えりこのまったり日記

グダグダな日記や、詩的な短文、一次創作の書き物など。

ステージからの景色

2019-02-24 23:35:00 | 星野源
札幌ドーム終了後の、公式からの画像。
イヤモニを外してものすごく嬉しそうな笑顔。

彼が見ている、ステージからの景色はどんななんだろう。
何万もの人が、自分の名前を呼んで手を降るのを見て、どんな気持ちになるんだろう。

そう考えただけで、胸がきゅってなる。
一言では言い表せない気持ちなんだろうな。
だから、何回も何回もありがとうって言葉が出るのかな。
何回も何回も、繰り返し繰り返し、ありがとう、と。

そんな顔をまた水曜に見られる。
あの空気を、また感じることが出来る。
早く来て。
来てしまうと終わってしまうから、まだ来ないで。
いちばん幸せなのは、楽しみを待ってる今なのか。
それとも、終わってしまった楽しみを反芻する時間なのか。
どっちなんだろう…

わたしの居場所終

2019-02-18 06:02:08 | 書き物
『和也』

助手席に座るゆきの横顔を、チラッと見る。
来てくれたけど、まだ戸惑っているんだろうな…
とにかく、今の俺の気持ちを伝えようと思って来た。
でも、ゆきの顔を見て分かったんだ。
前任のあの人の隣にいるゆきは、見たくない。
気が合って楽しかったあの頃みたいな2人では、もう嫌なんだってことを。
学生時代に戻りたいんじゃない。
先に進みたいんだ。






『ゆき』


ドキドキして待ち合わせ場所に行ったのに、会って喋ったら時間が戻った。
お昼を食べながら、会ってなかったのが嘘みたいに話せた。
でも…
ニコニコして喋ってる村上くんを見て、やっぱりもやもやした。
話って何なんだろう。
今喋ってることが、話じゃないよね。
食後のコーヒーを飲みながら、チラッと村上くんを見ると目が合った。
「この後、映画見ない?」
「映画?」
「うん、久しぶりにゆきと映画見たいと思って」
ついて行ったら駅近のパーキング。
村上くんの運転してる姿、初めて見た。
ハンドルに手を置いてる村上くんの横顔を見る。
あの頃はこれが私のいつもの景色だった。
それが当たり前で、変わることなんて考えもしなかった。
変わってしまって、胸にぽっかりと空いた穴はまだ空いたまま…



速度を落として、車は駐車場に入って行く。
看板には『シネパーク』とある。
聞いたことはあったけど、初めて来た。
シネコンと観覧車とショッピングモール。
私が大学に行った後に出来た施設だった。
でも、帰省してからは余裕がなくて、足を踏み入れたことは無い。
高校生までは、ここは古い映画館と小さな観覧車があるだけの地味な場所だった。
遊び場所の少ない地元では、数少ない娯楽施設。
私は、ここで映画を好きになったんだ…
いまでは、最新の映画がかかるシネコンに、改装して巨大になった観覧車。
映画館のロビーに入ると、気になってた映画のポスターが目立つ所に見えた。
「あれ、見ようよ」
「…村上くん、あれでいいの?」
その映画は、私の好きなロマンチックコメディ。
「うん、前から気になってた映画だし、ゆきの好みだろ?」
「うん、まあ」
「じゃあ、決まりね」
ドリンクとポップコーン、隣り合って座る席。
あの頃と同じだ。
ちょっぴり肩が触れあって、ドキドキするのも…


映画が終った。
長い間親友だった男の子への気持ちに気づいて、最後に両思いになるヒロイン。
エンドロールを眺めながら、なぜか涙が溜まっていく。
好きな映画を、また村上くんの隣で見られて嬉しかった。
あの頃に戻れたと思った。
なのに…
最後のヒロインの幸せな涙を見て、自分の気持ちが分かったんだ。
あの頃に戻りたいんじゃない。
ただの気の合う仲のいい友達には、もう戻りたくない。
私は…私は村上くんの恋人になりたいの。
だから最後のクリスマスパーティーで、『さよなら』って言ったんだ。
村上くんは、友達としか見てくれてないって分かったてたから…
「…ゆき?どうした?」
俯いた私に、彼が声を掛けた。
「なんでも、ない」
「大丈夫か?大丈夫なら、ちょっと行きたい所があるんだ」
そっと指先で目尻を撫でて、顔を上げた。
心配そうな顔…
「ん、大丈夫。行きたいとこって?」
バッグを抱えて立ち上がった。
「観覧車、乗らないか?」
「観覧車?ああいうの好きだったっけ?」
「観覧車はまあ好きだけど…この場所を上から見てみたくて」
この場所を?
意外な言葉を聞いて、不思議に思った。



