布団から出て着替えると、出かける支度をした。
ライブハウスのマネージャーに呼び出されたのだ。
バンドの存続について聞きたいのだろうと分かってた。
でも、続けたくてもボーカルがいない…
達也に言われたことを考えてみたけれど、私がメインボーカルなんてこと、考えたこともなかったのに…
達也がバンドを抜けることを、他のメンバーは思っていたより穏やかに受け止めていた。
なんとなく、予感はしていたみたいだ。
みんな、達也が抜けた後どうするかってきっと考えてたと思う。
でも、暗黙の了解みたいにそれには触れなかった。
達也がいる年内のライブを終えたら、たぶんウイングスは解散するんだろう…
年内でウイングスから達也が抜けることは、次のライブで発表された。
結局、次のアルバムは保留。
その後、達也目当ての客はさらに増えた。
ラストライブの日まで、私たちは何も無かったみたいに一緒に暮らしてた。
年末に近づくにつれ、打ち合わせがあると言って達也が留守にすることも増えたけれど。
達也と一緒にいるのは、年末の最後のライブまで。
自分でそう決めて、それでいいと思ってたし大丈夫だと思ってた。
嫌いになって離れる訳じゃない。
今までとがらっと環境が変わる達也が、私という『今まで』を引きずるのは良くないと思ったから。
達也は時々、洋子の書く曲が好きだから、書くのをやめないでと言って来た。
その言葉は嬉しかったけど…
達也がいなくなるのに新しい曲なんているの?
それでも続けて欲しいって言う達也に、それ以上何も言えなくて。
もやもやしたけれど、とにかく最後まで泣いたり取り乱したりしたくなかった。
今まで通り、ちゃんと笑顔でいるんだって…
そんな私に、達也はずっと優しかった。
ラストライブが終わった後。
ここまで頑張って、いつも通りに笑って喋ってたのに。
最後だからと達也が部屋に来て、
「洋子、じゃあ俺行くよ」
そう声を掛けてくれたのに、どんな顔をしていいか分からない。
残った少ない荷物を前に、唇をかみしめて俯くことしか出来なくなった。
達也は私を、ただ抱き締めてくれた。
そして、ポンポン、と肩を叩いて離れた。
なくなった温もり。
見慣れた背の高い後ろ姿。
達也が、ドアを開けて出て行くのを、何も言えずぼんやりと立ち尽くして、ただ見てた。
今朝まで達也がいた部屋を振り返って見た。
高校の時からの私の大事な人、大事なバンド。
達也は行った。
バンド…どうしたらいいんだろう。
みんなはどう思ってるんだろう。
アパートからライブハウスまでは、ゆっくり歩いて30分。
もうすぐ引っ越すこの辺りを、最後にじっくり見ようと遠回りしてみた。
外は寒いけれど、歩きたい気分だった。
いつもは通らない住宅地。
その途中に、高校があった。
もう冬休みだから誰もいないはずなのに、微かに管楽器の音が聞こえる。
吹奏楽部かな…
そういえば高校に入学したとき、吹奏楽部か合唱部か迷ったっけ。
軽音部なんて、考えもしなかった。
コンクリートの塀に寄りかかって、暫くボーッとしていると今度はエレキギターの音。
え?吹奏楽部にギターもいるの?
思わず振り返って校舎を見た。
続けて聞こえたボーカルに、軽音部もいるんだと分かった。
こんな年末に練習…?
