えりこのまったり日記

グダグダな日記や、詩的な短文、一次創作の書き物など。

あなたのいた場所に7話・新しい世界へ

2019-10-02 22:52:13 | 書き物
3月の始め、夕べから冷え込んでいたのが雪に変わった日。
夕方から始まった歌入れが、日をまたぐ頃にやっと終わった。
メジャーレーベルへの移籍が決まったのが1月。
そして、レーベルの担当者の阿部さんの案で、デビュー曲は新曲をシングルで出すことになったのだ。
新曲をと言われた時、以前書いてウイングスには合わないと、寝かせていた曲を思い出した。
移籍が決まった頃にデモを作っておいたのを皆に聴いてもらった。
始めはバラードのテンポで始まり、途中からテンポを上げて、最後はゴスペル風に盛り上がる。
全員でのぴったり合ったゴスペルのコーラスが必要だけど、うまく填まれば派手に盛り上がるはず。
阿部さんにも聴いてもらって、デビューシングルは決まった。
それから、バンドの編曲、コーラスを仕上げるのを2月からライブの合間を縫って、皆でやって来た。
そして、最後の仕上げが今日のレコーディング。
演奏、メインボーカルと順にレコーディングして行き、最後は全員でのコーラスだった。
ブースから出て、皆でお疲れさまを言い合った。
マネージャーの尾形さん、レーベルの阿部さん…事務所の社長まで来てくれたのだ。
「皆お疲れさま。レコーディングはこれで終わり。細かい作業は残ってるけど、これからは平行してプロモーションが待ってるから、頑張ってくれよ」
社長の言葉を聞いてるみんな、どこかホッとした顔。
でも、社長の言う通りこれからプロモーションが待ってる。
ショップ周り、ラジオ出演、音楽雑誌のインタビュー…インディーズの時だってやってはいたけど、規模が違う。
張りつめていた気持ちを緩めて、ふう、と息を吐いた。
高揚してるけれど、どこか『始まってしまった』って気持ちもある。
アマチュアバンドから始めて、ライブハウスでのライブ、インディーズデビュー、そしてメジャーレーベルへの移籍。
やりたいことだし、好きな音楽の世界だけれど…
これからどうなって行くんだろうって、不安にもなってしまう。
そんなことを考えていたら、高梨さんが私の腕をポンポン、と叩いた。
「洋子ちゃん、どうした、疲れた?」
「あ、お疲れさまでした。あの…ちょっと…」
「不安になって来た?」
「…分かります?」
「分かるよ、そんな顔してるからね」
そう言ってくれる高梨さんは、笑顔。
こんな時、高梨さんはいつも声をかけてくれたり笑顔を向けてくれる。達也がいなくなって、ボーカルの場所に立つようになって。
戸惑ったり迷ったりすると、高梨さんはずっとこうして私を落ち着かせてくれた。
「高梨さんがそんな風に言ってくれると、なんか落ち着きます、もう大丈夫」
「そっか。一人で不安にならないで何でも言いなよ」
これから一旦自宅に帰ってから、午後になったら取材がある。
でも、高梨さんは掛け持ちしてるミュージシャンのレコーディングスタジオに行くみたいだ。
「あの、高梨さんもちゃんと身体休めてください…忙しいとは思うんですけど」
「…ありがとう。洋子ちゃんも喉のケアするんだよ」
「…はい」
こんな大事なメンバーがいるんだもの。
不安になることなんて無い。
立ち止まらないで走ろう。
高梨さんの背中を追うように、荷物を持ってスタジオの外に出た。
外はまだ少し雪がパラついていた。
高梨さんが止めてくれたタクシーに乗せてもらって、途中で下ろしてもらうことにした。
「洋子ちゃん、まだあのアパートだよね」
「はい」
「あのライブハウスにはいいけど、今は不便じゃないか?」
「そうなんですけど…どこにしようか迷ってて」
「…事務所に近い方が色々便利かもな」
アパートの近くで下ろしてもらって、高梨さんは次の仕事に向かった。
部屋に帰り、ベッドに横になって天井を眺めた。
そろそろ、ここから越した方がいいのかな。
この街には、思い出がたくさんある。
だから迷っていたけれど…




9月。
メジャーデビューシングル発売の日。
私たちは大手CDショップの旗艦店にいた。
メジャーといってもデビューシングルの新人なのに、大きなコーナーを設けてもらい、しかも夕方5時からインストアライブ。
レーベル、事務所はもちろん、そのショップのSNSでも告知され、3時には人が集まり始めた。
「かなり集まったね」
もうすぐ始まる時間に、衝立の後ろから覗いて来た深山くんが、楽屋代わりの別室に戻って報告する。
もう少し大きめなライブスペースでならあるけど、インストアライブは初めて。
「お客さんとステージ、ずいぶん近かった…」
緊張してるのか、それきり黙り込む。
それを見て、私もだんだん落ち着かなくなって来た。
「そろそろです。ステージにどうぞ」
誘導係の人に促され、小さな衝立の後ろからステージに出た。
途端に、わーっと歓声が上がる。
スタンドマイクの前に立ち見回すと、若い人も多いけれど3~40代の人もいた。
女性にも男性にも名前を呼ばれて、不思議な気分だった。
「こんばんは、ウイングスです!今夜は来てくれてありがとう!今日発売のシングル、聴いて下さい!」
歌いはじめは静かに聴き入ってた人たちが、後半にいくにつれて身体を揺らし始める。
コーラスが盛り上がると、会場の熱も上がりまるでステージに向かって、熱風が吹いているようだ。
シャウトして曲が終わると、頭の上で叩いてくれる拍手が、波みたいに押し寄せた。
直にお客さんの反応を感じたインストアライブ。
その後に入った仕事は、驚きもしたけれど嬉しいもとだった。
以前、デビューの時に達也が飾った音楽雑誌の2面表紙。
それを、ウイングスが務めることになったのだ。
インタビュー、グラビア撮影を終えて外に出たのは深夜0時近く。
疲れたけれど、その疲れが心地良かった。
これは、行きたい場所にたどり着く初めの一歩。
まだ始まったばかりなんだ。


