えりこのまったり日記

グダグダな日記や、詩的な短文、一次創作の書き物など。

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2020-07-06 07:55:00 | 書き物
春先からちまちま練っていたお話がようやく出来上がりました。
トーク番組でバーにPC持ち込んで文章を書くと聞いて、そこから広げたもの。
とはいえ、男性のイメージはちょっと違うかな。

今日から毎日UPします。

あなたのいた場所に終・幸せに

2019-10-05 18:26:13 | 書き物
「達也、痩せてたね…人に囲まれてて、ザ・芸能人みたいだった」
深山くんがポツリと呟く。
「そうだな…でも疲れてたみたいだったな」
めずらしく原さんまで…
音楽活動の他に、俳優業にも本腰を入れ始めたらしいから、スケジュールも大変なんだろうな…
深山くんじゃないけれど、人に囲まれた達也を見たら、あれは達也と言う名のプロジェクトなんだと思った。
たくさんの人が関わる、ビッグプロジェクト。
大きな船に乗ったらもう、降りることは出来ない…
達也はその船に乗っちゃったんだ。
私が一緒にいられる世界じゃない。
こうなったら、達也は達也の、私は私の道を行くしかないんだ。
「深山くん、達也は私たちをバンドに引っ張ってくれたんじゃない。達也の幸せを、成功を祈ろうよ」
高校の時のバンド仲間から始まったウイングス。
その頃からのメンバーの深山くんは、そう言うと少し遠い目をした。
「そうだね、なんか…ずいぶん前のことのような気がするけど…」
高校の頃だから、6年。
もうなのか、まだなのか…
「あ、そう言えば。さっき、高梨さんどうしたの?戻って達也に声描けてたじゃない」
「…ああ、知り合いのミュージシャンの近況を教えたんだ」
知り合いのミュージシャン?
ちょっとした違和感は、また緊張して来たって言う深山くんと、口数の少ないはずの原さんの会話で消されてしまった…



ウイングスのベース、高梨修一は皆が話し込んでいるうちに、そっと楽屋を出た。
さっき、達也に『話がある』と伝えたからだ。
控え室のドアを開けると、もう達也が座っていた。
「達也、来てくれてありがとう。出番は先なのに、悪いな」
「…いや、それよりわざわざ高梨さんから話なんて、珍しいね。どうしたの?」
穏やかな笑顔を浮かべた達也は、修一を手招きした。
達也と並んで座ると、修一は低い声で訊ねた。
「単刀直入に言うけど…達也、洋子ちゃんをボーカルにする為にウイングスを抜けたのか?」
「…どうして今さらそんなことを?あのドラマを見たから?」
「それもある。でも、あのドラマのラストを見て、あり得るって思ったんだ、達也なら」
達也は、少し俯いて考え込んでいるように見えた。
でもすぐに顔を上げて、修一をまっすぐ見た。
「ちょっと、話を聞いてくれる?手短にするから」
「ああ」

高校1年の時、隣のクラスの子を好きになったんだ。
入り浸ってた軽音部の部室の隣が音楽室でね、たまにそこでピアノを弾いてた。
黒目がちのくりっとした瞳が可愛くて、俺を覚えて欲しくて…
ちょくちょく声を掛けてたら、彼女も俺を好きになってくれた。
…それが、洋子だよ。
ピアノ弾けるならと、バンド組む時に引き入れた。
その時、びっくりしたんだ。
だって何か弾いてみてって言ったら、ジャズピアノを弾いたんだよ。
それで、コーラスやってみたら低い声でゴスペルとか歌えちゃって…
曲を作るようになったら、ソウルの影響を受けてて。
洋子に聞いたら、ご両親が音楽好きで洋子に教えたらしい。


それでも、ウイングスのボーカルは俺だから、俺が歌いやすい曲を作ってくれた。
コーラスは、ボーカルがより引き立つように、高い声を出して。
アマチュアの頃は、それで良かったんだ。
でも…
インディーズからCDを出した頃から、これでいいのかって思い出した。
洋子を、『ウイングスのキーボード』に押し込めてていいのかって。
でも…洋子にさりげなくメインボーカルを振ってみても、私はキーボードとコーラスでいいって言う。
…洋子は、恋人でメインボーカルの俺を、立てようとしてくれるんだ。
そう感じた時からもやもやしだしたんだ。
そのもやもやをずっと抱えて、しばらくたって…そう、高梨さんたちが加入した頃。
俺は初めて自分の気持ちに気づいたんだ。
洋子に嫉妬してるってことを。


