「備後・福山」歴史の街

広島県東部の地域は、古代以降「備後国」と言われていました。その「備後・福山」から郷土の歴史を含めた情報を発信致します。

「丹波・篠山日帰り旅行」に参加して

2013-04-03 10:31:43 | 福山歴史研究(文化財と歴史)

 福山市文化財協会では、2013(平成25)年春の臨地研修に
「国宝・播磨浄土寺と丹波篠山を訪ねる」と題して、
2013(平成25)年3月24日(日)に開催しました。


 当初の参加者の予定人数を大幅に超えてしまい、参加出来なかった
会員の方も居られると聞き、選に漏れた方には、大変申し訳なく思います。
 行けなかった分、このブログで行った気分になって頂ければと思います。


 今回、日帰り旅行のコースは、


 JR福山駅北口(7:20)出発⇒吉備SA⇒播磨浄土寺⇒立杭陶の郷(昼食)


 ⇒丹波篠山城跡⇒春日神社⇒川原町商家群⇒一路福山へ(帰路)


 のコースで回りました。


 当日は、大方が曇りから雨の予報でしたが、強力な晴れ男が参加し、
予報を一転、午前中は晴れて、午後からは曇り空に変わる絶好の行楽日和と
なりました。これも会員の皆さんの日頃の行いが良かったものと思われます。


 午前7時20分には、定刻通りに福山駅北口を出発し、広尾停留所で
参加者を乗車後、一路東を目指し山陽道を走り、途中吉備SAでトイレ休憩を
挟み、目的地の一つ「播磨浄土寺」には、9時20分頃に到着しました。


 事前に「播磨浄土寺」の魅力を資料で頂いていたので、本日の目的の一つと
考えていて、大変楽しみにしていました。


 駐車場から真直ぐに延びる参道の先に目を移すと、屋根の中央に宝珠を
乗せ、勾配が流れるような直線を描き、その姿につい見とれてしまいました。


 浄土堂(阿弥陀堂)の堂内に足を踏み入れた瞬間に、見事な阿弥陀三尊立像を
目の当りにし、体中が金縛りにあった様になりました。
 まずは、その大きさに驚いてしまいました。
 十二分に、「播磨浄土寺」を堪能した後、次に「立杭陶の郷」へ向いました。


         (播磨浄土寺 国宝 浄土堂)

 
         (播磨浄土寺 鐘楼)



            (鐘楼 案内板)


         (播磨浄土寺 本堂(左手)と開山堂)


         (播磨浄土寺 郷社神社 本殿)

 「立杭陶の郷」は、丹波焼の発祥の地で、日本六古窯の一つです。
現在は、現代の窯元が集まりその作品を展示し販売も行っています。
 また、登り窯も構築され、その窯での陶芸が続けられています。
 昼食を、ここで済ませた後、「丹波篠山城跡」へ向いました。



          (立杭 陶の郷 登り窯)


   (立杭 陶の郷 登り窯 解説版)


     (立杭 陶の郷 解説を聞く)


 「丹波篠山城跡」では、地元のボランティアガイド3名の方に連れられて、
三班に別れて、案内して頂きました。


 「大書院」「篠山城城郭塀跡」「篠山城二の丸御殿」「青山神社・本丸跡」
「青山歴史村」と廻り、続いての「春日神社」には、バスで移動し、


          (丹波篠山城 二の丸御殿跡)


      (丹波篠山城 本丸跡での解説風景)


          (丹波篠山城 本丸跡から南東方向)


   (丹波篠山城主 青山氏の無紋銭印)

「春日神社」を案内して頂きました。その後は、「河原町商家群」を散策
しながら案内をして頂き、ここでボランティアガイドの人とお別れし、
一路バスで帰路となりました。


          (春日神社 能楽堂)



            (能楽堂の床下)


          (春日神社 山門)


     (河原町商家群入口)


    (河原町商家群 山車倉庫)


       (河原町商家群での解説風景)


           (河原町商家)


           (河原町商家)


    (河原町商家 川端家のひなまつり)


 バスの中は、恒例により、名司会のS先生による、楽しい一時を共有し、
和気藹々の帰路となりました。
 S先生は、今回の行事で最後の勤めとなり、バスの中では、お礼の言葉や
贈り物が渡され、感謝の言葉があちこちの席から上がりました。
 本当に、楽しい一時を過ごせたのも、一重にS先生のお陰だと思っています。
 大変ありがとうございました。


(最後まで安全に運んでくれたバスです)


(車内を撮影中です)

 (文責 鳳来)


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4 コメント

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素晴らしい旅でしたね! (飛天)
2013-04-05 01:16:11
旅行だけでなく、S先生の最後の行事と重なり、大変思い出深い旅になりましたね

質問1:丹波篠山城主 青山氏の無紋銭印の写真がありますが、これは何でしょう??
質問2:何故春日神社は全国にたくさんあるのですか??

浄土寺の本尊並びに両脇侍、夕日の光を当て、来迎の姿を表現する構造、ぜひ見たみたいです
返信する
お尋ねについて (鳳来)
2013-04-05 12:28:51
飛天 さん

お尋ねについて

1.青山氏の印として、「六文銭」の裏側は、「無紋」と
 なっています。その裏側の「無紋」部分を幡指物の印とし、
 青山氏の家紋としています。
 それで「無紋銭」と言われています。
 写真では、廻りの植木の部分が円となり、石組みを含めて
 銭を表しています。

2.本来は、奈良の「春日大社」の祭神を、平城京から平安
  京へ分祀し、それが全国の領国の支配者が真似て自領
  へ分祀されたものと思われ、
  全国の大名は、京風を真似て、分祀されたと考えられます。
  
  「春日大社」は、ご承知の様に、「藤原氏」の守り神です。

 こんな内容でよろしいでしようか?

 播磨浄土寺の阿弥陀三尊像の来迎は、晴れた日の夕方
 であれば、毎日見れるそうです。
 後背の透かし蔀戸から、西日を受けて、浄土堂全体が「光」に
 包まれる光景は、「生きたまま浄土へ」迎えるこの仕組みを
 考えた、俊乗房重源の力量に只只、驚愕するのみです。
 是非、現地で体感してみてください。
返信する
どうも有難うございました♪ (飛天)
2013-04-07 10:09:25
お忙しいのに、詳しい説明をどうも有難う
ございました。
とっても面白かったです。
感動いたしました!!
何事も背景を探ってみると面白いですね。
より深く知ることが出来て、感謝感激です
返信する
参考になれば・・・ (鳳来)
2013-04-07 10:42:17
飛天 さん

少しの疑問でも参考になれば・・・と思います。

一番重要なのは、「現地に行こう!!現物に触ろう!!」

ですが、重要文化財は触る事が出来ません。

ので、「現地で現物を見て体感!!」する事が、

如何に「文字」で表現しようとしても、それは叶いません。

「百聞は、一見にしかず」と申します。

是非、「現地で現物(この場合は本物を見る)」を

体感することが、一番重要だと考えます。

「俊乗房重源」とその指図により造り上げた「快慶」、
重源の意図を汲み取り構成と作成したこのコンビネーション
は、絶妙であり、「観る人々」を引き込み、包み込む「力」
を感じぜずには、おられませんでした。
この様な迫力ある「構成者」と「巧匠者」との造り上げた
「宇宙観」を間近に観られる所は、余りありません。
必見の価値がありますよ。
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