メジャーデビューシングルは、CD、ダウンロード両方で、新人としてはまずまず売上げた。
でも、ウイングスとしてはまずはライブ。
キャパの多いライブハウスに活動の拠点を移し、その合間に雑誌、ライブ、深夜の音楽番組をこなした。
雑誌や音楽番組に出て露出を重ねて、徐々に一般的な知名度は上がって行く。
そんな、ウイングスの活動で忙しなく過ぎて行く毎日。
目の前のやらなきゃいけないことを、こなすだけで精一杯だった。
だから、達也のことはもう思い出さないはず、だったのだけど…
同じ音楽の世界。
ラジオ局やテレビ局に行ったり、CDショップに行ったり。
あちこちで達也の名前が目に入ってしまう。
達也の情報を耳が拾ってしまう。
あの時、あのライブハウスで、別れを告げたはずだった。
でも、高校生の頃からずっと一緒だった大事な人は、なかなか私の中からは消えてはくれなかった。
また達也の側にいたいと思ってるわけじゃない。
でも、心の片隅にほんのちょっぴり、達也の手を探してる自分がいた。
もう、達也が手を伸ばすことなんてないのに…
そんな自分にもやもやする。
なんで最後のあの日、ただ黙って見送ったんだろう。
言いたいことを言えなかったんだろう…


10月になり、尾形さんから思いがけない話を聞いた。
来年の7月期のドラマ主題歌の依頼があったそうなのだ。
そしてそれを、セカンドシングルとして出したいと。
私たちの初めてのタイアップ。
「新曲で行きたいんだ」と言われ、ドラマのあらすじをプリントしたものを渡された。
それを読んでる私を、尾形さんが待っている。
その理由は、あらすじを全部読んで分かった。
「…尾形さん、これって、なんだか…」
「うん…ちょっと似てる気がするね、洋子ちゃんがボーカルになったいきさつと。でも、これは漫画が原作になってるそうだよ」
「原作があるんですか…」
劇団を率いていた恋人がテレビドラマに出るためいなくなったことで、芝居は好きだけれど地味なヒロインが、劇団の看板女優になっていくというストーリー。
恋人の代わりになる、って所しか共通してないけど…
それだけで、自分のことのように感じてしまった。
そうか、原作物なんだ。
「尾形さん、作りかけだけどこれに合いそうな曲があるんです」
「え…それってどのくらい出来てるの?」
「半分くらい」
「じゃあ、それを完成させて欲しい」
「…分かりました。期限はあるんですか?」
「うーん…ドラマ開始直前にリリースしたいと言うのが、阿部さんの考えなんだ。ということは…」
「今年中には曲が出来てないと」
「…そうだな」
あと2ヶ月弱か。
とにかく頑張ってみよう。
あの曲をちゃんと完成させたいと、ずっと思ってた。
いいきっかけになる。


ライブの合間をぬって、曲作りに没頭してどうにか年内に曲自体は出来上がった。
歌詞はもうだいぶ前に出来てる。
後は編曲、レコーディング。
ホッとした頃に尾形さんから、曲依頼の事情を聞いた。
局のドラマ製作のプロデューサーが、インディーズ時代からのウイングスのファンだったと。
私の歌を気に入っているそうで、自分が作るドラマで、主題歌を依頼したかったそうだ。
メジャーデビューして間もないウイングス。
なのに、タイアップの依頼があったのはそういうことだったんだ…
その頃…私が曲作りに没頭してた頃。
ネットで流れて来た達也のニュース。
来年の7月期のドラマに、主役の相手役に抜擢されたとあった。
達也がドラマ?
同じ時期に…




































あなたのいた場所に6話・開けた道

2019-09-30 20:31:05 | 書き物
地下鉄の出口の階段を昇ったら、射すような強い陽射しが照りつけていた。
顔に手をかざして、俯いて歩く。
普段昼間に外に出ないから、眩しすぎて目がチカチカする。
「あっつ…」
じりじりした熱気に、思わず口に出た言葉。
長袖の薄手のシャツ越しに焼けてしまいそうなくらい暑い。





