えりこのまったり日記

グダグダな日記や、詩的な短文、一次創作の書き物など。

あなたのいた場所に6話・開けた道

2019-09-30 20:31:05 | 書き物
地下鉄の出口の階段を昇ったら、射すような強い陽射しが照りつけていた。
顔に手をかざして、俯いて歩く。
普段昼間に外に出ないから、眩しすぎて目がチカチカする。
「あっつ…」
じりじりした熱気に、思わず口に出た言葉。
長袖の薄手のシャツ越しに焼けてしまいそうなくらい暑い。





8月になって、YOKOさんと同じ事務所に所属が決まった。
7月にはアルバムが完成していて、8月の末の発売に向けて、新しい事務所で全面的にプロモーションをすることになった。
今日は、路線が多く乗り入れてる巨大な駅近にある、イベントスペースでのライブ。
ライブハウスではずっと演奏してるけれど、こういう場所では初めて。
事務所のウェブサイトとSNSで告知はしたけれど…
どのくらい集まってくれるかな。
イベントスペースのあるビルの駅側には、ずっと動画が流れてる大型ビジョンがある。
見上げると、ジーパンにシンプルなTシャツの達也が歌ってる横顔。
達也のデビュー曲は、化粧品のCMとのタイアップ曲だった。
あらゆる媒体で歌声が流れたし、MVも目にした。
達也のデビュー曲は新人としては異例のヒットと言われてる。
音楽番組にも出演して、それがまた売れ行きに繋がったみたいだ。
なんかもう、別世界の人に思える。
でも、みんなビジョンに映し出された達也を見ていて、思わず立ち止まった私なんて見てない。
これから、別室でリハーサルした後にライブだ。
惑わされないで、自分のことをちゃんとやらなくちゃ。
ビルの入り口から入って、スタッフオンリーのドアを開けた。



時間が迫り袖から覗くと、広場に並べてある椅子は全部埋まっていた。
見上げると、吹き抜けになってる上の方にもたくさんの人。
「思ってたより来てくれたなあ」
脇にきて声をかけてくれたのは、現場についてくれることになった、マネージャーの尾形さん。
30代半ばの、現場経験の豊富な人だそうだ。
事務所に所属することになったのは、社長が私たちウイングスの音を気に入ってくれたから。
社長は、「とにかく、ウイングスの曲をもっと色んな人に知って、聴いて貰おう。それにはまず、アルバムのプロモーションだ。そして、広がっていったら…メジャーデビューだな」
事務所に初めて足を踏み入れて、言われたのがその言葉。
メジャーレーベルでやってみたいと思ったことはあったけど、それは達也がいた頃の話。
今のウイングスの音楽が、そんな売れるものなのかな。
メジャーレーベルは、売り上げにもシビアだと聞いたけど…
「洋子ちゃん、緊張してる?」
黙った私を、尾形さんは気遣ってくれた。
「…まあ、緊張してないって言ったら嘘になりますから…ドキドキしてますよ」
その時、私たちを紹介するアナウンスが流れた。
「出番だ、いつも通りのウイングスで!」
尾形さんに送り出されて、ステージにスタンバイした。
最前列に、楽器店で出会った女の子たちを見つけて思わず手を振る。
すると、まわり中から手が振られて歓声が上がり、身体が熱くなった。
そのとき、直感的に『これなら大丈夫』と思えて、ふうっと息を吐いた。
「みなさん、来てくれてありがとう!ウイングスです!」
この空気感、高揚感。
私の全部が熱く高まっていく。
深山くんのカウントで、ライブは始まった。



