○△□ ∞ 鶴千亀万 人間百年

『鶴は千年、亀は万年、人間は五十年から百年へ』

喫茶去「柳美里/鎌倉から移住して南相馬小高区に本屋を開店」

2018-04-16 | 雑記

◯2018.4.16日本経済新聞・春秋での紹介があった「芥川作家の柳美里さんの本屋」…興味あり調べてコピペしてみました。

鎌倉から移住して南相馬小高区に本屋を開店

本屋「フルハウス」OPEN! 本屋「フルハウス」OPEN! 

2017/11/25 に公開
チャンネル登録 15
作家の柳美里さんは、旦那さんと息子さんの3人で、鎌倉から移住。若いときの放浪時代からの経験で、良い町には、良い本屋さんが在った経験から南相馬小高区で本屋さんの開業を目指します。
 
+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++

人々に愛されてきた街角の書店が廃業する。そんなニュースに触れる機会が増えた。「本屋ゼロ」の市町村・行政区が全体の2割を占:日本経済新聞 https://www.nikkei.com/article/DGKKZO29419560W8A410C1MM8000/

 人々に愛されてきた街角の書店が廃業する。そんなニュースに触れる機会が増えた。「本屋ゼロ」の市町村・行政区が全体の2割を占めると聞いて驚いた。若者が本を読まない。ネットでの注文が当たり前になった。近年、毎日1軒のペースで書店が消えているという。

▼東日本大震災で被災した本屋は700以上。「東京の書店まで車を走らせ、自分で雑誌を買ってみんなに渡したい」「本の力を借りて、言葉の力を借りて、私たち自身が元気でいれば、誰かの涙を乾かすことができる」。東北沿岸部の書店員らの声を記録した「復興の書店」(小学館)は、本への熱い思いを伝えてくれる。

▼広さは10坪ほどだろうか。先週、福島県南相馬市のJR常磐線・小高駅近くに小さな書店が開業した。店主は、芥川賞作家の柳美里さん。エプロン姿で接客していた。3年前、神奈川県から同市に移住。本を通じて、人と人がつながる場所になれば。そんな願いで自宅を改修し、店を開いた。なんてすてきな贈り物だろう。

▼真新しい書棚には、柳さんが信を置く中村文則さん、和合亮一さんなど24人の作家、詩人が推奨する作品が並ぶ。当代屈指の目利きが精選した本のセレクトショップだ。週末には著名作家らを招き、自作の朗読会などを開く。当地は原発事故の影響で、住民の帰還は道半ばだ。本屋のある日常は、再起の一助となるはずだ。

+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++

復興の書店 (小学館文庫)試し読みする   トークショーを繰り広げたフルハウスの会場=南相馬市

柳美里さん書店「フルハウス」でイベント 執筆エピソード語る:福島民友ニュース:福島民友新聞社 みんゆうNet http://www.minyu-net.com/news/news/FM20180415-261535.php

南相馬市小高区在住の芥川賞作家柳美里さん(49)の書店「フルハウス」のオープニングイベントは14日、同区で開かれ、柳さんが「春の消息」共著者の東北大大学院教授の佐藤弘夫さん(64)とトークショーを繰り広げた。

 今月9日に開店したフルハウスは、毎週土曜日に小説家や詩人などを招き、トークイベントや輪読会を企画している。初回の同日は、県内外から約30人が参加した。

 2人は最初に「春の消息」を朗読。その後、執筆に当たってのエピソードをはじめ、「死者と生者」「読書」など多岐にわたるテーマについて語り合った。参加者は2人の繰り出すトークにじっくりと耳を傾けていた。

柳美里さんが南相馬で書店開業 店名は、小説から https://www.huffingtonpost.jp/2018/04/09/yumirisangaminamisomadeshotenkaigyo-tenmeiwa-shosetsukara_a_23407116/

本の説明をする柳美里さん(右)=南相馬市小高区東町 写真:ASAHI

芥川賞作家の柳美里さん(49)が9日、福島県南相馬市のJR小高駅前に書店をオープンさせた。店名は「フルハウス」。初めて出版した小説本のタイトルにちなむ。「大入り満員」の願いも込めた。人と人を本がつなぐのだと信じて。

 「フルハウス、オープンします」。9日昼過ぎ、柳さんの第一声をきっかけに、集まった客が次々と店に入り、それぞれ思い思いの本を手に取った。

 

 「フルハウス」は柳さんが駅前通りに面した自宅の約35平方メートルを改装し、新しく誕生した書店だ。

 柔らかい春の日差しがあふれる開放感ある店内には、約1800タイトル、約5千冊の本がそろう。

 自らの小説をはじめ、福島在住の詩人の和合亮一さんや交流のある作家の角田光代さんら約20人が選んだお薦め本も並ぶ。

 絵本をそろえたのは、避難などで離れて暮らす幼い親族に思いをはせてもらいたいから。料理本など実用書には、避難という非日常を経験した人々に、日々の生活との「橋渡し」の役目を期待する。

 

 この日は、柳さんも「フルハウス」と書かれたエプロンを着て店頭に立ち、訪れた客に話しかけた。「普段はどんな本を読むんですか」「この本は友人の作家が選んでくれたんです」

(朝日新聞デジタル 2018年04月10日 07時12分)

 本屋「フルハウス」OPEN! 本屋「フルハウス」OPEN! 本屋「フルハウス」OPEN!