8月になって、YOKOさんと同じ事務所に所属が決まった。
7月にはアルバムが完成していて、8月の末の発売に向けて、新しい事務所で全面的にプロモーションをすることになった。
今日は、路線が多く乗り入れてる巨大な駅近にある、イベントスペースでのライブ。
ライブハウスではずっと演奏してるけれど、こういう場所では初めて。
事務所のウェブサイトとSNSで告知はしたけれど…
どのくらい集まってくれるかな。
イベントスペースのあるビルの駅側には、ずっと動画が流れてる大型ビジョンがある。
見上げると、ジーパンにシンプルなTシャツの達也が歌ってる横顔。
達也のデビュー曲は、化粧品のCMとのタイアップ曲だった。
あらゆる媒体で歌声が流れたし、MVも目にした。
達也のデビュー曲は新人としては異例のヒットと言われてる。
音楽番組にも出演して、それがまた売れ行きに繋がったみたいだ。
なんかもう、別世界の人に思える。
でも、みんなビジョンに映し出された達也を見ていて、思わず立ち止まった私なんて見てない。
これから、別室でリハーサルした後にライブだ。
惑わされないで、自分のことをちゃんとやらなくちゃ。
ビルの入り口から入って、スタッフオンリーのドアを開けた。



時間が迫り袖から覗くと、広場に並べてある椅子は全部埋まっていた。
見上げると、吹き抜けになってる上の方にもたくさんの人。
「思ってたより来てくれたなあ」
脇にきて声をかけてくれたのは、現場についてくれることになった、マネージャーの尾形さん。
30代半ばの、現場経験の豊富な人だそうだ。
事務所に所属することになったのは、社長が私たちウイングスの音を気に入ってくれたから。
社長は、「とにかく、ウイングスの曲をもっと色んな人に知って、聴いて貰おう。それにはまず、アルバムのプロモーションだ。そして、広がっていったら…メジャーデビューだな」
事務所に初めて足を踏み入れて、言われたのがその言葉。
メジャーレーベルでやってみたいと思ったことはあったけど、それは達也がいた頃の話。
今のウイングスの音楽が、そんな売れるものなのかな。
メジャーレーベルは、売り上げにもシビアだと聞いたけど…
「洋子ちゃん、緊張してる?」
黙った私を、尾形さんは気遣ってくれた。
「…まあ、緊張してないって言ったら嘘になりますから…ドキドキしてますよ」
その時、私たちを紹介するアナウンスが流れた。
「出番だ、いつも通りのウイングスで!」
尾形さんに送り出されて、ステージにスタンバイした。
最前列に、楽器店で出会った女の子たちを見つけて思わず手を振る。
すると、まわり中から手が振られて歓声が上がり、身体が熱くなった。
そのとき、直感的に『これなら大丈夫』と思えて、ふうっと息を吐いた。
「みなさん、来てくれてありがとう!ウイングスです!」
この空気感、高揚感。
私の全部が熱く高まっていく。
深山くんのカウントで、ライブは始まった。



イベントステージをやり、私たちのレーベルを扱ってくれるCDショップを廻って。
発売日までずっと、地道なプロモーションを続けた。
発売日には、YOKOさんがパーソナリティーをしてるラジオ番組にゲスト出演。
アルバムのリード曲を掛けてもらった。
1枚目の時はここまでプロモーションは出来なかった。
インディーズとしては知名度も高いレーベルだけれど、とにかくウイングスは無名だったから。
やっぱり事務所のマネジメントがあるって大きいんだと、YOKOさんが喋っているのを見て実感したのだ。
ラジオが終わって、私たちは一緒にブースを出た。
時間は午前3時。
みんなで休憩スペースでコーヒーを飲んでいたら、後からYOKOさんも合流した。
「YOKOさん、お疲れさまです。今日はありがとうございました」
「お疲れさま。こちらこそありがとう。今日はもう終わりなの?」
「いや、夜には初めて行くライブハウスのリハがあります」
高梨さんとYOKOさんとのやり取りを聞きながら、私の頭の中は纏まらない曲のメロディでいっぱいだった。
あの時浮かんだ達也への言葉を曲にしたい。
そう思っているけれど、うまくまとまらないまま時間ばかり過ぎてしまっていた。
眉を寄せて目を瞑って、自分の頭の中を探っていく。
もうちょっと…
もうちょっとなんだけどな…
「…ちゃん」
「…洋子ちゃん?」
高梨さんの声が耳元で聞こえて、ハッと目を開ける。
顔を上げると、皆が私を見ていた。
「あっごめんなさい!」
「洋子ちゃん、深夜ラジオ明けで眠くなっちゃった?」
YOKOさんは笑って言ってくれたけれど、こんな時に他のこと考えちゃうなんて…
「いえ、ちょっとまだ出来上がってない曲が気になってしまって。ほんとすみません」
「分かるわよ、それ。なかなかまとまらないと気になってしようがないわよね」
YOKOさんがコーヒーを飲み干して、紙コップを捨てた。
そろそろ、帰る時間かな…
そう思って腰を浮かせた時だった。
「前のボーカルの人…達也くんだっけ?この間、歌番組の収録で一緒になったの」
「あの…YOKOさんと達也が同じ番組にですか?」
「そうよ、深夜の音楽番組。出演者がトークするコーナーがあったから、話もしてきたの…て言うより、彼の方から話掛けて来たのよ」
急に達也の話をしだしたYOKOさんに戸惑ってしまった。
それを察したのか、YOKOさんが私の腕をポンポン、と叩いた。
「もう~そんな困った顔しないで。ウイングスが私と同じ事務所になったからって、わざわざウイングスのことをお願いしますって言ってくれたって話なんだから」
「え…達也が?」
「そう。やっぱり、気になってるんじゃないの」
にっこり笑ってそう言うと、YOKOさんは立ち上がった。
「洋子ちゃんが作ってる曲、出来上がったら聴かせてね。じゃあ、お疲れさま」
YOKOさんは帰ってしまった。
達也がそんなことを…
それだけで、なんだか嬉しい。
私たちのこと…ウイングスにいたことをどんどん忘れていってしまう気がしてたから…
「達也、気にしてくれてたんだな」
私と同じ、高校の頃からの付き合いの深山くんは、嬉しそうだった。
「洋子ちゃん、新曲書いてるの」
高梨さんが聞いてきた。
そうだ、誰にも言ってたなかった…
出来たら、言うつもりだったのに。
「そうなんです。でも、最後の詰めがなかなか進まなくて。」
「そうか…じゃあ、出来たらまた皆で仕上げよう」
「はい」
そうだ。
あの曲を完成させなくちゃ。
すごく手応えを感じてるのに、なかなかまとまってくれないけれど。
なんだか、今のもどかしい状態を抜けたら、うまく仕上がってくれそうな気がするのだ。




