えりこのまったり日記

グダグダな日記や、詩的な短文、一次創作の書き物など。

あなたのいた場所に3話・歌うということ

2019-09-25 19:05:58 | 書き物
布団から出て着替えると、出かける支度をした。
ライブハウスのマネージャーに呼び出されたのだ。
バンドの存続について聞きたいのだろうと分かってた。
でも、続けたくてもボーカルがいない…
達也に言われたことを考えてみたけれど、私がメインボーカルなんてこと、考えたこともなかったのに…



達也がバンドを抜けることを、他のメンバーは思っていたより穏やかに受け止めていた。
なんとなく、予感はしていたみたいだ。
みんな、達也が抜けた後どうするかってきっと考えてたと思う。
でも、暗黙の了解みたいにそれには触れなかった。
達也がいる年内のライブを終えたら、たぶんウイングスは解散するんだろう…
年内でウイングスから達也が抜けることは、次のライブで発表された。
結局、次のアルバムは保留。
その後、達也目当ての客はさらに増えた。



ラストライブの日まで、私たちは何も無かったみたいに一緒に暮らしてた。
年末に近づくにつれ、打ち合わせがあると言って達也が留守にすることも増えたけれど。
達也と一緒にいるのは、年末の最後のライブまで。
自分でそう決めて、それでいいと思ってたし大丈夫だと思ってた。
嫌いになって離れる訳じゃない。
今までとがらっと環境が変わる達也が、私という『今まで』を引きずるのは良くないと思ったから。
達也は時々、洋子の書く曲が好きだから、書くのをやめないでと言って来た。
その言葉は嬉しかったけど…
達也がいなくなるのに新しい曲なんているの?
それでも続けて欲しいって言う達也に、それ以上何も言えなくて。
もやもやしたけれど、とにかく最後まで泣いたり取り乱したりしたくなかった。
今まで通り、ちゃんと笑顔でいるんだって…
そんな私に、達也はずっと優しかった。
ラストライブが終わった後。
ここまで頑張って、いつも通りに笑って喋ってたのに。
最後だからと達也が部屋に来て、
「洋子、じゃあ俺行くよ」
そう声を掛けてくれたのに、どんな顔をしていいか分からない。
残った少ない荷物を前に、唇をかみしめて俯くことしか出来なくなった。
達也は私を、ただ抱き締めてくれた。
そして、ポンポン、と肩を叩いて離れた。
なくなった温もり。
見慣れた背の高い後ろ姿。
達也が、ドアを開けて出て行くのを、何も言えずぼんやりと立ち尽くして、ただ見てた。




今朝まで達也がいた部屋を振り返って見た。
高校の時からの私の大事な人、大事なバンド。
達也は行った。
バンド…どうしたらいいんだろう。
みんなはどう思ってるんだろう。



アパートからライブハウスまでは、ゆっくり歩いて30分。
もうすぐ引っ越すこの辺りを、最後にじっくり見ようと遠回りしてみた。
外は寒いけれど、歩きたい気分だった。
いつもは通らない住宅地。
その途中に、高校があった。
もう冬休みだから誰もいないはずなのに、微かに管楽器の音が聞こえる。
吹奏楽部かな…
そういえば高校に入学したとき、吹奏楽部か合唱部か迷ったっけ。
軽音部なんて、考えもしなかった。
コンクリートの塀に寄りかかって、暫くボーッとしていると今度はエレキギターの音。
え?吹奏楽部にギターもいるの?
思わず振り返って校舎を見た。
続けて聞こえたボーカルに、軽音部もいるんだと分かった。
こんな年末に練習…?
ずいぶん熱心なんだな。
私たちが高校の頃は…達也に誘われてバンドに参加し始めた頃は、最初はもっと適当だった。
達也がプロになりたいって言い出した辺りから、バンドの雰囲気が変わったんだ。
見よう見まねで曲を作り始めたのは、その頃からだった。
曲を作って、キーボード弾いて、コーラスして。
達也に引っ張られて、初めてしたことは大変なことばかり。
大変だったけど…曲を作ってみんなで編曲まで作り上げるのは、楽しかったな…
いい曲出来たな!ってみんなに言われた時は、すごく嬉しかったし。
バンド…楽しかったんだ、私。
こんな風に、放課後や夏休みに校舎で練習するのも、スタジオ借りて曲を作り上げるのも…楽しかったんだ。
いまさら、こんな所で思い出した。
大変なことばかりだったけど、楽しんで来た自分を。
でも…ボーカルなんて。
合唱部ではアルトだったし、高音キレイに出ないし…
達也みたいに歌えないよ。