その時間は並んでいる人も少なくて、すぐに私達の順番が来た。
係員に促されて、卵みたいな形の乗り物に乗り込む。
夕方の薄暗くなった空に、観覧車のイルミネーションがきらきらと瞬いていた。
電飾に彩られた卵は、ぐらりと揺れてからゆっくりと上がって行く。
私は窓に額をくっつけて、下を眺めた。
「下に見えてるのが、ゆきが住んでる街?」
「え?うん、そうだね。アパートも遠くに見えるかな」
顔を向けると、村上くんも覗きこむようにして、窓を見ている。
「俺さ、ずっと考えてたんだ、ゆきのこと」
「私のこと…?」
「卒業してから働き始めて、それからずっと…ゆきに言われたことを思い出してた」
「…忘れてくれて、良かったのに…」
「そんなこと、言わないでくれよ」
下を向いて、声が小さくなって。
こんな村上くんは、見たこと無かった。
「自分からゆきを遠ざけて、ゆきが離れて行って…すごく、後悔したんだ。ずっと、あの頃に戻りたいって思ってた」
村上くんの気持ち、こんな風に聞いたのは初めてだった。
戻りたいって、思ってくれてたんだ…
「でも…こんなこと俺の我が儘だって分かってるけど…」
顔を上げて、目を細めて私を見る。
我が儘…?
「去年、ホテルで会って、昨日ゆきの会社で会って…分かったんだ、今の気持ちに」
村上くんの言葉を聞いていて、さっきから心臓が煩くて…
何を言われるの。
嫌なことなら聞きたくない。
窓に背中をくっつけて、少し離れて村上くんを見る。
少し顔を赤くした村上くんの顔が、追いかけるように近づく。
久しぶりに、村上くんの茶色の瞳を見つめた。
「あの頃の、気の合うサークル仲間に戻りたいんじゃない。好きだから…ゆきと一緒にいたいんだ」



村上くんの言葉は、確かに耳に入ったんだけど…
なかなか浸透していかなくて、言葉も出て来なくて。
「ゆきは…ゆきの今の気持ちを教えてくれよ、正直に」
「今の気持ち…」
さっきまで考えてたことが、頭に浮かんだ。
それを、のろのろと口にする。
「私も…あの頃に戻りたくないよ…だから最後にさよならって言ったの」
「それって…」
「私、ずっと村上くんのこと好きだった。仲のいい友達じゃなくて、恋人になりたかったの」
「ゆき…」
「恋人になって隣にいられたらいいのにって、ずっと思ってたんだから…」
膝の上でぎゅっと握った左手を、村上くんの両手が包んだ。
「ごめん…俺、鈍感で…ごめん」
包まれた手が暖かくて、村上くんの口から欲しかった言葉が聞けて。
気づけば、周りの景色も村上くんも、滲んでいた。
「ゆき…泣かないでくれよ…」
困った顔で私を覗き込む。
狡いなあ…
そんな顔を私に見せて。
忘れようとしたこと、忘れてしまう。
「私、村上くんの隣に居ていいんだよ、ね」
臆病だから、こわがりだから、何回でも確認したくなる。
「うん…ずっと、ずっといて…」



中学生みたいに告白し合った私達は、手をぎゅっと握りあったまま。
しばらくしてようやく、二人同時に顔を傾けた。
目尻には、さっきの映画のヒロインみたいにひと滴。
重ねた手にポタッと落ちた。



























わたしの居場所6

2019-02-17 15:20:13 | 書き物
『和也』


ゆきとホテルで久々に会った翌年、年度が変わる少し前。
異動が発表になった。
若手にはよくあることだし、そろそろじゃないかと噂はあった。
俺の名前があったから、やっぱりと思い場所を確認する。
…場所も。
誰かが行くんじゃないかと、言われてた場所。
まあ、東京から新幹線1本だし、東北の中では大都市。
心配なのは、冬の寒さと雪ぐらいか。