時間をかけて、じわじわとアルバムは売れていった。
今までのライブハウスで週に1回。
中規模の都心のライブハウスで月1回。
ライブをしながら物販でアルバムを置き、ラジオでも掛けてくれるところが増えた。
CDショップに定期的に訪れていたけれど、その度に売れた枚数が増えていく。
私たちもライブの前後に物販に顔を出して、手売りしたりした。
発売から4ヶ月後の年末近くには、1枚目のアルバムより売り上げは大幅にアップ。
レーベルの宮田さんに、レーベルを立ち上げて以来と言われたのだ。
やっぱり、たくさんの人に手に取って聴いて貰えるのは嬉しい。
けれど、嬉しいことはそれだけじゃなかった。
年末の音楽をテーマにしたバラエティー番組で、期待のバンドとしてウイングスを取り上げて貰えたのだ。
ライブハウスでの映像も流れ、有名なプロデューサーの人が私のボーカルも評価してくれた。
待ち構えて見たけれど、こんな風にテレビ画面に自分が映るなんて、そしてボーカルとして取り上げられるなんて…思ってもみなかった。
翌日ライブハウスに行くと、楽屋手前の休憩場所で尾形さんが待ち構えていた。
「洋子ちゃん、昨日見た?」
「見ましたよ、テレビの前で待ち構えてました」
「びっくりしたよ、ウイングスの扱いが良くて。洋子ちゃんもずいぶんピックアップされてたな」
「そうなんです、私もあんなに取り上げて貰えるなんて驚きましたよ」
「洋子ちゃん、これからだよ」
「え?」
尾形さんがニヤッと笑って見せた。
「これは必ず影響が出るよ」
「影響…ですか?」
「うん。とにかく今まで以上にライブに力を入れて行こう。そうすれば全部ついて来るから」
「はい」



尾形さんが言った通り、それから状況が変化して行った。
だんだんとアルバムの楽曲のラジオへのリクエストが増えた。
それに引っ張られるように、アルバムの売れ行きが上がって行き、取材も増えて行った。
アルバムが売れるにつれ、ライブの客席もほぼ埋まるようになって行く。
ライブの前、袖から客席を眺めて尾形さんが言ってたのはこれなんだと実感した。
盛り上がりが高まっていくライブを重ねて、年末になった頃。
達也が抜けて1年たった時だった。
事務所にメジャーレーベルからの誘いがあったのだ。












あなたのいた場所に5話・遠い輝き

2019-09-28 23:14:15 | 書き物
あれから1ヶ月。
今日は、新生ウイングスとしての最初のライブだった。
あの『テスト』の後、すぐに決まったライブ。
マネージャーから、ライブスケジュールに入れていいかと言われ、リハーサルを繰り返して今日を迎えた。
曲数は少ないけれど、今日に向けて仕上げたのだ。
そんなに広くはないけれど、達也が使ってた一人用の楽屋で着替えた。
久しぶりのライブなだけでも緊張するのに、ずっと歌うというのはまだ慣れなくて。
ライブ終わりは、いつも気が抜けてしまって動くのが億劫になる。
ふう、と声になりそうなため息をついて、立ち上がった。
もう、22時を過ぎた。
とにかく帰らなくちや。
今度のアパートは遠いんだ。