コメント

memo ∞「鮨 銀座 久兵衛/2018.3.25安倍首相のオバマ元大統領昼食ご案内場所」

2018-03-25 | 雑記

3月25日 AFP】安倍晋三(Shinzo Abe)首相は25日、来日中のバラク・オバマ(Barack Obama)前米大統領と東京・銀座のすし店で昼食を共にした。(c)AFP

安倍首相、オバマ氏と懇談=すし店で思い出話に花 (時事通信) - Yahoo!ニュース 時事通信

 安倍晋三首相は25日、来日したオバマ前米大統領と東京・銀座のすし店「久兵衛」で昼食をともにしながら懇談した。

トランプ米政権が鉄鋼・アルミ輸入制限を発動し、米朝首脳会談も控えるなど日米関係にとって微妙な時期だが、首相周辺は「旧交を温めるのが目的」と説明。2人は2016年5月に被爆地・広島をそろって訪れたことなど、思い出話に花を咲かせた。

 両氏が会ったのは、同年12月のハワイ・真珠湾以来。店の前でオバマ氏が「ハーイ、シンゾー」と声を掛けると、出迎えた首相も「会えて良かった」と応じ、笑顔で握手を交わした。約1時間半の昼食後、オバマ氏は「素晴らしかった」。首相も「主に昔話。結構盛り上がり、今回もすしが大変おいしかったと言ってくれた」と語った。

 オバマ氏はすし好きで知られ、大統領在任中の14年4月の来日時も、首相は銀座のすし店「すきやばし次郎」でもてなしている。久兵衛によると、オバマ氏はつきだしや刺し身に加え、握り12~13貫を平らげたという。 

鮨 銀座 久兵衛 ⑤

GINZA KYUBEY:THE BEST SUSHI IN TOKYO! 【 HIGH-END SUSHI IN GINZA | Japanese Food 】

◯詳細なすしの内容が見られますよ! お任せで「数万円」と聴いています。

コメント

memo ∞ 「消費者と生産者をつなぐことで新しいコミュニティを形成 ~福島屋」

2018-01-24 | 雑記

消費者と生産者をつなぐことで新しいコミュニティを形成 ~福島屋 bbs.kyoudoutai.net/blog/2017/09/5

あっちこっちで話題です!商売の本道・王道でしょう〜

【株式会社福島屋(1)】「日本でいちばん大切にしたい会社」に選ばれたスーパー

【株式会社福島屋(2)】ワケあり商品も工夫次第 農家もハッピーになれる経営

【株式会社福島屋(3)】スーパーがチラシを打たずに集客!?

【株式会社福島屋(4)】2号店が大赤字 苦しみ抜いた6ヶ月

【株式会社福島屋(5)】無農薬りんご栽培の第一人者 木村秋則氏の教え

 

カンブリア宮殿 Ryu's eye(福島屋 会長・福島徹)

FUKUSHIMAYA 福島屋 紹介

 

 


チャンネル登録 27万<button class="yt-uix-button yt-uix-button-size-default yt-uix-button-subscribe-branded yt-uix-button-has-icon no-icon-markup yt-uix-subscription-button yt-can-buffer style-scope ytd-subscribe-button-renderer" tabindex="-1" type="button" data-channel-external-id="UCLXo7UDZvByw2ixzpQCufnA" data-clicktracking="itct=CDYQmysiEwiPl66M2ITVAhXpI34KHW84BlEo-B0yBXdhdGNo" data-style-type="branded" data-subscribed-timestamp="0" data-show-unsub-confirm-time-frame="always" data-show-unsub-confirm-dialog="true"> Subscribed Unsubscribe</button>
コメント

memo ∞ 「金原明善 伝/2018.1.22安倍首相施政演説の引用人物」

2018-01-23 | 雑記

大久保利通と天竜川の治水事業——金原明善の熱誠と甲東の果断 - 幕末維新備忘録

古くから「暴れ天竜」と恐れられていた天竜川は、嘉永3年から明治元年までの19年の間に堤が切れたことが5度もあった。なかでも明治元(慶応4)年の洪水は最も惨害を極め、沿岸の村落や耕地をのみこみ、人家一万余戸に被害をおよぼした。

そこで安間村*1にいた金原明善(きんぱら めいぜん)は、沿岸住民とのあいだに協力会社を設立し、治水事業に尽力していた。ところが明治10年に県の治水の予算が4万円に縮小。静岡県には大川巨河が多いため、天竜川の治水事業には1万円しか割り当てられなくなった。 

これまで年間2万6千円の費用がかかっていた事業である。このままでは工事を中止しなければいけない。明善翁は「斃れて止む」との決心を住民に約束して治河協力会社を設立していた。むろん翁自身は天竜川のために斃れることは差しつかえない。だが、その後はだれが天竜川の水防に取り組み住民を救うのか。それまで幾度となく県庁に哀願していた翁は、10年の暮れ頃になりある覚悟決めた。

「非常の事業を全うするには、非常の決心をせねばならぬ。お上も恃むに足らず、河下の人間も力とするに足らぬうえ、ただ頼むは自己の熱誠のみであるここで徒らに日を送ることは、餓死を待つ同様である」

f:id:hikaze:20151205191305p:plain

12月中旬。表向きは博覧会見物として妻・玉城を連れて上京する。翁はまず、本郷の真光寺にむかい川村正平を訪ねた。川村は半年ほどまえ太政官の命で地方を調査し、翁の治水にかける熱意に感服した人物であった。