「嫉妬…?」
「そうだよ、俺には無い才能を持ってるのに、それをしまいこんで俺を持ち上げようとするんだから…なんでだよって思った」
「でも、達也だって…」
「俺?俺だって自分の声に多少は自信はあるけど…ありふれた声だよ。俺が注目されるのは、いつも見た目だけ」
「そんなことは無いだろう。楽器もほとんど弾けるし編曲のセンスもあるし」
「高梨さんだって、洋子とやってきて分かったよね?洋子の作曲のセンスが、俺には羨ましくてたまらなかったんだ」

…だから、ソロのオファーがあった時、バンドを離れようと思った。
ウイングスは、洋子が歌った方がいい。
バンドも洋子も好きだったけど、離れた方がきっと楽になれるって思った。

「だから抜けたのか。洋子ちゃんにメインボーカルをやらせるために?」
「…まあ、俺だってそれなりに自信はあったから、ソロでやりたい気持ちはあったよ。でも…とにかく楽になりたかったんだ」
「でも、いいのか。結局洋子ちゃんを手放すことになったのに」
「…いいんだ。今でも洋子のことは好きな気持ちはあるけど…ずっと一緒にいると、きっともっと苦しくなる。好きな子に嫉妬するなんてみっともないよね…みっともない自分でいたくないんだ。洋子には好きなように歌って欲しい。それを、見守れる人が側にいてくれたら…。洋子に必要なのは、俺みたいに何もかも抱えて教えるんじゃなくて、のびのびと自由にやらせて、大変な時に背中を押してくれる人なんだ…俺にはそれは出来ないから」
控え室の外がガヤガヤしだした。
「達也…話してくれてありがとう。でも、なんでそこまで俺に話してくれたんだ?」
「…なんでだろう?誰かに聞いて欲しかったのかも…高梨さんなら分かってくれるって思えたし。それに、高梨さんだったら、、」
そこまで言ったら、ドアが開いた。
…みんな、俺が先にいたので驚いてる。
達也が耳元で、誰にも言わないでねと、言って来た。
頷くとにっこりして、洋子ちゃんに声をかけた達也。
あんな言い方をしてたけど、1番本当の所はやっぱり洋子ちゃんを生かしたかったんだろう。
俺だってずっと音楽をやってるんだ、嫉妬する気持ちは分かるが…
たぶんもう、こういう共演の機会はなかなか無いだろう。
達也の笑顔は、少し寂しそうに見えた。
それは洋子ちゃんも感じたのか、泣きそうな目をしてる。
出番が来て呼ばれたら、振り切るように前を向いていた。
俺はそんな洋子ちゃんを引っ張るみたいに、声を掛けた。




生放送が始まり、番組タイトルコールとともに、私たちもステージに立ち、ラインナップに加わる。
1番最後に出て来て、大歓声に迎えられたのは達也。
余裕の表情で客席に手を振ってる。
確かにザ・芸能人だなあと思うけれど…
さっき見た疲れて目が赤い達也が、頭から離れなかった。
オープニングから一旦引っ込み、少し後の出番に備える。
ウイングスは5組出るうちの3組目。
ステージ裏の控え室に行くと、もう高梨さんが座ってる。
隣には、なぜか最後のはずの達也が…
どうして、もういるの?
もしかして、高梨さんと何か話をしたのかな…
そう思ったら、この間のドラマのラストを思い出した。
達也がウイングスを抜けた理由…
ソロになりたがってた達也が、オファーを受けたから?
…私にウイングスのボーカルをやらせるため?
達也がゆっくりと私に穏やかな笑顔を向けた。
達也の笑顔はウイングスにいた頃と何も変わらない。
…もう、考えるのは止そう。
ソロとして達也は評価されて、演技の世界に入って行った。
私はウイングスのボーカルとして、ここまでやってこられた。
どちらにしても、達也の希望を叶えられたんだ。
本当は、ずっと一緒にいたかった。
だって、大好きな、大事な人だったんだもの。
でも、一緒にいたらきっと私はボーカルをやろうなんて思わなかった。
だからきっと…