楽屋の明かりを消して、ドアノブに手を掛けたらノックの音。
「はい」
「あ、洋子ちゃん、疲れてるとこごめん」
マネージャーの声に、何だろうとドアを開けた。
「もう帰るとこだった?ちょっとだけ、俺の部屋に来てくれる?悪いね」
「あ、いいえ。すぐ行きます」
マネージャーについて、ライブハウスの入り口近くにある事務室に入った。
そう広くない事務室の、応接スペースにもうみんなが座ってる。
そして、ウイングスのレーベル担当の人、それから…
『テストライブ』で見た、知らない人まで。
何だろう?
レーベルの人はまだ分かるけど、この人は誰なの?
深山くんの隣に座ると、レーベルの担当の人が初対面の人を紹介してくれた。
「こちら、音楽雑誌のライターの方だよ。新しいボーカルになったウイングスの記事を書きたいって依頼があってね」
思わずそのライターさんを見た。
ラフな格好でリュックを手にしていて。
丁寧に名刺を差し出してくれた。
私も知ってる音楽雑誌だ。
「レーベルの村田さんに、この間のライブに呼んで貰いまして。新しいウイングスのことを、記事にしたいと思いました。よろしくお願いします」
「あの…記事って言うと、具体的にどんな?」
「そうですね…インタビューと皆さんさんでのグラビアをと、考えてます」
高梨さんが皆が聞きたいことを聞いてくれた。
そういえば、達也がいた頃に取材があったなあ。
CD出してすぐだっけ。
「後、話だけしてたアルバム、準備して欲しいんだ。今のウイングスのアルバムを出したいと思ってる」
「村田さん、俺たちまだ1回ライブしただけだけど…どうして取材とかアルバムとかの話が出たんですか?」
また高梨さんが聞いてくれたけど、確かにそうだ。
ウイングスのボーカルが変わったこと、そんな知れ渡ってるのかな?
「ライブハウスで告知もしてるし、レーベルでも宣伝してる。それに…君たち、SNS見てる?」
「SNSですか?あんまり…」
「ウイングスのキーボードがボーカルになったこと、けっこう話題にしてくれてるんだよ。そういうのは、ウチでもチェックしてるからね」
村田さんの話を聞いて、楽器店で会った女の子たちを思い出した。
ああいう若い子たちが、話題にしてくれてるのかな…
その後、インタビューとグラビア撮影の打ち合わせをして、ライブハウスを出た。
帰り際、マネージャーに言われた言葉。
「そろそろ、事務所にマネジメントして貰ったほうがいいんじゃないの」
みんなで顔を見合せてしまった。
考えてなかった訳じゃない。
達也のことがあったりして、先送りになってた。
今、ライブのこととかレーベルの村田さんとの打合せは、主に高梨さんがやってくれてる。
全員いる時は、同席するけど。
細かい事務的なことや、スケジュールやギャラのこと。
高梨さんだって、他に仕事があるはずなのに。
「高梨さん、考えてみましょうよ、ライブが増えたりレコーディングする時、管理してくれる人がいたら助かりますよ」
「…そうだな、次のライブの前にその話しようか」
みんな頷いて、その日は解散になった。
久しぶりのライブ。
それが終わって、身体も心もピンと張っていたものが弛んでしまった。
事務所のことまで考えられないくらいくたくただった。
事務所…
誘われた事務所で、達也は元気にやってるのかな。
私は信頼できる所なら、規模はどうでもいい。
達也の入った大手じゃなくても。
…そんな所、入りたくても入れないか。





新しいアパートは商店街を越えて、駅の向こうだった。
商店街の途中のコンビニで、軽いものを買ってプラプラ歩く。
ふと思い立って、駅近くの深夜までやってる本屋に寄った。
ライブハウスが近くにあるからか、音楽雑誌もいっぱい置いてある。
今日、取材依頼のあった雑誌も…あった。
パラパラとめくっていくと、来月の予告をみつけた。
「あ…達也…」
表と裏のある表紙。
来月の裏表紙は達也だった。
予告に踊る、大型新人の文字。
…やっぱり大きな事務所って違うんだ。
達也が歩み始めた陽の当たる道。
ウイングスに残った私たちが手探りで歩みはじめた道。
同じ音楽の世界だけれど、今の私には達也が纏う輝きは遥か遠くに感じてしまう。
じっくり読みたくなって雑誌を買って、店を出た。
次のライブまでの間、アルバム用の曲を練ろう。
そして、出来たら新曲も作ろう。
この間のテストライブの時…達也に別れを告げた言葉たち。
あれから、私の頭の中でその言葉たちが音になって鳴っていた。
それをちゃんと曲にしたい。
バンドの音に乗せて歌いたい。
頭の中の音を聴きながら、街灯に照らされた高架をくぐった。
向こう側に抜けたら、アパートはもうすぐだ。