イベントステージをやり、私たちのレーベルを扱ってくれるCDショップを廻って。
発売日までずっと、地道なプロモーションを続けた。
発売日には、YOKOさんがパーソナリティーをしてるラジオ番組にゲスト出演。
アルバムのリード曲を掛けてもらった。
1枚目の時はここまでプロモーションは出来なかった。
インディーズとしては知名度も高いレーベルだけれど、とにかくウイングスは無名だったから。
やっぱり事務所のマネジメントがあるって大きいんだと、YOKOさんが喋っているのを見て実感したのだ。
ラジオが終わって、私たちは一緒にブースを出た。
時間は午前3時。
みんなで休憩スペースでコーヒーを飲んでいたら、後からYOKOさんも合流した。
「YOKOさん、お疲れさまです。今日はありがとうございました」
「お疲れさま。こちらこそありがとう。今日はもう終わりなの?」
「いや、夜には初めて行くライブハウスのリハがあります」
高梨さんとYOKOさんとのやり取りを聞きながら、私の頭の中は纏まらない曲のメロディでいっぱいだった。
あの時浮かんだ達也への言葉を曲にしたい。
そう思っているけれど、うまくまとまらないまま時間ばかり過ぎてしまっていた。
眉を寄せて目を瞑って、自分の頭の中を探っていく。
もうちょっと…
もうちょっとなんだけどな…
「…ちゃん」
「…洋子ちゃん?」
高梨さんの声が耳元で聞こえて、ハッと目を開ける。
顔を上げると、皆が私を見ていた。
「あっごめんなさい!」
「洋子ちゃん、深夜ラジオ明けで眠くなっちゃった?」
YOKOさんは笑って言ってくれたけれど、こんな時に他のこと考えちゃうなんて…
「いえ、ちょっとまだ出来上がってない曲が気になってしまって。ほんとすみません」
「分かるわよ、それ。なかなかまとまらないと気になってしようがないわよね」
YOKOさんがコーヒーを飲み干して、紙コップを捨てた。
そろそろ、帰る時間かな…
そう思って腰を浮かせた時だった。
「前のボーカルの人…達也くんだっけ?この間、歌番組の収録で一緒になったの」
「あの…YOKOさんと達也が同じ番組にですか?」
「そうよ、深夜の音楽番組。出演者がトークするコーナーがあったから、話もしてきたの…て言うより、彼の方から話掛けて来たのよ」
急に達也の話をしだしたYOKOさんに戸惑ってしまった。
それを察したのか、YOKOさんが私の腕をポンポン、と叩いた。
「もう~そんな困った顔しないで。ウイングスが私と同じ事務所になったからって、わざわざウイングスのことをお願いしますって言ってくれたって話なんだから」
「え…達也が?」
「そう。やっぱり、気になってるんじゃないの」
にっこり笑ってそう言うと、YOKOさんは立ち上がった。
「洋子ちゃんが作ってる曲、出来上がったら聴かせてね。じゃあ、お疲れさま」
YOKOさんは帰ってしまった。
達也がそんなことを…
それだけで、なんだか嬉しい。
私たちのこと…ウイングスにいたことをどんどん忘れていってしまう気がしてたから…
「達也、気にしてくれてたんだな」
私と同じ、高校の頃からの付き合いの深山くんは、嬉しそうだった。
「洋子ちゃん、新曲書いてるの」
高梨さんが聞いてきた。
そうだ、誰にも言ってたなかった…
出来たら、言うつもりだったのに。
「そうなんです。でも、最後の詰めがなかなか進まなくて。」
「そうか…じゃあ、出来たらまた皆で仕上げよう」
「はい」
そうだ。
あの曲を完成させなくちゃ。
すごく手応えを感じてるのに、なかなかまとまってくれないけれど。
なんだか、今のもどかしい状態を抜けたら、うまく仕上がってくれそうな気がするのだ。




時間をかけて、じわじわとアルバムは売れていった。
今までのライブハウスで週に1回。
中規模の都心のライブハウスで月1回。
ライブをしながら物販でアルバムを置き、ラジオでも掛けてくれるところが増えた。
CDショップに定期的に訪れていたけれど、その度に売れた枚数が増えていく。
私たちもライブの前後に物販に顔を出して、手売りしたりした。
発売から4ヶ月後の年末近くには、1枚目のアルバムより売り上げは大幅にアップ。
レーベルの宮田さんに、レーベルを立ち上げて以来と言われたのだ。
やっぱり、たくさんの人に手に取って聴いて貰えるのは嬉しい。
けれど、嬉しいことはそれだけじゃなかった。
年末の音楽をテーマにしたバラエティー番組で、期待のバンドとしてウイングスを取り上げて貰えたのだ。
ライブハウスでの映像も流れ、有名なプロデューサーの人が私のボーカルも評価してくれた。
待ち構えて見たけれど、こんな風にテレビ画面に自分が映るなんて、そしてボーカルとして取り上げられるなんて…思ってもみなかった。
翌日ライブハウスに行くと、楽屋手前の休憩場所で尾形さんが待ち構えていた。
「洋子ちゃん、昨日見た?」
「見ましたよ、テレビの前で待ち構えてました」
「びっくりしたよ、ウイングスの扱いが良くて。洋子ちゃんもずいぶんピックアップされてたな」
「そうなんです、私もあんなに取り上げて貰えるなんて驚きましたよ」
「洋子ちゃん、これからだよ」
「え?」
尾形さんがニヤッと笑って見せた。
「これは必ず影響が出るよ」
「影響…ですか?」
「うん。とにかく今まで以上にライブに力を入れて行こう。そうすれば全部ついて来るから」
「はい」



尾形さんが言った通り、それから状況が変化して行った。
だんだんとアルバムの楽曲のラジオへのリクエストが増えた。
それに引っ張られるように、アルバムの売れ行きが上がって行き、取材も増えて行った。
アルバムが売れるにつれ、ライブの客席もほぼ埋まるようになって行く。
ライブの前、袖から客席を眺めて尾形さんが言ってたのはこれなんだと実感した。
盛り上がりが高まっていくライブを重ねて、年末になった頃。
達也が抜けて1年たった時だった。
事務所にメジャーレーベルからの誘いがあったのだ。












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