ずいぶん熱心なんだな。
私たちが高校の頃は…達也に誘われてバンドに参加し始めた頃は、最初はもっと適当だった。
達也がプロになりたいって言い出した辺りから、バンドの雰囲気が変わったんだ。
見よう見まねで曲を作り始めたのは、その頃からだった。
曲を作って、キーボード弾いて、コーラスして。
達也に引っ張られて、初めてしたことは大変なことばかり。
大変だったけど…曲を作ってみんなで編曲まで作り上げるのは、楽しかったな…
いい曲出来たな!ってみんなに言われた時は、すごく嬉しかったし。
バンド…楽しかったんだ、私。
こんな風に、放課後や夏休みに校舎で練習するのも、スタジオ借りて曲を作り上げるのも…楽しかったんだ。
いまさら、こんな所で思い出した。
大変なことばかりだったけど、楽しんで来た自分を。
でも…ボーカルなんて。
合唱部ではアルトだったし、高音キレイに出ないし…
達也みたいに歌えないよ。
また歩き出してしばらくしたら、駅に続く商店街の入り口。
商店街に入らずにぐるっとまわれば、ライブハウスだ。
一旦、そっちに足が向いたけれど、なんとなく気が変わって商店街に入った。
10メートルも歩かないうちに、年季の入った楽器店がある。
譜面も売っているから、よくお世話になったお店だ。
ちょっと、店長に挨拶していこうかな。
そう思って、店先にいる制服姿の女の子二人の脇を通り抜けた時だった。
「あの…」
後ろから声が聞こえて振り返ると、女の子たちがにこにこしながら私を見てる。
「洋子さんですよね。ウイングスの」
「あ…はい、そうです。私たちのこと、知ってるの?」
「この子に教わって大好きになって、ライブにも行きました。まさかここでお会い出来るなんて…嬉しい」
隣の子と顔を見合わせて、頬を紅潮させてる。
こっちこそ、まさかここで大好きって言われるなんて…嬉しい。
「え…と、ちょっとお聞きしていいですか」
言いにくそうな顔。
達也のことかな。
残念だけど、達也はもう…
「ウイングス、解散しちゃうんですか」
「え…」
「だって、ライブハウスのスケジュールにもないし、達也さん抜けちゃったって聞いたし」
あーまあ、そう思うよね。
達也が抜けたら。
「まだ、分からないんだけどね。たぶん…」
「洋子さんは歌わないんですか」
「えっ…私?」
「私、洋子さんの声好きなんです。もっと歌えばいいのにって、思ってました」
「でも…私の声、低いし」
「私はそこも好きです」
こんなこと言われたのは初めてで、どう反応していいのか戸惑った。
しかも女の子に言われるって…
女の子はみんな、達也目当てだと思ってたから。
「ウイングスの曲、洋子さんが作ってるんですよね?カッコいいなあ」
「ちょっと待って。なんで知ってるの?」
「ライブ終わりに外にいたら、達也さんが言ってたのを聞いちゃった」
達也が?
…もう、言わないでって言ってたのに。
自分もバンドやってますって言うその子たちと、しぱらく話してから店を出た。
そろそろ、ライブハウスに顔を出す時間だった。
歩きながら、さっき言われたことを思い出してた。
私の声を聴いてくれてたこと、曲がカッコいいと言われたこと…
胸の奥のあたりをぐるぐると廻ってる。
私が歌う…
そこに踏み込んでいいのかと、まだ躊躇ってしまうのだ。
バンドは、音楽は楽しい。
でももう22…
別の道を探さなくてもいいの?