それからすぐ、ライブが無くて皆が空いてる時間に、レコーディングに向けての作業が始まった。
元々出す予定だったアルバム。
曲はほぼ決まっていたから、その編曲を仕上げていく。
高梨さんと原さんはスタジオミュージシャンとしての仕事もある。
私と深山くんは、バイトもしてる。
4人の時間を合わせて、どうにか作業を進めていった。
そんな作業を進めていた、小規模な貸しスタジオ。
途中、休憩の為に外に出た時に、意外な人に呼び止められた。
「あの、あなたウイングスの洋子さんよね」
振り返ったらそこにいたのは…
「YOKOさん?」
ソロシンガーのYOKOさん。
本名は陽子さんというそうだけど、ずっと『YOKO』の名前で活動してる人。
中3の時に初めて歌声を聴いて、なんて力強い声なんだろうって、大好きになった憧れの人。
実は、ボイストレーニングをするとき、YOKOさんの声を参考にしようと思った。
真似ってことじゃないけれど、ちょっと私の声と似てる気がしたから。
なんで?
なんでYOKOさんが私のこと知ってるの?
しかも声掛けてくれるの?
いきなり憧れの人を目の前にして、ドキドキしてきた。
「あの、なんで私のことご存じなんですか」
「知ってるわよ、だいぶ前から村田さんと知り合いだったから…実は私も以前、村田さんのレーベルにいたの」
「村田さんと…そうだったんですね」
目の前のYOKOさんは、シンプルなTシャツとジーパンにスニーカー。
肩までの髪はウェーブがかかっていて、大人の女性なんだと見とれる。ずっと私の憧れの人だ。
「村田さんに聞いたけど、ボーカルが最近あなたに替わったんでしょ」
「…そうなんです。」
「どう?ずっと歌いっぱなしって。まあ疲れるよね」
素敵な笑顔で言ってくれたけど、始めたばかりの私がそうなんですとも言えないくて、曖昧に笑うしか無かった。
「で、今日は?」
「あの、アルバムの仕上げ作業で…」
「ああ、そうなんだ」
そこまで言ってから、何か思い出したように休憩スペースに私を手招きした。
「まだ、事務所決まってないって聞いたけどほんと?」
「…はい。どこが私たちに合ってるのか…迷っているんです」
「そう…じゃあ、もし良かったら、今度ライブに行くわ。ウチの社長連れて」
「え?」
「社長がその気になったらね。…まあ、ウイングスはウチの社長が好きそうなバンドだから、ついて来ると思うけど」
「それって、あの…」
「ウチの事務所も考えてみてってことよ。…じゃあ、ライブ行くからね」
手をひらひらっと振りながら、YOKOさんは外へ行ってしまった。
私は慌てて、みんなのいるスタジオに戻った。
今の話を伝えなきゃ。

























あなたのいた場所に4話・さよならを

2019-09-27 21:42:41 | 書き物
「で、ウイングスは、このメンバーで続けるの?ライブハウスの常連さんで気にしてる人も多いし、スケジュール組んでもいいのか…」
マネージャーが、まず口を開いた。
「私は…」
言いかけて気づいた。
マネージャーはともかく、まだメンバーだけでこんな話をしてないことに。
「私はまだ、みんなの気持ちを聞いてないんです。みんな、どうしたいのか…」
そう言って、1番気になってた宮野くんを見た。
辞めたいのかな、きっと迷ってるんだろうな…
そんな私の気持ちとは逆に見える、笑顔の宮野くん。
「実はさ、洋子ちゃんが来るまで3人で話してたんだ」
「3人で…?」
「うん。そしたら、達也が抜けたらきっと洋子ちゃんも辞めたいって言うだろうって、みんな思ってた。だって、二人は特別だったし」
「…そう」
だからみんな辞めたいのかな、それとも…
「でも、同じくらいみんな考えてたことがあった」
今度は高梨さんが、私の目を見て言う。
「何、ですか」
「みんな、洋子ちゃんの声を聴きたいって思ってる」
「え?私の声ですか。みんなまでそんなこと…」
「みんなまでって?」
不思議そうな目を向けられて、さっきの楽器店の女の子たちの話をした。
「その子たちは、バンドをやってるって言ってたから…だからそう言ってくれたんだと思ったんです。私、コーラスとたまのソロくらいなのに…」
「まあ、1番の理由はさ、洋子ちゃんの曲には洋子ちゃんの声が合うってことだよ」
いつもは口数の少ない原さんまで。
「その子たちも低い声だからいいって言ってたんだろ?洋子ちゃんの曲には、ほんとはそんな声が合うと思うんだ…洋子ちゃんの曲、ジャズとかソウルっぽいもんな」
私の声、私の声って…
結局3人ともバンドをどうしたいの。
「…でも、私は達也みたいには歌えないもの…」
みんな、私がそんな簡単に歌えると思ってるの
そんな訳ないじゃない…
自信が無くて、言葉尻が小さくなって行く。
一瞬、全員が黙った後に、高梨さんが話しだした。
「まあまあ、洋子ちゃん、ちょっと聞いて」
「…はい」
「俺たち全員、今までのウイングスは解散でいいと思ってる」
「やっぱり、そうですよね…」
「いや、この先も聞いて。今までのウイングスは解散するけど、女性シンガーが1人生まれるんだ」
「…え?」
「俺たちは洋子ちゃんをボーカルにして、新しいウイングスにしようって決めたよ」
全部言い終わった高梨さんの顔を呆然として見た。
「何、言ってるんですか。冗談でしょ…シンガーって」
「冗談じゃないよ。とにかく、俺たちは洋子ちゃんの書く曲が好きだから、そこは辞めて欲しくないの。じゃあ、その曲をどうやって世に出すかって言ったら、誰かが歌うしかない。それは、洋子ちゃんだと思うんだ」
「でも…私の声、低いですよね。コーラスならいいかもしれないけど、単独でボーカルって…」
どうも、みんな私の声を買い被ってる気がする。
私の曲には、普通に高音パートもあるのに。
「大丈夫。スタジオで色んな女性ボーカルを聴いたけど、その上で言ってるんだよ。洋子ちゃんの声は低いけど力強くて伸びるし、高音は鍛えれば出るようになる」
「そう…ですか」
私は自信は無いけれど、高梨さんの言葉は説得力があった。
こうまで言われたら、やってみるしかないのかと、気持ちが傾いた。
「じゃあ、1ヶ月先に形を作って聴かせてよ。それから、ライブスケジュールに入れるか考えるから」
マネージャーの一言で、私をボーカルにした新しいウイングスは動き出した。
1ヶ月…
間に合うんだろうか。