今となってはもう、歩く道が違ってしまった。
ここにいるみんなが、ウイングスだったと思うと、胸の奥がきゅっとする。
皆でバンドをしてた頃が懐かしくてしかたない。
たった、数年前のことなのに。
でも、もう戻れないんだ…
目尻が潤んできた私に向かって、達也が大きな声で言った。
「これからのウイングス、楽しみにしてるからね!」
頷いた拍子に、一筋だけ滴が零れて落ちた。
「ウイングスさん、お願いします!」
スタッフから声が掛かる。
「洋子ちゃん、いくよ!」
高梨さんに促されて、後ろを向かずに控え室を出た。
ステージに出ると、すでにバンドセットが組んである。
「お待たせしました、ウイングス、あなたのいた場所で!」
ドラムに、ギターに、そしてベースに支えられて、私の声が音に乗って飛び上がる。
あなたのいた場所にいま私は立ってる。
あなたの背中はもう遥か遠く、見えなくなってしまった…
あなたといられて幸せでした。
どうか、どうか…あなたの幸せを祈ってる。
私はこの場所で生きて行く。
大切な皆と一緒に。





プロローグ

5年後。
29歳になった私は、お正月早々空港にいた。
行く先はL.A。
レコーディングの為だ。
あれからウイングスは、ライブをメインにしながらも連ドラだけでなく、映画の主題歌も手掛けていた。
そして、私は今年からソロ活動を始める。
レコーディングはその第一歩。
航空会社のラウンジに座っていると、奥の方から大きな声が上がった。
女性客何人かが固まって、大型テレビを見てる。
画面に映ってるのは、達也…。
『結婚』の二文字が、テロップで流れてる。
そちらに背を向け、入り口に目を向けると待っていた人が入って来た。
目の前まで来ると、目を細めて私を見る。
「ごめん、ちょっと出掛けに手間取って。待った?」
「ううん、私が早く着き過ぎただけ。でも、そろそろ行こう」
立ち上り、振り返ってテレビを見る。
マイクを向けられて、笑顔で答えている達也がいた。
じっと見ていると、それを見てた人たちが、私を見て何か言い合ってる…
くるっと向きを変えて、歩きだした人の後を追った。
「修ちゃん、まって」
空いてる左手に手を通したら、ぎゅっと握り返した彼と目があった。
「L.Aは晴天だって」
「そっか、良かったな」
ずっと背中を押して支えてくれた人は、いつも通り優しい目を向けてくれた。












































あなたのいた場所に9話・私の場所

2019-10-05 00:20:37 | 書き物
恋人がいなくなって、置いていかれた悔しさと、でもまだ恋人を想う気持ちを抱えて、舞台に打ち込む主人公。
見ていると胸が痛くて…でも必死に芝居に食らいつく彼女をいつしか応援していて。
恋人が、劇団を頼むと言って去って行く。
そんな恋人のため、劇団を維持しようと奔走する主人公。
初めは恋人のためだったけれど、だんだんとそれが彼女の生きる道になって行く…


最終回は、皆それぞれで見ることになった。
取材が押したから、帰ったら録画を見るつもりだった。
荷物を持って外に出ると、高梨さんが出口にいる。
「あ、やっと出てきた」
何だろう?
もしかしてタクシーを捕まえようとしてくれてる?
「洋子ちゃん、ドラマの最終回良かったら一緒に見ない?」
「え、いいの?今日は何か予定があったんじゃ…」
「いや、特にないけど…どうかな」
「これからお邪魔してもいいなら、一緒に見たい」
「じゃ、行こうか。タクシーも来たし」


皆と見た時と同じ、ソファに座って今夜は録画したものを見る。
でも、今日は二人だから横に並んで…
それは、なんだか不思議な気持ちだった。
二人並ぶと言っても、間には10センチほどの隙間。
触れそうで触れない距離。
考えてみれば、高梨さんの家に行ったことはあったけど、1人でなんて初めてだった。
いつもだったら、家に帰っていたかもしれない。
でも今日は…
達也との別れを追体験するような最終回、どんな気持ちになるにせよ、高梨さんに側にいて欲しいと思ったのだ。