また歩き出してしばらくしたら、駅に続く商店街の入り口。
商店街に入らずにぐるっとまわれば、ライブハウスだ。
一旦、そっちに足が向いたけれど、なんとなく気が変わって商店街に入った。
10メートルも歩かないうちに、年季の入った楽器店がある。
譜面も売っているから、よくお世話になったお店だ。
ちょっと、店長に挨拶していこうかな。
そう思って、店先にいる制服姿の女の子二人の脇を通り抜けた時だった。
「あの…」
後ろから声が聞こえて振り返ると、女の子たちがにこにこしながら私を見てる。
「洋子さんですよね。ウイングスの」
「あ…はい、そうです。私たちのこと、知ってるの?」
「この子に教わって大好きになって、ライブにも行きました。まさかここでお会い出来るなんて…嬉しい」
隣の子と顔を見合わせて、頬を紅潮させてる。
こっちこそ、まさかここで大好きって言われるなんて…嬉しい。
「え…と、ちょっとお聞きしていいですか」
言いにくそうな顔。
達也のことかな。
残念だけど、達也はもう…
「ウイングス、解散しちゃうんですか」
「え…」
「だって、ライブハウスのスケジュールにもないし、達也さん抜けちゃったって聞いたし」
あーまあ、そう思うよね。
達也が抜けたら。
「まだ、分からないんだけどね。たぶん…」
「洋子さんは歌わないんですか」
「えっ…私?」
「私、洋子さんの声好きなんです。もっと歌えばいいのにって、思ってました」
「でも…私の声、低いし」
「私はそこも好きです」
こんなこと言われたのは初めてで、どう反応していいのか戸惑った。
しかも女の子に言われるって…
女の子はみんな、達也目当てだと思ってたから。
「ウイングスの曲、洋子さんが作ってるんですよね?カッコいいなあ」
「ちょっと待って。なんで知ってるの?」
「ライブ終わりに外にいたら、達也さんが言ってたのを聞いちゃった」
達也が?
…もう、言わないでって言ってたのに。
自分もバンドやってますって言うその子たちと、しぱらく話してから店を出た。
そろそろ、ライブハウスに顔を出す時間だった。
歩きながら、さっき言われたことを思い出してた。
私の声を聴いてくれてたこと、曲がカッコいいと言われたこと…
胸の奥のあたりをぐるぐると廻ってる。
私が歌う…
そこに踏み込んでいいのかと、まだ躊躇ってしまうのだ。
バンドは、音楽は楽しい。
でももう22…
別の道を探さなくてもいいの?
遠くから、別の自分が聞いてくる。



ライブハウスの階段を降りると、もうみんな座って待っていた、
マネージャー、ベースの高梨さん、ドラムの宮野くん、ギターの原さん。
達也、私、宮野くん、ベースとギターの5人で高校の時に結成したウイングス。
インディーズでのデビューが決まった時に、ベースとギターが抜けた。
その時、ライブハウスのマネージャーが紹介してくれて、高梨さんと原さんが加入したのだ。
20代後半の高梨さんと、30代の原さんはスタジオミュージシャンもやっている。
正直、よくウイングスに入ってくれたなあと思っていたけど…
解散しても、きっと二人は困らないんだろうなと思ってた。
宮野くんはどう思ってるのかなあ。
「ごめんなさい、お待たせしました」
何を話してたのか、みんなにこやかでどうしようって顔じゃない。
私の顔は今、どう見えてるんだろう。





















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