…ゆき。
結婚式で偶然会ってから、3ヶ月たつ。
メッセージを送って、言いたいことは言えるけれど、出来れば顔を見て話したい。
どうしようかと思っていたけれど、もしかしたら上手く伝えることが出来るかも。
最後のクリスマスパーティーの後、ゆきに言われた言葉でもやもやしたこと。
仕事の合間、ふとした時に思い出しては考えてた。
ゆきの表情、俺に話しかける声。
思い返してみると、ようやくそうだったのかと腑に落ちた。
ゆきの気持ちに。
俺がバカみたいに鈍感だってことに。
あれから、ぽっかり空いた穴は埋まってない。
仕事に没頭しても埋まらない穴…
埋めようとするなら、やることは1つだ。
それが分からなかったこの2年間、空虚な穴を抱えて、足が宙に浮いてるような違和感があった。
でも、偶然とは言えお膳立てが出来たんだから、やることをやろう。
もし、拒まれたら受け入れてくれるまで頑張るだけ。
まずは、引っ越ししないと。


『ゆきの』
年度が変わって、1人で営業にまわることが増えた。
任せて貰う仕事が多くなって、大変だけどやりがいもある。
多少残業しても、気ままな独り暮らしだから、帰って家族に気を遣わせることもない。


4月、二週目の金曜日。
東京に本社がある大手の取引先の担当者が、来訪することになった。
今までのベテランから、4年目の若手が担当するらしい。
そこで、こちらも4年先輩の三上さんから、私に担当替えが決まった。
三上さんは、新人の頃からお世話になっている先輩。
口調も表情も柔らかいけれど、時には厳しくビシッと言ってくれる。
引き継ぎも短い時間でたたき込まれて、今日を迎えたのだ。
あちらは前任者と2人と聞いて、こちらも三上さんと2人で会議室で待ち受ける。
「どうも、お待たせしました」
以前から担当されている、営業課長のいつもの通る声。
「失礼します」
その後に続く声に、一瞬違和感があったけれど、先輩と一緒に深く頭を下げた。
顔を上げて、目の前に並ぶ取引先の営業課長と…村上くん!?
思わず目を見開いて固まっている私に、横から三上さんが肘をつつく。
…いけない、しっかりしないと。
「よろしくお願いいたします」
まさか、村上くんと名刺を交換するなんて。
手渡しながらどんな顔をすればいいか分からなくて、正面を見られない。


その後は、軽い自己紹介と仕事の話。
現状と、今後の展開。
「~こうなっております。…ではそのように…ありがとうございます」
初めて会いましたって顔を保つのは難しくて、たまにムズムズして。
どうにか終えた時、思わずはーっと息を吐いてしまって、また先輩からつつかれてしまった。
エレベーターホールまでお見送りした時、村上くんの何か言いたげな目が気になった。
でも、気づかない振りをしてお辞儀をした。
だって、今さら何を言うの…