最終回の、最後の場面。
彼女が女優としてステージのセンターに立つ。
カーテンコール、いつも思い出していた恋人の背中が消え、彼女が手を伸ばす。
『ここが私の場所』と呟いて。
そこではじめて、主題歌の2番がかかったのだ。
『あなたのいた場所』が『私の生きる場所』に変わる2番に。
ここは、自分でも思い入れのあるフレーズだった。
ここは私のもの!と心から歌ってる。
ふう、と息をついて、そのあとはエンディング…のはずだった。
それが…場面が変わって劇団の事務室。
長い付き合いである、劇団の演出家と恋人との会話。
今いなくなれば、劇団は危うくなる。
彼女の才能は分かるけれど、もう少しお前が育てなければ…
演出家がそう説得すると、彼はこう答えるのだ。
俺がいると彼女は自分を抑えて、俺を支えようとする。
彼女の才能は分かるんだろう?
俺がいたら、彼女の邪魔なんだよ…
俺がいない方がいいんだ。
きっぱりと言い切る彼に、演出家が驚く。
だから、いなくなるのか…?
画面が変わってまたステージの彼女。
誰もいなくなった客席を眺めて、ぽつりと呟く。
「どうか、あなたも幸せでいて…」


これは、何?…
まさか、こんな終わり方をするなんて。
どうしていいか分からなくて、横の高梨さんを見た。
だけど、高梨さんも何か考えこんだ顔をしてる。
いなくなることが、彼女のため?
「高梨さん…こんな、、こんな理由でって…」
「うん、ちょっと予想外だったね」
「彼女、本当に幸せだったのかな…ずっと一緒にいたかったはずなのに。それとも、彼の気持ちを分かっていたのかな…」
「幸せだったかどうかは、受け止め方次第じゃないのかな」
「受け止め方…」
自分だったら、どう受けとめるだろう。
自分だったら…彼の幸せを祈れるだろうか。
「もし、達也も…」
「達也がどんな気持ちだったかなんて、分からないよ、分かりようがない。それに…もういいじゃないか。どんな理由であれ、達也のいた場所で洋子ちゃんはしっかり立ってる。それが全てだよ」
「…そうか…そうよ、ね」
いつの間にか、10センチの距離が縮んでいた。
今見たものをどう受けとめようか、言葉を探しながら高梨の腕にすがりつく。
「洋子ちゃんは必死にあそこを自分のものにした。それは俺たちもウイングスのファンも、達也だって…分かってると思うよ」
「…うん。ありがとう」
小さく呟いたら、いつもみたいに私の肩にそっと触れてくれた。
こうして触れて貰うと、ぐらぐらと揺れていた気持ちも落ち着く。
達也がいなくなってからずっと、私はこうして支えて貰って来たんだ…
「さあ、そろそろ帰った方がいいんじゃないか。タクシー呼ぶから」
「うん。ありがとう、一緒にいてくれて」
「…いいんだ。俺も一緒にいたかったから」
え?
今、何て言ったの?
エレベーターに乗ってからチラッと高梨さんを見たけれど、いつもの穏やかな顔。
「じゃ、お休み。明日事務所で」
「お休みなさい」
…もしも、達也が私のためにウイングスを抜けたんだとしたら。
私が達也のいた場所に立ち続けることを、喜んでくれてるかな。
今日気づいたこと…許してもらえるかな。