遠くから、別の自分が聞いてくる。
ライブハウスの階段を降りると、もうみんな座って待っていた、
マネージャー、ベースの高梨さん、ドラムの宮野くん、ギターの原さん。
達也、私、宮野くん、ベースとギターの5人で高校の時に結成したウイングス。
インディーズでのデビューが決まった時に、ベースとギターが抜けた。
その時、ライブハウスのマネージャーが紹介してくれて、高梨さんと原さんが加入したのだ。
20代後半の高梨さんと、30代の原さんはスタジオミュージシャンもやっている。
正直、よくウイングスに入ってくれたなあと思っていたけど…
解散しても、きっと二人は困らないんだろうなと思ってた。
宮野くんはどう思ってるのかなあ。
「ごめんなさい、お待たせしました」
何を話してたのか、みんなにこやかでどうしようって顔じゃない。
私の顔は今、どう見えてるんだろう。
ライブハウスのマネージャーに呼び出されたのだ。
バンドの存続について聞きたいのだろうと分かってた。
でも、続けたくてもボーカルがいない…
達也に言われたことを考えてみたけれど、私がメインボーカルなんてこと、考えたこともなかったのに…
達也がバンドを抜けることを、他のメンバーは思っていたより穏やかに受け止めていた。
なんとなく、予感はしていたみたいだ。
みんな、達也が抜けた後どうするかってきっと考えてたと思う。
でも、暗黙の了解みたいにそれには触れなかった。
達也がいる年内のライブを終えたら、たぶんウイングスは解散するんだろう…
年内でウイングスから達也が抜けることは、次のライブで発表された。
結局、次のアルバムは保留。
その後、達也目当ての客はさらに増えた。
ラストライブの日まで、私たちは何も無かったみたいに一緒に暮らしてた。
年末に近づくにつれ、打ち合わせがあると言って達也が留守にすることも増えたけれど。
達也と一緒にいるのは、年末の最後のライブまで。
自分でそう決めて、それでいいと思ってたし大丈夫だと思ってた。
嫌いになって離れる訳じゃない。
今までとがらっと環境が変わる達也が、私という『今まで』を引きずるのは良くないと思ったから。
達也は時々、洋子の書く曲が好きだから、書くのをやめないでと言って来た。
その言葉は嬉しかったけど…
達也がいなくなるのに新しい曲なんているの?
それでも続けて欲しいって言う達也に、それ以上何も言えなくて。
もやもやしたけれど、とにかく最後まで泣いたり取り乱したりしたくなかった。
今まで通り、ちゃんと笑顔でいるんだって…
そんな私に、達也はずっと優しかった。
ラストライブが終わった後。
ここまで頑張って、いつも通りに笑って喋ってたのに。
最後だからと達也が部屋に来て、
「洋子、じゃあ俺行くよ」
そう声を掛けてくれたのに、どんな顔をしていいか分からない。
残った少ない荷物を前に、唇をかみしめて俯くことしか出来なくなった。
達也は私を、ただ抱き締めてくれた。
そして、ポンポン、と肩を叩いて離れた。
なくなった温もり。
見慣れた背の高い後ろ姿。
達也が、ドアを開けて出て行くのを、何も言えずぼんやりと立ち尽くして、ただ見てた。
今朝まで達也がいた部屋を振り返って見た。
高校の時からの私の大事な人、大事なバンド。
達也は行った。
バンド…どうしたらいいんだろう。
みんなはどう思ってるんだろう。
アパートからライブハウスまでは、ゆっくり歩いて30分。
もうすぐ引っ越すこの辺りを、最後にじっくり見ようと遠回りしてみた。
外は寒いけれど、歩きたい気分だった。
いつもは通らない住宅地。
その途中に、高校があった。
もう冬休みだから誰もいないはずなのに、微かに管楽器の音が聞こえる。
吹奏楽部かな…
そういえば高校に入学したとき、吹奏楽部か合唱部か迷ったっけ。
軽音部なんて、考えもしなかった。
コンクリートの塀に寄りかかって、暫くボーッとしていると今度はエレキギターの音。
え?吹奏楽部にギターもいるの?
思わず振り返って校舎を見た。
続けて聞こえたボーカルに、軽音部もいるんだと分かった。
こんな年末に練習…?