事情を聴いた川村は、宮内侍補の土方久元を紹介するといい、土方家まで同道した。土方も翁の熱意にうたれ、吉井友実から大久保内務卿に伝えた。

 当時、大久保公は多忙であったが「そういうことならば12月26日に霞ヶ関の官舎で面会する。同日午前出頭せよ」と命じた。

こうして12月26日、明善翁はこれまでの事情を一通り説明したあと、
「政府として人民保護の処置を尽くさなければ、沿岸の土地住民は滅亡するほかない」

と陳述した。 

するとそれまで黙していた大久保公は、
「われは天竜川の内務卿にあらず、天下の内務卿である。天竜川の沿川における人民の窮状はまことに気の毒ではあるが、天竜川の沿川だけを救済するわけには参らぬ」
と拒絶。

明善翁は冷水を浴びせられたようであったがどうにか気を取り直し力を込めて訴えた。

「この上は致し方ありませぬ。私には非常の大決心がありますが、それならば御聞き届け下さるでありましょうか」 

「非常の決心とは如何なる意味であるか」 

「我家の先祖代々所持しております家産をすべて献納して工事費を償いますから、不足額の補助を願いたい」 

「その金はどのくらいある」

「よく調査しなければわかりませんが、家産全部を売却すれば、四万円ほどはあろうと信じます」

この決心を聞いても大久保公は、
「一応考えてみよう。今日はまずこれにて帰ってよろしい」
としか言わなかった。

こうして明善翁は川村正平の家へ戻った。翁は、おそらく駄目であろう、生きては郷里に帰られぬ、神も仏も我が熱誠を見てはくれぬのか、と失望していた 

翌朝、上京中の静岡県令大迫貞清から、翁に出頭せよとの命があった。江戸払いでも受けるのであろう、と大迫県令の宿所を訪れると、
「昨日、君は天竜川の沿川の状態について、内務卿に詳細陳情したということであるが、内務卿からの命が下って、さっそく県庁にあてて願書を差し出すべき旨の沙汰があった。君の願意は叶ったのである」
と意外なことを告げられる。 

これを聞いて翁は涙を流して喜んだとのことである。それから旅館に戻り、玉城に「お上のため先祖伝来の家財をすべて差し出す。財産は一切残らない」と告げた。

さらに、これからは自活のために月給取りになる、と言い、それでも天竜川の治水が成功しないときには、「お前と共に樽の中へ入って、天竜川の河底へ埋めてもらう。そうして命のあるあいだ鉦を叩いて、天竜川に厚意を持つ者を守護し、天竜川に反対する者をとり殺す。最後の手段はこれしかあるまい」と玉城に言った。

家産献納のことを知った山岡鉄舟は、
「お前、そんなことをしてどうする。それほどにせずとも法の立てようがあるではないか」

と言うと、明善翁は、
「私は借金のない車夫になった心でやります。世には借金を持った車夫さえあるではありませんか」
と答えたという。

そうして玉城を東京に残したまま、郷里に帰り、治河協力会社で家産公売の手続きをした。そして『財産献納願書』を区長や治河協力会社の社員ら9名が連署して11年の3月、県庁に提出

ところが県庁では、一家の全財産を受けいれるわけにはいかない、として一部を明善翁の生計に差しつかえないように下げ戻し、残りを治水事業に出金させた。さらに治水工事のために年間2万3千円の補助金を下付することが許可された。こうして翁の素志が貫徹されたのであった。

後年明善翁明善は次のように人に語ったという。

大久保内務卿は大迫県令に対し、若し明善翁より全財産を提供するにおいては、斯々の条件を付して指令を与えるべしとの命を、予め下し置かれたものではないかと思われる。内務卿は霞ヶ関において、私の長い歎願を黙して聴いておられたが、国家多事の際国政の上からいえば勿論大事件とはいえない一小部分の問題であって、所詮採用は駄目だと諦めていたが、わずかに一日の詮議を以て、斯くまでに徹底したる裁許を仰いだことは感歎の外はない。——勝田孫弥『甲東逸話』

そして『甲東逸話』の著者は以下のように記している。

斯の如く、甲東の決断で明善翁は願意を遂げ、その面目も立ち、初めて蘇生の思をしたのである。而して天竜川の治水の基礎、植林堤防の方法も備わり、沿川における数万の人民のために生命財産が全く保護されるようになったのは、実に甲東の賜物であったのである。
 後年伊藤博文が内務卿たりしとき、やはり天竜川の治水問題で、内務省に詮議を願い出たことがあった。伊藤内務卿を初め、各局課に至るまで、なかなか議論家が多く、法律の解釈、規則の見解と、荏苒日を重ね、遂に三ヶ月もかかったのである。
 同じく治水の問題で、伊藤内務卿の時代は三ヶ月を費やし、大久保内務卿の時にはわずかに一日にて処断された。明善翁は一日と三ヶ月とを比較して大久保内務卿の手腕力量に鑑み、「たとい時代の推移はあるにせよ、その人物の等差も隔たりがあるものである。」というていた————勝田孫弥『甲東逸話』

 

 参考 勝田孫弥『甲東逸話』 静岡県知事官房編『金原明善と其事業』 渡辺霞亭『金原明善翁』

コメント

memo ∞ 「山川健次郎 伝/2018.1.22安倍首相施政演説の引用人物」

2018-01-23 | 雑記

            

白虎隊士から東大総長へ(山川健次郎)http://www7a.biglobe.ne.jp/~jigenji/kenjirou.htm

 東京帝国大学総長になった白虎隊士がいる。会津若松城の籠城戦を経験し、会津藩だけでなく敵方の薩摩および長州の藩士の期待を一身に集め、朝敵(新政府軍)から異例の出世を遂げた男の名は山川健次郎である。