とにかく、まずは曲を完成させるところから。
達也がいる時に出すはずだったアルバムの候補曲を、4人で検討した。
私の声は低いけど、それでも達也用のキーからは上げなくちゃ歌えない。
編曲は、高梨さんと原さんの意見で、私が作ったままソウル色の濃いアレンジにしよう、とまとまった。
達也が歌ってた時は、意識してPOP色を強めてたから。
新しいウイングスの曲の方向性、アレンジは大体固まった。
あとは、私の声。
「達也みたいに歌おうと思わなくていい。洋子ちゃんの声を聴きたいんだよ」
高梨さんに言われた。
私の声をどう響かせるか…
それは、私次第なんだ。



1ヶ月後。
ライブの予定がない日。
客席にはライブハウスのマネージャーと、数人のスタッフ。
それと、CDを出してるレーベルの担当者と…
見たことのない人たちも。
思っていたより多くの人が、客席にいた。
バンドを続けるって決めたけど…
今日の出来次第では、ライブハウスでやることも、またCDを出せるかも分からないんだ。
そんなことを思い知らされて、袖からステージに歩くのに、急に足が重くなった。
いつものライブと違って、客席は明るいまま。
明るい客席に顔を向ければ、みんなの表情が見える。
その途端、鼓動が早まって胸をそっと抑えた。
いつも通り、練習した通りにやるんだ。
そう自分に言い聞かせる。
後ろを振り返ると、みんなが頷いてくれた。
目を閉じてふーっと息を吐き、パッと目を開けたら深山くんのドラムがカウントした。
握りしめてたマイクを上げ、スローなギターの音を聴く。
ファルセットがすんなり出たら、そのまま波に乗るように溢れる音楽に『私の声』を乗せた。


声を出すまでは緊張してたはずなのに、波に乗り始めたらすっかり解けてた。
ギターもベースもドラムも、ボーカルを押し上げるように響く。
上を見上げて両手を上げたら、以前キーボードから見た達也を思い出した。
あの時達也がいた場所に、今私はいる。
達也が見た景色を見てる。
達也…いま、どうしているの。
私、達也のいた場所に立って、達也を想ってる。
達也はいない。
こんなに達也を感じるのに、いないんだ。
あの朝、何も言えないまま見送ったけど…
私の声をみんなの音に乗せて、今ここで達也に別れを告げようと思えた。
さよなら、達也。
あなたのいた場所を、私の場所にしてみんなとやっていくよ。
最後の音を伸ばしてマイクをまた胸の前に戻したら、頬に滴が流れて落ちた。





















あなたのいた場所に3話・歌うということ

2019-09-25 19:05:58 | 書き物
布団から出て着替えると、出かける支度をした。
ライブハウスのマネージャーに呼び出されたのだ。
バンドの存続について聞きたいのだろうと分かってた。
でも、続けたくてもボーカルがいない…
達也に言われたことを考えてみたけれど、私がメインボーカルなんてこと、考えたこともなかったのに…



達也がバンドを抜けることを、他のメンバーは思っていたより穏やかに受け止めていた。
なんとなく、予感はしていたみたいだ。
みんな、達也が抜けた後どうするかってきっと考えてたと思う。
でも、暗黙の了解みたいにそれには触れなかった。
達也がいる年内のライブを終えたら、たぶんウイングスは解散するんだろう…
年内でウイングスから達也が抜けることは、次のライブで発表された。
結局、次のアルバムは保留。
その後、達也目当ての客はさらに増えた。



ラストライブの日まで、私たちは何も無かったみたいに一緒に暮らしてた。
年末に近づくにつれ、打ち合わせがあると言って達也が留守にすることも増えたけれど。
達也と一緒にいるのは、年末の最後のライブまで。
自分でそう決めて、それでいいと思ってたし大丈夫だと思ってた。
嫌いになって離れる訳じゃない。
今までとがらっと環境が変わる達也が、私という『今まで』を引きずるのは良くないと思ったから。
達也は時々、洋子の書く曲が好きだから、書くのをやめないでと言って来た。
その言葉は嬉しかったけど…
達也がいなくなるのに新しい曲なんているの?
それでも続けて欲しいって言う達也に、それ以上何も言えなくて。
もやもやしたけれど、とにかく最後まで泣いたり取り乱したりしたくなかった。
今まで通り、ちゃんと笑顔でいるんだって…
そんな私に、達也はずっと優しかった。
ラストライブが終わった後。
ここまで頑張って、いつも通りに笑って喋ってたのに。
最後だからと達也が部屋に来て、
「洋子、じゃあ俺行くよ」
そう声を掛けてくれたのに、どんな顔をしていいか分からない。
残った少ない荷物を前に、唇をかみしめて俯くことしか出来なくなった。
達也は私を、ただ抱き締めてくれた。
そして、ポンポン、と肩を叩いて離れた。
なくなった温もり。
見慣れた背の高い後ろ姿。
達也が、ドアを開けて出て行くのを、何も言えずぼんやりと立ち尽くして、ただ見てた。




今朝まで達也がいた部屋を振り返って見た。
高校の時からの私の大事な人、大事なバンド。
達也は行った。
バンド…どうしたらいいんだろう。
みんなはどう思ってるんだろう。



