ふうちゃんのお城ブログ

お城巡りについての記録、城郭検定試験の体験談

第31回ふうちゃんのお城ブログ 群馬県の日本百名城・金山城をゆく

2021-11-15 11:18:33 | 日本百名城

群馬県の日本百名城 金山城を訪ねました。

金山城案内図

城廻を始めて頃、一度訪ねたことがあります。

今回、関東の石垣の城としてのよさと関東平野の景色を堪能しました。

太田道灌が「天下の名城」とここを訪ねて絶賛したといいます。

『離合集散が激しい時代であり

いつ何時、双方が敵対するとも限らない中

道灌に敢えて手の内を見せ、

「寄らば斬るぞ」という抑止力があったかもしれない』』

という、伊東潤「歴史作家の城めぐり」の一節を思い浮かべながら、

昨日の共は今日の敵の時代、

相手に手の内を明かしたということは、

ここを攻めても無駄だとという思いにさせたのではないか。

と考えました。

今私たちが見る石垣は、道灌が見た者とはちがうかもしれませんが、

古い石垣が残っていました。

それがこれです。解説もありました。(新田神社の裏にあります)

では、いよいよわたしが実際に目にした今の石垣に向かいます。

その前に月の池と日の池を紹介します。

月の池

日の池 左右の四角は井戸

山の上にこのように水をたたえた大きな池が2つもあるのです。

まして、この池は2つとも石垣で囲まれています。

ローマの史跡のようだと感じた人もいるようです。

日の池の左右に見える四角く、格子の蓋があるのは井戸です。

飲料水は井戸で賄い、

池は戦勝祈願

雨乞いなど

神聖な儀式に用いたのではないか

という説もあります。

いよいよ石垣が登場します。

石敷の道をいきます。

大手虎口です。

実城(本丸)向かうための通路を厳重に守っていた一大防御拠点。

高く積まれた石垣は、敵を威圧し、城の威厳を示しています。

周囲の石垣です。

段築です。(高石垣ではなく、少しずつ上に積み上げていきます)

これは積み上げた石垣ではなく自然の岩盤です。

麓にあるこのような石を切り出して、石垣に使ったそうです。

 

本丸には新田神社があります。

新田義貞をご祭神としています。

この城を造った岩松家純は新田一族です。

 

そして、三の丸からのこの景色がなんと言っても素晴らしかったです。

金山城は石垣の立派な城でした。

室町時代に東の関東でこのように立派な石の城が造られたことに驚かされます。