 健次郎はペリーが黒船で来航した翌年の嘉永7年(1854)に生まれた。山川家は代々300石の中級藩士の家柄であったが、祖父の代には家老職の家格となった。幼くして病で父を亡くした。兄は山川大蔵(後に浩)、妹は後に鹿鳴館の華と云われた山川捨松である。
大蔵は新政府軍が城を包囲する中を彼岸獅子の楽隊を先頭に入場し、籠城戦では家老として総指揮をとった。また明治3年の会津藩のお家再興では、筆頭家老にあたる大参事となり斗南藩を文字通り牽引した。

 

 鳥羽伏見の戦いで惨敗した会津藩は、江戸に戻るや急いで洋式の軍隊に改めた。これまでの会津藩は青年から老人まで同じ部隊に属しており、体力にばらつきがあり統一行動を取れなかった。そこで年齢別に部隊を編成し直した。

 15歳から18歳までの白虎隊、18歳から35歳の精鋭の朱雀隊、36歳から49歳の青龍隊、50歳以上の玄武隊の4部隊に編成した。さらに階級によって士中隊、寄合隊、足軽隊に区分した。各隊の任務は朱雀隊が実戦部隊、青龍隊が藩境の守備、玄武隊と白虎隊は予備隊とした。飯盛山で自刃して知られている白虎隊士は、白虎士中二番隊42名の生き残った19名のことである。
また藩内から20歳から40歳の農兵3千人を集め、正規軍を合わせると総勢約7千人の部隊を組織した。河井継之助の仲介もあって、スネル兄弟から洋式銃を大量に入手し、洋式調練を急いだ。

ところが訓練の段階で、15歳の少年に鉄砲はあまりにも重過ぎて、健次郎少年を含む15歳の年少組を訓練から外した。

 慶応4年8月22日、新政府により国境の母成峠が破られ、白虎隊の護衛のもとに藩主松平容保は滝沢峠に出陣した。健次郎は滝沢口まで白虎隊について行ったが、ここで年少組は待機となる。運命のいたずらか、これが健次郎が見た白虎士中二番隊の最後の姿であった。健次郎は城に戻り籠城戦に加わったが、雨あられとふる弾丸の中で、毎日この世の地獄を見ていた。
9月22日朝、ついに城に白旗があがった。

 開城後、猪苗代に謹慎していた健次郎に対し、重臣が相談した結果越後へ脱走の藩命がでた。長州藩士奥平謙輔と会津藩秋月悌次郎との密約により、会津の将来を託する人材として健次郎に白羽の矢が当ったのである。
危険を冒して先導してくれた僧に助けられ、健次郎は新潟で奥平に会った。奥平に随行し一時佐渡や新発田に滞在したが、明治2年5月に東京の長州藩の屋敷に入り奥平の書生になった。

 明治4年、北海道開拓使で技術者養成のため、何人かの書生をアメリカに留学させることになり、その一員に選ばれた。留学生を選定するにあたり、旧幕府側に理解を示す開拓使の薩摩の黒田清隆がいたことが幸いした。北海道は寒いということで、薩長からだけの選抜を退けた。健次郎は長州の奥平謙輔に助けられ、今度は薩摩の黒田清隆に救われた。 
よく明治4年正月、黒田に引率されて健次郎はアメリカに向った。

 ここで難関のエール大学に合格する。健次郎はアメリカとの国力の差は日本人の理学の軽視であると感じ、自らの専攻を物理とした。新政府側の各藩が競って留学生を送り出した結果、勉学しない学生が増加し、国費での留学に批判が出てきた。健次郎にも帰国命令がきたが、現地人が「帰国後、日本のために頑張るなら」という条件で学資の援助をした。
滞米4年、エール大学で物理学の学位を取得し帰国の途についた。思えばかっての敵である奥平、黒田そしてアメリカの人達、そして会津の多くの人に支えられての卒業であった。

 帰国した健次郎は東京大学の前身である東京開成学校の教授補として就職した。明治12年には 日本人として最初の物理学教授となった。
明治19年(1886)、帝国大学令が発布され、東京大学は東京帝国大学になった。東京帝国大学は文科大学、理科大学、医科大学、工科大学、法科大学の5つの単科大学で構成され、明治26年に40歳で理科大学長になった。
そして明治34年(1901)、健次郎48歳で東京帝国大学総長に選ばれた。朝敵の汚名を着せられた会津藩からの最高学府の総長就任はまさに異例のことであり、旧会津藩の関係者は涙を流した。

 その後、51歳で貴族院議員、52歳で東京帝国大学総長を辞任するも、58歳で九州帝国大学初代総長、60歳で再び請われて東京帝国大学総長に復帰、61歳で京都帝国大学総長を兼任、62歳の大正4年(1915)遂に男爵となった。

 昭和6年(1931)6月、恩師である長州の奥平謙輔の書が飾ってある自宅で、健次郎は静かに眠りについた。
伝通院の葬儀では東京帝国大学総長の小野塚喜平次が弔辞を述べた。小野塚は長岡の出身で米百俵で設立された国漢学校に学び、東京帝国大学、ドイツ、フランスの留学で法律を学んだ。
最後に会津出身の健次郎を送りだしたのは、偶然にも長岡出身で共に辛酸をなめた小野塚だったのである。
会津白虎隊の勇士は77歳で青山墓地に眠る。

コメント

memo ∞【国会中継最新】河野太郎の演説が頼もしすぎる!あの国とガチでやりあう強気外交を凄まじい勢いで宣言!【アパッチのおたけび】

2018-01-23 | 雑記

首相施政演説のおまけ…すごい勢いですね〜「ごまめの寝言」ではありませんよ!