ドラマは、女性からの評判が良くて、視聴率も予想より高いものをキープして終わった。
そしてドラマの評判が上がるにつれ、ウイングスの曲の評判も上がって行った。
街でよく聞くようになり、CDの売り上げを伸ばして初めてトップテンに入った。
そのとき初めて、ゴールデンの歌番組の出演が決まった。
今まで深夜帯の歌番組に出ることはあったけれど、夜8時からの大がかりな歌番組に出るのは初めて。
それを聞いた深山くんは、もう興奮してる。
「今まで見るばっかりのあの番組に、俺たちが出るってすごくない?俺、初めて親にテレビ見てって言っちゃったよ」
「今まで言ってなかったの?」
「いやー深夜が多かったし親の知らない番組ばっかりだったしさあ」
「そうねえ、知らない番組言っても、何それって顔されるもの」
いつもとは違う衣装を用意して、もちろん歌うのはあのドラマの主題歌。
テレビ歌唱仕様のリハーサルもしなきゃいけない。
そんなことでバタバタしていたら、1か月後の放送日が近づいてきた。
数少ない生放送の番組、緊張感がだんだんと押し寄せて来る。
出演者が発表されたとき、ウイングスの画像も流れて、また皆で盛り上がった。
そして最後に紹介されたのは…達也だった。
出演していたドラマの主題歌。
ドラマでは、主人公の相手役で更に人気が出て、当分俳優業でやっていくのではと、噂になっていた。
達也と共演…
私たちの知名度が上がったから、実現したこと。
でもきっと、近くで言葉を交わすことなんて無い。
あったとしても、何を話せばいいのか…



放送日当日。
リハーサルもあるから、だいぶ早めに入った。
司会の方やスタッフの方、そして共演の方に挨拶をしてまわる。
テレビでしか見たことのない方から声を掛けて貰ったりして、私たちはかなりテンションが上がっていた。
正確には、私と深山くんが、だけど。

リハーサルもすべて終わり、休憩を取った後本番になる。
ウイングスで1つの楽屋になっていたから、皆で楽屋に向かった。
エレベーターを降りて、楽屋が並ぶ廊下に出ると、向こうから1人の人を囲むようにして、5、6人の人が歩いてきた。
真ん中にいるのは…達也だ。
近づいたら、お互いに通りやすいように端に寄った。
達也がパッと顔を上げた。
疲れた顔…
でも、笑顔で懐かしそうに私たちを見る。
「久しぶり。元気だった?」
「久しぶり。達也こそ元気か?ドラマ主題歌のヒット、おめでとう」
「ありがとう…うん、忙しいけど元気だよ。…曲聴けるの、楽しみにしてる」
高梨さんと言葉を交わしていたけど、最後の言葉は私を見ていた。
「ありがとう」
それだけ言うのが精一杯。
だって、久しぶりに顔を合わせた達也は、ずいぶんと痩せていて。
元気だとは言っていても、どう見ても目は赤い…
それでも、私の言葉を聞いてくしゃっとした笑顔になった。
「洋子は素晴らしいシンガーだよ…ね、高梨さん」
そう言うと、まわりの人たちが急かすように腕を引いた。
「じゃ…本番でまた、ね」
笑顔を向け歩き出すと、まわりにいた人たちも軽く頭を下げて、行ってしまった。
私たちも、少し先の楽屋に向かうため歩きだした。
すると、急に高梨さんが黙って戻って行く。
廊下の端で達也たちに追い付いて、声を掛けてる。
でも、すぐまた戻って来た。
「高梨さん、どうしたの?」
深山くんが訊ねると、「ああ、ちょっと、ね」
なんだか歯切れが悪い返事…
高梨さんらしくない。




















