その日は仕事が上手く進んで、定時で帰れそうだった。
買い物でもして帰ろうかと帰り支度をしていたら、三上さんに声を掛けられた。
「朝原さん、今日まっすぐ帰るの」
「あ、いえ、買い物でもしていこうかと」
「ちょっと、飲みに行かない?」
「あ、いいですね~行きます!」
職場近くの繁華街。
職場の皆とよく行く飲み屋に入った。
冷えたジョッキを合わせ、お疲れさまをする。
三上さんは、たまにこうして飲みに誘ってくれる。
同期と一緒のこともあれば、課長が一緒のこともある。
話が合うから、飲んでても楽しい先輩。
少し、雰囲気が村上くんに似てるかもしれないな。
…いや、なんで今村上くんのことを考えるの。
それよりも、次回の打ち合わせは村上くんとするのよね。
もう、どうしよう。
まさか、こんなことになるなんて。
「朝原さん、どうしたの?何か悩みでもあるの」
「え?あ、すみません!」
慌ててジョッキを置いた。
「さっきの、取引先の…」
「あ、営業課長さんですか?」
「いや、引き継ぐことになった若手の人」
「…あの人が、どうしたんですか」
「もしかして、知り合いなのかなって思ったんだけど」
「え!なんでですか、いきなり」
「どうしたの、なんか焦ってない?」
「そんなことないですけど…」
ジョッキを置き、お箸も置いて一旦息をつく。
「実は、学生の時同じサークルにいた同級生です」
「あ~やっぱり。もしかして、元カレだったりするの?」
「もう~元カレなんかじゃないです」
「ふ~ん」
とだけ言って、三上さんもお箸を置いた。
「じゃあさ、今度…」
三上さんの顔を見て、今度…?って首を傾げた時、私のスマホが鳴った。
電話!?
まさか…
村上くんだ。
「あの…ちょっと出てもいいですか?」
「電話?どうぞ、どうぞ」
「すみません、ちょっと…」
横を向き片耳をふさいでもしもし、と応答する。
「あ、村上です」
村上くんだ…
「あ、朝原です…」
「昼間は驚かせてごめん。俺が担当になるか直前まで分からなかったから」
「それは、いいんですけど…なんで今電話!?」
「あれ?今側に誰かいるの?もしかして外?」
「今、は…居酒屋の中で…先輩と飲んでて…」
「ああ、そうか、ごめん…じゃあ要件だけ」
「要件?」
「明日、会ってくれないかな。話したいことがあって。ゆきのアパートの最寄り駅知ってるから、そこに1時で」
「えっちょっと待って。そんな急に言われても」
「…何か用事あるの?」
「用事は…ない、けど…」
「急で悪いんだけど、用事が無いなら頼むよ…飲んでるのにごめんな」
プツッと切れた電話。
画面を見ると、村上和也って出てる。
村上くんと電話で話すなんて、何年ぶりだろう…


「朝原さん、もしかして今の…」
「あ…分かりました?あちらの担当の人でした」
「仕事の話じゃない、よね」
「いえ…なんか急に話があるって。この2年、全然連絡なんか取って無かったのに、何でいきなり…」
「あのさ」
急に三上さんが身を乗り出して来て、びっくりする。
「なんですか」
「いきなりって思うだろうけど…今度休みの日にドライブでも行かない?」
「ドライブ、ですか?三上さんと?」
「うん。どう?」
「どうって…」
私の目をじっと見る三上さんは、面白がってるようにも見える。
「なんで、私を…」
「誘うかって?前から興味があったからだよ」
「そんなこと、初めて聞きました」「そりゃ、初めて言ったから」
「…からかってるんですか…」
どう答えたらいいか分からなくて、三上さんの顔を恨めしく見る。
すると、三上さんが座り直した。
いつもの笑顔で、からかってるようには見えないけど…
「ごめん、ごめん。そのうち誘おうと思ってたんだ。でも、急に元カレが登場しちゃったもんだから」
「だからっ元カレじゃありませんよ」
「…ほんとに?じゃあ、好きだったのかな、その人のこと」
図星をさされて、言葉が出なくてそっぽを向いた。
でも、こんなので三上さんは誤魔化せないだろうな…
「当たり、か。好きだった人に誘われてどうなの?」
「もう…勘弁してください。どうしたらいいか、分からないんですから」
「そっか」
ビールをぐいっと飲み干すと、店員さんを呼んでる。
私のは、まだ半分も残ってる。
村上くんも三上さんも、なんで人を惑わすことばっかり言うかな…
運ばれて来たジョッキに口をつけると、美味しそうに飲んでる。
こんな風にさばけてて、面白くて、頼りになる人なんて、なかなかいないよね。
そんな人に誘われるなんて、もっと喜べばいいのに…
「明日、会うんでしょ、その…村上くんだっけ」
「それは、分からないです」
「いや、絶対気になってる」
「それはそうですけど…」
「彼と会って、気持ちが彼に向かなかったら、考えて、ドライブ」
「…はい」


『和也』


スマホをテーブルに置いて、ふう、と息をついた。
一緒にいたのは、もしかして顔合わせにいた前任者?
…頼りになりそうな人だった。
ずっと気を配って、ゆきをリードして。
ゆきも、ああいう人とだったら何も気にすることもなくて…
俺は、何をもやもやしてるんだろう。
胸の奥が重くなっていく。
















