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海外の新型インフルエンザ感染拡大阻止に向けた最新動向と新たな課題等への疫学・臨床戦略(N0.15)

2009-09-01 02:03:07 | 海外の医療最前線

 本ブログ連載NO.12(2009年8月7日)で紹介してきたとおり世界の主要国では製薬会社による新型インフルエンザ・ワクチンの治験やその準備が始まっている。
 AAP通信等によると、オーストラリアの製薬会社2社が7月22日までに、新型インフルエンザ・ワクチンの南部のアデレード(Adelaide)で、成人治験ボランティアによる投与治験を開始した。メルボルンの製薬会社CSL社は、240人が参加する7か月間の治験を7月初旬に開始し(筆者注1)、またアデレードのVaxine社は、300人の参加者による治験を開始した。これらの製薬会社によると、新型インフルエンザワクチンの治験は世界で初めてであり、最低6週間かかって有効性が確かめられれば、10月にも接種供給が可能だとしている。(筆者注2)
 一方、8月27日時点で英国(イングランド)の累計確認感染者は254,947人、入院患者数は218人、死者は少なくとも57人と発表されている。BBCが報じるところではこの両社は英国政府とは契約していないが、Vaxine社の研究者はブタ由来インフルエンザは過去経験したウイルスに比べ独特の野生的性格(peculiar beast)をもっており、新ワクチンに期待してはいるが十分機能するという保証はないと述べているそうである。
 その英国は感染拡大策として7月23日から病院や国民健康保健サービス(National Health Service:NHS:英国全域の保健医療サービスを提供する政府組織)の指定家庭医(General Practitioner:GP)の負担軽減と患者の混乱阻止策として新型インフルエンザ専用サイト“National Pandemic Flu Service”または専用電話回線を通じて症状を確認するサービスを始めた。また国民自らの感染状況を監視・報告するモニタリング・システム”FluSurvey”に基づく調査結果を公的保健機関の調査結果と並行して公表している。
 また、わが国ではなお結論が不透明なワクチン接種の費用負担の問題につき、ドイツ連邦内閣は8月19日に民間保険会社の団体である疾病保険協会(Der Verband der Privaten Krankenversicherung:PKV)、疾病保険会社との間での費用負担協議がまとまり、9月末か10月初めに予定されている接種実行に関する規則につき合意した旨発表した。


 今回のブログはこれらの動向を中心に解説する。

1.オーストラリアの新型インフルエンザ・ワクチンの準備状況
 連邦保健高齢者担当省(DHA)によると、8月28日現在の同国の累計確認感染者は 34,467人、入院者数は417人(うち集中治療室(ICU)は83人)、累計死者数は150人である。ワクチンの治験開始から約1か月経過したがオーストラリア連邦保健高齢者担当省(Department of Health and Ageing:DHA)は8月20日にCSL社から世界で初めての大人に関する予備治験結果(preliminary trial data)報告を受けた旨公表している(専門家によると安全性を確認するには十分なデータではなく数週間後の追加報告を求めている)。DHAは2,100万人投与分のワクチンを発注しており、各人に1回接種するとすればオーストリアの全人口(2,100万人)に接種可能な量を確保している。従って、DHAは十分な治験結果の報告を受けた後、8月末には連邦政府は第一次分となる200万投与分バッチを受け取り、ワクチン接種プログラムとして優先接種グループ(詳細な治験結果が出ていない子供を除く)を対象に10月中に実施するとしている。(筆者注3)

2.英国の最新坑ウイルス・ワクチン対策と医師の責任問題
 英国における新型インフルエンザの感染拡大はやや落ち着いた傾向を見せている。しかし、秋以降季節性インフルエンザの感染時期と重なり、さらに今は耐性ワクチンの検出は世界的にみても限定的ではあるが、さらなる変異の危険性を指摘する疫学専門家は多い。
 従って、英国は医療体制に不安のある地域を限定しつつ次のような新たな感染拡大策を取り始めたというのが正直な見方であろう。なお、以下紹介する内容について在英国日本大使館は英国在住の日本人向けの“Q&A”を作成、公開している。英国の保健医療サービス制度であるNHS(GP)のことを知らないと分かりづらい点もあるが、説明内容は正確で参考になる。(筆者注4)

(1) “National Pandemic Flu Service”へのアクセス
 英国政府は、現在3,300万人の坑インフルエンザ薬(タミフル等)を備蓄しており、また今後5,000万人分まで増やす予定である。現時点で本サービスを利用できるのはイングランドだけで、北アイルランド、スコットランドおよびウェールズは公共医療体制の対応能力が十分と考えているようである。
 前記接種の優先順位に該当しないインフルエンザ様患者がこれら坑インフルエンザ薬を入手するためには専用サイト“National Pandemic Flu Service”や専用電話回線を通じた症状の報告が必要である。政府の方針として公衆衛生上の観点から、感染者の国籍、居住・非居住にかかわらず治療薬が届くことになるが、国民健康医療サービス(NHS)を利用するためには原則登録が必要となるのでまずその手続が必要である。