あなたのいた場所に8話・離れた手

2019-10-03 23:28:35 | 書き物
年が明け、レコーディングの真っ最中に、ドラマのプロデューサーの坂本さんがスタジオに訪れた。
髪をシニヨンにまとめ、パンツスーツにヒール。
私から見たら、仕事の出来る大人の女性に見えた。
思わず、デニムのロングスカートにスニーカー、チェックのシャツの自分の姿が映った窓を眺めた。
24にもなってこれか…
ため息をついていたら、阿部さんと談笑していた坂本さんが近づいて来た。
「はじめまして、坂本です。レコーディング中にお邪魔してしまって、すみません」
「あ、河原です、はじめまして。どうぞゆっくり見ていってください」
なんだか気後れしてしまう…と思いながら挨拶したら、坂本さんがくしゃっと笑顔になった。
「洋子さん!私ずっとウイングスのファンなの!洋子さんの歌声が大好きで。こうして会えるなんてほんとに嬉しい」
両手を胸に当てて、頬を上気させた笑顔はさっきまでの山本さんとは、だいぶ違う顔。
カッコいい女性から、嬉しくてはしゃぐ可愛い人になってる。
こんなに喜んでくれるなんて。
しかも、私の歌声が好きって…
嬉しくて、私の頬も緩んだ。
「そんなに言って頂いて…嬉しいです。ありがとうございます」
「いえいえ。もうね、ほんとにただのファンなの、私」
そう言いながら、近くの椅子を示す。
笑顔のまま、少しだけ改まった顔になった。
「洋子さん、ストーリーを読んでくれたと思うけど…」
「あ、はいそれはもう去年のうちに読みました」
「私は原作のヒロインと洋子さんに、共通するものを感じていてね」
「共通するもの、ですか」
「そうなの。急な運命に立ち向かう強さを感じるの」
「…立ち向かう強さ…私にもあるんでしょうか」
確かに、達也がいなくなった後、私が私じゃないって位、全速力で走って来た。
でもそれは、皆が背中を押してくれたから。
「あったとしても、私1人での強さじゃないと思います…皆に背中を押して貰いましたから」
山本さんがキリッとプロデューサーの顔になった。
「ドラマのヒロインにも、背中を押してくれる仲間がいるのよ。そこもしっかり描くつもりなの。主題歌、本当に素晴らしくて、これから撮る画が浮かんだわ。洋子さんにも見て欲しいな」
「はい、楽しみにしてます」
「ありがとう」
レコーディングは終わった。
CDパッケージはほぼ決まっていて、後は細かいところを詰めて行く。
発売まで半年、タイアップとなるとプロモーションもまた違って来るみたいだ。
そんなことを考えていたら、達也のことを思い出した。
ヒロインの相手役で主題歌も担当すると、ネットニュースに出てた。
私がいる場所もここ2年で変わったけれど、達也はもっと変わった。
雑誌の紙面やテレビ画面で顔は見るけれど、近くで声は聞いてない。
こんな風に、変わっていく達也の側にいるのはつらいと思った。
だから別れたんだ。
会うこともなくなって、環境も変わって…
私の気持ちも別れた時とは変わってしまった気がする。
まだ達也のことを、こうして考えてしまうけれど。
また顔を会わせたら、どんな気持ちになるんだろう…
「洋子ちゃん、そろそろ行くよ」
深山くんに声を掛けられハッとした。
「…この後ってなんだっけ?」
まだ考え事が抜けきれなくて、つい聞いてしまった。
「MVの打ち合わせだよ。どうしたの、眠いの?」
「んー、大丈夫だよ、ごめん」
二人でバタバタと車に乗り込んだ。
達也とまた顔を合わせるなんてこと、ないに決まってる。


MVは、曲のイメージに合わせて、私のショットが差し込まれることになった。
押しきられてOKしたけど、さすがに撮影は恥ずかしかった。
でも、カメラマンやプロデューサーに色々注文をされて、無我夢中で捕ったのだ。
全て終わり、気が抜けてスタジオの外の休憩スペースに座って、ボーッとしていた。
「洋子ちゃん、お疲れ。まだ帰らないの」
高梨さんの声に、顔を上げる。
「あ、お疲れさまです。なんだか、ボーッとしてしまって…」
はい、と自販機のコーヒーを渡されて、初めて喉が乾いていたことに気づく。
「ありがとう…」
隣に座った高梨さんを見ると、うっすらと隈が見えた。
「高梨さん、睡眠時間取れてる?」
「ん?まあまあ取れてるよ。大丈夫、大丈夫」
「だったらいいけど…」
「洋子ちゃんこそ、ちゃんと眠れてる?」
「んー私も、まあまあかな…でも夕べは緊張して眠れなかった」
「緊張、してたよな…でも、あんなに恥ずかしがってたのに、洋子ちゃんすごいな」
「すごくなんか…カメラさんとか照明さんとかのお陰だから」
「そんな照れなくてもいいよ。洋子ちゃんがスイッチ入るの見て、成長したなーって皆で喜んでたんだから」
「え、そうだったの?」
「ボーカルを立てて一歩引いてコーラスしてた子が、真ん中でやる気を見せるようになったんだ。この2年ずっと見て来たんだから…なんか安心したよ」
「高梨さん…」
期待に応えようと、真ん中で歌うのに相応しくなりたいと、ずっと思ってた。
でも、なれてるのか不安だった…
「私、成長出来てる…?達也がいた場所にいてもいいくらいに」
「いてもいいなんて…もうあの場所は洋子ちゃんのものだよ」