わたしの居場所5

2019-02-16 07:47:55 | 書き物
『ゆきの』





お店の前で立ち止まったら、丁度ドアが開いた。
「淳くん」
「ゆきちゃん!久しぶりだね。さあ、寒いから早く入って」
ベルが鳴るドアを開けて入ると、お店の中は天井が高くて、大きなシャンデリアが輝いてた。
フロアには、ゆったりとテーブルが配置されていて、真っ白なクロスが掛けられている。
広い窓枠も、テーブルや椅子もモノトーンで統一されていて、落ち着いた雰囲気だった。
「淳くん…ずいぶん気張ったんだね」
袖を引っ張ってこそっと言うと、そうだろって言うように、肩をポンポンと叩かれた。
「ゆきちゃん、今日はパーティールーム貸し切りだから、こっち」
淳くんの後をついて行くと、1番奥にあるドアを開けて、促されて入った。
「わ、思ったより広いね。6人で使うの申し訳ないわ」
「そうなんだけど、ちょうど空いてたから…ゆきちゃん、そこにコート掛けて」
コートを掛けて振り向くと、部屋の片側はガラス戸になっていて、中庭が見える。
中庭は、ツリーやイルミネーションの飾り付けがされていて、きらきらと眩しかった。
「わあ、なんて綺麗なの」
窓にくっついて、思わず声を上げた。
そのとき、またドアが開いた。
振り向いてみたら…村上くんがいた。


「ゆき…久しぶり」
「うん、久しぶり」
ドアから私の方までまっすぐ歩いて来るから、思わず後ずさった。
後ずさったら、ピンヒールが絨毯に引っ掛かって、よろめいた。
村上くんの腕が伸びて、手首を掴まれてどうにか踏み止まった。
「危なかった…ゆき、大丈夫か?」
「あ…ありがとう…ごめんなさい」
「脚、挫いてないか?」
「うん…痛くないから…平気だと思う」
手首から村上くんの手が離れて、行き場の無いその手をガラス戸に当てた。
ガラス戸に顔を向けて、2人並ぶ。
中庭に目を向ければ、キラキラと点滅するイルミネーション…
憧れていたロマンチックな場面のはずなのに、ドキドキと胸の音だけが響く。
逃げ出したい…
勝手に足が動いた。
…いけない。
これじゃあ、何のために来たのか分からないじゃない。
そっと村上くんの方を伺うと、私をじっと見つめている。
部屋の灯りが映っているブラウンの瞳。
「…それ、そのワンピース」
ボソッと村上くんが投げた言葉。
それが、私の耳に大きく響いてドキンとする。
「え?」
「ゆきが着てる、それ。買ったの?スカート1枚も持ってないって…」
「あ!これ?そう、買ったの。仕事も決まったし1枚くらいは持ってなきゃって思って」
鎖骨が綺麗だからって、薦められた襟の開いたワンピース。
光沢のあるピンクのフレンチスリーブ、ウエストからフレアーになるベビーピンクのジョーゼット。
ちょうど膝丈にしたのは、脚が綺麗に見えるよって教えて貰ったから。
脚元はシャンパンホワイトの、初めて履いたピンヒール…
こんな格好、今まで興味が無かった。
でも、もう社会人になるし…何より村上くんに自分の違う部分を見せたかった。
もう、最後なんだから。


「よく似合ってるよ。ゆきって色白なんだな…今まで気がつかなかった」
「そう?就活で日焼けしたの、もうさめたのかな」
どうしよう…何を話せばいい?
最後なんだから、私の気持ちを言うって言っても…
「ゆき、卒業したら実家に帰るんだって?」
「あ、うん。淳くんに聞いたの?実家って言うより地元に帰って独り暮らしするの。実家はもう、兄夫婦がいるから部屋はないしね」
「そうか、じゃあ来年になったら引っ越すんだ」
「そのつもり。」
「そうか…もう、こっちに心残りはないのか?」
村上くんからこんなこと言って来るなんて…
どうしたの?
そうだ、大事なことを言わないと。
…ドキドキする。
「私ね、2年の頃からずっと、好きな人がいるの」
「好きな、人?」
「うん…告白はしてないけど…心残りがあるなら、それかな」
「そうか…」
村上くんは、じっと窓の外を見てる。
顔を見たいけど、目が合ったらどうしていいか分からない。
「だからね、せめて最後にこのワンピース、見せようと思ってるんだ」
「…え?今日見せるのか?」
「そうだよ…ね、もう皆来たし料理も並んだし、座ろうよ」
「あ、ほんとだ」
久しぶりに、村上くんの隣に座って思い出話をした。
同好会で色んな映画を見たこと。
いつものカフェのコーヒーが懐かしいこと。
村上くんに教えてもらったバンドにハマったこと…
思い出しながら話していて、もうこんな風に話すことも、ないんだと思った。
二人とも、まず仕事に慣れないといけない。
ただの友達に、いちいち連絡を入れる暇なんて、きっとない…
村上くんは、私がポツポツ話すことを、マメに相槌を打ちながら聞いてくれた。
私は、それだけでもういいかもしれないと、思った…
でも、やっぱり一言でも伝えたい。
私の我儘だって分かってるけど。


