | Weblog
 例年なら8月中旬頃に行う家族旅行を、こうして8月末にもってきた私たち家族は、この日を指折り数えて待っていました。その前に先ずは7月のオールスター。ダイエーの選手をテレビで見れる数少ない機会です。当然川崎選手のプレーも久々に見れると楽しみにしていましたが、ほとんど出場機会はなく、がっかりでした。どうしてファン投票1位で選ばれたのに、王監督は使ってくれないのだろうと思いました。そうしたら後でわかったことですが、その時期川崎選手は体調を崩していたということでした。代わりに大変目だったのは、何といっても新庄選手だったですね。
 そしてアテネオリンピックが始まり、柔道や水泳、体操や陸上の活躍に心躍らせながら、野球も金メダルを取って、城島や和田に帰ってきてほしいと願っていました。しかし悪夢の敗戦。阪神のウィリアムスに日本チームが負かされるというのは皮肉な結果でした。さて城島はアテネから帰ってきて、すぐチームに合流というニュースも入ってきて、いよいよだと胸はずませた8月末。超大型の台風接近というニュースもはいってきました。 
 しかし、何といっても福岡ドーム。まさにその日、その時、直撃しない限り(よっぽどのことがない限り)実施されるだろうと、やや不安はありながらも予定より1日前に鹿児島を出発しました。1日遅れると、高速道路が通れなかったりするといけないと思ったからです。
 この日は、海の中道公園で遊び、そこのホテルに宿泊しました。夜に海端を散歩していると、海の向こうに福岡ドームと、シーホーク、福岡タワーなどがよく見えました。いよいよ胸は高まります。
 翌日、キャナルシティのスポーツショップで、川崎選手の52の背番号が入ったユニフォームとダイエーの帽子を買った小2の息子はすっかり上機嫌。高速道路から、福岡ドームやシーホークホテルが目の前に見えてくると小5の娘も妻も大喜びです。福岡は確かに風は強くなってきたものの、前日はまだ雨も降りません。この日は博多の屋台で夕食をとることにしました。キャナル近くの屋台に入ると、何とホークスの全試合日程の書いた紙が貼ってあり、そこに勝利の日は○、敗戦の日は×、引き分けの日は△、そして雨で中止の日は、傘の印がしてありました。すぐにホークスファンということが分かったので、私たちは鹿児島から明日の試合を見に来たと言うと、屋台のお兄さんも、よく福岡ドームでホークス用の大きな旗を振っているのだと教えてくれました。「台風が近づいているけど、明日の試合はあるでしょうか」と質問すると、「ドームだから大丈夫でしょう」と軽い返事。やはりよっぽどの悪条件でない限り、今までも台風接近でも行われていたということを聞き、明日のことを気にもみながら、床につきました。(続く)

周囲の変化に最も敏感に適応した種が生き残る

2004-12-20 22:08:18 | Weblog
「最高に強い種が、最高に知的な種が、生き残るわけではない。周囲の変化に最も敏感に適応した種が、生き残る。」(チャールス・ダーウィン「種の起源」より)という言葉を今日新聞で目にしました。
 強さも知性も大切ですが、適応能力が最も大切だということですね。これは人間にも、企業にも、その他色々なことにも当てはまることだと思いました。とかく人は、慣れ親しんだものや、従来のやり方などにこだわる傾向がありますが、色々なものに柔軟に対応するしなやかさみたいなものの重要性に気づかされることが多々ありますね。進歩、発展のためにはそれが不可欠なものなのでしょう。
 最近、野球界にも新しい風が吹いてきて、従来にない色々なアイデアを耳にして、ワクワクすることがあります。今までの野球界の良いところは継承しつつ、ファンを楽しませるような新しい試みをどんどん取り入れ、より活気あるものにし、どんどん発展させてほしいと思うことでした。