【国会中継最新】河野太郎の演説が頼もしすぎる!あの国とガチでやりあう強気外交を凄まじい勢いで宣言!【アパッチのおたけび】

コメント

memo ∞ 「安倍首相の施政方針演説 その1」:日本経済新聞

2018-01-23 | 雑記

安倍首相の施政方針演説  一 はじめに :日本経済新聞 その1

22日、衆院本会議で施政方針演説をする安倍首相
 ◯その2(五 六 七)の終わりに、全演説の録画 youtubeを掲載しておきました。

 150年前、明治という時代が始まったその瞬間を、山川健次郎は、政府軍と戦う白虎隊の一員として、迎えました。

 しかし、明治政府は、国の未来のために、彼の能力を生かし、活躍のチャンスを開きました。

 「国の力は、人に在り」

 東京帝国大学の総長に登用された山川は、学生寮をつくるなど、貧しい家庭の若者たちに学問の道を開くことに力を入れました。女性の教育も重視し、日本人初の女性博士の誕生を後押ししました。

 身分、生まれ、貧富の差にかかわらず、チャンスが与えられる。明治という新しい時代が育てたあまたの人材が、技術優位の欧米諸国が迫る「国難」とも呼ぶべき危機の中で、我が国が急速に近代化を遂げる原動力となりました。

 今また、日本は、少子高齢化という「国難」とも呼ぶべき危機に直面しています。

 この壁も、必ずや乗り越えることができる。明治の先人たちに倣って、もう一度、あらゆる日本人にチャンスをつくることで、少子高齢化もきっと克服できる。今こそ、新たな国創りの時です。

 女性も男性も、お年寄りも若者も、障害や難病のある方も、全ての日本人がその可能性を存分に開花できる、新しい時代を、皆さん、共に、切り開いていこうではありませんか。

二 働き方改革 長時間労働の慣行打破  :日本経済新聞

「働き方改革」を断行いたします。

 子育て、介護など、様々な事情を抱える皆さんが、意欲を持って働くことができる。誰もがその能力を発揮できる、柔軟な労働制度へと抜本的に改革します。戦後の労働基準法制定以来、70年ぶりの大改革であります。

 長年議論だけが繰り返されてきた「同一労働同一賃金」。いよいよ実現の時が来ました。雇用形態による不合理な待遇差を禁止し、「非正規」という言葉を、この国から一掃してまいります。

 所得税の基礎控除を拡大する一方、サラリーマンなど特定のライフスタイルに限定した控除制度を見直すことで、働き方に左右されない税制へと改革します。

 我が国に染みついた長時間労働の慣行を打ち破ります。史上初めて、労働界、経済界の合意の下に、36協定でも超えてはならない、罰則付きの時間外労働の限度を設けます。専門性の高い仕事では、時間によらず成果で評価する制度を選択できるようにします。

 「新たな働き方を開発すれば、大手に負けない戦い方ができる」

 若いベンチャー経営者が私に語ってくれました。テレワークや週3日勤務を積極的に導入することで、家庭の事情で大企業を辞めた優秀な人材を集めることに成功しています。

 働き方改革は、社会政策にとどまるものではありません。成長戦略そのものであります。

 ワーク・ライフ・バランスを確保することで、誰もが生きがいを感じて、その能力を思う存分発揮すれば、少子高齢化も克服できるはずです。

 新しい時代を切り開く「働き方改革」を、皆さん、共に、実現しようではありませんか。

三 人づくり革命  :日本経済新聞

【全世代型社会保障】

 少子高齢化を克服するために、我が国の社会保障制度の改革を力強く進めていかなければなりません。

 来年10月に引き上げる予定の消費税財源を活用し、お年寄りも若者も安心できる「全世代型」の社会保障制度へと、大きく転換してまいります。同時に財政健全化も確実に実現します。この夏までに、プライマリーバランス黒字化の達成時期と、その裏付けとなる具体的な計画をお示しいたします。

 現役世代が抱える、介護や子育ての不安を、解消します。

 2020年代初頭までに、50万人分の介護の受け皿を整備します。4月から介護報酬を引き上げ、ロボットなどを活用して、現場で働く皆さんの負担軽減、労働環境の改善に取り組みます。

 介護人材の確保に向けて、処遇改善を進めます。既に、自公政権で月額4万7千円の改善を行いましたが、来年秋からは、リーダー級の職員の皆さんを対象に、さらに、8万円相当の給与増を行えるような処遇改善を実現することで、他産業との賃金格差をなくしてまいります。

 保育施設についても、この5年間で、政権交代前の2.5倍以上のペースで、当初の目標を上回る59万人分の受け皿を整備してまいりました。こうした中で、子育て世代の女性の就業率は、5ポイント上昇し、過去最高となりました。今や、25歳以上の全ての世代で、米国よりも高くなっています。

 女性活躍の旗を高く掲げ、引き続き、待機児童の解消に全力で取り組みます。補正予算の活用に加え、経済界の拠出金負担を引き上げ、「子育て安心プラン」を前倒しします。待機児童対策の主体である市区町村への支援を都道府県が中心となって強化します。2020年度までに32万人分の受け皿整備を目指し、来年度10万人分以上を整備いたします。