お開きになって、時間も遅いからとタクシーを呼んで貰った。
タクシーを待つ間、寒いから店の待ち合いスペースに二人で座ってた。
1人で待つのは嫌だって言ったら、来てくれたのだ。
本当は、たぶんこれでもう会えなくなるから、少しでも長く一緒に居たかったんだ…
コートをはおり、マフラーで首元を覆った私に、村上くんが不思議そうに聞いた。
「ゆき、これから誰かに会うんじゃないのか」
「え?もう遅いから、まっすぐ帰るよ」
「そうなのか?…だって、さっき…」
「あ、タクシー来たみたい」
外に出ると、村上くんもついてきてくれた。
乗り込もうとする私に、声を掛ける。
「ゆき、そのワンピース、好きな人に見せるって言ったよな」
気にしてくれたんだ…
もう最後だけど、嬉しい。
開いたドアに手を置いて、答える。
「好きな人になら、もう見せたよ…似合ってるって褒めてくれた」
「え…それって」
「村上くんのこと、ずっと好きだったの。褒めてくれて嬉しかった。同好会、楽しかったよ。ありがとう。さよなら」
バタン、とドアが閉まる。
閉まったドアを見たまま、村上くんは固まっていた。
私は行き先を告げてから、後部座席に沈んだ。
…言えた、好きだって。
もういいや、これで心残りはない。
学生時代の思い出に出来る。
私は次の日、帰省した。











わたしの居場所4

2019-02-15 17:55:22 | 書き物
『和也』




3年のクリスマスが近づいた。
来年の春には説明会が解禁になる。
お気楽なクリスマスは今回が最後だ。
結局、いつもの居酒屋のいつものクリスマスパーティーに出た。
久しぶりに顔を合わせると、笑顔で
「村上くん、元気だった?」とゆきに言われ、モゴモゴしてるうちにさっさと淳の隣に座ってしまった。
向かいで楽しそうに喋る二人を見て、複雑な気持ちだった。
俺が浮かれていなければ、ああやって隣で喋ってるのは俺だったのかな。
今さら、そんなこと考えても遅いし、だからと言ってゆきを好きかどうかなんて…



4年生の春、説明会が解禁になり、就活にしっかり身を入れなければならなくなる。
俺たちも、同好会は開店休業状態になった。
ゆきとも、遠ざかったまま。
なんとなく気まずくて、何も連絡しなかった。
いつも一緒の頃は、大したことのないことを、始終やり取りしてたのに。
夏に大学の構内で見かけた時は、ショートカットだった髪を伸ばし、1つに結んでいた。
リクルートスーツにヒールのゆきはもう、俺の隣にいたころのゆきとは、別人みたいに見えた。
俺も慣れないリクルートスーツで、汗をかきながら歩きまわった。
第一希望の企業の感触は良かったけれど、それだけでは安心出来ない。
淳も俺も、かなりの企業をまわっていて、毎日へとへとだった。
それでも、夏になるまでには内定が欲しくて、ひたすら歩いた。