ずいぶん熱心なんだな。
私たちが高校の頃は…達也に誘われてバンドに参加し始めた頃は、最初はもっと適当だった。
達也がプロになりたいって言い出した辺りから、バンドの雰囲気が変わったんだ。
見よう見まねで曲を作り始めたのは、その頃からだった。
曲を作って、キーボード弾いて、コーラスして。
達也に引っ張られて、初めてしたことは大変なことばかり。
大変だったけど…曲を作ってみんなで編曲まで作り上げるのは、楽しかったな…
いい曲出来たな!ってみんなに言われた時は、すごく嬉しかったし。
バンド…楽しかったんだ、私。
こんな風に、放課後や夏休みに校舎で練習するのも、スタジオ借りて曲を作り上げるのも…楽しかったんだ。
いまさら、こんな所で思い出した。
大変なことばかりだったけど、楽しんで来た自分を。
でも…ボーカルなんて。
合唱部ではアルトだったし、高音キレイに出ないし…
達也みたいに歌えないよ。
また歩き出してしばらくしたら、駅に続く商店街の入り口。
商店街に入らずにぐるっとまわれば、ライブハウスだ。
一旦、そっちに足が向いたけれど、なんとなく気が変わって商店街に入った。
10メートルも歩かないうちに、年季の入った楽器店がある。
譜面も売っているから、よくお世話になったお店だ。
ちょっと、店長に挨拶していこうかな。
そう思って、店先にいる制服姿の女の子二人の脇を通り抜けた時だった。
「あの…」
後ろから声が聞こえて振り返ると、女の子たちがにこにこしながら私を見てる。
「洋子さんですよね。ウイングスの」
「あ…はい、そうです。私たちのこと、知ってるの?」
「この子に教わって大好きになって、ライブにも行きました。まさかここでお会い出来るなんて…嬉しい」
隣の子と顔を見合わせて、頬を紅潮させてる。
こっちこそ、まさかここで大好きって言われるなんて…嬉しい。
「え…と、ちょっとお聞きしていいですか」
言いにくそうな顔。
達也のことかな。
残念だけど、達也はもう…
「ウイングス、解散しちゃうんですか」
「え…」
「だって、ライブハウスのスケジュールにもないし、達也さん抜けちゃったって聞いたし」
あーまあ、そう思うよね。
達也が抜けたら。
「まだ、分からないんだけどね。たぶん…」
「洋子さんは歌わないんですか」
「えっ…私?」
「私、洋子さんの声好きなんです。もっと歌えばいいのにって、思ってました」
「でも…私の声、低いし」
「私はそこも好きです」
こんなこと言われたのは初めてで、どう反応していいのか戸惑った。
しかも女の子に言われるって…
女の子はみんな、達也目当てだと思ってたから。
「ウイングスの曲、洋子さんが作ってるんですよね?カッコいいなあ」
「ちょっと待って。なんで知ってるの?」
「ライブ終わりに外にいたら、達也さんが言ってたのを聞いちゃった」
達也が?
…もう、言わないでって言ってたのに。
自分もバンドやってますって言うその子たちと、しぱらく話してから店を出た。
そろそろ、ライブハウスに顔を出す時間だった。
歩きながら、さっき言われたことを思い出してた。
私の声を聴いてくれてたこと、曲がカッコいいと言われたこと…
胸の奥のあたりをぐるぐると廻ってる。
私が歌う…
そこに踏み込んでいいのかと、まだ躊躇ってしまうのだ。
バンドは、音楽は楽しい。
でももう22…
別の道を探さなくてもいいの?
遠くから、別の自分が聞いてくる。
ライブハウスの階段を降りると、もうみんな座って待っていた、
マネージャー、ベースの高梨さん、ドラムの宮野くん、ギターの原さん。
達也、私、宮野くん、ベースとギターの5人で高校の時に結成したウイングス。
インディーズでのデビューが決まった時に、ベースとギターが抜けた。
その時、ライブハウスのマネージャーが紹介してくれて、高梨さんと原さんが加入したのだ。
20代後半の高梨さんと、30代の原さんはスタジオミュージシャンもやっている。
正直、よくウイングスに入ってくれたなあと思っていたけど…
解散しても、きっと二人は困らないんだろうなと思ってた。
宮野くんはどう思ってるのかなあ。
「ごめんなさい、お待たせしました」
何を話してたのか、みんなにこやかでどうしようって顔じゃない。
私の顔は今、どう見えてるんだろう。