新しいリコーダー奏法

吉嶺史晴によるリコーダー奏法解説ブログです。上達してゆくための全般的な考えかた・生き方のヒントについても書いています。

音量とピッチの関係

2018年10月09日 | 楽器の特性を表現として活かすための考えかた
替え指や指を使ったピッチ修正というような技術を使わない場合にはリコーダーの音量変化は非常に狭くなります。

少しでも強く吹くとピッチが上がり、弱く吹くとピッチが下がってしまうからです。

この問題を解決するため、歴史的な文献および現代のリコーダー奏法に関する考えかたとしてはアーティキュレーションの変化によって奏者の演奏意図を反映させようというものがあります。

つまり音の立ち上がりの際のタンギングの硬さや、それぞれの音の長さというような要素を変化させて奏者がやりたい表現に少しでも近づけようとする考えかたです。

リコーダーの場合はこのような表現方法がなされない場合には単調な、モノトーンな音の羅列のようになり勝ちです。

それもまたリコーダーの魅力のひとつという考えかたもあるかもしれませんが、バロックのリコーダーソナタを始めとする本格的なレパートリーを演奏するためにはやはりこの問題は避けることが出来ません。

考えかたとしてはただひとつの方法があるということではなく、いくつかあります。

■替え指、および指を使ったピッチ修正という方法を全く使わずに演奏する
■必要な箇所ではそれらの技術を使うこともやむなし、という考えかたで演奏する
■使える箇所では替え指、および指を使ったピッチ修正の技術を多用しても良いという考えかた

などなどいくつも変化させることが出来そうです。

このうちどれかが必ず正解で、他のものは間違いということではありません。

曲の様式によっても、あるいはその奏者のその時の好みや方向性ということによっても、演奏の際の考えかたは変化して来ます。

ただし初心者のうちは替え指や指を使ったピッチ修正の技術は使わないほうが良いと考えられます。

というよりも、それらの技術を使える技術そのものが初心者にはないので、使いたくとも使えないというのが現実です。

それでは中級者はどうでしょうか。

ここでは様々な考え方が出来そうです。基本としては替え指や指によるピッチ修正の技術は使わなくとも演奏することが出来るということがあります。

ただしその奏者の音楽的な意図がそれらの技術なしには実際の音として反映されない場合にはどうなるのでしょうか?

ここは考えどころです。

そのような段階に到達してしまった奏者は、もはや中級者というレベルではなくもうすでに上級となっていると考えることも出来るかもしれません。

上級の奏者は?

それはもう好きにやってゆくしかありません。突然、投げやりな表現になってしまって申し訳ないのですが、ある程度、経験、技術、そして感性が備わっている奏者は、もうその奏者自身が好きにやるしかないので、それは他者が口を挟むことが出来ないように見えます。

ただし、ここでも問題があります。

自他ともに他者が口を挟むことが出来ないような段階に達したと認められるような奏者は本当に好きにやって良いのでしょうか?

例えば歴史的な様式というものがあります。残された文献によってある程度のことは現代人である私たちにも想像がつきます。

ただし、それはあくまでも限定的なものでしかありません。

私たちは演奏者なので昔の文献を読んで比較研究するためだけに一生を費やすことは出来ません。

だからといって好き勝手になんでもやって良いということにもなりません。

ここまで書いてひとつのことが明らかになって来ました。

■実際の演奏上における具体的な解決法と歴史的な様式上の制約は区別する

このようなことではないでしょうか。

たとえばオトテールなど、フランスのバロック様式のものを演奏する際には長い音にはフラットマンとよばれる指のヴィブラートをつける、ということになっています。

普通は指のヴィブラートをつけて演奏します。

しかしその指のヴィブラートにほんの少しだけ息のヴィブラートを混ぜて演奏すると、それは様式上の間違いということになるのでしょうか?

例えばオトテールの曲を演奏するのにイタリア風の装飾を行うのは間違いだから絶対に行ってはいけないということになるのでしょうか?