達也は私を音楽の世界に引き入れて、曲を作ることを、コーラスでボーカルを引き立てることを教えてくれた。
ただピアノが弾けただけの私を、ずっと引っ張ってくれた。
達也がいなくなってからは、バンドメンバーが、私の背中を押してくれた。
躊躇いながら、手を伸ばして自分の力で飛び立とうとする私を。
この先、もっともっと高く翔べるようになれたとしたら、それは私1人の力じゃないんだ。
「そんな風に言って貰えてすごく嬉しい…ずっと、ここにいていいのか気になってたの。高梨さんが…みんながいてくれたから。私の背中を、みんなが押してくれたから、やって来られたんだと思う」
こんな話が出来たのは、初めてかもしれない。
夢中で走ってきて余裕なんか無かったから。
だからこそ、感謝してることをちゃんと伝えなきゃ…
気がついたら、高梨さんのニットの裾を、ぎゅっと握りしめてた。
高梨さんは少し意外そうな顔をしたけれど、笑顔を返してくれた。
「これからプロモーションだから、まだまだこれからだよ。眠れる時に寝るんだよ」
裾を握る私の手に軽く触れて、高梨さんは帰って行った。


7月、ドラマの放送初回日。
ちょうどスケジュールが空いていたその日、高梨さんのマンションに皆で集まった。
記念すべき初めてのタイアップを、皆で見ようということになったのだ。
コーヒーを飲みながらわいわい喋っていたのに、ドラマが始まったらみんな黙ってしまった。
劇団の看板役者の恋人を、脇の役で出演しながら支える主人公。
環境は違うのに、達也とは違うのに、達也と同じようなことを口にする、恋人。
ラスト、テレビドラマに出たいと告げられて、ショックを受けた所で曲が掛かった。
画面には『あなたのいた場所』のタイトルとウイングスのクレジット。
次回予告まで見終わって、はーっとため息が出た。
主人公の気持ちにはいりこんで見ていたら、曲が聴こえて来て…
画面には恋人の後ろ姿。
胸の中の何かがきゅっと音を立てた。
「洋子ちゃん、どうした…大丈夫か?」
高梨さんの声で我に返る。
え、と横を向いた途端滴が頬を伝い、ポトっと、落ちていった。
強がって閉じていた涙腺が、今は素直に開いたみたいだ。
私の中から滴と一緒に、何かが流れていった。
心配そうな顔の高梨さんに笑ってみせた。
「もう、大丈夫。なんかすっきりしちゃった」
「すっきり?」
高梨さんは不思議そうな顔をした。

劇団を去ることを恋人が彼女に告げた言葉は、達也が言った言葉ととても似てた。
画面越しに聞いて、初めて達也の口からバンドをやめると聞いた時を思い出してしまった。
でも…
ドラマの彼女は、私とは違ってた…
「私を置いていくの」
「夢を叶えたいからもう私はいらないのね」
「あなたのために、この劇団にいたの。あなたを、支えたいから」
「あなたと、ずっと一緒にいたいの…なんで分からないの!」
泣き叫びながら、言葉を叩きつける。
それは、本当は私が言いたかった言葉だった。
そうだ、ずっとモヤモヤしてたことはこれだったんだ。
達也にぶつけることなく、しまいこんだ言葉たち。
私は、自分の気持ちを、もっと達也にぶつけたかったんだ。
なんだか、ドラマの中の彼女が私の代わりに言ってくれたみたい。
不思議とすっきりした気持ち。
あの時、最後の別れの時。
黙って見送るしかないって思ってた。
有名になって変わって行く達也を、見たくなかったから。
私の知らない顔になっていく達也を。
でも、言いたかった言葉をしまいこむのは、思ってたよりしんどかった…


ただ、私が黙っていても達也に気持ちをぶつけても。
達也がいなくなることに変わりはなかっただろう。
だって、ドラマの彼と同じで達也には夢があったから。