アパートからライブハウスまでは、ゆっくり歩いて30分。
もうすぐ引っ越すこの辺りを、最後にじっくり見ようと遠回りしてみた。
外は寒いけれど、歩きたい気分だった。
いつもは通らない住宅地。
その途中に、高校があった。
もう冬休みだから誰もいないはずなのに、微かに管楽器の音が聞こえる。
吹奏楽部かな…
そういえば高校に入学したとき、吹奏楽部か合唱部か迷ったっけ。
軽音部なんて、考えもしなかった。
コンクリートの塀に寄りかかって、暫くボーッとしていると今度はエレキギターの音。
え?吹奏楽部にギターもいるの?
思わず振り返って校舎を見た。
続けて聞こえたボーカルに、軽音部もいるんだと分かった。
こんな年末に練習…?
ずいぶん熱心なんだな。
私たちが高校の頃は…達也に誘われてバンドに参加し始めた頃は、最初はもっと適当だった。
達也がプロになりたいって言い出した辺りから、バンドの雰囲気が変わったんだ。
見よう見まねで曲を作り始めたのは、その頃からだった。
曲を作って、キーボード弾いて、コーラスして。
達也に引っ張られて、初めてしたことは大変なことばかり。
大変だったけど…曲を作ってみんなで編曲まで作り上げるのは、楽しかったな…
いい曲出来たな!ってみんなに言われた時は、すごく嬉しかったし。
バンド…楽しかったんだ、私。
こんな風に、放課後や夏休みに校舎で練習するのも、スタジオ借りて曲を作り上げるのも…楽しかったんだ。
いまさら、こんな所で思い出した。
大変なことばかりだったけど、楽しんで来た自分を。
でも…ボーカルなんて。
合唱部ではアルトだったし、高音キレイに出ないし…
達也みたいに歌えないよ。



また歩き出してしばらくしたら、駅に続く商店街の入り口。
商店街に入らずにぐるっとまわれば、ライブハウスだ。
一旦、そっちに足が向いたけれど、なんとなく気が変わって商店街に入った。
10メートルも歩かないうちに、年季の入った楽器店がある。
譜面も売っているから、よくお世話になったお店だ。
ちょっと、店長に挨拶していこうかな。
そう思って、店先にいる制服姿の女の子二人の脇を通り抜けた時だった。
「あの…」
後ろから声が聞こえて振り返ると、女の子たちがにこにこしながら私を見てる。
「洋子さんですよね。ウイングスの」
「あ…はい、そうです。私たちのこと、知ってるの?」
「この子に教わって大好きになって、ライブにも行きました。まさかここでお会い出来るなんて…嬉しい」
隣の子と顔を見合わせて、頬を紅潮させてる。
こっちこそ、まさかここで大好きって言われるなんて…嬉しい。
「え…と、ちょっとお聞きしていいですか」
言いにくそうな顔。
達也のことかな。
残念だけど、達也はもう…
「ウイングス、解散しちゃうんですか」
「え…」
「だって、ライブハウスのスケジュールにもないし、達也さん抜けちゃったって聞いたし」
あーまあ、そう思うよね。
達也が抜けたら。
「まだ、分からないんだけどね。たぶん…」
「洋子さんは歌わないんですか」
「えっ…私?」
「私、洋子さんの声好きなんです。もっと歌えばいいのにって、思ってました」
「でも…私の声、低いし」
「私はそこも好きです」
こんなこと言われたのは初めてで、どう反応していいのか戸惑った。
しかも女の子に言われるって…
女の子はみんな、達也目当てだと思ってたから。
「ウイングスの曲、洋子さんが作ってるんですよね?カッコいいなあ」
「ちょっと待って。なんで知ってるの?」
「ライブ終わりに外にいたら、達也さんが言ってたのを聞いちゃった」
達也が?
…もう、言わないでって言ってたのに。
自分もバンドやってますって言うその子たちと、しぱらく話してから店を出た。
そろそろ、ライブハウスに顔を出す時間だった。
歩きながら、さっき言われたことを思い出してた。
私の声を聴いてくれてたこと、曲がカッコいいと言われたこと…
胸の奥のあたりをぐるぐると廻ってる。
私が歌う…
そこに踏み込んでいいのかと、まだ躊躇ってしまうのだ。
バンドは、音楽は楽しい。
でももう22…
別の道を探さなくてもいいの?
遠くから、別の自分が聞いてくる。



ライブハウスの階段を降りると、もうみんな座って待っていた、
マネージャー、ベースの高梨さん、ドラムの宮野くん、ギターの原さん。
達也、私、宮野くん、ベースとギターの5人で高校の時に結成したウイングス。
インディーズでのデビューが決まった時に、ベースとギターが抜けた。
その時、ライブハウスのマネージャーが紹介してくれて、高梨さんと原さんが加入したのだ。
20代後半の高梨さんと、30代の原さんはスタジオミュージシャンもやっている。
正直、よくウイングスに入ってくれたなあと思っていたけど…
解散しても、きっと二人は困らないんだろうなと思ってた。
宮野くんはどう思ってるのかなあ。
「ごめんなさい、お待たせしました」
何を話してたのか、みんなにこやかでどうしようって顔じゃない。
私の顔は今、どう見えてるんだろう。