 これまで、自公政権で、保育士の皆さんの処遇を月額3万円相当改善し、さらに経験に応じて4万円の加算を行ってまいりました。これに加えて、今年度、月額3千円の処遇改善を実施します。来年もさらに3千円引き上げ、他産業との賃金格差を埋めることで保育士の確保に全力で取り組みます。

【教育の無償化】

 これまで段階的に進めてきた幼児教育の無償化を、2020年度を目指し、一気に進めます。お約束した、幼稚園、保育園、認定こども園に加え、無償化の対象について、現場や関係者の皆様の声を踏まえ、この夏までに結論を出してまいります。

 格差の固定化は、決してあってはならない。貧困の連鎖を断ち切らなければなりません。

 生活保護世帯の子どもたちへの支援を拡充します。公平性の観点から給付額を見直す一方、食事など生活習慣の改善、放課後の補習など、子どもたちへのきめ細かな支援を充実します。大学に進学する際には、住宅への扶助について、現行制度を改め、給付水準を維持するとともに、新生活に必要な費用を援助する新しい制度を創設します。

 本年より、児童扶養手当の所得制限を引き上げ、50万を超える世帯で支給額を増やします。さらに、来年からは、支払い回数を年3回から6回に増やすことにより、ひとり親家庭の生活の安定を図ってまいります。

 児童養護施設で育った若者が、先日、自分の夢を、私に語ってくれました。

 「自動車の完全自動運転を実現させたい」

 彼は、この春、学費免除と給付型の奨学金を得ることで、青山学院大学理工学部への進学がかないました。

 「春からは、初めての土地で頼る者もいない不安はありますが、皆様に頂いたチャンスを生かし、自分の夢に向かって全力を尽くします」

 子どもたちの誰もが、夢に向かって頑張ることができる。これが当たり前となる社会をつくることは、私たち大人の責任であります。

 どんなに貧しい家庭に育った子どもたちでも、高校、高専にも、専修学校、大学にも進学できるチャンスを確保します。2020年度までに、公立高校だけでなく、私立高校についても、現行の加算額を大きく引き上げることで、実質的な無償化を実現します。

 来年度から、新たに1万7千人の大学生の授業料を減免します。昨年からスタートした給付型奨学金についても、この春から、新たに2万人の子どもたちに支給します。

 その支給額を、再来年4月からは、学生生活を送るために必要な生活費が賄えるよう、大幅に増やすとともに、住民税非課税世帯の意欲ある全ての子どもたちに支給します。授業料の減免措置も思い切って拡充いたします。これに準じる経済的に厳しい家庭の子どもたちにも、しっかりと必要な支援を行います。これらの施策を通じて、真に必要な子どもたちの高等教育無償化を実現します。

 大学の在り方も、また、変わらなければなりません。社会のニーズにしっかりと応えられる人材を育成できるよう、学問追究のみならず人づくりにも意欲を燃やす大学に限って、無償化の対象といたします。

 これらの高等教育無償化に向けた詳細な制度設計について、夏までに結論を出してまいります。

【多様な学び】

 この春から、道徳が、全ての小学校で正式な教科となります。公共の精神や豊かな人間性を培い、子どもたち一人ひとりの個性を大切にする教育再生を進めてまいります。

 フリースクールの子どもたちへの支援を引き続き行います。いじめや発達障害など様々な事情で不登校となっている子どもたちが、自信を持って学んでいけるよう、環境を整えていきます。

 若い頃、何らかの事情で学校に通えなかった皆さんには、夜間中学での学びの場を提供してまいります。

 若宮正子さんは、80歳を過ぎてから、コンピューターを学び、ゲームを開発。世界中から注目を集めました。

 「人生100年時代、学齢期の教育だけでは不十分です」

 若宮さんはこう述べました。いくつになっても、誰にでも、学び直しと新たなチャレンジの機会を確保する。雇用保険制度も活用し、リカレント教育の抜本的な拡充を図ります。

 人生100年時代を見据えて、教育の無償化、リカレント教育の充実など、経済社会の在り方を大胆に改革していく。あらゆる人にチャンスがあふれる一億総活躍社会に向けて、人づくり革命を、皆さん、共に、進めていこうではありませんか。

四 生産性革命 攻めの投資 力強く支援  :日本経済新聞

【中小・小規模事業者の生産性向上】

 5年間のアベノミクスにより、日本経済は、足元で、28年ぶりとなる、7四半期連続プラス成長。4年連続の賃上げにより、民需主導の力強い経済成長が実現し、デフレ脱却への道筋を確実に進んでいます。本年、就職を希望する大学生の9割近くが、既に内定をもらって新年を迎えることができました。過去最高の内定率です。正社員の有効求人倍率も1倍を超え、正社員への転換が加速しています。

 他方、中小・小規模事業者の皆さんは、深刻な人手不足に直面しています。キャリアアップ助成金を拡充して、人手確保を支援することと併せ、生産性向上に向けた攻めの投資を力強く支援します。

 3年間で100万者のIT導入を支援します。自治体の判断により、固定資産税をゼロにする新たな制度をスタートします。積極的に取り組む自治体では、ものづくり補助金や持続化補助金による支援を重点的に実施します。

 下請け取引の適正化に向け、製造業や小売り・流通などの分野で、業界ごとの自主行動計画の策定を進めます。6万社を対象に改善状況の調査を行い、厳格な運用を確保することで、取引条件の改善に努めてまいります。