(2)坑ウイルス薬タミフル投与に関するWHOのガイドラインと英国の実績の相違問題
 8月21日、WHOはパンデミック(H1N1)2009“briefing note 8”において本来合併症を持たない健康なインフルエンザ様患者に対し坑ウィルス薬を投与すべきでないとするガイドラインを公表した。その仮訳は国立感染症研究所感染情報センターが行っており、詳細はそちらで確認して欲しいが、今までのWHOの坑ウイルス薬投与の取組み方針から見てどう受け止めるか微妙な点が気になる。その点はわが国の疫学専門家の意見を聞いてみたいが英国でもこの点が問題となった。また、WHOのガイドラインは5歳以上の健康な児童への坑ウイルス薬の投与も不要であるとしている。(最新のWHOのアドバイスでもほとんどの患者がインフルエンザの症状を訴えたが、その大部分が1週間以内に回復したとしている)
 一方、英国メディアによると英国では従来EU加盟国最大の感染拡大国として、最初の2週間でタミフル(oseltamivir) 50万以上のパックを健康なNHS登録者に投与している。感染拡大の割合が低下傾向を示した8月中旬においても45,986治療単位(courses)が投与された。このようなタミフルの大量使用がウイルス耐性をもたらす危険性問題があり、実際、英国でも体調不調(sick)、脱水(dehydration)のリスクを伴う嘔吐(vomiting)、悪夢(nightmares)、不眠等418件の副作用(side-effects)報告が出ており、2件の死亡例がタミフルに関連している。
 英国のオックスフォード大学の研究チーム等は緩やかな新型インフルエンザ症状の場合に、坑ウイルス薬の投与方針の再考を促している。
 また、一方で、重症化問題に関し8月20日にランカシャー州プレストンの55歳の男性(Godfrey Armstrong)が健康体にもかかわらず新型インフルエンザで死亡したことから、医師(GPであろう)が重症化していたことを故意に隠蔽したとして家族がNHSの担当省である保健省の健康保護局長を訴えるなど問題が広がっている。(筆者注5)

3.ドイツ連邦政府のワクチン接種の優先順位問題と疾病保険機関・団体との接種費用の負担問題が決着
(1)ワクチン接種の優先順位
 本ブログでも紹介しているとおり、ドイツの感染者数は8月27日現在で英国を上回る15,567 人となり、連邦政府はその対処に力を入れている。連邦保健省は10月以降国民の80%に予防接種することを検討中であると報じられているが、優先的に接種を受けられるのは妊婦、慢性疾患を持つ人、医師・看護師、警察・消防士等である。
(2)ワクチン予防接種にかかる政府・関係機関による費用負担問題の閣議決定
 ワクチン接種は2回行うとして28ユーロ(約3,700円)かかる。今回の決定内容は疾病保険協会が加入者の費用50%を負担し、残りの費用を政府が負担する形をとり、追加予算として2009年度約6億ユーロ(約786億円)、2010年度約2億ユーロ(約262億円)を確保するとしている。なお、連邦保健省(Bundesministerium für Gesundheit)のリリースによると保険契約者の保険料率の引上げは行われないとしている。
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(筆者注1) CSL社は2009年6月29日に次のようなリリースを行っている。
「7月中旬以降行われる治験ボランティアは18歳から64歳の健常者が対象で6か月間4回の指定接種を受ける。3週間の間をあけて2回ワクチン注射を打ち投与量の増加による変化結果を見るとともに、ウイルスへの適正な免疫性を生じているか血液検査結果等を見る予定である。」

(筆者注2) 新型インフルエンザ(パンデミック2009)ワクチンの製造過程やその今回のスケジュール(time-line)とはどのようなものであろうか。専門外であるため筆者も勉強方々関係サイトを調べてみた。これだけ疫学・臨床上重要な問題であるにも拘らず、公的保健機関、研究機関、(社) 細菌製剤協会等や製薬メーカー(あえてあげるとすれば、2004年5月28日 厚生労働省感染症分科会感染症部会新型インフルエンザ対策に関する検討小委員会におけるわが国の製造メーカーである財団法人化学及血清療法研究所の後藤修郎氏の説明や「緊急研究 事後評価『新型インフルエンザ・ワクチンの生産に関する緊急調査研究』研究)(研究代表者名:国立感染症研究所板村繁之氏)等であろう」を調べてみた。残念ながら、一般的ワクチンに関する啓蒙教材のみであった。海外で見た場合は8月7日付け本連載NO.12で紹介したWHOの“briefing note 7” がこれに匹敵するものである(従来からWHOの参考重要データを仮訳している国立感染症研究所が今回note7を訳していないのはなぜか)。
 ここで、わが国のワクチンの開発・製造・使用段階に関する薬事法や同施行規則、省令について整理してみる。専門外の筆者が理解できる範囲でまとめてみた。専門家による正確かつ分かりやすい解説を期待したい。

