えりこのまったり日記

グダグダな日記や、詩的な短文、一次創作の書き物など。

あなたのいた場所に7話・新しい世界へ

2019-10-02 22:52:13 | 書き物
3月の始め、夕べから冷え込んでいたのが雪に変わった日。
夕方から始まった歌入れが、日をまたぐ頃にやっと終わった。
メジャーレーベルへの移籍が決まったのが1月。
そして、レーベルの担当者の阿部さんの案で、デビュー曲は新曲をシングルで出すことになったのだ。
新曲をと言われた時、以前書いてウイングスには合わないと、寝かせていた曲を思い出した。
移籍が決まった頃にデモを作っておいたのを皆に聴いてもらった。
始めはバラードのテンポで始まり、途中からテンポを上げて、最後はゴスペル風に盛り上がる。
全員でのぴったり合ったゴスペルのコーラスが必要だけど、うまく填まれば派手に盛り上がるはず。
阿部さんにも聴いてもらって、デビューシングルは決まった。
それから、バンドの編曲、コーラスを仕上げるのを2月からライブの合間を縫って、皆でやって来た。
そして、最後の仕上げが今日のレコーディング。
演奏、メインボーカルと順にレコーディングして行き、最後は全員でのコーラスだった。
ブースから出て、皆でお疲れさまを言い合った。
マネージャーの尾形さん、レーベルの阿部さん…事務所の社長まで来てくれたのだ。
「皆お疲れさま。レコーディングはこれで終わり。細かい作業は残ってるけど、これからは平行してプロモーションが待ってるから、頑張ってくれよ」
社長の言葉を聞いてるみんな、どこかホッとした顔。
でも、社長の言う通りこれからプロモーションが待ってる。
ショップ周り、ラジオ出演、音楽雑誌のインタビュー…インディーズの時だってやってはいたけど、規模が違う。
張りつめていた気持ちを緩めて、ふう、と息を吐いた。
高揚してるけれど、どこか『始まってしまった』って気持ちもある。
アマチュアバンドから始めて、ライブハウスでのライブ、インディーズデビュー、そしてメジャーレーベルへの移籍。
やりたいことだし、好きな音楽の世界だけれど…
これからどうなって行くんだろうって、不安にもなってしまう。
そんなことを考えていたら、高梨さんが私の腕をポンポン、と叩いた。
「洋子ちゃん、どうした、疲れた?」
「あ、お疲れさまでした。あの…ちょっと…」
「不安になって来た?」
「…分かります?」
「分かるよ、そんな顔してるからね」
そう言ってくれる高梨さんは、笑顔。
こんな時、高梨さんはいつも声をかけてくれたり笑顔を向けてくれる。達也がいなくなって、ボーカルの場所に立つようになって。
戸惑ったり迷ったりすると、高梨さんはずっとこうして私を落ち着かせてくれた。
「高梨さんがそんな風に言ってくれると、なんか落ち着きます、もう大丈夫」
「そっか。一人で不安にならないで何でも言いなよ」
これから一旦自宅に帰ってから、午後になったら取材がある。
でも、高梨さんは掛け持ちしてるミュージシャンのレコーディングスタジオに行くみたいだ。
「あの、高梨さんもちゃんと身体休めてください…忙しいとは思うんですけど」
「…ありがとう。洋子ちゃんも喉のケアするんだよ」
「…はい」
こんな大事なメンバーがいるんだもの。
不安になることなんて無い。
立ち止まらないで走ろう。
高梨さんの背中を追うように、荷物を持ってスタジオの外に出た。
外はまだ少し雪がパラついていた。
高梨さんが止めてくれたタクシーに乗せてもらって、途中で下ろしてもらうことにした。
「洋子ちゃん、まだあのアパートだよね」
「はい」
「あのライブハウスにはいいけど、今は不便じゃないか?」
「そうなんですけど…どこにしようか迷ってて」
「…事務所に近い方が色々便利かもな」
アパートの近くで下ろしてもらって、高梨さんは次の仕事に向かった。
部屋に帰り、ベッドに横になって天井を眺めた。
そろそろ、ここから越した方がいいのかな。
この街には、思い出がたくさんある。
だから迷っていたけれど…