 経営者の高齢化が進む中で、事業承継税制を抜本的に拡充し、相続税を全額猶予といたします。併せて、中小・小規模事業者の特許料を半減し、オンリーワンの技術やノウハウを守り、次世代に引き継いでいきます。

 中小・小規模事業者の生産性向上を進めることで、賃金上昇、景気回復の波を、全国津々浦々へと広げてまいります。

【政策の総動員】

 明治時代、豊田佐吉は、織機を作る小さな会社を立ち上げました。

 「研究と創造に心を致し、常に時流に先んずべし」

 愛知に生まれた小規模事業者は、その後、織機の自動化への挑戦、自動車の開発、次々と最先端のイノベーションにチャレンジすることで、世界に冠たる大企業へと成長しました。

 IoT、ロボット、人工知能。今、世界中で「ソサエティー5.0」に向かって、新たなイノベーションが次々と生まれています。この「生産性革命」への流れを先取りすることなくして、日本経済の未来はありません。

 2020年を大きな目標に、あらゆる政策手段を総動員してまいります。

 3%以上の賃上げを行い、積極的に投資を行う企業には、法人税負担を25%まで引き下げ、世界で十分に戦える環境を整えます。他方、収益が拡大しているにもかかわらず、投資に消極的な企業には、研究開発減税など、優遇税制の適用を停止します。

 生産性革命に向けた新法を制定します。規制のサンドボックス制度を創設し、既存の規制にとらわれることなく、企業が革新的なサービスやビジネスモデルにチャレンジできる環境を整えます。革新的なイノベーションに挑戦する企業には、思い切って、法人税負担を20%まで軽減します。

 コーポレートガバナンス(企業統治)改革も行い、生産性革命に向けた果断な経営判断を後押ししてまいります。

 イノベーションの拠点となる大学の改革を進めます。経営と研究の分離によるガバナンス改革を支援します。

 民間資金を積極的に取り込む大学に支援を重点化し、政策資源を若手研究者へと大きくシフトします。統合的かつ具体的なイノベーション戦略を夏までに策定し、速やかに実行に移してまいります。

【行政の生産性向上】

 行政も、また、生産性向上に向けて努力を進めていかなければなりません。

 社会保障などに係る申請手続きを大胆に簡素化し、法人の設立登記は、オンラインで24時間以内に完了するようにします。あらゆる電子申請において添付書類ゼロを実現します。

 公文書管理の透明性を高めながら、行政事業レビューを徹底的に実施し、行政改革を不断に進めてまいります。

 PFI法(民間資金を活用した社会資本整備法)を改正し、運営の自由度をさらに高めることで、民間のノウハウや資金を活用した、公共インフラの充実、サービスの向上につなげます。

 新たなイノベーションを生み出す、規制・制度改革を大胆に進めます。ビッグデータ時代に対応し、行政が保有する様々なデータから新たな付加価値を生み出すため、公開、民間開放を原則とします。

 通信と放送が融合する中で、国民の共有財産である電波の有効利用に向けて、大胆な改革を進めてまいります。

五 地方創生  :日本経済新聞

六 外交・安全保障  :日本経済新聞

七 おわりに  :日本経済新聞

コメント

memo ∞「米家電見本市「CES 2018」開幕、次世代技術の競演で際立つ自動車各社」…トヨタ事例

2018-01-09 | 雑記

◯ 家電見本市CES 2018」開幕、次世代技術の競演で際立つ自動車各社

 

【電子版】トヨタ、自動運転EVで宅配や移動ホテル アマゾンなどと提携(動画あり) | 自動車・輸送機 ニュース | 日刊工業新聞 電子版 https://www.nikkan.co.jp/articles/view/00456813?twinews=20180109

(ブルームバーグ)トヨタ自動車はインターネット通販最大手の米アマゾン・ドット・コムやライドシェア大手のウーバー・テクノロジーズなどと提携し、自動運転や電動化技術を用いて小売りや外食、配送などさまざまな事業者が活用できる移動車両サービスに取り組むと発表した。

ラスベガスで開かれた国際家電見本市(CES)で現地時間8日明らかにした。トヨタの発表資料によると、アマゾン、ピザハット、配車サービスを手がける米ウーバーや中国の滴滴出行、マツダが初期パートナーとして参画し、実証事業などを進めていく。

「eパレット」と名付けられた専用EVコンセプトは、バスのような箱形の低床形状とし、全長4メートルから7メートルまで三つのサイズを備えることを想定しており、内装に手を加えることでライドシェアやホテルの客室、宅配、小売店などさまざまな用途に応用できるようにする。将来的には複数の事業者による1台の車の相互利用なども視野に入れており、2020年代前半に米国などで実証試験を実施する予定。

トヨタはこのサービスの展開にあたり、車両制御のインターフェース(規格)を外部に開示。これによりさまざまな企業が開発した自動運転システムの搭載が可能になるとしている。豊田章男社長は「eパレット」のコンセプトは、これまでの車の概念を超えて消費者にサービスを含めた「新たな価値が提供できる未来のモビリティ社会の実現に向けた大きな一歩」と発表文の中で述べた。

オープニング映像 (3:02)

2018/01/08 に公開

トヨタ自動車株式会社(以下、トヨタ)は、2018年1月9日(火)~12日(金)に米国ネバダ州ラスベガスで開催する2018 International CESにおいて、移動、物流、物販など多目的に活用できるモビリティサービス(MaaS)専用次世代電気自動車(EV)、“e-Palette Concept”を出展します。

詳しくはこちら:https://newsroom.toyota.co.jp/jp/corp...