・基礎調査
・スクリーニング・テスト
・製剤・製法研究及び薬学的研究
(1)開発段階
①非臨床試験(GLP省令) 「医薬品の安全性に関する非臨床試験の基準に関する省令」(2008年8月15日施行)
②治験届
③臨床試験(GCP省令) 「医薬品の臨床試験の実施の基準に関する省令」(GCP)(1997年3月27日省令第28号)
(注)②、③は「治験薬の製造管理、品質管理に関する基準」(治験薬GMP)(2008年7 月9 日薬食発第0709002号)に基づく。

(2)製造段階(販売承認、製造許可)
①品質管理(GQP省令) 「医薬品及び医薬部外品の製造管理及び品質管理の基準に関する省令」(2004年12月24日省令第179号)
②安全管理(GVP (Good Vigilance Practice)省令)「医薬品、医薬部外品、化粧品及び医療機器の製造販売後安全管理の基準に関する省令」(2004年9月23日省令第135号)

(3)流通・使用段階
初めの段階で国家検定(承認申請・審査)が行われる。
①再審査
②再評価
(注)医薬品の市販後の品質、有効性及び安全性の確保を図るためのPMS(Post-marketing Surveillance)は、副作用・感染症情報の収集・処理制度(以下、副作用報告制度)、再審査制度及び再評価制度の3つの制度で構成されている。その根拠はGPSP省令(「医薬品の製造販売後の調査及び試験の実施の基準に関する省令」2004年12月20日厚生労働省令第171号)である(同省令により「新医薬品等の再審査の申請のための市販後調査の実施に関する基準:GPMSP省令」は廃止された)。
 なお、GPSP(Good Post-Marketing Study Practice)は、製造販売業者等が行う製造販売後の調査及び試験に関する業務が適正に実施され、また、再審査及び再評価の申請を行う際の資料の信頼性を確保するために、遵守すべき事項を規定した基準である。

(筆者注3) 8月26日の新聞報道によると「厚生労働大臣のワクチン接種への早期取組みに関し、海外製ワクチンの輸入は、緊急時に国内での臨床試験(治験)を省略して承認できる薬事法上の「特例承認」を初適用する方針だ。舛添厚労相は、国内で簡略化した臨床試験を実施し、安全性を確認してから承認する意向も示した。」とある。これを正確に言うとこの考え方は平成20年4月16日開催の第7回新型インフルエンザ専門家会議配布資料4「新型インフルエンザワクチンの国家検定について(案)」において示されている。
 すなわち、次の考え方である。
(1)新型インフルエンザワクチンは、薬事法第43条に基づき、検定を受け、かつ、これに合格しなければ、販売、授与等をしてはならないものとされている。
(2)しかし、新型インフルエンザの発生時、健康被害の拡大を防止するため、新型インフルエンザワクチンが緊急に使用されることが必要である。ワクチンの備蓄原液を製剤化し、出荷するまでに、製剤化作業や規格試験の期間に加え、さらに上記の検定を受ける期間を要するため、ワクチンの迅速な供給が困難となることが懸念される。
従って、緊急に使用される必要があると認められる場合には、フェーズ4A以降、新型インフルエンザ専門家会議の議論を経て、直ちに国家備蓄しているプレパンデミックワクチン原液の製剤化を行うよう、ワクチン製造会社に要請した時点をもって、薬事法第43条の規定にかかわらず、当該新型インフルエンザワクチンの販売、授与等を行うこととする。

(筆者注4)英国日本大使館が提供するサイトでは、英国のNHS(GP)を初めとする医療制度、診療の流れ、NHSの加入方法等NHSの専門サイト“NHS Choices”を使った説明を行っている。大変わかりやすく正確かつ実践的である。現地の専門家によるアドバイスがあったと思うがわが国でも参考になろう。

(筆者注5) 8月21日付“Mail Online”は、WHOの発表(briefing note 8)によればかならずしも基礎疾患が重症化の要件ではなく、世界的に見て従来健康であった子供や50歳未満の成人の約40%が重症化しており、英国の医師も息切れ (shortness of breath)、呼吸困難(breathing difficulties)、胸痛(chest pain)や3日以上にわたる高熱といった症状をチェックできるはずであったと指摘している。


〔参照URL〕
http://www.healthemergency.gov.au/internet/healthemergency/publishing.nsf/Content/health-swine_influenza-index.htm
https://www.pandemicflu.direct.gov.uk/
http://www.bmg.bund.de/cln_091/nn_1168278/sid_32BA346D0590283B0BA985CF5C577CB3/nsc_true/SharedDocs/Pressemitteilungen/DE/2009/Presse-3-2009/pm-19-08-09-leistungsVO.html?__nnn=true

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