ホークスに一喜一憂この一年(川崎選手と家族の関わりを中心に)その4

2004-12-20 18:45:21 | Weblog
 さて、毎年恒例の夏の家族旅行をどこにしようかという話を家族にしたとき、小2の息子が、「野球を見にいきたい」と言いました。まだあまりルールなどわからず、退屈するのではないかという思いはあったのですが、最近は野球好きの近所の子どもたちと、よく近くの公園で野球をしたりするので、だいぶ分かってきたとのことでした。小5の姉が興味を持って行ってくれるかも心配だったのですが、体育でソフトボールがあり、その時は弟のグローブを借りていったり、時々、家族で野球をしたときなど、打ったりもしていたこともあってか了承してくれました。
 では、「どこのチームとの試合を見たい?」と聞いたところ、新庄選手のいる日本ハムがいいということで、早速鹿児島のダイエーのチケット売り場に行きました。オリンピックに行く城島選手と、和田投手も出る試合がいいということで、オリンピック後の8月末の日本ハム3連戦がいいということになりました。8月31日は、次の日から学校が始まるということで、必然的に8月30日月曜日に決まり、川崎選手がよく見える1塁側の内野席のチケットを無事に取ることができました。しかし1ヶ月以上も前なのに、かなり売れており、残りの席が少なかったことに妻はとても驚いていました。もちろん当日は、福岡ドーム隣接の「シーホークホテル」に宿泊することにし、こちらも無事予約を取ることができました。ドームなので、雨の心配もないし、完璧な旅行計画が立てられ、ほっとしました。
 不安といえば、私の健康状態でした。今年病気にかかっていることが発覚し、しかも原因不明ということで、難病に認定されました。検査を定期的にし、状況がよくないと、すぐ入院してステロイド治療を受けないといけないという主治医の話でした。何としても家族みんなで野球観戦をしたい、ひょっとすると、これを逃すともうこういう機会はないかもしれないという思いにかられました。毎日の薬のほかに、わらにもすがる思いで、ケールの青汁が自分の病気に効いたという情報を得ては、それを飲み、シモンがいいと聞いてはそれも食べたりするなど、悪い数値が出ないように、できるだけのことをしようと思いました。
 こうして、我々家族は夏休みの最後に大きな家族旅行をすることになり、この日を指折り数えて、ワクワクしながら待つことになりました。小2の息子にサインをしてくれた、そして小5の姉のクラスに色紙をプレゼントしてくれた川崎選手らの生のプレーをじかにこの目で見ることができる、あまり普段は野球に興味を示さない妻も、20年ぶりくらいの野球観戦だと喜んでいました。しかし、我々家族の前に予測もしない大きな障害が立ちはだかるとは、このときは全く思ってもみませんでした。(続く) 

結婚前に死んだ、恋人の子どもを引き受けられますかーNHK教育テレビのアニメ「メジャー」より

2004-12-19 22:54:06 | Weblog
 小2の野球好きの子どもと一緒に見ているのですが、昨日は涙なしには見られませんでした。主人公の少年のお父さんは野球選手、奥さんはすでに亡くなり、保育園の先生を母のように慕っています。
 息子をとてもかわいがってくれる先生の人柄を気にいったお父さんは、息子に相談の上、プロポーズをし、いよいよ結婚間近という状況での試合。相手投手は、猛スピードの現役大リーガー。自分のチームの選手が、ばたばた三振する中、投球をよく研究し、婚約者と息子の前でホームランを打ち、あの投手からホームランを打つという息子との約束を果たします。しかし次の打席、時速158キロの速球を頭に受け倒れます。ひやっとしましたが、立ち上がり、次打者のヒットで滑り込み、得点もあげ、ヒーローインタビューも受け、婚約者、息子とも大満足の一日。
 しかし次の日、大好きなお父さんはなかなか起きてきません。心配した息子がお父さんを触ると、以前死んだお母さんと同じような冷たさだと感じます。前日の頭部への死球がもとで死んでしまったのです。
 わずか5歳で、両親を失った子どもの悲しみは、何とも言いようがありませんね。葬儀のとき、叔父さんが子どもを引き取るといいますが、「僕は先生と暮らしたい」という息子。婚約者の彼女はその叫びを聞き、「私がその子どもを引き取ります」と言いました。
 これはアニメですが、現実にこのような状況に置かれた時、普通はこのようなことはなかなかできませんね。長いこれからの人生を考えると、やはり新しい結婚相手を探すものでしょう。でも彼女がそういってくれたおかげで、少年は救われました。
 生きるということは選択の連続で、その判断も難しいことが多いですが、自分の心に正直に、自分で納得のいく生き方をしたいものです。

ホークスに一喜一憂この一年(川崎選手と家族との関わりを中心に)その3

2004-12-19 20:45:22 | Weblog
 1月の自主トレ中、川崎選手は同じ町内のスポーツジムで体を鍛えていたそうです。今年から専属のトレーナーを自費で雇い、いっそう健康管理や自己鍛錬に気をつけていたことがわかります。そういうことで、そのスポーツジムには、川崎選手の新聞記事などが、たくさん掲示されています。
 そのスポーツジムの会員である妻の話によると、マシーンを使い、大変熱心にトレーニングをしていたそうです。しかも私の妻は、驚いたことに、川崎選手と一緒のグループで、エアロビクスもしたことがあるそうです。また川崎選手のおばあさんも会員で、オバサマやおばあさま相手に、サイン会や握手会などもしたということでした。
 ちなみに妻は、川崎選手のおばあさんとサウナ室でよく話をするそうです。自営業でご両親が忙しかった宗則少年は、おばあちゃん子だったこと、小さい頃ぜんそくで苦しみ、おばあさんが眠れない宗則少年を毛布で包んだりしてよく抱っこしたこと、ぜんそくを治すため、空手をしたり、野球を始めたりしたことなどを聞いたことがあるそうです。
 また、おばあさんに王監督が「川崎選手が活躍することが、おばあさんの長生きの秘訣だ」というようなことも語ってくれたそうです。王監督にそう言われて、おばあさんもとても感激したということでした。あの王監督にこう言ってもらえるおばあさんというのは、そういませんね。
 さてそういうわけで、家族全員、ホークスファンで川崎ファンに自然となりました。(続く)