トヨタグローバルニュースルーム: http://newsroom.toyota.co.jp/
トヨタ企業サイト: http://www.toyota.co.jp/
トヨタ自動車公式ツイッター: http://www.twitter.com/Toyota_pr/
トヨタ自動車公式フェイスブック:http://www.facebook.com/ToyotaMotorCo...

 

 基本機能説明映像


(おまけ)
日経CNBC‏ @NIKKEI_CNBC 【日経TechLiveX「ラスベガスと東京でスタートアップとクルマの未来を考えよう」】1月9日(火) 20:15~の放送では、世界最大の家電見本市CES」が開かれるラスベガスと東京を結び、CESで存在感を増すスタートアップや自動運転などEVの今後を徹底議論する。詳細はこちら→
 
 

 世界最大の家電見本市「CES」が9日、米ラスベガスで開幕する。薄型テレビやスマートフォンなどこれまで主役を演じた製品は世界的に普及が進み、技術革新の余地は乏しくなってきた。代わって主役の座を奪いそうなのは自動車だ。あらゆるモノがネットにつながる「IoT」や人工知能(AI)の実用化を背景に、新旧勢力が関連技術を展示。自動車業界の構造変化を色濃く反映しそうだ。

「多くの新しい企業、非伝統的な企業が今年のCESに出展している。テクノロジーが様々な産業、生活のあらゆる場面に影響を及ぼすようになったためだ」。2017年1月の前回CESで、主催団体である米民生技術協会(CTA)のゲイリー・シャピロ会長はこう説明した。

 毎年注目を集める基調講演でも米クルーズ船運航大手のカーニバルや、スポーツ用品の米アンダーアーマーのトップが登壇。いずれもIoTを活用した新サービスなどについて説明した。CESが家電業界だけのお祭りではなくなっている証左であり、18年もこの傾向が続くのは確実だ。

 家電製品の成熟化をにらみ、CTAは数年前から取り上げる製品やサービスの幅を広げることに注力してきた。昨年は約4千社が出展し、来場者数は18万4千人と過去最高を更新した。18年も出展数は3900社超、来場者も17万人を上回る見通しで、引き続き活況が予想されている。

「家電のお祭り」に自動車メーカーの出展が増えている(17年1月の前回CES、米ラスベガス)
コメント

memo ∞ 「書道家  篠田桃紅/あさイチで有働さんがインタビュー」

2017-12-14 | 雑記

◯あさイチで有働さんがインタビュー「書道家;篠田桃紅」…6時間ほどお付き合いいただいたとのこと。もう、仙人(仙女)の域ですね〜 

老いるということは「野暮」、江戸前の「粋」ではありません。珍種の一種ですね〜 104歳、語る言葉が、身に沁み、後光をいただいているようですね〜

阿南akaアンナ万里 @Annan3 104歳の美術家篠田桃紅氏

「日本の男はうぬぼれてる」 「独りで淋しくはない」 「死のことは考えない」 「人の生き方はその人にしかできない。私はお手本にはならない」 等とバッサリ。爽快。 有働アナによれば、必ず「これは私の考えだから正しいかどうかわからない」と加えるそう。謙虚。 #あさイチ

みどりは* @popoponopo214 テレビに…

「皆信じてる」 「影響力が強い」 「身を引き締めてやってください」 人生を104年やってきた方、篠田桃紅さんのお言葉… 耳が痛くなった関係者はまだいいのかも知れない… #あさイチ

 

 

あさイチ  12月14日 9時台の企画 篠田桃紅~104歳のメッセージ~

104歳の現役美術家・篠田桃紅さん。従来の「書」の枠を超えた、墨を使った抽象表現で世界的に評価されてきました。
生涯独身をつらぬき、戦後まもなくNYへ単身渡米するなど、激動の1世紀を強く自由に生き抜いてきた篠田さん。その率直で含蓄豊かな言葉は今、幅広い世代の人から注目されています。
今回、有働アナウンサーが1人暮らしのご自宅を訪ねインタビュー。作品を制作することへのこだわりはもちろん、「死」について、結婚について、人生について、さらに日本と日本人の100年を見つめて思うことなどを聞きました。

VTRゲスト:篠田桃紅さん、有働由美子アナウンサー(インタビュアー)

【最新まとめ速報】まとめまとめ(公式)‏ @matomame3

【あさイチ】104歳の現役美術家・篠田桃紅が登場! NHK 12/14

タクちゃん篠田桃紅さんを観る。

これまた「あさイチ」で。
昨年の今頃、梅田の阪急百貨店で小さな展示会があって、はじめて作品に触れ、何かしら女性に非ざる力強さと、女性らしいしなやかさを感じたのだけど、
T.Vだけど拝見して、なるほどと自分なりに腑に落ちた。 

  

篠田桃紅

Yoshifumi Arai      2016/10/30 に公開

    




 
コメント

memo ∞ 「新嘗祭、関連まとめ」

2017-11-24 | 雑記

アメリカのサンクスギビングデー(毎年11月の第4木曜日)も日本の勤労感謝の日(毎年11月23日)も両方とも国民の休日です。異なる点はいろいろありますが、日本のほうが文字通り労働者にプレゼントや感謝状を贈るなど、働いている人に感謝の気持ちを表すといった意味あいが強いように思います。アメリカでは、その感謝の対象は人々やイベント、また信仰が深い人であれば神様など、とても幅広く抽象的です。

コメント