必死に取り組んだ甲斐があって、夏には内定を取ることが出来た。
淳も同じ頃で、とにかくホッとした。
久々に淳と顔を合わせた10月。
話の流れがゆきのことになった。
「ゆきちゃん、地元の会社の内定取れたんだって」
淳は、ゆきと連絡を取っていたのか。
「地元って東北だったよな」
「うん。親の希望だってさ」
「そっか…」
卒業したら、ゆきは実家に帰るのか。
しばらく見ていない、ゆきの顔を思い浮かべた。
あんなに近くにいたのに、今はよく思い出せない。
なんだか胸の中ががらんとしたような、変な気分だった。
内定を取れて、学生生活が終わるんだと実感したからか。
俺が黙っていると、急に淳が言い出した。
「和也、もう映画同好会は解散だよな」
「ああ、まあ下級生もいないしそうなるよな」
「じゃあさ、最後に同好会の皆で集まって、クリスマスパーティーやろうよ」
「パーティー?」
「うん。ゆきちゃんも誘ってさ」
「淳、ゆきと会ってないのか」
「ゆきちゃんと?いや…何で?」
「…なんか、付き合ってるのかと」
「何言ってるんだよ」
なぜか、ちょっと怒り口調になってる。
だって、去年はよく一緒にいたじゃないか。
「和也って、本当にゆきちゃんのこと分かってないんだな」
「何だよ」
「ゆきちゃんは、ずっと好きな人がいるんだってよ」
「…好きな人?」
誰だ。
ゆきのまわりに、そんな男いたかな。
「とにかく、俺が会場とか手配するから。決まったら連絡する。」
「分かった」


ゆきの、好きな人…
1人になって考えたけど思いつかない。
それよりも、ゆきが誰かを好きになったんだと思うと、胸の辺りが重くなった。
なんだ、なんでこんな気持ちになるんだ。
化粧っ気が無くて、サラサラしたショートヘアのゆきが頭に浮かんだ。
なんでゆきと喋ってると、あんなに気楽でいられたんだろう。
好き…なのかな。
いや。
だって、ゆきに対してドキドキしたことなんてない。
それは、好きとは言えないんじゃないのか。


12月。
淳に教えられたイタリアンレストランの前に着いた。
少し時間を過ぎてしまった。
もう、ゆきはいるんだろうか。
案内されたパーティールームのドアを開けると、正面のガラス戸越しにキラキラしたイルミネーションが見えた。
一瞬、目を細めてから瞼を上げたら、ガラス戸に張り付いていた女性が振り返った。
振り返った時に、ピンクのふわっとしたスカートが揺れて、綺麗に伸びた脚が見えた。
ゆるくまとめた髪、開いた胸元に光るアクセサリー。
すぐには誰だか分からなくて、眉を寄せてしまう。
…ゆきなのか。
目の前の女性とゆきが一致して、ようやく足が動いた。
「ゆき、久しぶり」
「うん、久しぶり」
俺が近づくと、ゆきが後ずさる。
…なんでだ。
もう一歩近づくと、いきなりゆきがよろめいた。
駆け寄って、手首を掴む。
「危なかった…ゆき、大丈夫か?」
「あ…ありがとう…ごめんなさい」
「脚、挫いてないか?」
「うん…痛くないから…平気だと思う」
そっとゆきの手を離したら、ゆきはその手をガラス戸に当てた。
ガラス戸に映る俯いたゆきは、パールピンクの唇をきゅっと結んでいた。
その唇が、今手を離したばかりの華奢な手首が…
初めて、俺の胸を落ち着かなくさせて、鼓動を早めた。
淳の言う通り、俺はゆきのことを分かっていなかった。
タイプなんてものに釣られて、分かろうとしてなかった。
もうすぐ卒業で、会えなくなるかもしれないのに。


『ゆきの』


大学4年の12月。
久しぶりの同好会メンバー。
私は、淳くんに教えられたイタリアンのお店の前にいた。
『今回は気張って、いい店にしたんだ』
淳くんはそう言って、お洒落して来いよって言ってきた。
お洒落か…
そんな服、実は持ってなかったから、ショップの人に相談しながら一通り買うことにした。

就活の為に伸ばした髪に合う、ヘアアクセ。
そんなに背が高くない私にも似合う、ピンク系のワンピース。
ワンピースに合うピンヒール。
開いた胸元に映えるような、キラキラしたネックレス。
私にしては、思いきった買い物だった。
初めて行ったショップの人が、色が白いから似合いますよとか、鎖骨が綺麗だから襟ぐるは広めのものを、とか…
褒めてくれる度にこそばゆかったけれど、そんなこと初めてだから嬉しかった。