9月。
メジャーデビューシングル発売の日。
私たちは大手CDショップの旗艦店にいた。
メジャーといってもデビューシングルの新人なのに、大きなコーナーを設けてもらい、しかも夕方5時からインストアライブ。
レーベル、事務所はもちろん、そのショップのSNSでも告知され、3時には人が集まり始めた。
「かなり集まったね」
もうすぐ始まる時間に、衝立の後ろから覗いて来た深山くんが、楽屋代わりの別室に戻って報告する。
もう少し大きめなライブスペースでならあるけど、インストアライブは初めて。
「お客さんとステージ、ずいぶん近かった…」
緊張してるのか、それきり黙り込む。
それを見て、私もだんだん落ち着かなくなって来た。
「そろそろです。ステージにどうぞ」
誘導係の人に促され、小さな衝立の後ろからステージに出た。
途端に、わーっと歓声が上がる。
スタンドマイクの前に立ち見回すと、若い人も多いけれど3~40代の人もいた。
女性にも男性にも名前を呼ばれて、不思議な気分だった。
「こんばんは、ウイングスです!今夜は来てくれてありがとう!今日発売のシングル、聴いて下さい!」
歌いはじめは静かに聴き入ってた人たちが、後半にいくにつれて身体を揺らし始める。
コーラスが盛り上がると、会場の熱も上がりまるでステージに向かって、熱風が吹いているようだ。
シャウトして曲が終わると、頭の上で叩いてくれる拍手が、波みたいに押し寄せた。
直にお客さんの反応を感じたインストアライブ。
その後に入った仕事は、驚きもしたけれど嬉しいもとだった。
以前、デビューの時に達也が飾った音楽雑誌の2面表紙。
それを、ウイングスが務めることになったのだ。
インタビュー、グラビア撮影を終えて外に出たのは深夜0時近く。
疲れたけれど、その疲れが心地良かった。
これは、行きたい場所にたどり着く初めの一歩。
まだ始まったばかりなんだ。


メジャーデビューシングルは、CD、ダウンロード両方で、新人としてはまずまず売上げた。
でも、ウイングスとしてはまずはライブ。
キャパの多いライブハウスに活動の拠点を移し、その合間に雑誌、ライブ、深夜の音楽番組をこなした。
雑誌や音楽番組に出て露出を重ねて、徐々に一般的な知名度は上がって行く。
そんな、ウイングスの活動で忙しなく過ぎて行く毎日。
目の前のやらなきゃいけないことを、こなすだけで精一杯だった。
だから、達也のことはもう思い出さないはず、だったのだけど…
同じ音楽の世界。
ラジオ局やテレビ局に行ったり、CDショップに行ったり。
あちこちで達也の名前が目に入ってしまう。
達也の情報を耳が拾ってしまう。
あの時、あのライブハウスで、別れを告げたはずだった。
でも、高校生の頃からずっと一緒だった大事な人は、なかなか私の中からは消えてはくれなかった。
また達也の側にいたいと思ってるわけじゃない。
でも、心の片隅にほんのちょっぴり、達也の手を探してる自分がいた。
もう、達也が手を伸ばすことなんてないのに…
そんな自分にもやもやする。
なんで最後のあの日、ただ黙って見送ったんだろう。
言いたいことを言えなかったんだろう…


10月になり、尾形さんから思いがけない話を聞いた。
来年の7月期のドラマ主題歌の依頼があったそうなのだ。
そしてそれを、セカンドシングルとして出したいと。
私たちの初めてのタイアップ。
「新曲で行きたいんだ」と言われ、ドラマのあらすじをプリントしたものを渡された。
それを読んでる私を、尾形さんが待っている。
その理由は、あらすじを全部読んで分かった。
「…尾形さん、これって、なんだか…」
「うん…ちょっと似てる気がするね、洋子ちゃんがボーカルになったいきさつと。でも、これは漫画が原作になってるそうだよ」
「原作があるんですか…」
劇団を率いていた恋人がテレビドラマに出るためいなくなったことで、芝居は好きだけれど地味なヒロインが、劇団の看板女優になっていくというストーリー。
恋人の代わりになる、って所しか共通してないけど…
それだけで、自分のことのように感じてしまった。
そうか、原作物なんだ。
「尾形さん、作りかけだけどこれに合いそうな曲があるんです」
「え…それってどのくらい出来てるの?」
「半分くらい」
「じゃあ、それを完成させて欲しい」
「…分かりました。期限はあるんですか?」
「うーん…ドラマ開始直前にリリースしたいと言うのが、阿部さんの考えなんだ。ということは…」
「今年中には曲が出来てないと」
「…そうだな」
あと2ヶ月弱か。
とにかく頑張ってみよう。
あの曲をちゃんと完成させたいと、ずっと思ってた。
いいきっかけになる。


ライブの合間をぬって、曲作りに没頭してどうにか年内に曲自体は出来上がった。
歌詞はもうだいぶ前に出来てる。
後は編曲、レコーディング。
ホッとした頃に尾形さんから、曲依頼の事情を聞いた。
局のドラマ製作のプロデューサーが、インディーズ時代からのウイングスのファンだったと。
私の歌を気に入っているそうで、自分が作るドラマで、主題歌を依頼したかったそうだ。
メジャーデビューして間もないウイングス。
なのに、タイアップの依頼があったのはそういうことだったんだ…
その頃…私が曲作りに没頭してた頃。
ネットで流れて来た達也のニュース。
来年の7月期のドラマに、主役の相手役に抜擢されたとあった。
達也がドラマ?
同じ時期に…




































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