ここには様式に関するデリケートな問題が含まれています。

さて、話をもとに戻しましょう。

ここでは音量とピッチの関係について考えてきたはずでした。
それが途中から奏者の成長の段階や歴史的な様式の話になってしまいました。

奏者にとって、技術とは何か、それをどのように自分自身の表現に活かすのか、ということは多分、非常に問題を多く含む事柄で、ひとくちに決めることが出来ません。

替え指を使いたい奏者は使えば良いし、使いたくない奏者は使わなければ良いです。

ただし、そこには考えるべき事柄が沢山あります。

考えること、それも演奏を成り立たせるための大事な営みということになるでしょうか。

息の速度とピッチの問題

2018年09月29日 | 楽器の特性を表現として活かすための考えかた
リコーダーは息の速度とピッチが連動する楽器です。

つまり息の速度が上がるとピッチも上がり、息が遅くなるとピッチも下がるということになります。

これは通常、リコーダーの弱点として認識されています。

すなわちピッチを保つためには息の速度を一定にしなければならないということになっています。

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古典的な音楽を演奏する場合にはこれは尊重されるべき方法ですが、様式の異なる場合は必ずしもこのような考えかたにこだわらなくても良いかもしれません。

例えばフレーズの終わりなどで息が弱くなってゆくと同時にピッチも下がってゆくような現象を表現のひとつ、として積極的に認める態度があれば、また新しい可能性が広がります。

このような方法をリコーダーのための新しい作品に取り入れるということも可能性としては大いに有り得るのではないでしょう。


追伸:
民族音楽やポピュラー音楽の分野においては器楽だけではなく歌の場合にもこのような表現を見ることが出来ますので、必ずしもリコーダー特有の手法ということでもなさそうです。


低音域の反応の鈍さを表現として活かす

2018年09月29日 | 楽器の特性を表現として活かすための考えかた
リコーダーの低音域は反応が鈍くなります。
つまり振動する空気柱が長くなるのでその分、音が立ち上がるために時間がかかってしまいます。

硬いタンギングでなおかつ速いパッセージの際にこれは大きな問題を引き起こすことがあります。

硬いタンギングを実現させるためにはその準備として前もって舌の先を歯の裏側にある程度、強く押し付けておく必要があります。強く押し付けておけば、それを離す際の勢いも強くなり、結果として立ち上がりの速い音が出るという寸法です。

■低音域の場合には音が立ち上がるまでに時間がかかってしまうということがひとつ。

■そして硬いタンギングの場合にはそれを実現するだけでも前もって準備が必要ということがひとつ。

つまり低音域の音を硬く発音するためにはどうしても時間がかかってしまいます。

これを弱点として捉えてしまうと、単なる表現上の問題点という位置付けしか出来ませんが、この点を逆手にとって自分自身の表現として取り入れてしまう、ということではどうでしょうか?

つまり低音域で硬く発音したい音がある際にはとにかく必要な時間をじゅうぶん取る、ということを自分自身に許してやるのです。

音楽的には必ずしも楽譜上から来るイメージとは一致しないかもしれません。

しかしながらそれは結果として演奏する人自身の想像を超えた表現として成り立つとしたらどうでしょう?

これは革新的なアイディアでも何でもありません。

例えば弦楽器の場合には異なる弦を弾く時には弓が弦を移動するための時間が必要になります。

隣あう弦ならばまだ良いですが、物理的に遠くにある弦に移動するためには文字通り、時間がかかってしまいます。

優れた弦楽器奏者はこのような事情を自分自身の音楽表現として取り入れる技を備えているはずです。

弦楽器だけに留まりません。

たとえば鍵盤楽器などでもある鍵盤から遠くの鍵盤に移動する際には必ずそれなりの時間がかかります。

練習の際にはなるべく移動する時間を短くするための練習ということはもちろん行われるわけですが、実際の本番の演奏では移動する時間それ自体を表現として取り入れるということは多かれ少なかれ行われています。

私たちもおおいに参考にできるアイディアではないでしょうか。

追伸:
普通「弱点」と考えられているところを前面に押し出す、というのは別の言葉で言うと開き直り、ということなのかもしれません。

「表現」する試みというのはつくづく面白いものですね!